シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

文字の大きさ
上 下
236 / 240
第十四章 ヘンゼルとグレーテル

236.ヘンゼルとグレーテル(その17)

しおりを挟む
「じゃあ、頑張らないとね」

 それが魔女さんの答えでした。
 それは、わたしが望んでいた答えであり、期待していた答えではありませんでした。

 望んでいたのは、わたしとお兄さまの結婚を否定されないこと。
 期待していたのは、わたしとお兄さまが結婚する方法。

 微妙な答えでした。
 喜んだらいいのか、がっかりしたらいいのか、どう反応したらいいのはわかりません。
 そんなわたしを見かねたのか、魔女さんが言葉を続けます。

「ねえ、グレーテル。私は、あなたとヘンゼルが仲良くしていると嬉しいわ。結婚したら祝福もしてあげる」
「ありがとうございます」

 魔女さんは、あいかわらず笑顔です。
 その笑顔を、お兄さまに向けます。

「ヘンゼル、あなたはグレーテルのことが好き?」
「好きです。でも、妹としてです。結婚は・・・」

 お兄さまが言葉を続けようとしますが、魔女さんがそれを手で制します。

「結婚のことは考えなくていいわ。ずっと一緒にいたいくらい好き?」
「・・・好きです。家族が一緒にいるのは、おかしくないですよね」
「そうね。おかしくないわ」

 お兄さまがわたしのことを好きと言うのを聞くと、幸せな気持ちになります。
 でも、妹や家族と言われると、もやもやします。
 わたしがお兄さまの妹であり家族であることは、ただの事実です。
 でも、ただの事実が、わたしの胸を締め付けます。

「ヘンゼルとグレーテルが結婚したら、わたしは祝福するけど、他の人はそうじゃないかも知れないわ。それはなぜだかわかる?」

 魔女さんの質問は、わたしとお兄さまに向けてでした。
 わたしとお兄さまは、それぞれ答えます。

「法律で決まっているからです」

 それが、お兄さまの答えでした。

「みんなが意地悪だからです」

 それが、わたしの答えです。

 それぞれの答えを聞いて、魔女さんは頷きます。
 どちらが正解で、どちかが間違いとは言いませんでした。
 どちらも正解とも、どちらも間違いとも言いませんでした。
 ただ、それぞれの答えに、返事を返してきます。

「ヘンゼル、もし法律で兄妹が結婚できることになったら、グレーテルと結婚する?」
「それは・・・他に好きな人ができなかったら、するかも知れません」

 お兄さまが初めて、わたしと結婚する可能性があると口にしました。
 それだけで、わたしは舞い上がってしまいそうです。

「グレーテル、みんなはどうして意地悪すると思う?」
「それは・・・わかりません」

 言われてみると、意地悪されていると思っても、どうして意地悪されるのか考えたことはありません。
 なぜなのでしょう。
 その疑問が、わたしが舞い上がるのを止めてしまいます。

「ヘンゼル、グレーテル。自分の想いを叶えたいなら、みんなを納得させなさい。法律が間違っていると思うなら、法律を変えちゃえばいいのよ」

 魔女さんは、とんでもないことを言い出しました。
 魔法で願いを叶えてくれるわけではないようです。

「法律を変えるなんて無理です」

 そんなことは実現不可能です。
 だから、魔法で叶えてくれるようにお願いしようとしたのに、とんだ期待はずれです。

「あら、どうして?法律なんて大昔に誰かが決めたってだけのものよ。どうして変えられないの?」
「だって・・・そんなこと王様くらいしかできないです」

 そこまで口にして、ふと気づきます。
 王様なら近くにいます。
 もしかして、お願いすれば法律を変えてくれるのではないでしょうか。
 これは盲点でした。
 まさか、こんな身近に解決方法があったなんて。

「そっか!アーサーさまにお願いすればいいんだ!」

 ぽんと手を叩いてわたしが言うと、お兄さまが驚いた顔になります。

「グレーテル!?いくらアーサーさまがお優しい方だからって、そんな簡単に法律なんて変えてくれるわけがないよ!?」
「そんなことはありません!誠心誠意お願いすれば、きっと変えてくれます!ねえ、魔女さん!」

 わたしは解決方法を教えてくれた魔女さんに同意を求めます。
 けれど、なぜか魔女さんは、きょとんとした顔をしていました。

「アーサー?なんで法律を変えようとして、アーサーにお願いするの?」

 どうやら、わたしの問いかけとは違うことを考えているようです。
 仕方が無いので、魔女さんの疑問に答えてあげることにします。

「アーサーさまが王様だからです」
「え?アーサーがアヴァロン王国の王様になったの?」

 アヴァロン王国というのは、アヴァロン領の昔の呼び方です。
 どうやら、魔女さんは森の中で暮らしていて、昔のことしか知らないようです。

「違います。統一国家の王様です」
「統一国家?」
「大陸全土を統一した国家のことです。アーサーさまは、そこの王様なんです」
「・・・・・」

 魔女さんが、ぽかんと口を開けて固まりました。

 *****

 お茶が空っぽになって、お菓子を食べ尽くした頃に、ようやく魔女さんが復活しました。

「そう。そんなことになっていたの。アーサー、頑張ったのね」

 魔女さんは、どことなく嬉しそうです。
 でも、複雑そうな顔でもあります。

「悪いことしちゃったかな。もっと早く片付くと思ったんだけど、思ったより時間がかかっちゃってるし」

 魔女さんは、懐かしむような表情をしています。
 そして、お茶を飲んで、テーブルの上を見て、何かに気付きます。
 たぶん、わたしとお兄さまがお菓子を食べ尽くしたことに気付いたのです。

