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第十九話 奏、がんばる
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「皆さん、おはようございます」
「おはようございます!」
案内課の朝礼。課長の挨拶に、スタッフが元気に挨拶を返す。
細々とした話の後、課長はこう切り出した。
「三日後、英王室ご一行が、訪日されるのはご存じですね?」
「はい!」
この時点で、少なくないスタッフが、嫌な予感を覚えた。
「当日、ご一行が、飼育エリアも含めて当館をご覧になりたいとおっしゃられ、貸し切り状態でご案内する運びになりました」
(やっぱり!)
内心、緊張が走るスタッフたち。
「通常、英語圏のお客様はコリンズさんがご案内するのですが、彼女は現在、肺炎で入院中です。そこで、英語の上手いスタッフに、代打を頼もうという話になりました」
一息入れる、課長。
「奈良さん。あなた、英検二級持っているそうですね」
白羽の矢が立ち、背中に嫌な汗をかく奏。
「我々の中では、一番英語力が高い。英王室ご一行のご案内を命じます」
「お言葉ですが、英検で扱うのはアメリカ英語で、イギリス英語ではありません。両者は似て異なり、イギリス英語のできる方を雇い、ご案内に充てた方が、先方に失礼がないかと存じます」
実際、彼女の言う通り、英語と米語はかなり違う。英語では、一階がグランドフロアで、二階が1Fなどというのは、知る人ぞ知る話である。
「外部スタッフを雇って、館内の案内が十分に務まると思いますか?」
返す言葉がない。
「……二日間、通常業務から外していただき、勉強に充てさせてはいただけないでしょうか。相手が相手だけに、失礼があってはいけませんので」
肚をくくる奏。
「わかりました。そのようにしましょう。みなさんで、二日間、奈良さんの穴を埋めてください。では、解散。業務開始です」
さあ、大変な事になったと、頬を冷や汗が伝う奏。
もはや退路はないので、机に腰掛け、英語と米語の違いについて、熱心に調べ始める。
そんな彼女に、心配そうな視線を送るまりんであった。
◆ ◆ ◆
懸命に、両者の違いを調べる奏。
たとえば、米語では「Center」が、英語では「Centre」になったり、「Color」が「Colour」になるなど。
これらをリスニングし、実際に発音するという、涙ぐましい反復作業をする彼女。
気づけば、昼休みになっていた。
(ああ、もうこんな時間か)
社員食堂で、赤魚の煮付け定食を発注機で注文する奏。
「大変そうですね」
表情に出ているのか、心配したまりんが、奏の対面に腰掛け、語りかける。
「うん、大変。お昼休み終わったら、飼育課で色々教わらないと」
深くため息をつく。飼育課は、普段交流がなく、知らないことだらけだ。
(AIに任せちゃいたいけど、そうもいかないしな)
案内スタッフを各水槽に侍らせている、カンブリアン・アクアリウムであるが、一応スタッフ不在時に備え、AI案内も完備している。
しかし、王室ご一行を案内するにあたり、いちいちAIに話しかけていただくようでは、失礼に当たるだろう。
なにより飼育課には、解説用AIなどない。
やはり、自分がやるしかないのだ。
食後は、まりんとおしゃべりして息抜き。英語を何時間もつぶやいてると、気が滅入る。
やがて、始業チャイムが鳴ると、第二波が第一波昼食組と入れ替わる。
まりんに別れを告げ、飼育課の取材に向かう奏。
用語や機器の説明を、デバイスと脳に、記録していく。
頃合いを見て、再び企画課に戻り、発音練習。寮に帰ったら、自由時間も発音練習。
こうした、地道な努力を二日間繰り返し、ついに当日。
『飼育課では、スタッフが細心の注意を払って飼育しておりまして、生体のみならず、エアーポンプやサーモスタット、ろ過器もAIによる管理に加え、複数人で常に監視しています。また、水質にもこだわっており、カンブリア時代のプランクトンやバクテリアを放っております』
王室ご一行を案内する奏。本館は、見栄えと、万が一奏がど忘れした場合などに備えて、フルスタッフ体制。
場が別館に移ると、エディアカラ生物が専門ではない彼女は、別館スタッフの解説を同時通訳する。
すべての案内をなんとか終え、『大変興味深かったです。この水族館は、素晴らしいですね』とお褒めの言葉をいただき、スタッフ総出でご一行を見送ると、重責から放たれ、脱力してしまう奏。
一同から労われ、終礼を終えると、やっといつもの生活に戻るのであった。
「おはようございます!」
案内課の朝礼。課長の挨拶に、スタッフが元気に挨拶を返す。
細々とした話の後、課長はこう切り出した。
「三日後、英王室ご一行が、訪日されるのはご存じですね?」
「はい!」
この時点で、少なくないスタッフが、嫌な予感を覚えた。
「当日、ご一行が、飼育エリアも含めて当館をご覧になりたいとおっしゃられ、貸し切り状態でご案内する運びになりました」
(やっぱり!)
