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ば慧介も来てしまうことになるではないか!
これはまずい、せめて連絡をと席を立とうとしたところ、弓月からじろりと睨まれてその動きすら封じられてしまった。
お前、最後まで責任を取れと目が言っている。
そんな状態だから、まったくもって身動きが取れない、どうしたものか。
そんな空気に耐えられなくなってきたところを見計らったように、弓月は口を開いた。
「お母様、そろそろお身体がお辛くありませんか?少し顔色が悪く見えますよ。今日は軽い顔合わせですし、彼にはまた来ていただきますから、今日はそろそろ」
弓月は頃合を見計らって、美月を部屋に戻すよう動いた。
「あら、まだ大丈夫よ。私今日はとても調子がいいの。とっても嬉しいからかしら……」
「少し元気だからといって無理をしてはいけませんよ。さ、戻りましょう」
「そうかしら……」
悪く言えば単純、よく言えば素直。
美月はしぶしぶながらも席を立つと、オリバーに声をかけた。
「オリバーさん、とても素敵な方で安心したわ。私、身体が弱くて弓月ちゃんにはお母さんらしいこと何もしてあげられなくて、いつも寂しい思いをさせていたと思うの。だからね、弓月ちゃんが幸せになってくれたらいいなってずっと願っていたのよ。でもきっとあなたなら大丈夫ね。私の可愛い弓月ちゃんを、どうかお願いしますね」
世慣れしていない人、世間から離れた人。でも、誰よりも弓月の事を思っているのだと、その言葉が物語っていた。
「もちろんです。弓月さんのことは必ず私が幸せにします。この心臓に誓って」
美月は心から嬉しそうに笑っていた。
これは芝居だっていうのに、弓月まで泣きたい気分になってしまう。
美月が弓月を心から愛していることは、初めて顔を合わせたオリバーにもよく伝わってきた。
ほんの少し、最初のボタンの掛け違い。それを直さなかったことが、こんなにも歪な家族になってしまった。
誰もが相手を愛して、思いやったはずの結果が、取り返しのつかない悲劇に繋がって。それはなんという皮肉だろう。幸せにと願った娘は実は男で、多分美月が願ったような未来が来ることは無い。
……まあ、国によっては同性同士での婚姻は可能だけれど、少なくとも今のこの国に、正式な同性婚のシステムは存在しないのだし。
そうして部屋に残ったのは、オリバーと晃成の二人。
ひと山超えたところで、茶碗に残っている玉露を一口ふくみ喉を潤したオリバーは、目の前の晃成を観察した。
さきほどから落ち着きの無い様子。やはり自分が思っていたのとは大分違ったのだろう。
しかたない、こちらから動かそう。オリバーはそう思い、口を開いた。
「……イギリスでお茶というと紅茶なんですが、不思議ですね。製法の違いで色も味も香りも、まったく別のものになる。元はおなじ植物なのに。私は緑茶も好きなので最近は少し緑茶についても調べてみたんですが、こちらもとても奥深い世界で、興味深かったです」
「あ、ああ……そうだね……」
さりげなさを装って雑談をふってみたが、これはだめだ。
この人は評論家としては相当なようだが、一人の人間としては少々難ありな気がする。いや、別に悪い人では無いのだ。ただ、右を立てれば左を立てられずという人間、というべきか。
だから、弓月と母親の件も、こんなことになってしまった。
このタイプには婉曲だとか遠回しだとか、そういうややこしいことはやめた方がいい。
「……時間が気になりますか」
「……何がかな?」
「15時。近衛原慧介が来るんでしょう?」
「……」
明らかな動揺をみせる晃成に、オリバーは笑って続けた。
「ここからは秘密の話をしましょう。……私は、全てを把握した上でここへ来ました。弓月が置かれている状況も、そうなった一連の流れも。だから、どうぞ気を楽にしてください」
まさかそんな事を告げられるとは思わなかったのか、晃成は深くため息をついた。
「弓月はそんな事まで話しているのか。なら、もう隠して話す必要も無いかな」
肩の荷がおりたと言わんばかりの口調。彼は彼なりに、最愛の妻を騙すことになっている事に対して、息子に背負わせてしまった業の重さに対して、良心の呵責があったのだろう。
「そういうわけなので、ここからは私も腹を割った話をさせていただきます」
さあ、ここからが天王山。オリバーは今日一番の目的を口端に登らせた。
近衛原慧介は、香井家の門の前まで来て呆然とした。最近気に触ってしかたない、眩い金髪。いつも余裕綽々といった表情に、腹の底まで見透かしてくるような碧眼を持ったあの男が、なぜか門の横に立っている。
「やあ、奇遇だね。君も弓月の家に用事かな?」
こっちは暑さで汗だくだというのに、実に涼やかな表情。いっそ憎たらしくなるほどだ。
「お前こそなんの用だよ。まさかこんな所まで弓月についてまわってる訳じゃねーよな」
つい気が立って、語気が荒くなる。しかしそれはオリバーに軽く流されてしまった。
「俺は弓月のご両親に挨拶をしてきたところさ。これから長い付き合いになるからね」
瞬間、慧介は理解した。弓月は、自分よりもこの男を選んだということだ。自分の秘密を周りにばらされることすら受け入れてまで、この男がいいと。
「……ふうん、アイツ、いい根性してんじゃん」
我慢も限界だった。暑さも相まって、脳みそは一気に沸騰寸前まで沸き立つ。
弓月と慧介が出会ったのは小学校のころに遡る。
学校で女の子みたいだと虐められていたのを助けてやったのが、弓月との初めての接触だった。
当時の弓月はクラスのどの女子よりも可愛らしくて、初めて会った人は大体みんな弓月を女子と勘違いするほど「美少女」だった。
そんなだからクラスでも浮きがちで、仕方がないから何かと一人でいる弓月を構ってやった。ほかにも、家で女の子の格好をしていたことを黙ってやってたのに。
