〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ

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第二話 来訪

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「そういえばさ」

「はい」

 とりあえず、なし崩し的にあんな流れになってしまったので、落ち着くためにお茶をれる。

 もちろん、ハルちゃんにも振る舞う。

「さっきの回想で『お金もない』って言ってたけど、アオイグループの会長令嬢なら、なんかこう、ブラックカードとか持ってないの?」

 すると彼女、ぷっと吹き出す。むう。発想がマンガ的で、悪うございましたね。

「普通のクレカならありますよ。でも、親に全部握られてて、速攻止められちゃいました」

「交通系ICカードとかも?」

「それは、うち、基本的にリムジン使うので……」

 はあ~、セレブですこと。でも、そんな裕福な生活を蹴ってまで、実家に戻りたくないって、どういう事情だろう?

 問いただすのも悪趣味な気がするけど、一応、住まわせる以上は訊く権利あるよね?

 すでに、住まわせる方向に決めている自分が、怖いけど。

 でも、彼女のわだかまりがわからないことには、説得しようもないしね、うん。

「ねえ、なんで家に戻りたくないの?」

「好きでもない男と、結婚させられるからです」

 お茶に、視線を落とす彼女。なんとベタな。ほんとに、マンガから抜け出てきたような子だなー。

「わたし、同性愛者なんですよ。好きでもない男と無理やりくっつけられるとか、耐え難くて」

 お茶を飲み飲み聞いていたら、思わずむせてしまった。

 いや、今どき普通にアリなんでしょうけども。こうもあっさりカムアウトされると、ちょっと動揺する。

 そんな彼女の、初めてを奪ったのか、私は……。思わず、頭を抱える。

 私も、実はそっち側の人なのかなあ……? 正直、酔っ払った私は何しでかすかわからないから、断言しかねるけども。

「とりあえず、事情はわかった。その……私にも責任があるようだし、当面の間、面倒は見るよ。でも、居候を長い間置いておける余裕もないのよね」

「それなら、働きます! あ、でも、働いたことも、就職活動も、やったことなくて……。あの、色々教えてくれませんか!?」

 ぎゅっと手を握られ、思わずドキッ! あう~……やっぱり私も、そっち側?

「まあ、いいや。私も、とりあえず今はあんまり、難しいこと考えたくないし。今日は互いに、ゆっくりしましょ」

 二日酔い対策の、貝殻エキスのカプセルを飲む。失敗するのわかってて、つい呑んじゃうんだから、私も相当ダメ人間よねえ……。

「ハルちゃんの家って、どのあたりにあるの?」

「T町の……」

 番地まで答える彼女。

「いやいや、そこまで教えなくていいから。よく、そこからF駅までこれたね? まさかとは思うけど、歩き?」

 T町からF駅へは、市内といえども相当距離がある。

「タクシーで。そのあと、クレカ止められちゃったんですけど。支払いだけは間に合って」

 ほむ。

「じゃあ、飲まず食わずだったんだ」

「はい。おねーさんに拾われて、助かりました」

 満面の笑顔を浮かべる彼女。無鉄砲な家出娘だなあ。

 しかし、どうしたもんかな。なし崩しに、うちで預かることになっちゃったけど、なんか、これ以上立ち入ったこと訊くのも悪いしなあ。

「とりあえず、テレビの続きでも見ようか」

 適当にチャンネルを回していくと、料理番組が。

「へー。サンマねえ……。そういえば、今年はまだ食べてないなあ」

「じゃあ、作りましょうか?」

 さらっと宣言するハルちゃん。

「材料さえ、用意していただければ、焼くなり煮るなり、一通りは」

 ほえー。ウデはさっきのスパゲッティーで証明済みだしなあ。

「じゃあ、これ見終わったら買ってくるかー。ハルちゃん、お酒呑める?」

「はい。成人してからは、食卓にワインも上がるようになりまして」

「よし! 歓迎会ってことで呑も!」

 ああ、ダメ人間。

 番組も終わったので、出支度。

「ほんとは、連れていきたいけど、ニュースになったばかりだからねえ。お留守番しててちょーだい」

「はい。スマホの充電器、お借りしていいですか?」

「ご随意に」

 預金通帳を入れた、タンス棚の鍵をチェック。よし!

「信用しないわけじゃないけど、こういうのはしっかりさせてね」

 鍵をバッグにしまいながら、申し訳ない感じで言う。

「当然の用心だと思います。気にしないでください」

 うーん、いい子だなー。文字通り、育ちがいいんだな。

「サンマ以外に、食べたいものある?」

「いえ、居候の身ですから、特には」

 ふむう。ほんと謙虚だね。最初、ドタバタしてたのがウソみたい。

「じゃ、いってきまーす。あ、インタホン鳴っても出ちゃだめよ」

 渦中の人物だものね。

 じゃ、おっかいもの~っと。


 ◆ ◆ ◆


 なんだろうな。ただの買い出しなのに、ワクワクしてしまう。

 思えば、一人暮らしを始めてから、もう九年になるのか。

 一人暮らしは気楽は気楽だけど、寂しいものがある。ときどき、ふと故郷にUターンしたくなることがあって。

 でも、今日はハルちゃんがいる。

 なんというか、最初はドタバタしてたけど、今、彼女とはなんとなく、人間的な相性の良さを感じるんだ。話してみれば、すごくいい子だったし。

 えーと、サンマに……ワインは合わないよね。日本酒でいこう。彼女、日本酒いける口かな?

 あと、大根とー……。それと、ちょっとした乾き物も。

 こんな調子で、二人分の買い物をかごに入れていく。

 今朝の剣呑な感じはどこへやら。るんるんと自転車漕ぎ漕ぎ帰宅すると、見知らぬ男が二人、我が家の前に立っていた。なんか、嫌な予感がする……。

「あの、入れないので、どいていただけますか?」

 問いかけると、中年男性が一礼して、「こちらに、うちのバカ娘が押しかけていると伺いました」と。

 あっ! と声を出す。葵吾文その人じゃない! ニュースで見たことある!

「あ、これはどうも。ええと……」

 もう一人の男性に目をやる。

「ワタクシ、こういうものです」

 越野綜合法律事務所・所長 越野銀一と書かれた名刺を受け取る。ひえ~、何か大事に……。刑事さんが来たとき以上の緊張が走る。

 同時に、私はちょっと、カチンと来ていた。自分の娘を、初対面の人間の前でバカ呼ばわりした。気持ちはわからなくはないけど、我が子を罵る親に、ろくなのはいないというのが私の持論だ。

 とりあえず、どうしたもんか。

 あまり良い結果になるとも思えないけど、門前払いというのも、またどうかと思う。

「……お入りください」

 とりあえず、お二方を中に入れることにしました。
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