シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

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第十四章 ヘンゼルとグレーテル

236.ヘンゼルとグレーテル(その17)

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「じゃあ、頑張らないとね」

 それが魔女さんの答えでした。
 それは、わたしが望んでいた答えであり、期待していた答えではありませんでした。

 望んでいたのは、わたしとお兄さまの結婚を否定されないこと。
 期待していたのは、わたしとお兄さまが結婚する方法。

 微妙な答えでした。
 喜んだらいいのか、がっかりしたらいいのか、どう反応したらいいのはわかりません。
 そんなわたしを見かねたのか、魔女さんが言葉を続けます。

「ねえ、グレーテル。私は、あなたとヘンゼルが仲良くしていると嬉しいわ。結婚したら祝福もしてあげる」
「ありがとうございます」

 魔女さんは、あいかわらず笑顔です。
 その笑顔を、お兄さまに向けます。

「ヘンゼル、あなたはグレーテルのことが好き?」
「好きです。でも、妹としてです。結婚は・・・」

 お兄さまが言葉を続けようとしますが、魔女さんがそれを手で制します。

「結婚のことは考えなくていいわ。ずっと一緒にいたいくらい好き?」
「・・・好きです。家族が一緒にいるのは、おかしくないですよね」
「そうね。おかしくないわ」

 お兄さまがわたしのことを好きと言うのを聞くと、幸せな気持ちになります。
 でも、妹や家族と言われると、もやもやします。
 わたしがお兄さまの妹であり家族であることは、ただの事実です。
 でも、ただの事実が、わたしの胸を締め付けます。

「ヘンゼルとグレーテルが結婚したら、わたしは祝福するけど、他の人はそうじゃないかも知れないわ。それはなぜだかわかる?」

 魔女さんの質問は、わたしとお兄さまに向けてでした。
 わたしとお兄さまは、それぞれ答えます。

「法律で決まっているからです」

 それが、お兄さまの答えでした。

「みんなが意地悪だからです」

 それが、わたしの答えです。

 それぞれの答えを聞いて、魔女さんは頷きます。
 どちらが正解で、どちかが間違いとは言いませんでした。
 どちらも正解とも、どちらも間違いとも言いませんでした。
 ただ、それぞれの答えに、返事を返してきます。

「ヘンゼル、もし法律で兄妹が結婚できることになったら、グレーテルと結婚する?」
「それは・・・他に好きな人ができなかったら、するかも知れません」

 お兄さまが初めて、わたしと結婚する可能性があると口にしました。
 それだけで、わたしは舞い上がってしまいそうです。

「グレーテル、みんなはどうして意地悪すると思う?」
「それは・・・わかりません」

 言われてみると、意地悪されていると思っても、どうして意地悪されるのか考えたことはありません。
 なぜなのでしょう。
 その疑問が、わたしが舞い上がるのを止めてしまいます。

「ヘンゼル、グレーテル。自分の想いを叶えたいなら、みんなを納得させなさい。法律が間違っていると思うなら、法律を変えちゃえばいいのよ」

 魔女さんは、とんでもないことを言い出しました。
 魔法で願いを叶えてくれるわけではないようです。

「法律を変えるなんて無理です」

 そんなことは実現不可能です。
 だから、魔法で叶えてくれるようにお願いしようとしたのに、とんだ期待はずれです。

「あら、どうして?法律なんて大昔に誰かが決めたってだけのものよ。どうして変えられないの?」
「だって・・・そんなこと王様くらいしかできないです」

 そこまで口にして、ふと気づきます。
 王様なら近くにいます。
 もしかして、お願いすれば法律を変えてくれるのではないでしょうか。
 これは盲点でした。
 まさか、こんな身近に解決方法があったなんて。

「そっか!アーサーさまにお願いすればいいんだ!」

 ぽんと手を叩いてわたしが言うと、お兄さまが驚いた顔になります。

「グレーテル!?いくらアーサーさまがお優しい方だからって、そんな簡単に法律なんて変えてくれるわけがないよ!?」
「そんなことはありません!誠心誠意お願いすれば、きっと変えてくれます!ねえ、魔女さん!」