「だったら別に、誰にアイツのこと話してもいいってことだよな。全部ぶちまけてやる。お前との関係も絡めて全部な。オカマ男が野郎にケツ掘られてアンアン言ってるなんて、格好のネタだろ」
本当は、弓月は自分のものになるんだと思っていた。みんなが知らない共通の秘密を抱えているのはスリルがあったし、なにより綺麗な男が言いなりになるのは、慧介の自尊心を満たしてくれた。だから弓月の弱みを握って、離れられないようにしたはずだったのに。
「……君は言葉の使い方に気をつけた方がいいんじゃないかな。誰が聞いているか分かったもんじゃないんだぞ」
オリバーはあきれたように眉を寄せ、そう言い放った。この男の言葉はどんな物でも、神経を逆撫でていく。早く、目の前のこのいけ好かない男をどうにかしなくては。慧介は、目の前が苛立ちで真っ赤に染まるという感覚を知った。
そんな慧介に、オリバーは溜息とともに二の句を継ぐ。
「……というか、君のお父上は君に会社の事を何も話していないのかな?君が跡を継ぐはずの会社なのに」
「は……?」
「おかしな話だな。もう少し自分が関わるものに興味を持ったらどうだい?」
バカにされている。それはすぐに理解出来た。だが、なんの事を言っているのか、皆目見当もつかない。
「君の継ぐはずの会社は、不正会計と多額の横領、着服が発覚してね。是正のためにとある企業に事業売却されたよ」
「は……」
「ここまで言って分からないかな?」
目の前で、美しい顔の男が笑う。
うるさくないているはずの蝉の声が、一切消えた。地面からは照り返しの焼けるような赤外線を受けているはずなのに、慧介の足元から這い上がってくるのは体を芯から凍りつかせるような寒気。
まさか。
こういう時の嫌な予感ほど、よく当たるものだ。
「君ご自慢のお父上も、その会社も、全部俺の手の中ってことさ」
その瞬間、慧介は思った。
悪魔がいる。
こいつは貴族でもプリンスでも明るい転入生でもない。身内には穏やかな顔しか見せていないけれど、敵対するものにはとことん冷徹。ギリギリまで追い詰めた先で、崖から飛び降りるか命乞いするかの選択を目の前に突きつけてくる、それもこの上なく美しい笑顔で。これを悪魔と呼ばずに何と呼ぶというのだろう。
「さあどうする?ここで子供のように騒ぎ立てるか、大人しくおうちに帰っていい子にしているか。俺は別にどちらでもいい。君が好きな方を選ぶといい」
これは、喧嘩を売ってはいけない相手だ。頭の中でアラートが鳴り響く。おそらくこの男の機嫌を損ねたら、今の会社のトップにいる親族はみな、簡単に首が飛ぶことになる。そうなったらどうなる。祖父の代から積み上げてきたものが、自分の将来が、全部塵同然だ。
慧介はふらつく足をなんとか堪えるのに必死で、それ以上オリバーに食い下がる気なんて起こせなかった。
「……帰ります、このまま……」
「そうか!君が話がわかる男で良かったよ!」
じゃあまた学校でね!と手を振るオリバーは、初めて見た時とまったく違う人間に見えた。
さて、用事は済んだし帰ろうかと車を呼んだ時、玄関の引き戸が開く音がした。
「オリバー」
「弓月。全部片付いたからもう大丈夫だよ」
ずっと待っていたのだろうか。着物のまま小走りに寄ってくる姿は、ぞくぞくするほど愛おしかった。
「なんか、色々手間かけさせちゃったみたいで……」
「こんなこと、手間でもなんでもないさ。……近衛原君と話はちゃんとつけたし、理解しくれたから、弓月はもう何も心配しなくていいよ」
頬を優しく撫でられて、表情が綻ぶのを隠せない。
この人が好き。自分の全てを捧げてもいい。そして、彼に心ゆくまで愛し尽くされたい。
「……ね、デート、したいんじゃなかったの?」
「いいのかい?!」
「……ん、いいよ。あと……今夜は、オリバーの家に泊まるって、言ってきたから……」
俺の事、好きにしていいよ。
耳元でそっと囁くと、今までにないほどきつく抱きしめられた。
着物の弓月を気遣って、デートはドライブにすることにした。
薄紫の可愛らしい着物を着た恋人の姿を、オリバーは飽きることなく見つめる。
膝の上で揃えられた手も、桃色の口紅を差した控えめな唇も。素の弓月も愛しいけれど、こうして着飾った弓月もたまらなく愛おしい。
爪に塗られた透明なマニュキュア。繊細な指先。つやつやしていて飽きることなく触っていられる。
運転席と座席はカーテンで仕切られていて執事の目は届かない。
2人は何度となく、こっそり唇を重ねては小さく笑いあった。
景色のいい場所をめぐり、静かなカフェで甘いものを食べて。少し涼しくなった夕方、見事な夕日を眺めながら、甘い甘いキスをした。
「本当にいいの?ここから先に進んだら、本当に戻れなくなる」
多分、オリバーもまだ、迷っていた。
あれほど自信満々に、弓月を恋人にすると宣言していたのに。弓月を自分のエゴに巻き込んでいいものか、迷いがあったのだろう。
「もう決めた。俺は、オリバーと一緒にいる」
「…ゆ、」
「だから俺のこと、めいっぱい愛して」
ようやく、二人で先に進む覚悟が決まった。
もう怖いものなんて無い、そんな気さえした。
明かりを落とした部屋の中、2人の吐息だけが響く。
オリバーの家に来てからお互いにむしり取るように衣服を脱がせ合い、性急にシャワーを浴びた。
暑さのせいもあるのかもしれないが、頭が沸騰していて思考がまとまらない。
ただ、お互いが欲しい、それだけだ。
「今日はここも触るよ」
オリバーの長い指が、弓月の尻のあわいを探った。
泡立てたソープで、自分ですらあまり触らない場所を洗われる。それは想像以上の羞恥で、弓月はオリバーの肩口にぎゅっと顔を押し付けた。
「少し開くよ」
「ん……」
ソープの滑りを利用して、オリバーの指先が僅かに中に入ってくる。
力の抜きかたがなかなかわからなくて苦心したが、入口をマッサージするように何度も押し広げられれば、徐々に身体が緩んでくる。
違和感に弓月は唇を噛むが、オリバーの指が止まることはなかった。
「あっあっ……」
「弓月、上手……」
浅い部分を、ゆっくりと指が出入りする。
