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第三十五話 九月二十四日(日) 新聞配達の、エリアお姉さん

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「あっはっはっ。そっかー。そこまでシスコンかー」

 昨日の話を聞いて、愉快愉快といった感じに、笑うクク。今日も、いつもの公園ロードワークです。

「だってー。ハーちゃんかわいいんだよ? 今度会わせてあげるね」

「そりゃ楽しみだね。ところで、今日はかなりペースゆっくりめだけど、いいん?」

「うん。ペース上げると、ククがバテるでしょ? でも、ゆっくりだとあまり運動にならないから、何かないかなーって思って、いい方法考えた」

 手首に着けたバンドを見せる。

「なんぞ?」

「持ってみて」

 バンドは両手に巻いてるんだけど、片方だけ外して手渡す。

「重っ! こんなん着けて、歩いてたんか!」

「足にもあるよ」

 ジャージのボトムを少し上げて、足首を見せると、そこにもバンド。

「はえー。ゴリラにでも、進化する気か」

「それ、進化なの?」

 そうそう。この世界のお猿さんは、猫耳です。

「さあ? でも、あたしの体力がねーのがわりぃんだよな。ごめんな、工夫茶化しちゃって」

「いいよ。別に気にするほどのことじゃ」

 貸したバンドを、再び手首に巻き付ける。

「でも、あたしもホリンの散歩が、今まで以上に楽しいわ。やっぱ、一緒に歩いてくれる仲間がいるって、いいな」

「ボクも!」

 互いに、にっこり微笑む。

「そういえばさ、シャロン、どう?」

 散歩を再開しながら、気になってたことを問う。

「昨日の今日だからな。でも、あのあと、三人で自宅で飯食ったらしいよ。嬉しかったって、電話あってさ」

「そか。シャロンの家、いい方向に進むといいね」

「んだな」

 少し、しんみりした空気が流れる。

「そういや、バーシにはこの話、したん?」

「してない。デリケートな問題だし、言いたくなったら、シャロンから言うと思う」

「そだな」

 一層、空気がしんみりする。

「そうだ。今日、ボク店に出るんだ。良かったら、家族で食べに来てよ。サービスしてくれると思うよ」

「んー、行けたら行く。逆に、バーシ連れて、今度うちに遊びにきてほしーな」

「ふふ、ガブに会えるの楽しみにしとくね」

 今度はくすくす笑い合う。女の子って、ころころ感情が変わるね。

 こうして、朝の楽しい日課も終わり、それぞれの家に戻るのでした。


 ◆ ◆ ◆


「三番、ビール・二、グリルドソーセージ・二、入りましたー」

 伝票をお父さんに渡し、次の仕事探し。……といっても、お昼どきと夕食どきの、ちょうど真ん中ぐらいの時間で、割と暇。

 結局、クク来なかったな。まあ、急に誘ったから仕方ないけど。

 夕食には来るかもだけど、その頃にはボク、上がってるしなあ。

 からんからん。

 ドアの呼び鈴が鳴ると、見慣れた人物。

「いらっしゃいませ! お一人様でしょうか?」

 新聞配達の、エリア・ネルハイントお姉さん。きれいな、ブロンドのポニーテールの持ち主。お給料が入ると、「チートデー」と称して、いつも呑みに来てくれるのです。

「おねーさんが、一人飲み派なの知ってるじゃん~」

 からから笑う彼女。

「一応、訊いとかないとですから。ご案内しますね」

 エリアさんの大好きな、一番見晴らしのいい席を案内する。窓辺で、道行く人を眺めて、あれこれ想像しながら呑むのが、最高なんだって。

「ビールとフライドポテトをご一緒に、ですよね?」

「ん。慣れた店って、これだからいいね」

「かしこまりました」

 お父さんに、注文を伝えると、入れ替わりに、さっき注文を伝えた料理を手渡されたので、三番テーブルに運ぶ。

「ユコーさーん、アユムちゃん、しばらく借りていいですかー?」

 ユコーというのは、ボクのお母さんだ。

「そうですね。今空いてますから、その間なら」

「やった! 話そ話そ!」

 というわけで、エリアお姉さんと、おしゃべりタイム。

「大学って、どんなことするんですか? 楽しいって、噂ですけど」

「あー、中学生の頃ってそう思うよねー。実際は、レポート地獄よ」

「はあ」

 どうも、キャンパスライフというのは、噂とはずいぶんと違うらしい。

「教授がねー。ほんとよく気づくなってレベルで、ミス見つけて、ダメ出ししてくるんだわ」

「ええと、もっと中学生にも、わかりやすくお願いします」

「あ、ごめんごめん。えっとね」

 大学は、高校までと違って自発的に学ぶ場所であるところ。それをレポートにまとめて出さないといけないこと。それがOKもらえないと、卒業に響くこと、などを教わった。

「やっぱり、学校は学校なんですね」

「そりゃそーよ。アタシとか、バイトで学費と生活費稼いでるじゃん? 留年したら、一大事よ」

 大変だなあ。そりゃ、月に一度、気晴らししたくなるよね。

「お待たせしました。ビールとフライドポテトです」

 お母さんが、そっとエリアさんの品を置く。

「きたー!」

 さっそく、ぐびっといくエリアさん。そして、プハー。

「アユム。三番さんは、お母さんが接客するから、エリアさんとお話し続けてていいわよ」

「ありがとうございます!」

「ありがとう」

 そういえば。

「お酒って、おいしいんですか?」

「まずかったら、わざわざ飲みにこないよ」

 そりゃそーだ。

「おじいちゃんは、どんなものか訊くと、『やめとけやめとけ』って、言うんですけどね」

「まー、健康に良かないからね」

 ぐいいっとあおり切り、満足そうにプッハー。

「でも、うまいんだなあ、これが!」

 そう言いながら、ポテトを頬張る。

 確かに、おいしそうだ。

 大人になったら、試しに四人で飲んでみようかな。

 その頃まで、ずっと仲良くいられたらいいな。

 おっと。

「おかわりですよね」

「うん」

 お父さんにオーダーを伝えると、ビールがすぐ注がれるので、おかわりを持っていく。

 こうして、エリアさんはビールとおつまみを愉しみ尽くし、お勘定。

「じゃー、また来月~」

「ありがとうございました!」

 お辞儀して、お見送り。ちょっとふらふらしながら、バス停に向かう彼女でした。

 少しでも、お姉さんの気持ちが楽しくなるお手伝いができたなら、嬉しいな。

 三番テーブルのお客さんたちも、とっくに帰って、今お店は空だけど、暇なら暇なりに、やることがあるのだ。テーブル拭こーっと。

 ボクは、「トマラン」と、ここに来るお客さんたちが好きだ。このお店を、きちんと継いでいきたい。

 そう、改めて心に誓うのでした。
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姉妹作⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/132755025(完結)  他長編「神奈さんとアメリちゃん」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/663488280(完結)「小市民魔導剣士、冒険しつつ異世界を食べ歩く!」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/440658351(完結)「〈社会人百合〉アキとハル」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/968690065(完結)「自称・漆黒の堕天使が異世界を改革するようです」https://www.alphapolis.co.jp/novel/334326892/635743463(完結)
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