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第三十八話 九月二十五日(月) 十%

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 今日も、帰宅後お店が混雑していたので、ウェイトレスとして出陣。

 ふー、働いたー!

「お父さん。土曜に、プールみんなと行くんだけどね、バーシんとこで水着買っていい? 近く仕入れるんだって」

 店から上る途中、厨房でお父さんに話しかける。

 さすがのボクも、スクール水着でレジャープールには行きたくない。体も成長期で、去年のは、もうきついし。

「そうだなー。今日もよく働いてくれたし、いいよ」

 炒め物を作りながら、快諾してくれる。

「やった! じゃあ、バーシんちが仕入れたら、お願いね!」

 北国ラドネスブルグでは、海水浴の風習が夏でもなくて、泳ぐときはもっぱら温水プールなんだけど、今まで泳ぐ機会といえば、かなり遠くのプールに行くか、あとは市営プールと学校ぐらいだった。

 なもんで、バーシの店でも水着を本格的には扱ってなかったんだけど、隣の市に新しくプールが出来たとなれば、話は変わってくる。遅くても金曜には、いい感じのを多数仕入れられるらしい。

 結構ギリギリだけど、みんな親と交渉する時間があるということで。

「ハーちゃーん」

「なーに?」

 RPGで、プチプチレベル上げ中のマイシスターが、こちらを振り向く。

「土曜、ボクらプール行くんだけど、一緒にどう? 隣の市にできたんだよ」

「なにそれ、行きたい! あ、でも水着……」

 肝心のものがなくて、しゅんとする彼女。ハーちゃんの水着も、もう去年のは入らないはずだ

「お父さんたちと、交渉だね。ボクも口添えするから」

「ありがとー!」

 お日様笑顔を向けてくる。

「フーちゃんも誘ってね」

「うん!」

 とりあえず、もう変な嫉妬はしてないようだ。そういえば、足を踏んづけたことは、あのあと謝ってもらってます。

「アユムちゃん。あんまりその、お色気な水着、着ないでよ?」

「着ないよー。そんなの、ボクの趣味じゃないし」

 心配そうに口出ししてくるおばあちゃんの言葉に、肩をすくめる。

 スクール水着を着ていくほど、無頓着じゃないけど、やたら布面積の少ないセパレートなんて、それはそれで嫌だ。

「お、アユム。プール行くのか。オレらも行こうかね、マエへさん?」

「おじいちゃん、それだけは勘弁して。お願い」

 友達同士でプール行こうってのに、保護者同伴はキツイお年頃です。

 おじいちゃん、むう、と黙り込んでしまいました。こっちは、ふう、だよ。

「あ、そうだ。新しい地図買わなきゃ。明日、本屋さん寄ってきていい?」

「ああ、いいよ。待ってな。地図代あげるからな」

 商業地区住まいのありがたいことで、近所にいろんなお店が充実してるのは便利だね!

 しかし、逆に、スマホで見れば随時更新されていた前世に比べると、そこは不便。

 店の前の通りだけでも、しょっちゅうお店が出来たり、潰れたりしてるもんねえ。

 我が家の商売繁盛の、ありがたいことです。

 しかし、バーシんとこ、どんな水着仕入れるのかな。ボクの好みは把握してるから、カッコイイのを発注してると思いたいけど。

 バーシに比べれば全然だけど、女の子って、おしゃれに気を使わなきゃいけないから、大変だ。

 そのバーシに、一度だけメイクしてみようと勧められたことがあるけど、どうしても嫌で断っている。ボクは今のところ、人生で一度も化粧をしたことがない。

 大人になったら、しなきゃいけないのかな。ちょっと、憂鬱。

 そういえば、ボクって、いつか男の人を好きになったりすることが、あるんだろうか? どうにも、想像できない。

 むしろ、バーシにちょっと、ドキッとすることがある。ボクは、自分自身を一応、女の子だとは思っているんだけど、心の根っこの十%ぐらい。そのぐらいが、どうしても男の子で。かといって、ボクは絶対に男の子ではない。

 多様性の時代だけれど、ボクみたいに、前世に引きずられて性に悩んでる人って、ほかにいるのかな。

 バーシが愛読しているオカルト雑誌には、自称転生者の投書がよく載ってるけど、そのうち、どのぐらいがボクと同じ、本物・・なんだろう。

 ふう……。ああ、幸せを、ついひとつ逃してしまった。
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