いつかここにオリバーを受け入れるのに、今はこんなに狭くて大丈夫なのだろうか。弓月は少し不安に思った。
「君の身体を俺の形にしていけるのがとても嬉しい。慣れるまで大変かもしれないけど、弓月を傷つけたくないからね」
そうか。自分はオリバーに合わせて変わっていくのか。そう思ったら、まだ開かれていないこの身体も愛おしく思えるから不思議だった。
丁寧に入口を探られているうちに、いつの間にか勃起していたらしい。
時折オリバーのものとぶつかり、甘やかな快感が走る。
自分もなにかしてあげたい。そう思って兆しているオリバーのものを掴むと、オリバーが息を飲むのが伝わってきた。
ああ、嬉しい。弓月の手のなかで、オリバーが大きく育っていく。弓月を欲しがって力強く反り返り、熱く脈打って。
近い未来、これで二人はひとつになる。
血管の浮いたしっかりした幹に、亀頭へと繋がるくびれ。つるりとした先端と、その中央の切れ口。
弓月はうっとりしながら、その形を確かめた。
裏筋をくすぐれば、彼の呼吸が乱れる。いつも穏やかに微笑んでいる彼を乱せるのは自分だけと思うと、弓月の中の雄がひどく喜んだ。
「もう、あがろうか。続きはベッドで…ね」
「うん……」
泡を流し、適当に水分を拭き取って。欲に急かされるままにベッドルームへ。
裸のままシーツの波に飛び込めば、あとはもう溺れるだけだった。
「オリバー」
「うん」
「見てて……」
先程触っていた愛しい肉棒。
弓月は裸のオリバーの足の上に四つん這いで覆い被さると、再び握ったそれを見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
こんなことをするのは、初めて。後にも先にも、彼以外にこんなことをするなんて有り得ないだろう。
弓月は顔にかかった髪を指先で耳にかけると、形を持ち始めているそれの先端をぱくりとくわえた。
「ゆ……っ、ぁあ……」
突如積極的に動いた弓月に、オリバーは驚いた。
弓月の口では、どんなに頑張っても全部頬張ることは出来ない。
それでも拙いながらに一生懸命オリバーを愛撫しようとする弓月は健気そのもので、ただそれだけで下半身が重くなった。
「……ん、む……っ、おっき……」
口に収まりきらなくて、仕方なく先っぽを咥えて吸う。
自分が気持ちいいところを思い出して、裏筋に舌をそわせたり、カリ首を唇でしごいたり。
舌の上にじわりと塩辛さが滲む。オリバーをちらりと見上げると、彼は眉間をよせて目を閉じて、荒い吐息を漏らしていた。
「は、あ……気持ちいいよ……」
「ほんと……?」
何度もオリバーと触れ合って気がついた。
切羽詰まってくると、彼は母国語が出る。普段あれほど流暢に日本語を操る彼が、その余裕もなくなって喘ぐのを、弓月だけが知っている。
それがたまらなく愛しくて、そして可愛い。
いよいよ量が増してきた先走りには時々苦味が混ざる。耳から入ってくるオリバーの吐息も、弓月のつたない技術で感じてくれていることがありありと解って、弓月は言いようのない喜びを味わった。
このまま自分の口の中で果てさせてみたい。そう思い、より深く、オリバーを咥えこもうとした。
が、しかし。
「……俺ばっかりしてもらうのはフェアじゃないね。弓月、反対向いて俺の上に跨って」
「……?」
言われたことがいまいちよく分からず、弓月はふわふわする頭でオリバーを見上げた。
「知ってる?シックスナインってやつ」
「!!」
ほら早く、そう急かされて、弓月は迷いながらもオリバーの言う通りにする。
なんて格好!まるで、自分からオリバーに口淫をねだっているよう。人の顔の上に自分の陰部を向けるなんてそんなはしたない事をするなんて!
あまりの自分の体勢に一気に頭に血が上って、頬が熱くなった。恥ずかしくてしょうがなくて、一瞬腰が引けそうになる。
せっかくオリバーを追い上げることが出来そうだったのに、これでは自分も……
「弓月、そのまま続けてくれる?……俺も弓月を気持ちよくしたい」
「……ん……」
言われるがまま、気を取り直してオリバーのペニスにもう一度キスをする。男同士、付いているものは同じはずなのに、好きな人のものというだけでどうしてこんなにも愛しく思えるのか。
鈴口の切れ目にそっと舌を差し込み、くすぐるように動かす。オリバーが呼吸をつめる音が聞こえたので、多分これで正解。そのままオリバーの分身とのディープキスを続けようとした時だった。
「ひあっ?!」
突如、弓月の尻にぬめりのあるものが塗られた。ひやりとしたそれを尻のあわいに塗り込められ、弓月は思わず腰を引いてしまった。
「ごめん、冷たかったかな。……ローションだから安心して」
あ、いよいよなんだ。弓月は身体を強ばらせた。
「大丈夫、ゆっくりするから……」
愛しげに弓月の臀部にキスをし、綺麗に笑う彼。続いて何やらビニールを開けるような音がして、その場所に触れられる感触がした。
同時に、腰に走る甘やかな快感。重力に従ってぶら下がっていた弓月の性器を、優しく握りこんで刺激してきたのだ。
「んん……」
弓月のものはオリバーの手の中に収まってしまう大きさで、気持ちいいところを余すところなく揉み込まれてしまっては抗うすべもない。
思わず揺れてしまう腰に、何度もキスされている。
視界の端に入り込んだオリバーの陽物は変わらず立派にそそりたっていて、たまらなくなった弓月は再びそれを咥えこんだ。
「……指、入れるよ」
静かに告げられて、身構える。
慎ましやかに閉じられた弓月の菊花。オリバーはコンドームを付けた中指をその中心にぐっと押し入れた。
「う、あっ……!」
「力を抜いて。ゆっくり呼吸して……」
「ん、うっ、……は……」
意識を逸らすように前の刺激を再開されると、後ろの違和感は薄れた。慣れてきた頃を見計らって差し込まれた指で中を探るようにされると、違和感と前の快感の相乗効果で全身が粟立つ。
「弓月、大丈夫?痛みはある?」
