白雪姫は処女雪を鮮血に染める

034.白雪姫

　それから後のことは、あまりよく覚えていない。
　痛みに耐えることに必死で、余裕が無かったのも理由だ。
　だた、覚えていることもある。
　私に覆いかぶさる父の向こう側に、扉を開けて部屋に駆けこんでくる人物の姿が見えた。
　あらかじめ、メイドにお願いしておいた伝言が、伝わったのだと思った。
　叫び声。
　鈍い音。
　それらを子守唄に、私は意識を失った。
　そして、目が覚めたとき、色々なことが変わっていた。
　色々なことが終わっていた。
　父は王では無くなった。
　母は王妃では無くなった。
　父と母は静養することになった。
　ただし、静養場所は別々だそうだ。
　そして私は、戻ったお城から、すぐに連れ出された。

　色々なことが分かったらしい。
　父がやっていたこと。
　父が隠していたこと。
　知られたとしても、隠されていたこと。
　けど、私にその内容が伝えられることは無かった。
　ただ、孤児院から子供が姿を消すことは無くなるだろうと言われた。
　とても、優しい顔で言われた。
「私との婚約を破棄しなくてもよろしいのですか？」
　そう尋ねた。
　だって、当然だと思った。
　私は裏切ったのだ。
　心も身体も。
　だから、その報いは受けるべきだと思った。
　けれど、首を横に振られた。
「一目惚れだったんですよ」
　そう言われた。
「あなたの優しさと勇気に惚れ直しました」
　それだけを言われた。

「おかえりなさいませ、お嬢様！」
　丈の短いスカートのメイドに出迎えられた。
「王子様との結婚生活は順調？」
　このお店に足を運ぶたびに、そう聞かれる。
　それに対して、私の答えはいつも同じだ。
「そうそう、この前ね、懐かしい人に会ったよ。誰だと思う？」
　そう教えてくれたときの顔は、笑顔だった。
「あ、ちょうどよかった。新しい薬を作ったんだけど、いらない？」
　たまたま、お店に来ていたらしい彼女が小瓶を見せてくる。
「新しい薬はいらないわ。前と同じものをいただくわ」
「まいど」
　彼女からもらった小瓶には助けられた。
　一本目は母に。
　二本目は父に。
　あの日の夜に助けられた。

　今でも思う。
　これで良かったのだろうかと。
　けれど、あのときは、ああするしか思いつかなかった。
　私を愛してくれる人達。
　色々な愛し方をしてくれる人達。
　それぞれの愛に、それぞれの形で、応えたかった。
　上手く応えられたかどうかは分からない。
　けど、分かっていることもある。
「ねぇ、今、幸せ？」
　このお店から出るときに、いつもそう聞かれる。
　それに対する、私の答えはいつも同じだ。