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第四十九話 十月一日(日) ね、デートしよ?

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 今日もお店の手伝いを終え、湯上がりにくつろいでいると、裏口のインタホンが鳴りました。

「はーい、どちら様……おや、バーシ」

 彼女が相変わらずオシャレな格好で、ドアの向こうに立ってました。

「どしたの?」

「アユム、外着に着替えて、うち来れない?」

 と言った後に、「少し、お金持って」と、小声で付け加えてくる。

 はて、お金? 霊感グッズでも、売りつけようってんじゃないだろうね?

 まさかね。

 そんなわけで、ストルバック家にお邪魔することになりました。


 ◆ ◆ ◆


 で、バーシの部屋。相変わらず、変な人形とか、よくわからないお札とか、オカルト雑誌なんかが、無駄にきれいに並べられている。変な夢とか見ないのかな、これ。

「とりあえず、お金持ってきたけど、何するの? 霊能儀式?」

「違う違う! 抜け出してさ、デートしよ!」

「ええっ!? もう夜になっちゃうよ!?」

 唐突な提案に、びっくり。ボク、これでもヒンコーホーセーですよ?

「それがいいんじゃない! 夜の抜け出し……青春してると思わない!?」

 バーシが、身を乗り出してくる。見えそで見えない胸元に、ドキドキ。

「でも、家族にはアイちゃんのとき、さんざん心配かけたし……」

 照れくさくて、胸元から視線を外す。

「なーに、後ろめたい?」

 それを、別の気まずさと受け取ったようだ。

「私がお金出すからさ、映画見に行こうよ! アユムが出すのは、ポップコーン代ぐらいでいいから」

 ああ。だから、お金持ってきてって話だったんだ。

 どうしよう。バーシとは、デートしたい。でも、家族に心配もかけたくない。

「どうしても、今じゃなきゃダメ? 明日とかさ……」

「上映遅いのよ、あの映画。ねえ、ダメ?」

 身を乗り出した姿勢のまま、上目遣いで見つめてくる。吸い込まれそうな瞳だ。

「わかった……行くよ」

 そんな瞳に、ヤラれました。


 ◆ ◆ ◆


 というわけで、映画館。

 宣言通り、チケット代はバーシが出してくれました。外は日がもうすぐ完全に沈む。いいのかなあ……。

 今更か。

 中に入っていく。ちなみに、何見るかというと、恋愛映画。それも、女同士の。

 実はバーシ、これでホラー映画のたぐいは、一切見ない。「作り物なのがわかってるから、面白くもなんともない」んだそうで。マニアだねえ。

 ポップコーンとドリンクを買い、座席へ。ボクら、家の手伝いしてるから、お小遣い多めにもらってるんだよね。

 クラスメイトには羨ましがられるけど、これはこれで、大変だよ。

 三……二……一……始まった!

「好きになんて、ならなければ良かった」

 そんな、印象的な独白から、物語は始まる。

 どうやら、同性愛の葛藤がテーマらしい。多様性の時代とはいうけれど、未だ世間に偏見がないといえば、嘘になる。こちら・・・もそんな、前世にも似たご時世。

 物語は進んでいき、主人公が自分の恋愛感情に向き合っていく。

 物語の盛り上がりとともに、バーシが手を差し出してくるのが見えたので、握り返す。ああ、ドキドキするよう!

 最後は主人公が、自分の恋愛感情を受け入れて、キスでハッピーエンド。

 普通に、名作だなあ。葛藤から受け入れるまでの、心の変化の描き方が上手い。

「はー、面白かったー!」

 バーシも満足そうだ。指を絡めあって手を握り、家路をたどるのでした。

 バスを降りると、バーシが、壁際に誘ってくる。

「何? 内緒話?」

 きょとんとしてると、バーシがいわゆる「両手壁ドン」をしてくる。彼女のほうが小さいから、ちょっとしまらないけど。

「ね……私たちも、キスしてみない?」

 人影はない。ボクたちだけだ。上目遣いと、口紅を塗った色っぽい唇に、心臓がものすごく早く脈打つ。

「まずいよ、バーシ。ボクら、まだ十二だし……」

「キスぐらい、年齢、関係なくない?」

 どうしよう……。これは断れない。

 そのとき、不意に物音が鳴る。

 そちらを見ると、男が立っていた。

 街灯が壊れていて、顔はよく見えない。

 『不審者』。

 月初めにニュースになった存在が、頭をよぎる。

 位置を入れ替え、バーシをかばうように立ちはだかった。

 ボクにも、こんなオトコノコしてる部分が残ってるんだな。

 本当は、カッコなんかつけずに、一緒に逃げ出すべきなんだけど。

 男が、一歩一歩近づいてきて、その顔が、次の街灯に照らされる。

 ……よぼよぼの、おじいちゃんだった。

「お嬢ちゃんたち、東ルンドンべア駅に行くには、どう行ったらいいかねえ?」

 一気に脱力。思わず、へたり込みそうになってしまう。

 道を教えると、おじいちゃんは頭を下げ、お礼して駅に向かいました。

「はー、怖かった……」

 バーシが、震えている。

「ボクもだよ。ボク、やっぱり女の子なんだね。いや、大の男でも怖いのかな」

 彼女の肩を抱き、家へ向かう。ちょっと、あったかい。

 もちろん、帰宅後こってり叱られたけれど、今日は、忘れられない一夜となりました。
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