優しく問いかけてくれるオリバー。痛みは無いけれどさすがに嘘はつけなくて感じるそのままを伝えると、彼はごめんね、と告げたあとで、弓月の中で何かを探るような動きをした。
「……少し、中の感覚に集中してみて」
「……ん……」
言われて、意識をオリバーが刺激するあたりに集中してみる。
「多分ね、この辺触ってると気持ちよくなってくるはずだから……」
そんなこと言われても、わからない。そう思いながらも言われた通り意識をしていると、やがて……
「………ぁっ……?」
じくじくと疼くような感覚が湧き上がってきて、弓月は思わず吐息を漏らした。
「感じてきた?」
「んぁ、なに……あっ、は……」
くちゅくちゅというローションの水音が嫌に耳につく。
「声も、腰の動きも、すごく色っぽいよ。……その感覚を追いかけてみて」
「あ、あ、だめ、なんか変……っ」
おそらく、オリバーが見つけたその場所がいわゆる前立腺なのだろう。中指で中から、親指で外から会陰を同時に刺激されると、鈍かった快感を明確に感じられるようになってきた。
「ん、気持ちいいね。……前もすごく硬くなってて……先っぽから蜜がいっぱい溢れていて可愛いよ」
オリバーのものを刺激するのも忘れ、弓月は喘ぐ。彼の指はより正確に感じる場所を捉え、弓月を追い上げた。
「も、だめ……だめイっちゃう……!」
「いいよ、イッて」
「………あぁあ………っ……!」
ぎゅっと圧縮された快楽が一気に弾ける。強烈な電流のような波が引いたあとは身体の芯からじわりと滲む熱が足の先まで染み渡り、弓月は絶頂で緊張した身体をゆるゆると紐解いた。
四肢から力が抜け、オリバーの上に崩れ込んでしまう。火照った身体が、甘い充足感に震えた。
「……気持ちよかった?」
オリバーの声に、ふわりと思考が浮かぶ。
声を出すのも億劫で小さく頷くと、オリバーは今にも蕩けそうな笑みを向けてくれる。これからこの身体が変えられていっちゃうのかな、なんて少し不安にも思ったけれど、それで彼が喜ぶならいいかな、なんて思ったり。
「じゃあ、次は俺の番」
「え、」
少し落ち着いたと思ったところでいきなり体勢を変えられ、弓月は慌てた。
仰向けで足を抱えあげられ、また恥ずかしいところが丸見えだ。
一気に顔が熱くなって、多分今、弓月は真っ赤なりんごになっている事だろう。
何をするのかとオリバーを見上げると、彼はとんでもなく獰猛な獣の顔をしていた。
「……足、閉じてて」
「なに……」
にこりと笑ったと思うと、ぴったり閉じた太ももの間に、硬くて熱いものがねじ込まれた。
「な、なに……っ」
「まだ中には入れないから、ここ、貸してね」
これはもしや、スマタというやつではなかろうか。女性との経験は無いが、知識くらいはある。
がっちり抑え込んでくる力になすがままにされているというのに、セックスのリアルな動きにぞくぞくと腹の中がうずいてしまう。
それに。
オリバーの律動にあわせて、下からつんつんと弓月のものが突き上げられるのもいけない。
「ぅあ、ちょ………っ」
「俺のと弓月の、擦れあってるね」
「……もおっ……!」
弓月だって男だ。やられっぱなしは性にあわない。
「……もっと、締めてあげる」
意識してさらに足をきつくしめると、オリバーの表情に一瞬の焦りが見て取れた。
「ふふ、ほら……早くイッちゃえ」
「くそっ、こら……悪い子だな。……じゃあ、お言葉に甘えて」
互いの肌がぶつかり合う音と、粗い吐息と。
もしこれが、本当のセックスだったら。もっと近い距離で、もっと深い場所で、一番弱い場所を重ねあって、唯一無二の2人になれるのだろうか。
「くっ、……出すよ……っ」
大きく喘いだオリバーが、弓月の太ももの奥深くに差し込んだペニスを震わせる。性器と下腹部にぴしゃりと吐き出される白濁は、焼けるように熱く感じた。
「ぁは……熱いの出てる……いいこ」
射精は一度では終わらず、二度、三度と感じた痙攣と飛沫の放出。
眉を寄せて、僅かに唇を緩めて、呼吸を荒げて。
なんて愛しい人なんだろう。弓月はうっとりと双眸をゆるめ、光の透ける髪に指を絡めた。
「きて」
オリバーの吐精が終わった頃、弓月は両腕を広げて彼を呼ぶ。
誘惑に抗えず素直にその腕に身を任せたオリバーは、柔らかな金髪を撫でられ、穏やかな気持ちで目を閉じた。
「……ねえ弓月。あと半年もすれば、俺の家が完成するんだ」
お互い身体が落ち着いてきたところで、オリバーが口を開く。
「ぁ……白銀原に建ててるって言ってた……」
「そう。……それでさ、どう?一緒に住むって話。心は決まった?」
前々から聞いてはいたけれど、やはり新築ともなると、そこにいきなり血縁者でもない自分が行って住まうというのは少し申しわけない気もする
「前も言ったけど、ゲストルームがほしかったから、部屋数はあるんだよ。弓月が住むならこの部屋っていう部屋もあるんだ」
「そんな……なんか、悪い気がするな……」
「悪くなんかないよ。……俺はこっちで一人だろう?弓月がそばに居てくれたら、すごく心強い。それに、弓月のお父さんにはもう許可をとってるからね」
「え、うそ……」
「ほんと」
子供っぽく笑い、弓月の胸に頬を擦り寄せる。
「君が成功していく姿を、側で見ていたい。君の将来を築くための糧になりたい。……愛しい君と、少しでも長く一緒に居たい」
好きだよ、弓月。そう言われたら、なんだって聞いてあげたくなってしまう。
「弓月はどうかな。俺と、一緒にいてくれる?」
普段は凛々しく優雅な彼が、まるで子供のように甘えて。
「……なんか同棲みたい」
「うん。俺は弓月との将来も考えてるから、それでも間違い無いよ」
そうかあ、同棲かあ。
弓月はオリバーの額にそっとキスをすると、口元を緩め、極上の笑みを浮かべた。
「いいよ、一緒に暮らそ。…もとより俺、オリバーと一緒に生きようって、そう決めてたから」
「ほんと?やった!すごく嬉しい……心から君を大事にするよ。……君のお母様にも誓ったしね」
ぱちん、とウインクする彼の、また美しいこと!
