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026.出会い(一夜)

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「それでお姫様は、なんだってこの町に?」
 護衛の人が尋ねてくる。
 けど、私はそれに対する答えを持っていない。
「わかりません。気付いたら、この町の近くにある、森の孤児院にいました」
「気付いたら? 眠っている間に運ばれたってことか?」
 護衛の人が疑わしそうに私を見てくる。
 眠っている間に運ばれたら、さすがに気付くだろう、とでも言いたげな顔だ。
 だから、私は補足する。
「毒を盛られて血を吐いて、生死の境を彷徨っている間に運ばれたようです。まあ、眠っている間に運ばれたようなものですね」
「全然違うと思うぞ!?」
 なぜだろう。
 補足したのに、かえって否定された。
 けど、私が知らないうちに運ばれた点について否定されたわけじゃないようだ。
 護衛の人が難しそうな顔をする。

「ふむ。だとすると、どうなるかな。保護して城に連れて行くという話なら簡単だったんだが、命を狙われているとなると……」
 どうやら、護衛の人は私を助けようとしてくれているらしい。
 おそらく、主人である王子もそう考えると判断しているのだろう。
 突然訪れたお城に戻るチャンス。
 だけど、私は迷う。
 毒を盛った相手は分かっている。
 その相手を恨んではいない。
 その相手に会いたいとも思う。
 けれど、その相手は私を遠ざけたいのだろうということも予想ができている。
 だから、私は迷う。
 私はお城に戻っていいのだろうか。
「私のことは見つけなかったことにしてください」
 気付いたら私はそう口にしていた。
 チャンスをふいにする言葉。
 無意識に口にした言葉だったけど、後悔の念は湧いてこなかった。
 会いたい。
 けど、それ以上に、その想いに応えたい。
 それが私の母への愛だった。

 私の言葉を聞いて、護衛の人が考え込む。
「それで若が納得するとは思えないな。命を狙われているなら無理に城に連れて行こうとはしないと思うが、それでも保護しようとはするはずだ」
 護衛の人の推測だけど、おそらく王子の性格を把握した上で、そう考えたのだろう。
 だから、王子が実際にそのような行動に出る可能性は高いと思う。
 親切心からなのだろうけど、私にとっては余計なお世話だ。
「それでは、寝ているうちに、この人を連れ帰ってください」
 本当は私が姿を隠した方がよいのだろうけど、ここは私の職場だ。
 苦労して見つけた仕事を、辞めたくはない。
「それでもいいんだが……うーん……」
 護衛の人が悩んでいる。
 王子が起きた後のことを考えているのだろう。
 本人である私が望んだことであるとはいえ、保護すべき対象を放っておくことになるのだ。
 叱られるのかも知れない。

「とりあえず、若が目を覚ますまで付き添ってやってくれないか。恩を売っておけば、お姫様の希望を聞いてくれるかも知れないぞ」
 護衛の人が悩んだ末に言った言葉は、それだった。
「……はぁ。わかりました」
 面倒だけど、仕方がない。
 溜息をつきながらも頷く。
 こちらが無理を言っている自覚はある。
 だから、護衛の人の提案を受けることにした。
「ありがとな。じゃあ、頼んだぜ」
 そう言って、気楽な様子で部屋を出て行く護衛の人。
 部屋に残されたのは、私と王子の二人だ。
「……」
 このまま王子が目覚めるまで見守るのか。
 どうやって時間を潰そう。

 途中、モモが夕食を持ってきてくれた。
 私はお礼を言ってそれを食べる。
 そして、食器を返す。
 そのくらいの時間が経っても、王子が目覚める気配はない。
 モモが入れた量が多いせいか、睡眠薬がよく効いているようだ。
 効き過ぎている。
「ふあぁ……」
 いっそ放り出したい気分になってきた。
 けど、そういうわけにはいかない。
 そんなことをしたら、モモが罰せられるかも知れない。
 まず、私が王子と話す必要がある。
 私なら、怒られることはあっても、罰せられる可能性は無い。
「……」
 仕事をしていた方が、大変ではあるけど、退屈ではない。
 だから、眠たくなることも無い。
 今は退屈で眠たい。
 簡単に引き受けるんじゃなかった。
 私は後悔し始めていた。

「……ま」
 夢現の中、私は誰かの声を聞いた。
「……姫様」
 聞き覚えの無い声。
 けど、聞いたことがあるような気もする。
「……白雪姫様」
 名前を呼ばれた。
 そこで私は覚醒する。
 名前を呼ばれたということは、私に話しかけているということだ。
 瞳を開ける。
 どうやら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
 夕食を食べた後、急に眠くなってきたことを覚えている。
 清潔なシーツの肌触りに、このまま寝ていたい気持ちになるけど、なんとかそれを振り払う。
 のんきに寝ているわけにはいかない。
 私はやることがあって、ベッドの側にいたのだ。
 寝るために、ベッドの側にいたわけではない。
 そこで、ふと、気付く。
 どうして、シーツの肌触りを感じるのだろう。
 私はベッドの側にいたはずで、ベッドの中にいたわけではない。
 そのはずだ。
 なのに、私はベッドの中にいた。
 それも、一糸まとわぬ姿で。

「申し訳ありません!」
 最初に目に入ったのは土下座だった。
 ぴんと伸びて、指先が綺麗の揃っている土下座。
 それが目に入った。
「えーっと……」
 状況が判らない。
 判るのは、青年が私に対して土下座をしているという事実だけ。
 青年は王子だったはずだ。
「申し訳ありません!」
 王子は再び私に謝ってくる。
 けど、私はまだ状況を把握できていない。
 だから、何に対して謝られているのか、理解できない。
「嫁入り前の娘……しかも、王女と一夜を共にしてしまうなど……」
 その言葉で、私はようやく状況を理解した。
 私はいつの間にかベッドに入っていた。
 青年はもともとベッドに寝ていた。
 つまり、二人でベッドを共にした。
 それも、一晩中。
「責任を取らせてください!」
 遅まきながら、私の顔が熱を持ち始めた。
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