カンブリアン・アクアリウム

みなはらつかさ

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第十七話 らいあの休日

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 五月の爽やかな風が、頬を撫でる。

 らいあは、暖かな春の日差しと、心地よい風を、キャンピングチェアの上で、ゆるりと愉しんでいた。

 彼女はこうしながら、様々な思索に耽るのが好きだ。

 例えば今、カンブリアン・アクアリウムについて思いを馳せている。

 カンブリアン・アクアリウムは、近年珍しい、案内員が案内する水族館だ。今どき他の水族館は、AI搭載ロボットが対応している。

 人件費をかけてここまでするのは、初代館長が、人と人とのふれあいを大事にしたいと考えたからだという。

 実際、このコンセプトは当たり、独特の地位と人気を博することに成功した。

 カンブリアン。アクアリウムには、二一〇〇年以降発見された生物はいない。これは、それ以前のカンブリア生物たちを知る客たちにとって、新種はあこがれの対象ではないからだ。

 文字通り、生きた化石に会える。それがコンセプトなのだから。

 らいあたちが入社したのは、ちょうど、館長が代替わりした時期。

 コンセプトは受け継がれ、エディアカラ別館という、部署に配属される。

 エディアカラ。大学で習ったことはあるが、それほど詳しくない時代だった。

 暇な部署で、最初は不満も抱えたが、仕事のためにエディアカラ生物について調べていくと、その魅力に取りつかれた。

 特に気に入ったのが、トリブラキディウムで、三放射対称という、あまりにも特異な姿に、目と心をを奪われたものだ。

 以降、らいあの愛はエディアカラ生物に等しく注がれるようになり、今のエディアカラ・マニアぶりに至る。

 パーコレーターのコーヒーが湧いたので、カップに注ぐ。かぐわしい香りを愉しむらいあ。

 そういえば、企画課から回ってきたアンケートが、まだ未回答だったことを思い出す。

 カップを一旦置き、デバイスを立ち上げると、該当ファイルを開く。

「エディアカラ紀とカンブリア紀の絶滅で、興味あることはなんですか?」

 この設問に、らいあは迷うことなく、「エデンと呼ばれた時代の、エディアカラ生物が滅んでしまったのはなぜですか?」と記入して、送信する。

 エディアカラ・マニアのらいあは、当然正解を知っていたが、お客様はそうではない。

 これは、お客様のための質問だ。

 エデン滅亡の謎。エディアカラに興味を持ってもらうなら、ここだと考えた。

「腹が減ったな……」

 デバイスで時刻を見ると、ちょうどお昼だった。みんなは、なにを食べているだろうか。

 二一三〇年には、高性能な保冷バッグが安価で売られており、真夏でも一日ぐらいなら、平気で食材を冷やしたままにできる。

 ホットサンドメーカーを火にかけ、食パン、とろけるチーズ、ハム、ケチャップ少量の順に乗せ、胡椒を一振り。最後にまた食パンで挟むと蓋を閉じ、両面炙り焼きにする。

 頃合いを見て火から下ろすと、美味しいハムチーズサンドの出来上がり。

 お腹も空いてることだしと、さっそくいただきますをする。

 簡単な料理だが、暖かな日差しと、爽やかな風が、美味しさを引き立ててくれた。

 コーヒーと一緒にやりながら、また、思索の世界に耽る。

 これを食べ終わったら、そろそろ撤収の用意をしなければいけない。

 名残惜しかったが、また明日からエディアカラ生物に囲まれた生活を送れると思うと、それはそれで嬉しい。

 今では、別館に配属してくれた人事課に、感謝するのみである。

 食事終了。現実に帰らねば。調理器具やパーコレーター、コップを洗いに行き、それが終わると、火を落とした火器を片付け、チェアやテントを畳んでいく。

 それらをひとまとめにすると、駐輪場に向かう。

 バイクの荷台に荷物をくくりつけ、エンジンをかける。

 さらば、緑の地よ。らいあは今度は、風切るライダーと化し、一路寮へと向かうのであった。
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