弓月は、自分の幸運を噛み締めた。
これはまずい、せめて連絡をと席を立とうとしたところ、弓月からじろりと睨まれてその動きすら封じられてしまった。
お前、最後まで責任を取れと目が言っている。
そんな状態だから、まったくもって身動きが取れない、どうしたものか。
そんな空気に耐えられなくなってきたところを見計らったように、弓月は口を開いた。
「お母様、そろそろお身体がお辛くありませんか?少し顔色が悪く見えますよ。今日は軽い顔合わせですし、彼にはまた来ていただきますから、今日はそろそろ」
弓月は頃合を見計らって、美月を部屋に戻すよう動いた。
「あら、まだ大丈夫よ。私今日はとても調子がいいの。とっても嬉しいからかしら……」
「少し元気だからといって無理をしてはいけませんよ。さ、戻りましょう」
「そうかしら……」
悪く言えば単純、よく言えば素直。
美月はしぶしぶながらも席を立つと、オリバーに声をかけた。
「オリバーさん、とても素敵な方で安心したわ。私、身体が弱くて弓月ちゃんにはお母さんらしいこと何もしてあげられなくて、いつも寂しい思いをさせていたと思うの。だからね、弓月ちゃんが幸せになってくれたらいいなってずっと願っていたのよ。でもきっとあなたなら大丈夫ね。私の可愛い弓月ちゃんを、どうかお願いしますね」
世慣れしていない人、世間から離れた人。でも、誰よりも弓月の事を思っているのだと、その言葉が物語っていた。
「もちろんです。弓月さんのことは必ず私が幸せにします。この心臓に誓って」
美月は心から嬉しそうに笑っていた。
これは芝居だっていうのに、弓月まで泣きたい気分になってしまう。
美月が弓月を心から愛していることは、初めて顔を合わせたオリバーにもよく伝わってきた。
ほんの少し、最初のボタンの掛け違い。それを直さなかったことが、こんなにも歪な家族になってしまった。
誰もが相手を愛して、思いやったはずの結果が、取り返しのつかない悲劇に繋がって。それはなんという皮肉だろう。幸せにと願った娘は実は男で、多分美月が願ったような未来が来ることは無い。
……まあ、国によっては同性同士での婚姻は可能だけれど、少なくとも今のこの国に、正式な同性婚のシステムは存在しないのだし。
そうして部屋に残ったのは、オリバーと晃成の二人。
ひと山超えたところで、茶碗に残っている玉露を一口ふくみ喉を潤したオリバーは、目の前の晃成を観察した。
さきほどから落ち着きの無い様子。やはり自分が思っていたのとは大分違ったのだろう。
しかたない、こちらから動かそう。オリバーはそう思い、口を開いた。
「……イギリスでお茶というと紅茶なんですが、不思議ですね。製法の違いで色も味も香りも、まったく別のものになる。元はおなじ植物なのに。私は緑茶も好きなので最近は少し緑茶についても調べてみたんですが、こちらもとても奥深い世界で、興味深かったです」
「あ、ああ……そうだね……」
さりげなさを装って雑談をふってみたが、これはだめだ。
この人は評論家としては相当なようだが、一人の人間としては少々難ありな気がする。いや、別に悪い人では無いのだ。ただ、右を立てれば左を立てられずという人間、というべきか。
だから、弓月と母親の件も、こんなことになってしまった。
このタイプには婉曲だとか遠回しだとか、そういうややこしいことはやめた方がいい。
「……時間が気になりますか」
「……何がかな?」
「15時。近衛原慧介が来るんでしょう?」
「……」
明らかな動揺をみせる晃成に、オリバーは笑って続けた。
「ここからは秘密の話をしましょう。……私は、全てを把握した上でここへ来ました。弓月が置かれている状況も、そうなった一連の流れも。だから、どうぞ気を楽にしてください」
まさかそんな事を告げられるとは思わなかったのか、晃成は深くため息をついた。
「弓月はそんな事まで話しているのか。なら、もう隠して話す必要も無いかな」
肩の荷がおりたと言わんばかりの口調。彼は彼なりに、最愛の妻を騙すことになっている事に対して、息子に背負わせてしまった業の重さに対して、良心の呵責があったのだろう。
「そういうわけなので、ここからは私も腹を割った話をさせていただきます」
さあ、ここからが天王山。オリバーは今日一番の目的を口端に登らせた。
近衛原慧介は、香井家の門の前まで来て呆然とした。最近気に触ってしかたない、眩い金髪。いつも余裕綽々といった表情に、腹の底まで見透かしてくるような碧眼を持ったあの男が、なぜか門の横に立っている。
「やあ、奇遇だね。君も弓月の家に用事かな?」
こっちは暑さで汗だくだというのに、実に涼やかな表情。いっそ憎たらしくなるほどだ。
「お前こそなんの用だよ。まさかこんな所まで弓月についてまわってる訳じゃねーよな」
つい気が立って、語気が荒くなる。しかしそれはオリバーに軽く流されてしまった。
「俺は弓月のご両親に挨拶をしてきたところさ。これから長い付き合いになるからね」
瞬間、慧介は理解した。弓月は、自分よりもこの男を選んだということだ。自分の秘密を周りにばらされることすら受け入れてまで、この男がいいと。
「……ふうん、アイツ、いい根性してんじゃん」
我慢も限界だった。暑さも相まって、脳みそは一気に沸騰寸前まで沸き立つ。
弓月と慧介が出会ったのは小学校のころに遡る。
学校で女の子みたいだと虐められていたのを助けてやったのが、弓月との初めての接触だった。
当時の弓月はクラスのどの女子よりも可愛らしくて、初めて会った人は大体みんな弓月を女子と勘違いするほど「美少女」だった。
そんなだからクラスでも浮きがちで、仕方がないから何かと一人でいる弓月を構ってやった。ほかにも、家で女の子の格好をしていたことを黙ってやってたのに。
「だったら別に、誰にアイツのこと話してもいいってことだよな。全部ぶちまけてやる。お前との関係も絡めて全部な。オカマ男が野郎にケツ掘られてアンアン言ってるなんて、格好のネタだろ」
