36 / 63
第三十六話 九月二十四日(日) シャロン
しおりを挟む
「今日も一日、疲れましたよ~っと」
お風呂上がり、牛乳をコップに注いでぐいっとやっていると、「アユムちゃん」と、ソファのほうから声がかかる。おばあちゃんだ。
「なーに?」
「ちょっと、その格好はどうかしらねえ?」
タンクトップ一丁に、下はショートパンツ。
「えー? そんなに変?」
「少し、はしたないんじゃないかしら。やっぱり、前世が男の子だったらしいからかしらねえ?」
「らしい、は余計だよ。でも、前世は実際、関係あると思うよ」
ボクは、いまいち女の子の自覚に欠けるというか、女の子になりきれないときがある。たとえば、ファッションセンス。ガーリーやフェミニンとか、絶対着る気が起きない。
店のウェイトレス服も、ズボンにしてもらっている。学校の制服は、さすがに慣れたけどね。
「逆にさー、おばあちゃん」
隣に腰掛ける。
「女らしいって、イマドキそんな重要?」
今は、価値観多様化の時代なのです。
「うーん、そうねえ。おばあちゃん、最近の世間の流れに、ついていけないときがあるわ」
「おいおい。しっかりしてくれよ、マエへさん。オレたち、まだ六十前だぜ? 老け込む歳じゃねェよ」
テレビを一緒に見ていたおじいちゃんが、話に混ざってきた。
「じゃあ、アユムちゃんの格好、どう思います?」
「まあ、その……いささか、けしからんな」
おほんと咳払いして、目を背ける。
「でもまァ、若い娘が肌晒すのも、そういうご時世だしなあ。お隣さんでも、そういう服が売れてるらしいし。時代に置いていかれたとは、思いたくねェな」
天井を仰ぎ見て、ため息を吐くおじいちゃん。幸せが、逃げますよー。
◆ ◆ ◆
「なーんてやり取りが、さっきあってね」
バーシと電話中。
「へー。マエへさんたちの世代だと、そう感じるんだねえ」
おしゃれなバーシは、もちろんファッションは自由である派。
「バーシんとこの、おじいちゃん、おばあちゃんはその辺、どんな感じなの?」
バーシの家も、二世帯住まいだ。
「ウチは理解あるよ? 家業が家業だからね」
「うらやましいなー」
「ほっほっほっ。お姉ちゃんと、本当の姉妹になるかい? うちの子におなり~」
変な勧誘、しないでよ。
「それはそうと、バーシムレさん」
「改まってなんでしょう、アユムさん」
「ボク、バーシのオカルト趣味に付き合って、教会行ったよね?」
電話じゃ見えないけど、すごくいい笑顔を作る。
「うん、うん! まさか、幽霊とお友達になれるとは思わなかったよー!」
幸せそうな、バーシの声。
「そ~れ~じゃ~……今度は、ボクの健康趣味に、付き合ってもらおうかなぁ~?」
ひっひっひっと、不気味に笑う。
「ちょ、ノリが怖いよ! まあ、いいですよ。持ちつ、持たれつですもんねえ」
「ですです。今日、お客さんが話してたんだけどね。隣の市に、おっきなレジャー系室内プールが、出来たらしいんだよ。一緒にどう?」
「それを先に言ってよ! ジム行こう~とか、そんな話かと思ったじゃない。プールなら、大歓迎だよ!」
ふふふ。食いつきのいいことで。
「じゃあ、ククたちにも声かけとくから。次の土曜か日曜、空けといて」
今のレーベルト家と、何も知らないバーシを話させるのは気まずい。
「りょーかーい! たーのしみー!」
というわけで、バーシとは通話終了。ククにダイヤルする。
「こんばんは。アユムです。クク、いますか?」
「あーら、こんばんは! いつも仲良くしてくれて、ありがとうねえ! ちょっと待ってね」
おばさんの声だ。「ククー! アユムちゃんからー!」という、くぐもった小声が聞こえる。
「ばんわー、どしたん?」
「バーシと、来週の土日どっちかに、プール行こうって話になった。都合つく?」
「つくつく! やっべ、楽しみすぎんだけど! でも、確か、かなーり遠いとこだよな?」
「それがねー。隣の市に、新しく出来たんだよ~」
詳しい場所を伝える。
「シャロンは、あたしから誘ったほうがいいよな?」
昨日のやり取りが、気にかかってるらしい。
「ううん。ボクが電話するよ。いつまでも気まずいままじゃ、良くないでしょ?」
「まあ、そりゃそーだな。変な言い方だけど、気ィつけてな」
「ありがと。それじゃあ」
今度は、レーベルト家にダイヤル。
「もしもし。どちら様でしょう?」
おばさんの声だ。
「こんばんは。昨日はどうも。アユムです」
「あっ……その、様々のこと、本当にすみませんでした。こんばんは」
「いえ! ボクもおじいちゃんも、もう、全然気にしてないので! あまり、引きずらないでいただけると。それより、シャロン出れますか?」
