シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

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第十四章 ヘンゼルとグレーテル

232.ヘンゼルとグレーテル(その13)

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「ほら、お食べ」

 わたしは台所からこっそり持って来たニンジンを差し出します。

 ポリポリポリ

 真っ白な馬がわたしの手から直接ニンジンを食べます。
 最初は警戒して食べてくれなかったのに、ずいぶんと懐いてくれたものです。
 この馬は昔からわたしの家にいるのですが、他の馬とちょっと違うところがあります。
 なぜか頭に角が生えているのです。
 変な馬ですが、頭は賢いらしく、わたしの言うことを理解してくれます。

「おいしい?」

 わたしが尋ねると、白い馬がいなないて答えます。
 おいしいようです。
 わたしは毎日のようにこの馬にニンジンを持ってきているのですが、それはこの馬がペットだからというわけではありません。
 お願いしたいことがあるからです。
 この馬は、わたしの手から直接ニンジンを食べ、質問には答えてくれるようになりました。
 そろそろいいでしょうか。

「ねえ、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」

 わたしが尋ねると、先ほどのようにいななきます。
 どうやら聞いてくれるようです。

「わたしとお兄さまを『森』まで乗せていって欲しいの。どう?やってくれる?」
『・・・・・』

 今度の質問には、すぐにいなないてはくれません。
 馬はしばらく、じっとこちらを見つめてきます。
 どうやら、考えているようです。

『・・・・・』

 迷っているのでしょうか。
 それとも、報酬を要求しているのでしょうか。
 なかなか、交渉上手のようです。

「お願いを聞いてくれるなら、これからもニンジンを持ってきてあげるわよ」
『・・・・・』

 わたしは報酬を提案しますが、頷いてくれません。
 報酬が足りないのでしょうか。
 それとも、別の理由で迷っているのでしょうか。
 わたしは、もう少し詳しく説明することにします。

「危険なことはないわよ。お兄さまと二人きりになりたいから『森』まで連れて行って欲しいだけなの」

 これが、わたしの計画です。
 前回は詰めが甘かったせいで、お父さまに見つかって連れ戻されてしまいました。
 見つかった理由は、お父さまが目ざといというだけではありません。
 お兄さまが、銀の銃弾を人に渡し、そのことが巡り巡ってお父さまの耳に入ったのです。

 そこで、わたしは考えました。
 今回は人がいない『森』に行くのです。
 人がいなければ、お兄さまが銀の銃弾を渡すことはできません。
 目印になることはないのです。

 『森』に行く目的は、もちろん駆け落ちです。
 わたしとお兄さまだけで森で暮らすのは大変かも知れませんが、そこは考えてあります。
 既成事実を作ってしまえばいいのです。
 既成事実さえあれば、たとえ再び連れ戻されたとしても、わたしはお兄さまと結婚することができると思うのです。
 それに、目的は駆け落ちの他にもう一つあります。

「『森』に行って魔女さんに会いたいの」

 馬がぴくりと反応したような気がしました。
 知っているのでしょうか。
 実は『森』には魔女さんがいるという噂があるのです。
 魔女さんは、きっと魔法が使えます。
 魔女さんに会えば、願いを叶えてくれるかも知れないのです。
 もちろん、お願いするのは、お兄さまとの結婚です。

「ダメかな?」

 なかなか頷いてくれない馬に、わたしは尋ねます。
 すると、なぜか馬はすんなり頷いてくれました。
 追加の報酬を提案していないのに、どうしてでしょう。
 もしかし、馬も魔女さんに会いたいのでしょうか。

 理由はわかりません。
 けれど、これで交渉は成立しました。
 この馬に乗れば、『森』まで行くことができそうです。

「ありがとう。よろしくお願いね」

 わたしは馬にお礼を言います。
 これで、後はお兄さまを連れてきて、大人達に見つからないように出発するだけです。
 けれど、ただお兄さまにお願いしても、一緒に付いて来てはくれないでしょう。
 最近、お兄さまはわたしがお願い事をすると、なぜか警戒するのです。
 だから、悟られることなく、お兄さまを連れていかなければなりません。