本当は、弓月は自分のものになるんだと思っていた。みんなが知らない共通の秘密を抱えているのはスリルがあったし、なにより綺麗な男が言いなりになるのは、慧介の自尊心を満たしてくれた。だから弓月の弱みを握って、離れられないようにしたはずだったのに。
「……君は言葉の使い方に気をつけた方がいいんじゃないかな。誰が聞いているか分かったもんじゃないんだぞ」
オリバーはあきれたように眉を寄せ、そう言い放った。この男の言葉はどんな物でも、神経を逆撫でていく。早く、目の前のこのいけ好かない男をどうにかしなくては。慧介は、目の前が苛立ちで真っ赤に染まるという感覚を知った。
そんな慧介に、オリバーは溜息とともに二の句を継ぐ。
「……というか、君のお父上は君に会社の事を何も話していないのかな?君が跡を継ぐはずの会社なのに」
「は……?」
「おかしな話だな。もう少し自分が関わるものに興味を持ったらどうだい?」
バカにされている。それはすぐに理解出来た。だが、なんの事を言っているのか、皆目見当もつかない。
「君の継ぐはずの会社は、不正会計と多額の横領、着服が発覚してね。是正のためにとある企業に事業売却されたよ」
「は……」
「ここまで言って分からないかな?」
目の前で、美しい顔の男が笑う。
うるさくないているはずの蝉の声が、一切消えた。地面からは照り返しの焼けるような赤外線を受けているはずなのに、慧介の足元から這い上がってくるのは体を芯から凍りつかせるような寒気。
まさか。
こういう時の嫌な予感ほど、よく当たるものだ。
「君ご自慢のお父上も、その会社も、全部俺の手の中ってことさ」
その瞬間、慧介は思った。
悪魔がいる。
こいつは貴族でもプリンスでも明るい転入生でもない。身内には穏やかな顔しか見せていないけれど、敵対するものにはとことん冷徹。ギリギリまで追い詰めた先で、崖から飛び降りるか命乞いするかの選択を目の前に突きつけてくる、それもこの上なく美しい笑顔で。これを悪魔と呼ばずに何と呼ぶというのだろう。
「さあどうする?ここで子供のように騒ぎ立てるか、大人しくおうちに帰っていい子にしているか。俺は別にどちらでもいい。君が好きな方を選ぶといい」
これは、喧嘩を売ってはいけない相手だ。頭の中でアラートが鳴り響く。おそらくこの男の機嫌を損ねたら、今の会社のトップにいる親族はみな、簡単に首が飛ぶことになる。そうなったらどうなる。祖父の代から積み上げてきたものが、自分の将来が、全部塵同然だ。
慧介はふらつく足をなんとか堪えるのに必死で、それ以上オリバーに食い下がる気なんて起こせなかった。
「……帰ります、このまま……」
「そうか!君が話がわかる男で良かったよ!」
じゃあまた学校でね!と手を振るオリバーは、初めて見た時とまったく違う人間に見えた。
さて、用事は済んだし帰ろうかと車を呼んだ時、玄関の引き戸が開く音がした。
「オリバー」
「弓月。全部片付いたからもう大丈夫だよ」
ずっと待っていたのだろうか。着物のまま小走りに寄ってくる姿は、ぞくぞくするほど愛おしかった。
「なんか、色々手間かけさせちゃったみたいで……」
「こんなこと、手間でもなんでもないさ。……近衛原君と話はちゃんとつけたし、理解しくれたから、弓月はもう何も心配しなくていいよ」
頬を優しく撫でられて、表情が綻ぶのを隠せない。
この人が好き。自分の全てを捧げてもいい。そして、彼に心ゆくまで愛し尽くされたい。
「……ね、デート、したいんじゃなかったの?」
「いいのかい?!」
「……ん、いいよ。あと……今夜は、オリバーの家に泊まるって、言ってきたから……」
俺の事、好きにしていいよ。
耳元でそっと囁くと、今までにないほどきつく抱きしめられた。
着物の弓月を気遣って、デートはドライブにすることにした。
薄紫の可愛らしい着物を着た恋人の姿を、オリバーは飽きることなく見つめる。
膝の上で揃えられた手も、桃色の口紅を差した控えめな唇も。素の弓月も愛しいけれど、こうして着飾った弓月もたまらなく愛おしい。
爪に塗られた透明なマニュキュア。繊細な指先。つやつやしていて飽きることなく触っていられる。
運転席と座席はカーテンで仕切られていて執事の目は届かない。
2人は何度となく、こっそり唇を重ねては小さく笑いあった。
景色のいい場所をめぐり、静かなカフェで甘いものを食べて。少し涼しくなった夕方、見事な夕日を眺めながら、甘い甘いキスをした。
「本当にいいの?ここから先に進んだら、本当に戻れなくなる」
多分、オリバーもまだ、迷っていた。
あれほど自信満々に、弓月を恋人にすると宣言していたのに。弓月を自分のエゴに巻き込んでいいものか、迷いがあったのだろう。
「もう決めた。俺は、オリバーと一緒にいる」
「…ゆ、」
「だから俺のこと、めいっぱい愛して」
ようやく、二人で先に進む覚悟が決まった。
もう怖いものなんて無い、そんな気さえした。
明かりを落とした部屋の中、2人の吐息だけが響く。
オリバーの家に来てからお互いにむしり取るように衣服を脱がせ合い、性急にシャワーを浴びた。
暑さのせいもあるのかもしれないが、頭が沸騰していて思考がまとまらない。
ただ、お互いが欲しい、それだけだ。
「今日はここも触るよ」
オリバーの長い指が、弓月の尻のあわいを探った。
泡立てたソープで、自分ですらあまり触らない場所を洗われる。それは想像以上の羞恥で、弓月はオリバーの肩口にぎゅっと顔を押し付けた。
「少し開くよ」
「ん……」
ソープの滑りを利用して、オリバーの指先が僅かに中に入ってくる。
力の抜きかたがなかなかわからなくて苦心したが、入口をマッサージするように何度も押し広げられれば、徐々に身体が緩んでくる。
違和感に弓月は唇を噛むが、オリバーの指が止まることはなかった。
「あっあっ……」
「弓月、上手……」
浅い部分を、ゆっくりと指が出入りする。
いつかここにオリバーを受け入れるのに、今はこんなに狭くて大丈夫なのだろうか。弓月は少し不安に思った。
