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第五十八話 十月九日(月) 死後の幸せ

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「ねえ、クク」

「なんぞ?」

「最近、明るいね?」

 朝の散歩中、ククに話題を振る。

「そりゃまあ、今、恋してるしな!」

 ふんすと、胸を反らす彼女。

「その、さ。ユーフラジー作るの、もう辛くないの?」

「辛いよ。でも、その上で突っ切ることにした。やっぱ、アイちゃんは天国でかつての仲間たちと、幸せに暮らすべきなんだ。だから、アイちゃんを幸せにするんだと思って、糸を通しているよ」

 ボクと、同じ回答に至ったようだ。

「だよね。いつごろ完成しそう?」

「水曜には間に合わせる。だから、次の部活でお披露目だな」

「そか」

 しばし、無言で歩を進める。

「アイちゃんも、誕生日に呼びたかったな」

「そーすっと、誕生会の間、あたしの記憶がなくなるからな。それは切ねえ」

 ままならないものだね。

 なんだかしんみりしたムードのまま、出口に着いてしまった。

「じゃあ、また学校で! ホリンも、明日またね!」

「おう! 帰るぞー、ホリン」

 ボクも、帰路につく。

 ある意味、ユーフラジー再現計画が失敗に終わることを、願っている自分がいる。でも、それはよくない考えだと、頭を振る。

 お別れしたくないよ、アイちゃん……。

 いけない、いけないな。肝心のククが、吹っ切ろうとしてるのに。ここに来て、決心が揺らいでいる。

 思考を行ったり来たりさせながら、気づけば家に戻ってました。


 ◆ ◆ ◆


「アユム。ついに明後日だね」

 昼休み。バーシたちが、きりりとした表情で、ボクの机にやってくる。

「うん。やっぱり、やるんだよね……」

「アユム。吹っ切ろうぜ。頼むよ。あたし、くじけちゃうじゃんかよ」

「ごめん」

 こういうとき、頼りになる大人に相談したい……。あ。

「ねえ。ネコザキ先生とも、よく話してみない?」

「……そっすね。そういえば、先生の意見は、あんまよく聞かずに、決めちゃったっすね」

「職員室、行こう」

 席を立ち、四人で先生のもとへ向かうのでした。


 ◆ ◆ ◆


「あら、みんなそろってどうしたの?」

「その、明後日のことでお話が……」

「ああ、なるほど……」

 ボクらの真剣な表情で、察してくれたらしい。

「ちょっと、場所変えましょうか。すみません、音楽室お借りします」

 キーを取る先生。ともに、ゆっくり話せる環境に向かう。


 ◆ ◆ ◆


 音楽室の机を動かし、輪になるボクら。

 それぞれの、気持ちを話していく。

 やはり、どうにも決心がつかずにいるのは、ボクだけみたいだ。

「シャロンも吹っ切ってたのは、意外だったよ」

「吹っ切ってはいないっすよ。ただ、毎日心を込めて針を通している姉さん見たら、やめようって言えないじゃないっすか」

 首を、横に振るシャロン。

「ともかく、トマルナーさんは、ここに来て、決心が鈍ってしまった、と」

「はい」

「トマルナーさん。トマルナーさんは、早世……若くして亡くなって、異世界から生まれ変わったのよね?」

 なんで突然、ボクの話?

「はい」

「今、幸せ?」

「はい、すごく!」

 力強くうなずく。

「不幸な亡くなり方をしたアイさんも、自分みたいに幸せになってほしい。そうは、思えない?」

 あっ……。

「そう、ですね。そう言われたら、返す言葉がありません」

「別に、やりこめようとか、そんなんじゃないわよ? ただ、死後の幸せを一番理解しているのは、トマルナーさんでしょうから」

 確かに。死後のことについて一番詳しいのは、転生者であるボクじゃないか。

 ボクはこの世・・・で、素敵な家族と友達、そして恋人に恵まれている。前世に未練がないといえば嘘になるけど、病気と闘うのは、とても辛かった。

 もし、アイちゃんが生まれ変わることがあるなら、今度は幸せな人生を歩めるかもしれない。

「先生、ありがとうございます。決心が固まりました。アイちゃんを、送ってあげようと思います。もう、迷いません」

 深々と頭を下げる。

「役に立てたようで、何よりです。先生、相談に乗ってあげるぐらいしかできないけど、悩んだとき、困ったときは、いつでも相談してちょうだいね?」

「はい!」

 力強く、席を立つ。先生にお礼を改めて言い、教室に戻るボクたち。

 明後日、すべてが決まる。アイちゃん、待っててね!
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