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030.王子に連れられて(決心)

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「お帰りなさい、白雪姫。今日は遅かったね」
 モモが笑顔で出迎えてくれる。
「ごめんなさい。仕事で遅くなってしまったの」
 私も笑顔で応える。
 笑顔だったと思う。
 笑顔になっていたと思う。
「それじゃあ、オレはこれで失礼します」
「あ、白雪姫を送ってくれたんですね。ありがとうございます」
 モモの言葉に手を振って応えながら、護衛の人が帰っていく。
 今日は彼にお世話になった。
 おかげで、彼女に会うことができた。
 そして、知ることができた。
「白雪姫、一緒に夕食を食べましょう。冷めちゃったけどね」
 今日はいつもより遅かったというのに、食べずに待っていてくれたのだろう。
 モモが食事の用意をする。

 モモの食事は美味しい。
 温かいときはもちろんだけど、冷めても美味しい。
 きっと、冷めても美味しいものを作ってくれているのだと思う。
 私の帰宅が遅くなることがあるからだろう。
 そのことに感謝する。
 感謝しながら、楽しい食事の時間を過ごす。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
 いつもなら、この後は二人で食器を洗って眠りにつく。
 特に今日は夜も遅い。
 態度には出さないけど、モモも眠いと思う。
 けど、私はモモに話さないといけないことがある。
 明日にしてもよかった。
 けど、決心が鈍らないうちに話しておきたかった。
「あのね、モモ。話があるの」
「なに?」
 モモは嫌な顔もせず、私の話に耳を傾けてくれた。

「私ね。王子様のプロポーズを受けようと思うの」
 私がそれを告げると、モモはきょとんとした顔になる。
「え? まだ、受けていなかったの?」
 そして、そんなことを言ってくる。
「てっきり、もう受けていて、結婚の準備をしているんだと思っていた」
 モモはそんなふうに思っていたらしい。
 私が断る可能性は全く考えていたかったようだ。
 王子と結婚することが私の幸せだと、疑ってもいないのだろう。
 その様子を見て、私は肩透かしされたような気分になった。
 私としては相当な覚悟で決心したつもりだったのだけど、それが大したことないことだと言われたような気がした。
 少しだけ心が軽くなった。
 けど、完全に軽くはならない。
 それは、王子との結婚が憂鬱だからじゃない。
 その理由を、私は思い返していた。

「お客様! どうかなされたのですか!」
 扉が激しくノックされる。
 彼女が喚き散らしている声が聞こえたのだろう。
 何かあったと思ったに違いない。
「心配するな! 妹の前だから、ちょっと張り切り過ぎただけだ!」
「当館の従業員に無茶なことをなさらないでください!」
「わかったよ!」
 護衛の人が何とか誤魔化そうとしている。
 この隙になんとか彼女をなだめなければならない。
「落ち着いて。落ち着いて、チェリー」
 孤児院で消えて以来、行方不明になっていた彼女。
 チェリーを抱きしめながら、私は耳元で囁き続ける。
 けど、私の言葉が届いているようには見えない。
 それでも抱きしめ続けていると、言葉になっていない叫び声が、しだいに泣き声へと変わっていく。
「……ごめんなさい」
 大声で泣く声が、すすり泣く声に変わり、さらに時間が経った後、チェリーがゆっくりと身体を離す。

「もう大丈夫だから」
 あいかわらず目は合わせてくれない。
 けど、話ができるくらいには落ち着いたようだ。
 逃げ出す様子もない。
「……」
 私は迷う。
 孤児院にいた子供達。
 そのうち、私とモモとユズを除く子供達。
 彼女を含め、霧のように姿を消した子供達。
 そのことを知りたくて、彼女を追いかけてきた。
 けど、私は迷う。
 訊いていいのだろうか。
 何かがあったのは間違いない。
 それは、彼女が発狂したように泣き叫ぶ何かだ。
 そして、彼女以外がここにいないような何かだ。
「他のみんながどうしたか、だったわよね」
 私が迷っている間に、彼女はその答えを語り始めた。