「君の身体を俺の形にしていけるのがとても嬉しい。慣れるまで大変かもしれないけど、弓月を傷つけたくないからね」
そうか。自分はオリバーに合わせて変わっていくのか。そう思ったら、まだ開かれていないこの身体も愛おしく思えるから不思議だった。
丁寧に入口を探られているうちに、いつの間にか勃起していたらしい。
時折オリバーのものとぶつかり、甘やかな快感が走る。
自分もなにかしてあげたい。そう思って兆しているオリバーのものを掴むと、オリバーが息を飲むのが伝わってきた。
ああ、嬉しい。弓月の手のなかで、オリバーが大きく育っていく。弓月を欲しがって力強く反り返り、熱く脈打って。
近い未来、これで二人はひとつになる。
血管の浮いたしっかりした幹に、亀頭へと繋がるくびれ。つるりとした先端と、その中央の切れ口。
弓月はうっとりしながら、その形を確かめた。
裏筋をくすぐれば、彼の呼吸が乱れる。いつも穏やかに微笑んでいる彼を乱せるのは自分だけと思うと、弓月の中の雄がひどく喜んだ。
「もう、あがろうか。続きはベッドで…ね」
「うん……」
泡を流し、適当に水分を拭き取って。欲に急かされるままにベッドルームへ。
裸のままシーツの波に飛び込めば、あとはもう溺れるだけだった。
「オリバー」
「うん」
「見てて……」
先程触っていた愛しい肉棒。
弓月は裸のオリバーの足の上に四つん這いで覆い被さると、再び握ったそれを見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
こんなことをするのは、初めて。後にも先にも、彼以外にこんなことをするなんて有り得ないだろう。
弓月は顔にかかった髪を指先で耳にかけると、形を持ち始めているそれの先端をぱくりとくわえた。
「ゆ……っ、ぁあ……」
突如積極的に動いた弓月に、オリバーは驚いた。
弓月の口では、どんなに頑張っても全部頬張ることは出来ない。
それでも拙いながらに一生懸命オリバーを愛撫しようとする弓月は健気そのもので、ただそれだけで下半身が重くなった。
「……ん、む……っ、おっき……」
口に収まりきらなくて、仕方なく先っぽを咥えて吸う。
自分が気持ちいいところを思い出して、裏筋に舌をそわせたり、カリ首を唇でしごいたり。
舌の上にじわりと塩辛さが滲む。オリバーをちらりと見上げると、彼は眉間をよせて目を閉じて、荒い吐息を漏らしていた。
「は、あ……気持ちいいよ……」
「ほんと……?」
何度もオリバーと触れ合って気がついた。
切羽詰まってくると、彼は母国語が出る。普段あれほど流暢に日本語を操る彼が、その余裕もなくなって喘ぐのを、弓月だけが知っている。
それがたまらなく愛しくて、そして可愛い。
いよいよ量が増してきた先走りには時々苦味が混ざる。耳から入ってくるオリバーの吐息も、弓月のつたない技術で感じてくれていることがありありと解って、弓月は言いようのない喜びを味わった。
このまま自分の口の中で果てさせてみたい。そう思い、より深く、オリバーを咥えこもうとした。
が、しかし。
「……俺ばっかりしてもらうのはフェアじゃないね。弓月、反対向いて俺の上に跨って」
「……?」
言われたことがいまいちよく分からず、弓月はふわふわする頭でオリバーを見上げた。
「知ってる?シックスナインってやつ」
「!!」
ほら早く、そう急かされて、弓月は迷いながらもオリバーの言う通りにする。
なんて格好!まるで、自分からオリバーに口淫をねだっているよう。人の顔の上に自分の陰部を向けるなんてそんなはしたない事をするなんて!
あまりの自分の体勢に一気に頭に血が上って、頬が熱くなった。恥ずかしくてしょうがなくて、一瞬腰が引けそうになる。
せっかくオリバーを追い上げることが出来そうだったのに、これでは自分も……
「弓月、そのまま続けてくれる?……俺も弓月を気持ちよくしたい」
「……ん……」
言われるがまま、気を取り直してオリバーのペニスにもう一度キスをする。男同士、付いているものは同じはずなのに、好きな人のものというだけでどうしてこんなにも愛しく思えるのか。
鈴口の切れ目にそっと舌を差し込み、くすぐるように動かす。オリバーが呼吸をつめる音が聞こえたので、多分これで正解。そのままオリバーの分身とのディープキスを続けようとした時だった。
「ひあっ?!」
突如、弓月の尻にぬめりのあるものが塗られた。ひやりとしたそれを尻のあわいに塗り込められ、弓月は思わず腰を引いてしまった。
「ごめん、冷たかったかな。……ローションだから安心して」
あ、いよいよなんだ。弓月は身体を強ばらせた。
「大丈夫、ゆっくりするから……」
愛しげに弓月の臀部にキスをし、綺麗に笑う彼。続いて何やらビニールを開けるような音がして、その場所に触れられる感触がした。
同時に、腰に走る甘やかな快感。重力に従ってぶら下がっていた弓月の性器を、優しく握りこんで刺激してきたのだ。
「んん……」
弓月のものはオリバーの手の中に収まってしまう大きさで、気持ちいいところを余すところなく揉み込まれてしまっては抗うすべもない。
思わず揺れてしまう腰に、何度もキスされている。
視界の端に入り込んだオリバーの陽物は変わらず立派にそそりたっていて、たまらなくなった弓月は再びそれを咥えこんだ。
「……指、入れるよ」
静かに告げられて、身構える。
慎ましやかに閉じられた弓月の菊花。オリバーはコンドームを付けた中指をその中心にぐっと押し入れた。
「う、あっ……!」
「力を抜いて。ゆっくり呼吸して……」
「ん、うっ、……は……」
意識を逸らすように前の刺激を再開されると、後ろの違和感は薄れた。慣れてきた頃を見計らって差し込まれた指で中を探るようにされると、違和感と前の快感の相乗効果で全身が粟立つ。
「弓月、大丈夫?痛みはある?」
優しく問いかけてくれるオリバー。痛みは無いけれどさすがに嘘はつけなくて感じるそのままを伝えると、彼はごめんね、と告げたあとで、弓月の中で何かを探るような動きをした。