「わかりました。呼んできますね」
受話器が置かれる音がする。声の届かない所にいるのだろう。
「ども。こんばんはっす。昨日、一昨日と、ご迷惑をおかけしたっす」
「もー、シャロンまで~。引きずらないで! いつものノリ、いつものノリ! でね……」
プールの話をする。
「夕飯までには、帰れるっすかね?」
「隣の市だから、そんな遅い時間にならないと思うよ?」
「じゃあ、行かせていただくっす。あの、アユムっち」
ちょっと、神妙な声。
「なーに?」
「あのあと、パパとママと、うちでシチュー作って、一緒に食べたっす。おいしかったっす。嬉しかったっす……」
声が、涙ぐんでいる。
「今朝、ククから軽く聞いたよ。やったね! 一歩前進だ!」
「うん、うん……。ありがとうっす……。ほんと、ありがとうっす……」
明らかに泣いていた。彼女が泣き止むまで、優しく相槌を打ちながら、耳を傾けることしばし。
「ごめんっす。ひたすら泣き声、聞かせちゃって」
「ううん。むしろシャロンの嬉し涙が、とても嬉しかったよ」
「ほんとに、アユムっちは優しいっすね。もっと話してたいっすけど、ママが呼んでるんで、切るっすね」
「うん。親子、仲良くね。じゃあ、また明日、学校で!」
通話終了。レーベルト家の歯車が、いい方向に回り始めたようで、一安心かな。やっぱり、直接電話して良かった。
さーて、宿題終わらせますかー!
お風呂上がり、牛乳をコップに注いでぐいっとやっていると、「アユムちゃん」と、ソファのほうから声がかかる。おばあちゃんだ。
「なーに?」
「ちょっと、その格好はどうかしらねえ?」
タンクトップ一丁に、下はショートパンツ。
「えー? そんなに変?」
「少し、はしたないんじゃないかしら。やっぱり、前世が男の子だったらしいからかしらねえ?」
「らしい、は余計だよ。でも、前世は実際、関係あると思うよ」
ボクは、いまいち女の子の自覚に欠けるというか、女の子になりきれないときがある。たとえば、ファッションセンス。ガーリーやフェミニンとか、絶対着る気が起きない。
店のウェイトレス服も、ズボンにしてもらっている。学校の制服は、さすがに慣れたけどね。
「逆にさー、おばあちゃん」
隣に腰掛ける。
「女らしいって、イマドキそんな重要?」
今は、価値観多様化の時代なのです。
「うーん、そうねえ。おばあちゃん、最近の世間の流れに、ついていけないときがあるわ」
「おいおい。しっかりしてくれよ、マエへさん。オレたち、まだ六十前だぜ? 老け込む歳じゃねェよ」
テレビを一緒に見ていたおじいちゃんが、話に混ざってきた。
「じゃあ、アユムちゃんの格好、どう思います?」
「まあ、その……いささか、けしからんな」
おほんと咳払いして、目を背ける。
「でもまァ、若い娘が肌晒すのも、そういうご時世だしなあ。お隣さんでも、そういう服が売れてるらしいし。時代に置いていかれたとは、思いたくねェな」
天井を仰ぎ見て、ため息を吐くおじいちゃん。幸せが、逃げますよー。
◆ ◆ ◆
「なーんてやり取りが、さっきあってね」
バーシと電話中。
「へー。マエへさんたちの世代だと、そう感じるんだねえ」
おしゃれなバーシは、もちろんファッションは自由である派。
「バーシんとこの、おじいちゃん、おばあちゃんはその辺、どんな感じなの?」
バーシの家も、二世帯住まいだ。
「ウチは理解あるよ? 家業が家業だからね」
「うらやましいなー」
「ほっほっほっ。お姉ちゃんと、本当の姉妹になるかい? うちの子におなり~」
変な勧誘、しないでよ。
「それはそうと、バーシムレさん」
「改まってなんでしょう、アユムさん」
「ボク、バーシのオカルト趣味に付き合って、教会行ったよね?」
電話じゃ見えないけど、すごくいい笑顔を作る。
「うん、うん! まさか、幽霊とお友達になれるとは思わなかったよー!」
幸せそうな、バーシの声。
「そ~れ~じゃ~……今度は、ボクの健康趣味に、付き合ってもらおうかなぁ~?」
ひっひっひっと、不気味に笑う。
「ちょ、ノリが怖いよ! まあ、いいですよ。持ちつ、持たれつですもんねえ」
「ですです。今日、お客さんが話してたんだけどね。隣の市に、おっきなレジャー系室内プールが、出来たらしいんだよ。一緒にどう?」
「それを先に言ってよ! ジム行こう~とか、そんな話かと思ったじゃない。プールなら、大歓迎だよ!」
ふふふ。食いつきのいいことで。
「じゃあ、ククたちにも声かけとくから。次の土曜か日曜、空けといて」
今のレーベルト家と、何も知らないバーシを話させるのは気まずい。