「出発は夜になると思うから、それまで待っていてね」

 準備は整いました。
 後は実行に移すだけです。

 *****

 夕食の席で、わたしはお兄さまに話しかけます

「ねえ、お兄さま。今日は一緒に寝てもいいですか?」

 わたしはお願いしますが、お兄さまは首を横に振ります。

「ダメだよ、グレーテル。もう夜に一人で眠ることはできるよね」
「えぇ!?」

 なんと、お兄さまはわたしのお願いを断ってきました。
 もっと小さい頃は、毎日一緒に寝ていたというのに、ショックです。
 ですが、簡単に諦めるわけにはいきません。

「アリスを連れて来ることができなかったから寂しいの。今夜だけでいいからダメですか?」

 わたしは食い下がります。
 すると、お兄さまは少し迷った様子を見せます。
 もう一押しでしょうか。
 わたしが再びお兄さまにお願いしようとしたところで、お母さまが会話に加わってきました。

「アリスというと、ヘンゼルのお嫁さん候補の女の子のことだったかしら?」
「お母さま!?」

 お母さまの言葉に、お兄さまが驚いた声を上げます。

「そうです」
「グレーテル!?」

 わたしが肯定すると、再びお兄さまが驚いた声を上げます。
 なぜでしょう。
 アリスがわたしと一緒にお兄さまのお嫁さんになるのは決まっていることなのに不思議です。

「あら?ヘンゼルはアリスが嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないですけど・・・」

 お母さまが尋ねると、お兄さまが赤くなります。

「結婚相手を決めるのは、早すぎると思うのです」
「そんなことはないわよ」

 お兄さまが赤い顔で口にした主張は、お母さまに否定されました。
 お母さまはアリスをお嫁さんにすることに賛成のようです。

「ヘンゼルの立場なら、産まれたときから許婚が決まっていてもおかしくないわよ。まあ、あなたの意思を尊重するつもりだけど」
「で、でも・・・そんなすぐには決められません」

 お母さまが賛成しているというのに、お兄さまは優柔不断です。
 そんなところもお兄さまの魅力だとは思いますが、お嫁さんにしてもらえないとアリスがかわいそうです。

「けど、シルヴァニア領と友好関係を築いておくことは重要よ。結婚するかどうかは別としても、仲良くしておいてね」
「は、はい」

 今度はお兄さまも素直に頷きました。
 アリスがお兄さまのお嫁さんになると確定はしませんでしたが、少なくとも仲良くはできそうです。
 もしお嫁さんにできなくても、わたしの妹にはしようと思います。

 *****

 夕食が終わりました。

「じゃあ、お兄さま。あとでお部屋に行きますね」

 自分のお部屋に行く途中、お兄さまと別れる寸前に、わたしはお兄さまに言います。

「うん。・・・・・あれ?」

 反射的に返事をして、お兄さまは首を傾げます。

「グレーテル、ぼくダメって・・・」
「それでは、またあとで」

 お兄さまが何かを言いかけますが、わたしは聞こえなかったフリをして、自分の部屋へ向かいます。
 夕食のとき二回目にお部屋に行っていいかと聞いた後、お母さまが会話に参加してきたせいで返事はもらえませんでした。
 けど、それは逆に、断られなかったとも言えます。
 だから、お部屋に行っても不自然じゃありません。
 わたしは早足で部屋に戻りました。

 *****

 お兄さまの部屋に行くのは、お父さまやお母さまが眠った真夜中です。
 その時間までは、長いようで短いです。
 色々と準備することがあるからです。
 荷物をまとめて準備が整った頃、ちょうどいい時間になりました。
 わたしは自分の部屋を出て、お兄さまの部屋へ向かいます。

 カチャ

 お兄さまは、よく眠っていました。
 扉を開けても気付かないくらい熟睡しています。

 しゅるしゅるしゅる

 わたしはお兄さまの身体にロープを巻き付けます。
 そして、しっかり結んで、ほどけないようにします。
 結び終わって背負おうとしたところで、ふと思いとどまります。

 しゅるり

 お兄さまに猿ぐつわをします。
 これで安心です。
 途中で騒がれたら見つかってしまうところでした。

「よいしょ」

 あらためてお兄さまを背負います。
 向かうのは白い馬がいるところです。
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