「結果だけを知りたいわけじゃないのよね。どうなったかを知りたいのよね」
「……ええ」
 かつては男の子の背に隠れていた、恥ずかしがり屋のチェリー。
 だけど、ここに隠れる背中を貸してくれる男の子はいない。
 だからだろうか。
 彼女は恥ずかしがる様子もなく、話し始めた。
 けど、彼女の瞳は私を映していない。
 まるで独り言のようだ。
 だから、恥ずかしがる必要がないのだろうか。
「お城から兵士が来たの。そのときはお城の兵士だとは分からなかったけど、すぐに分かったわ。私達をお城に連れていったからね」
 私は、ちらりと護衛の人を見る。
 すると、私の視線に気づいた護衛の人が、無言で首を横に振る。
 この国のお城では、そんなことは無かったという意味だろう。
「豪華な食事に、豪華な服。お城の大人達は、私達に親切にしてくれたわ。無理やり連れて来られたから、最初は不安だったけど、次第にみんな豪華な生活を満喫するようになっていったの。それで、どうしてこんなによくしてくれるのかって訊いたら、王様が子供に優しい人で、私達みたいな孤児をかわいそうだと思ったからだって言われた」
「……」
 彼女の話は続く。

「私達は幸運に感謝したわ。白馬に乗った王子様じゃなかったけど、優しい王様が私達を迎えに来てくれたって思ってね」
 彼女は自虐的な笑みを浮かべる。
 それを幸運だと考えてしまった、過去の自分を嘲っているのだろうか。
 今の彼女がこんな場所にいることを考えれば、それが幸運でなかったことは容易に推測できた。
「だから、王様が私達全員をお手付きにしたときも、そんなにショックは受けなかった。そういう愛情もありかなって思った」
「全員って……」
「もちろん、男も女もよ?」
「……そう」
 私は、それほど驚かなかった。
 ああ、やっぱり、と思っただけだった。
 彼女達がお城に連れていかれたことにじゃない。
 連れていかれた先で体験したことについてだ。
「けど、私達がお手付きになったのは、1回だけだった」

 かつて私は不思議に思ったことがあった。
 お城に連れてこられた孤児達。
 父が優しくしていた子供達。
 そのうちの何人かは父のお世話をする仕事に就き、そのうちの何人かは姿を消した。
 不思議には思ったけど、深く考えたことは無かった。
 父に懐いた子供はお世話をする仕事に就き、懐かなかった子供は孤児院に戻ったのだろうと考えた。
 そう思っていた。
「その後のことは話したくない……けど、一つだけ教えてあげる。私は従順だったから、ここで働かせてもらえているの。実際には、怯えて逆らうことができなかっただけなんだけどね」
 そう言って、彼女はおかしそうに笑った。
 本当におかしそうだった。
 まるで道化が主役の演劇を見ているかのように、おかしそうに笑っていた。
「それじゃあ、そろそろ始めましょうか」
 そして、唐突にそう言った。
「え?」
 何のことか分からなかった私に対して、彼女は親切に教えてくれた。
「私はそこの男の人とまぐわって、あなたはそれを見学するのでしょう?」

「それは、お姫様をおまえに会わせるための口実……」
「だぁめ♪」
 甘ったるい声で護衛の人に擦り寄りながら、彼女が護衛の人の唇を奪う。
 舌が差し込まれ、口の中の唾液がかき混ぜられる音が聞こえてくる。
「っ! ……ぷはっ! おい、よせ!」
「なぜ? ここは『そういう行為』をする場所よ」
 そして、護衛の人の抵抗を、するりとかわしながら、手慣れた様子で服を脱がしていく。
 そして、自分の服も脱いでいく。
「よせって!」
「やんっ♪」
 突き放そうと護衛の人が出した手が、彼女の胸に当たる。
 乱暴な手つきだったけど、彼女はそれすらも嬉しそうにする。
「……言う通りにしてあげて」
「お姫様!?」
 それが彼女の望みなら、きっと私はそうしなければならないのだと思う。
 それが、平和に暮らしていた私に対する仕返しなのか、今の自分を見て欲しいという願いだったのかは分からない。
 けど、彼女は幸せそうだった。
 狂ったように腰を振りながら、幸せそうにしていた。
 そうしている間だけ、嫌なことを忘れることができる。
 まるで、そう言っているかのようだった。
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