 わたしは解決方法を教えてくれた魔女さんに同意を求めます。
 けれど、なぜか魔女さんは、きょとんとした顔をしていました。

「アーサー?なんで法律を変えようとして、アーサーにお願いするの?」

 どうやら、わたしの問いかけとは違うことを考えているようです。
 仕方が無いので、魔女さんの疑問に答えてあげることにします。

「アーサーさまが王様だからです」
「え?アーサーがアヴァロン王国の王様になったの?」

 アヴァロン王国というのは、アヴァロン領の昔の呼び方です。
 どうやら、魔女さんは森の中で暮らしていて、昔のことしか知らないようです。

「違います。統一国家の王様です」
「統一国家?」
「大陸全土を統一した国家のことです。アーサーさまは、そこの王様なんです」
「・・・・・」

 魔女さんが、ぽかんと口を開けて固まりました。

 *****

 お茶が空っぽになって、お菓子を食べ尽くした頃に、ようやく魔女さんが復活しました。

「そう。そんなことになっていたの。アーサー、頑張ったのね」

 魔女さんは、どことなく嬉しそうです。
 でも、複雑そうな顔でもあります。

「悪いことしちゃったかな。もっと早く片付くと思ったんだけど、思ったより時間がかかっちゃってるし」

 魔女さんは、懐かしむような表情をしています。
 そして、お茶を飲んで、テーブルの上を見て、何かに気付きます。
 たぶん、わたしとお兄さまがお菓子を食べ尽くしたことに気付いたのです。

「ああ、ごめんなさいね。ちょっと物思いに耽ってしまったわ。それで、何の話だったかしら?」
「法律を変えるという話です」
「そうそう、そうだったわね」

 魔女さんは、こほんと咳払いをしてから、口を開きます。

「法律を変える方法はあるわ。でも、それはアーサーにお願いするだけじゃダメ。みんなを納得させることが必要よ」
「納得?」
「どうして今の法律があるのか、どうして今の法律から変えた方がいいのか、そういうことを説明して納得してもらうの。みんなが納得すれば、法律を変えても文句は言われないわ。それはとても大変なことだけど、頑張れば不可能なことじゃないわ」

 魔女さんの言葉を、わたしは考えます。
 お兄さまは、わたしと結婚できないのは、法律のせいだと言いました。
 魔女さんは、法律は変えることができると言いました。
 法律を変えるには、法律がある理由や、法律を変えた方がよい理由を説明する必要があるそうです。
 わたしは、その理由を考えます。

 ・・・・・

 ダメです。
 わたしは、どうして今の法律があるのか、その理由すら知らないのです。
 こんなことでは、法律を変えてお兄さまと結婚することなどできません。
 魔女さんの言葉からすると、それはわたしの頑張りが足りないからなのでしょう。

「・・・魔女さん」
「なあに、グレーテル?」

 魔女さんは楽しそうに、わたしを見ています。
 もしかしたら、これからわたしが口にすることが分かっているのかも知れません。
 でも、わたしはあえて、それを口にします。

「わたしに知識をください。法律を変えることができるくらいの知識を」

 それが、わたしの願いです。
 お兄さまと結婚できるようにする。
 その願いは他人に叶えてもらう願いでは無かったのです。
 自分で叶えるべき願いだったのです。
 わたしは、そのための力、すなわち知識を願います。
 魔女さんは、わたしのその願いを予想していたのか、驚いた様子もなく返事をします。

「まずは、医学かな。それで、兄妹での結婚が認められていない理由がわかると思うから。その理由を知った上で、それでも願いを叶えたいと思うなら、法律かな。そっちは誰かにお願いするしかないわね。ヒルダあたりが適任かしらね」
「ヒルダさんと知り合いなのですか?」
「昔、ちょっとね。お世話になったというか、お世話をしたというか」

 どうやら、魔女さんは顔が広いようです。
 森の中で暮らしているようなのに、どうやって知り合ったのでしょうか。
 もしかしたら、こっそり森を抜け出しているのかも知れません。

 なにはともあれ、魔女さんはわたしの願いを叶えてくれるようです。
 わたしは魔女さんに弟子入りしたのです。
 これから師匠と呼んだ方がいいでしょうか。
 そんなことを考えていると、わたしと魔女さんのやり取りを聞いていたお兄さまが、口を挟んできます。

「あのさ、グレーテル。医学や法律の勉強をするなら、魔女さんから教わらなくても、家庭教師の先生に教わったらいいんじゃないかな。お家に帰らないかい?」

 そういえば、そうです。
 頑張る必要があることはわかりましたが、頑張る場所は森の中でなくてもいいのです。
 今までは嫌々勉強をしていましたが、これからはそれを頑張ればいいのです。
 お兄さまの意見に反対する理由はなく、わたしは家に帰ることにします。

 そうすると、魔女さんとはお別れということになります。
 お世話になったのに、恩を返さずに帰るというのは、薄情でしょうか。
 そうです。
 魔女さんにも一緒にきてもらったらどうでしょうか。
 わたしが、そのことを提案しようと魔女さんの方を見ると、魔女さんは困った顔をしていました。

「うーん、すぐに帰るのは無理じゃないかな。森の中は吸血鬼どもが彷徨っているし」
「あ・・・」

 そうでした。
 その問題がありました。
 魔女さんの家が安全なので、すっかり忘れていました。

「わたしが連れて行ってあげたいけど、わたしはここを離れるわけにはいかないし」

 どうやら、わたしとお兄さまは、まだしばらく森の中にいることになりそうです。
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