「ああ、ごめんなさいね。ちょっと物思いに耽ってしまったわ。それで、何の話だったかしら?」
「法律を変えるという話です」
「そうそう、そうだったわね」

 魔女さんは、こほんと咳払いをしてから、口を開きます。

「法律を変える方法はあるわ。でも、それはアーサーにお願いするだけじゃダメ。みんなを納得させることが必要よ」
「納得?」
「どうして今の法律があるのか、どうして今の法律から変えた方がいいのか、そういうことを説明して納得してもらうの。みんなが納得すれば、法律を変えても文句は言われないわ。それはとても大変なことだけど、頑張れば不可能なことじゃないわ」

 魔女さんの言葉を、わたしは考えます。
 お兄さまは、わたしと結婚できないのは、法律のせいだと言いました。
 魔女さんは、法律は変えることができると言いました。
 法律を変えるには、法律がある理由や、法律を変えた方がよい理由を説明する必要があるそうです。
 わたしは、その理由を考えます。

 ・・・・・

 ダメです。
 わたしは、どうして今の法律があるのか、その理由すら知らないのです。
 こんなことでは、法律を変えてお兄さまと結婚することなどできません。
 魔女さんの言葉からすると、それはわたしの頑張りが足りないからなのでしょう。

「・・・魔女さん」
「なあに、グレーテル?」

 魔女さんは楽しそうに、わたしを見ています。
 もしかしたら、これからわたしが口にすることが分かっているのかも知れません。
 でも、わたしはあえて、それを口にします。

「わたしに知識をください。法律を変えることができるくらいの知識を」

 それが、わたしの願いです。
 お兄さまと結婚できるようにする。
 その願いは他人に叶えてもらう願いでは無かったのです。
 自分で叶えるべき願いだったのです。
 わたしは、そのための力、すなわち知識を願います。
 魔女さんは、わたしのその願いを予想していたのか、驚いた様子もなく返事をします。

「まずは、医学かな。それで、兄妹での結婚が認められていない理由がわかると思うから。その理由を知った上で、それでも願いを叶えたいと思うなら、法律かな。そっちは誰かにお願いするしかないわね。ヒルダあたりが適任かしらね」
「ヒルダさんと知り合いなのですか?」
「昔、ちょっとね。お世話になったというか、お世話をしたというか」

 どうやら、魔女さんは顔が広いようです。
 森の中で暮らしているようなのに、どうやって知り合ったのでしょうか。
 もしかしたら、こっそり森を抜け出しているのかも知れません。

 なにはともあれ、魔女さんはわたしの願いを叶えてくれるようです。
 わたしは魔女さんに弟子入りしたのです。
 これから師匠と呼んだ方がいいでしょうか。
 そんなことを考えていると、わたしと魔女さんのやり取りを聞いていたお兄さまが、口を挟んできます。

「あのさ、グレーテル。医学や法律の勉強をするなら、魔女さんから教わらなくても、家庭教師の先生に教わったらいいんじゃないかな。お家に帰らないかい?」

 そういえば、そうです。
 頑張る必要があることはわかりましたが、頑張る場所は森の中でなくてもいいのです。
 今までは嫌々勉強をしていましたが、これからはそれを頑張ればいいのです。
 お兄さまの意見に反対する理由はなく、わたしは家に帰ることにします。

 そうすると、魔女さんとはお別れということになります。
 お世話になったのに、恩を返さずに帰るというのは、薄情でしょうか。
 そうです。
 魔女さんにも一緒にきてもらったらどうでしょうか。
 わたしが、そのことを提案しようと魔女さんの方を見ると、魔女さんは困った顔をしていました。

「うーん、すぐに帰るのは無理じゃないかな。森の中は吸血鬼どもが彷徨っているし」
「あ・・・」

 そうでした。
 その問題がありました。
 魔女さんの家が安全なので、すっかり忘れていました。

「わたしが連れて行ってあげたいけど、わたしはここを離れるわけにはいかないし」

 どうやら、わたしとお兄さまは、まだしばらく森の中にいることになりそうです。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

身代わり偽王女とその侍女──ところで本物はどこ行った?──

蓮實長治
ファンタジー
病弱な王女の身代わりに隣国の王子との見合いに出る事になった下級貴族の娘。 ところが、その王子はとんだ屑野郎で……その代りに、何故か、彼女の苦境を助けてくれる「女が惚れる女の中の女」達が次々と現われる。 あなたが年頃の女の子なら……一体、誰を選ぶ? 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベルアップ+」「note」「GALLERIA」に同じモノを投稿しています。(「GALLERIA」「note」は掲載が後になります)

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

処理中です...