「りょーかーい! たーのしみー!」
というわけで、バーシとは通話終了。ククにダイヤルする。
「こんばんは。アユムです。クク、いますか?」
「あーら、こんばんは! いつも仲良くしてくれて、ありがとうねえ! ちょっと待ってね」
おばさんの声だ。「ククー! アユムちゃんからー!」という、くぐもった小声が聞こえる。
「ばんわー、どしたん?」
「バーシと、来週の土日どっちかに、プール行こうって話になった。都合つく?」
「つくつく! やっべ、楽しみすぎんだけど! でも、確か、かなーり遠いとこだよな?」
「それがねー。隣の市に、新しく出来たんだよ~」
詳しい場所を伝える。
「シャロンは、あたしから誘ったほうがいいよな?」
昨日のやり取りが、気にかかってるらしい。
「ううん。ボクが電話するよ。いつまでも気まずいままじゃ、良くないでしょ?」
「まあ、そりゃそーだな。変な言い方だけど、気ィつけてな」
「ありがと。それじゃあ」
今度は、レーベルト家にダイヤル。
「もしもし。どちら様でしょう?」
おばさんの声だ。
「こんばんは。昨日はどうも。アユムです」
「あっ……その、様々のこと、本当にすみませんでした。こんばんは」
「いえ! ボクもおじいちゃんも、もう、全然気にしてないので! あまり、引きずらないでいただけると。それより、シャロン出れますか?」
「わかりました。呼んできますね」
受話器が置かれる音がする。声の届かない所にいるのだろう。
「ども。こんばんはっす。昨日、一昨日と、ご迷惑をおかけしたっす」
「もー、シャロンまで~。引きずらないで! いつものノリ、いつものノリ! でね……」
プールの話をする。
「夕飯までには、帰れるっすかね?」
「隣の市だから、そんな遅い時間にならないと思うよ?」
「じゃあ、行かせていただくっす。あの、アユムっち」
ちょっと、神妙な声。
「なーに?」
「あのあと、パパとママと、うちでシチュー作って、一緒に食べたっす。おいしかったっす。嬉しかったっす……」
声が、涙ぐんでいる。
「今朝、ククから軽く聞いたよ。やったね! 一歩前進だ!」
「うん、うん……。ありがとうっす……。ほんと、ありがとうっす……」
明らかに泣いていた。彼女が泣き止むまで、優しく相槌を打ちながら、耳を傾けることしばし。
「ごめんっす。ひたすら泣き声、聞かせちゃって」
「ううん。むしろシャロンの嬉し涙が、とても嬉しかったよ」
「ほんとに、アユムっちは優しいっすね。もっと話してたいっすけど、ママが呼んでるんで、切るっすね」
「うん。親子、仲良くね。じゃあ、また明日、学校で!」
通話終了。レーベルト家の歯車が、いい方向に回り始めたようで、一安心かな。やっぱり、直接電話して良かった。
さーて、宿題終わらせますかー!
0
姉妹作⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/132755025(完結) 他長編「神奈さんとアメリちゃん」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/663488280(完結)「小市民魔導剣士、冒険しつつ異世界を食べ歩く!」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/440658351(完結)「〈社会人百合〉アキとハル」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/968690065(完結)「自称・漆黒の堕天使が異世界を改革するようです」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/635743463(完結)
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
『器のちっちゃな、ふとちょ先輩』
小川敦人
青春
大学卒業後、スポーツジムで働き始めた蓮見吾一。彼は個性豊かな同僚たちに囲まれながら、仕事の楽しさと難しさを学んでいく。特に気分屋で繊細な「器の小さい」中田先輩に振り回される日々。ジム内の人間模様や恋愛模様が交錯しながらも、吾一は仲間との絆を深めていく。やがて訪れるイベントのトラブルを通じて、中田先輩の意外な一面が明らかになり、彼の成長を目の当たりにする。笑いあり、切なさありの職場青春ストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる