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005.回想(父の愛、母の愛)

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 私の身体の変化を聞きつけて、父が会いにきてくれた。
 私の身体の変化を喜んでくれた。
 嬉しかった。
 父が幼女の頃のように、お風呂に誘ってくれた。
 だけど、私はそれを断った。
 父が子供の頃のように、お茶会に誘ってくれた。
 だけど、私はそれを断った。
 それならと、父が寝室に誘ってくれた。
 寝物語を語りながら、添い寝をしてくれると言ってくれた。
 だけど、私はそれを断った。
 私は、父の寝室から聴こえてくる猫の声の意味を、すでに知っていた。

 母がお茶会に誘ってくれた。
 母から誘われるのは初めてだった。
 父から誘われた場所に母がいることはあった。
 幼子の頃に父の寝室に誘われたとき、母が先にいた。
 子供の頃に父のお茶会に誘われたとき、母が先にいた。
 だから、母と二人きりになるのは、物心ついてからは初めてだった。
 そして、母が先にいたことが理由で、父と二人きりになることは無かった。
 母が父とまぐわっていたから。
 私がお腹の調子を崩したから。
 だから、私は母の招待に応じた。

 母が私にお茶を勧めてくれた。
 お茶には、ミルクもレモンも入っていなかった。
 私はお茶に口をつける。
 砂糖も入っていなかった。
 甘くは無かった。
 母が私に林檎を勧めてくれた。
 母が自ら切り分けてくれた。
 雪のように白いお皿に乗っている林檎は、うさぎの形をしていた。
 まるで、子供にせがまれた母親がそうするように、うさぎの形をしていた。
 私は林檎を口に入れた。
 甘酸っぱかった。
 酸っぱくて、そして、甘かった。
 口の中に、温かいものが広がった。

 口の中に広がる温かいものは、口の中におさまりきらなかった。
 私の唇から漏れるそれは、鮮やかな赤い色をしていた。
「あなたのことを愛しています」
 見ると、母が微笑んでいた。
 とても優しく微笑んでいた。
 その微笑みを疑ったことなどない。
 その微笑みの意味も理解していた。
「はい……わかって……います」
 私は口の中のものを飲み干し、震える唇で、はっきと言い切る。
 勘違いはして欲しく無かった。
 だから、はっきりと言い切った。
 母の極上の微笑みを見ながら、私は意識を失った。

 目が覚めたとき、私は知らない場所にいた。
 天井が低い。
 部屋が狭い。
 ベッドが固い。
 シーツの肌触りがよくない。
 そして私は、華やかなドレスとは似ても似つかない、みすぼらしい服を着せられていた。
 侍女はいないかと、私は周囲を見回す。
 女の子がいた。
 けど、いつも見る侍女じゃない。
 知らない子だ。
 私はその子に声をかけようとするが、その子は一足先に部屋を出て行ってしまう。
 どうしようかと思案していると、慌ただしい足音が聴こえてきた。
 そして私は、七人の子供達に囲まれていた。
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