「……少し、中の感覚に集中してみて」
「……ん……」
言われて、意識をオリバーが刺激するあたりに集中してみる。
「多分ね、この辺触ってると気持ちよくなってくるはずだから……」
そんなこと言われても、わからない。そう思いながらも言われた通り意識をしていると、やがて……
「………ぁっ……?」
じくじくと疼くような感覚が湧き上がってきて、弓月は思わず吐息を漏らした。
「感じてきた?」
「んぁ、なに……あっ、は……」
くちゅくちゅというローションの水音が嫌に耳につく。
「声も、腰の動きも、すごく色っぽいよ。……その感覚を追いかけてみて」
「あ、あ、だめ、なんか変……っ」
おそらく、オリバーが見つけたその場所がいわゆる前立腺なのだろう。中指で中から、親指で外から会陰を同時に刺激されると、鈍かった快感を明確に感じられるようになってきた。
「ん、気持ちいいね。……前もすごく硬くなってて……先っぽから蜜がいっぱい溢れていて可愛いよ」
オリバーのものを刺激するのも忘れ、弓月は喘ぐ。彼の指はより正確に感じる場所を捉え、弓月を追い上げた。
「も、だめ……だめイっちゃう……!」
「いいよ、イッて」
「………あぁあ………っ……!」
ぎゅっと圧縮された快楽が一気に弾ける。強烈な電流のような波が引いたあとは身体の芯からじわりと滲む熱が足の先まで染み渡り、弓月は絶頂で緊張した身体をゆるゆると紐解いた。
四肢から力が抜け、オリバーの上に崩れ込んでしまう。火照った身体が、甘い充足感に震えた。
「……気持ちよかった?」
オリバーの声に、ふわりと思考が浮かぶ。
声を出すのも億劫で小さく頷くと、オリバーは今にも蕩けそうな笑みを向けてくれる。これからこの身体が変えられていっちゃうのかな、なんて少し不安にも思ったけれど、それで彼が喜ぶならいいかな、なんて思ったり。
「じゃあ、次は俺の番」
「え、」
少し落ち着いたと思ったところでいきなり体勢を変えられ、弓月は慌てた。
仰向けで足を抱えあげられ、また恥ずかしいところが丸見えだ。
一気に顔が熱くなって、多分今、弓月は真っ赤なりんごになっている事だろう。
何をするのかとオリバーを見上げると、彼はとんでもなく獰猛な獣の顔をしていた。
「……足、閉じてて」
「なに……」
にこりと笑ったと思うと、ぴったり閉じた太ももの間に、硬くて熱いものがねじ込まれた。
「な、なに……っ」
「まだ中には入れないから、ここ、貸してね」
これはもしや、スマタというやつではなかろうか。女性との経験は無いが、知識くらいはある。
がっちり抑え込んでくる力になすがままにされているというのに、セックスのリアルな動きにぞくぞくと腹の中がうずいてしまう。
それに。
オリバーの律動にあわせて、下からつんつんと弓月のものが突き上げられるのもいけない。
「ぅあ、ちょ………っ」
「俺のと弓月の、擦れあってるね」
「……もおっ……!」
弓月だって男だ。やられっぱなしは性にあわない。
「……もっと、締めてあげる」
意識してさらに足をきつくしめると、オリバーの表情に一瞬の焦りが見て取れた。
「ふふ、ほら……早くイッちゃえ」
「くそっ、こら……悪い子だな。……じゃあ、お言葉に甘えて」
互いの肌がぶつかり合う音と、粗い吐息と。
もしこれが、本当のセックスだったら。もっと近い距離で、もっと深い場所で、一番弱い場所を重ねあって、唯一無二の2人になれるのだろうか。
「くっ、……出すよ……っ」
大きく喘いだオリバーが、弓月の太ももの奥深くに差し込んだペニスを震わせる。性器と下腹部にぴしゃりと吐き出される白濁は、焼けるように熱く感じた。
「ぁは……熱いの出てる……いいこ」
射精は一度では終わらず、二度、三度と感じた痙攣と飛沫の放出。
眉を寄せて、僅かに唇を緩めて、呼吸を荒げて。
なんて愛しい人なんだろう。弓月はうっとりと双眸をゆるめ、光の透ける髪に指を絡めた。
「きて」
オリバーの吐精が終わった頃、弓月は両腕を広げて彼を呼ぶ。
誘惑に抗えず素直にその腕に身を任せたオリバーは、柔らかな金髪を撫でられ、穏やかな気持ちで目を閉じた。
「……ねえ弓月。あと半年もすれば、俺の家が完成するんだ」
お互い身体が落ち着いてきたところで、オリバーが口を開く。
「ぁ……白銀原に建ててるって言ってた……」
「そう。……それでさ、どう?一緒に住むって話。心は決まった?」
前々から聞いてはいたけれど、やはり新築ともなると、そこにいきなり血縁者でもない自分が行って住まうというのは少し申しわけない気もする
「前も言ったけど、ゲストルームがほしかったから、部屋数はあるんだよ。弓月が住むならこの部屋っていう部屋もあるんだ」
「そんな……なんか、悪い気がするな……」
「悪くなんかないよ。……俺はこっちで一人だろう?弓月がそばに居てくれたら、すごく心強い。それに、弓月のお父さんにはもう許可をとってるからね」
「え、うそ……」
「ほんと」
子供っぽく笑い、弓月の胸に頬を擦り寄せる。
「君が成功していく姿を、側で見ていたい。君の将来を築くための糧になりたい。……愛しい君と、少しでも長く一緒に居たい」
好きだよ、弓月。そう言われたら、なんだって聞いてあげたくなってしまう。
「弓月はどうかな。俺と、一緒にいてくれる?」
普段は凛々しく優雅な彼が、まるで子供のように甘えて。
「……なんか同棲みたい」
「うん。俺は弓月との将来も考えてるから、それでも間違い無いよ」
そうかあ、同棲かあ。
弓月はオリバーの額にそっとキスをすると、口元を緩め、極上の笑みを浮かべた。
「いいよ、一緒に暮らそ。…もとより俺、オリバーと一緒に生きようって、そう決めてたから」
「ほんと?やった!すごく嬉しい……心から君を大事にするよ。……君のお母様にも誓ったしね」
ぱちん、とウインクする彼の、また美しいこと!
弓月は、自分の幸運を噛み締めた。
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