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020.町での生活(女王と聖母)

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 カフェとは言っても、男性のお客さんが多く、女性の店員が接客しているわけだから、水商売に近いところもある。
 とはいえ、このお店の営業時間は昼間だから、体を売ることはない。
 けど、中にはそれを分かっていないお客さんもいる。
「ひゃんっ!」
 あっちで、モモの可愛い悲鳴が聞こえる。
「ちょっと! 今お尻に触ったの誰よ!」
 そっちで、ユズの怒号が聞こえる。
「……」
 『そういうお店』なら、それはサービスの一つなのだろう。
 そう思って、オーナーさんに質問したことがある。
 するとオーナーさんは、こう言った。
『そういうサービスは提供していないから、断っていいわよ。けど、必ず笑顔で断りなさい。相手を不快にさせずに窘められてこそ、メイドでしょう』
 オーナーの中で、メイドはどんな完璧超人なのだろう。
 それはともかく、セクハラは断っていいことは確認している。
 ただし、それはセクハラされてからじゃ遅い。
 セクハラされる前に断らなきゃいけない。
 けど、モモとユズは、それが苦手のようだった。

 私の場合は、なぜか身体に触れようとしてくるお客さんが少ない。
 魅力がないのだろうかと複雑な気持ちになるけど、別にセクハラされたいわけじゃないから、自分の状況に不満はない。
 不満があるのは、モモとユズの状況についてだ。
 ユズはまだいい。
 自分で言い返せる。
 笑顔ではないけれど、後を引かない、さっぱりとした怒り方で、お客さんからの評判もいい。
 ユズの怒るときの表情が可愛くて、からかっているお客さんもいるみたいだ。
 だから、オーナーも黙認している。
 問題はモモだ。
「もう、ダメですよ」
 困った顔で控え目に怒るだけで、お客さんから舐められている。
 何度も同じようにセクハラを繰り返してくるお客さんがいるのだ。
 オーナーさんも気になっているみたいだけど、本人が激しく嫌がっていないから、様子を見ているらしい。
 ガシャン!
 食器の割れる音が店内に響く。
 そちらを見ると、モモがまたセクハラを受けたらしい。
 お尻を押さえて床に座り込んでいる。
 その際に、食器を落してしまったのだろう。
 飲み物が入った状態だったらしく、モモのメイド服も汚れている。
 これは少しやりすぎなのではないだろう 

 思い返してみれば、お店の常連さんは、セクハラをすることがあっても、店員の仕事を邪魔することはない。
 からかう程度に店員に触れて、その反応を楽しむのだ。
 そして、忙しそうにしている店員や、本気で嫌がっている店員には、二回目はおこなわない。
「いたっ」
 モモが小さい悲鳴を上げて、自分の指を咥える。
 近くで見ていなくても分かった。
 割れた食器を片付けようとして、指を切ったのだろう。
 私が料理をしようとして指を切ったときも咥えてもらったから、知っている。
 そして、その原因になったセクハラをしたお客さんは、モモを見ながらニヤニヤとしている。
 面白がっている。
 つまり、こうなる可能性にも気づいていたということだ。
 決定だ。
 これはやりすぎている。
 モモに怪我をさせるなんて。
「……」
 私は無言で、そのお客さんの方に歩いていった。

「なんだい、お嬢ちゃん?」
 お客さんは、近づく私を見て、からかうようにニヤニヤしている。
 私が文句を言うとでも思っているのだろうか。
 けど、自分はお客だから大丈夫だとでも思っているのだろうか。
 にこっ。
「?」
 私が微笑むと、予想外の行動だったのか、お客さんが不思議そうな顔をする。
 オーナーさんは言った。
 『必ず笑顔で』『相手を不快にさせずに』と言った。
 なら、それを満たせばいいということだ。
 すっ……
 私は片足を静かに持ち上げる。
 短いスカートだ。
 白いふとももが少しずつ露わになっていく。

 目の前のお客さんだけでなく、周囲のお客さんの視線も集まっているのが分かる。
 けど、私はそれを気にすることなく、さらに片足を持ち上げていく。
 そして、もう少しで下着が見えそうというところで、私は足をぴたっと止める。
「白雪姫ダメッ!」
 ダンッ!!!
 私が勢いよく振り下ろした足のつま先が、モモにセクハラを働いたお客さんの股間の先端を掠めて、そのままの勢いで床に叩きつけられる。
 おしい。
「……モモ、邪魔しないで。外しちゃったじゃない」
 後ろからモモが抱き着いてきた衝撃で、姿勢が少し崩れてしまった。
 そのせいで、狙いが僅かに外れて、くちゃっと潰すことができなかった。
 当たっていたら、女であり子供でもある私の力でも、卵の殻を割るように、くちゃっとできたと思うのに。
 足の裏と床がぶつかって立てる音に驚いたのか、店内に静寂が訪れる。
「やりすぎよ、白雪姫」
 かけられた声にそちらを見ると、ユズが床に落ちて割れた食器を片付けているところだった。

 ユズの言葉に私は反省する。
「そうね、足を持ち上げるなんて、はしたなかったわね」
「いや、そうじゃなくて」
「食事をするところで大きな音を立てたのも、マナー違反だったわね」
「そうでもなくて」
 ユズが何か言っているけど、周囲に迷惑をかけてしまったのは確かだろう。
 迷惑をかけたら、謝るべきだと思う。
 私は静まり返った店内を見回してから、頭を下げる
「みなさま、お騒がせしました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
 カーテシーとともに、そう告げる。
 静寂。
 そして、なぜか拍手が沸き起こった。
「よくやったぞ、お嬢ちゃん!」
「そいつ、モモちゃんをいじめていて、腹が立っていたんだ!」
「なんだ外したのか? そんな奴のなんか、役に立たなくしてやればよかったのに!」
 モモを庇った私の行動を称えてくれる声。
 ただし、一部は自分の股間を押さえている。
 あれは、店員にセクハラをしていたお客さんだろうか。
 ちなみに、私が狙いを外したお客さんは、白目を剥いて、泡を吹いていた。
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