内心、緊張が走るスタッフたち。
「通常、英語圏のお客様はコリンズさんがご案内するのですが、彼女は現在、肺炎で入院中です。そこで、英語の上手いスタッフに、代打を頼もうという話になりました」
一息入れる、課長。
「奈良さん。あなた、英検二級持っているそうですね」
白羽の矢が立ち、背中に嫌な汗をかく奏。
「我々の中では、一番英語力が高い。英王室ご一行のご案内を命じます」
「お言葉ですが、英検で扱うのはアメリカ英語で、イギリス英語ではありません。両者は似て異なり、イギリス英語のできる方を雇い、ご案内に充てた方が、先方に失礼がないかと存じます」
実際、彼女の言う通り、英語と米語はかなり違う。英語では、一階がグランドフロアで、二階が1Fなどというのは、知る人ぞ知る話である。
「外部スタッフを雇って、館内の案内が十分に務まると思いますか?」
返す言葉がない。
「……二日間、通常業務から外していただき、勉強に充てさせてはいただけないでしょうか。相手が相手だけに、失礼があってはいけませんので」
肚をくくる奏。
「わかりました。そのようにしましょう。みなさんで、二日間、奈良さんの穴を埋めてください。では、解散。業務開始です」
さあ、大変な事になったと、頬を冷や汗が伝う奏。
もはや退路はないので、机に腰掛け、英語と米語の違いについて、熱心に調べ始める。
そんな彼女に、心配そうな視線を送るまりんであった。
◆ ◆ ◆
懸命に、両者の違いを調べる奏。
たとえば、米語では「Center」が、英語では「Centre」になったり、「Color」が「Colour」になるなど。
これらをリスニングし、実際に発音するという、涙ぐましい反復作業をする彼女。
気づけば、昼休みになっていた。
(ああ、もうこんな時間か)
社員食堂で、赤魚の煮付け定食を発注機で注文する奏。
「大変そうですね」
表情に出ているのか、心配したまりんが、奏の対面に腰掛け、語りかける。
「うん、大変。お昼休み終わったら、飼育課で色々教わらないと」
深くため息をつく。飼育課は、普段交流がなく、知らないことだらけだ。
(AIに任せちゃいたいけど、そうもいかないしな)
案内スタッフを各水槽に侍らせている、カンブリアン・アクアリウムであるが、一応スタッフ不在時に備え、AI案内も完備している。
しかし、王室ご一行を案内するにあたり、いちいちAIに話しかけていただくようでは、失礼に当たるだろう。
なにより飼育課には、解説用AIなどない。
やはり、自分がやるしかないのだ。
食後は、まりんとおしゃべりして息抜き。英語を何時間もつぶやいてると、気が滅入る。
やがて、始業チャイムが鳴ると、第二波が第一波昼食組と入れ替わる。
まりんに別れを告げ、飼育課の取材に向かう奏。
用語や機器の説明を、デバイスと脳に、記録していく。
頃合いを見て、再び企画課に戻り、発音練習。寮に帰ったら、自由時間も発音練習。
こうした、地道な努力を二日間繰り返し、ついに当日。
『飼育課では、スタッフが細心の注意を払って飼育しておりまして、生体のみならず、エアーポンプやサーモスタット、ろ過器もAIによる管理に加え、複数人で常に監視しています。また、水質にもこだわっており、カンブリア時代のプランクトンやバクテリアを放っております』
王室ご一行を案内する奏。本館は、見栄えと、万が一奏がど忘れした場合などに備えて、フルスタッフ体制。
場が別館に移ると、エディアカラ生物が専門ではない彼女は、別館スタッフの解説を同時通訳する。
すべての案内をなんとか終え、『大変興味深かったです。この水族館は、素晴らしいですね』とお褒めの言葉をいただき、スタッフ総出でご一行を見送ると、重責から放たれ、脱力してしまう奏。
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