シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十三章 シンデレラ

216.シンデレラ(その12)

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 いくつのかまどに火を入れた後、私は一番奥に辿り着いた。
 そこにいたのは、女王と呼ぶのにふさわしい女性だった。
 玉座に座りながら、優雅に食事をしている。
 ナイフとフォークを使って肉を切り分け、一口ずつ口に運んで味わっている。
 満足そうに飲み干すと、ワイングラスに入った赤黒い液体で喉を潤す。
 その所作は洗練されていて、彼女が生まれながらの女王であるかのように感じさせる。

「ようこそ私の晩餐会へ。あなたも一緒に召しあがるかしら」

 女性は食事を中断することなく、こちらへ声をかけてくる。
 突然現れた私に驚く様子もない。

「料理人がいないみたいだけど?」
「私の手料理をご馳走しますよ」
「生肉をお皿の上に盛るのは料理とは言わないわよ」
「食材本来の味を味わうには、これが一番なのです」

 私と会話する間も彼女の手は止まらない。
 皿の上の肉は少しずつ小さくなっていき、やがて全て彼女の口の中に消えた。

「残念だけど、最期の晩餐に付き合う気はないわ」

 パンッ!

 乾いた音とともに、私の腕に反動が伝わる。
 事前にアーサー王子に聞いていた説明の通り、反動は小さい。
 おかげで、狙いが逸れることは無かった。
 彼女の額に穴が開く。

 パンッ!

 続けて、彼女の胸に穴が開く。
 今度も狙い通りだ。
 連続した衝撃で、彼女の身体が後ろに倒れる。

「出血が少ない。自分でも吸血鬼薬を飲んでいたみたいね」

 私が撃った銀の弾丸は、間違いなく彼女の頭と心臓に当たった。
 その証拠に穴が開き、血が流れている。
 けど、心臓に穴が開いているというのに、噴き出すほどの血は流れていない。
 ここに来るまでの道中で出会った吸血鬼と同じ状態だ。
 ただし、違うところもある。
 彼女は他の吸血鬼と違って、自分の意志というものを、はっきり持っていた。
 改良された吸血鬼薬でもあるのだろう。
 気にはなるけど興味はない。
 どちらにしても、これで終わりだ。
 頭を壊したのだから、何も考えることはできない。

「本当なら、なんでこんなことを起こしたのか聞くところなんでしょうけど・・・」

 吸血鬼を発生させて、大陸中に混乱を起こした理由。
 敵役がそれを語るのは、一番盛り上がる場面だろう。
 けど、私はそれを尋ねることなく、銀の弾丸を撃ち込んだ。
 私にそれを聞く理由が無いからだ。
 私は劇の観客じゃない。

「盛り上がらなくって悪かったわね、メフィ」

 私はメフィに声をかける。
 私は観客じゃないけど、メフィは観客だ。
 きっと、盛り上がりを期待していたのだと思う。
 メフィを楽しませる義理はないのだけど、一応謝っておく。
 だけど、メフィには全く気にした様子は無い。

「気にしないで下さい。盛り上がるのは、これからのようですから」

 それどころか、そんなことを言ってくる。
 けど、私には何のことだか分からない。
 問いかけようと口を開きかけるけど、そこから言葉が出てくることは無かった。
 問いかけるよりも先に理解してしまったからだ。

 パンッ!パンッ!

 立ち上がった彼女に、私は再び銀の弾丸を撃ち込む。
 だけど、今度は倒れすらしなかった。

「吸血鬼の真祖とは珍しい。儀式をした様子もありませんが、他者の血肉を食らって、生物としての格を上げたのでしょうか?」

 パンッ!パンッ!

 弾丸は確実に彼女の身体を貫いている。
 血の流れた跡が、それを証明している。
 だけど、跡だけだ。
 先ほど開けたはずの穴は、すでに塞がっている。
 それどころか、たった今開けた穴まで見る間に塞がる。

「・・・薬で傷の回復を早めているなんてレベルじゃないわね」

 仮にそんな薬があったとしても、治せない傷はあると思う。
 時間をかけても回復しない臓器だってあるのだ。
 薬で回復力を高めたとしても、そこに受けた傷まで回復するとは思えない。
 なのに、回復している。

「脳の損傷まで再生しているようですね。実に興味深い」
「・・・まるで本物の吸血鬼みたいね」
「まるで、ではなく、本物ですよ」

 カチッカチッ

 引き金を引いたときの音が軽くなる。
 全ての弾丸を撃ち尽くしたのだ。

「・・・ねぇ、メフィ。吸血鬼って銀が苦手なんじゃなかったかしら?」
「そのはずですが、貫通しているようですからな。そのせいでは?」
「・・・アーサーに銀の短剣でも作ったもらえばよかったわね」

 一人なら動揺して逃げ出していたと思う。
 実際、暗殺に失敗した者達は、そうしたんじゃないだろうか。
 でも私は、隣に全く動揺した様子がないメフィがいるせいで、とっさに逃げるという行動を取ることができなかった。
 けど、逆にそれが私を救う。

「っ!」

 避けることができたのは偶然だった。
 視界に何かが映った瞬間、身体を傾けただけだ。
 その横を黒い何かが通り過ぎていく。

「あれも普通ではありませんな。吸血鬼の眷属化しているようです」

 私に襲い掛かり、私が避けたのは、黒く大きい獣だった。
 狼のように見えるけど、狼にしては身体が大きい。
 四足歩行からだ私より低い位置に頭があるけど、二足歩行だとしたら人間より大きいんじゃないだろうか。

「吸血鬼って何よ、吸血鬼って!?なんで、そんなものがいるのよ!?」
「何を今さら。ここには吸血鬼退治をしにきたのでは?」
「そうだけど!?本物がいるなんて思うわけないでしょ!?」

 跳びかかって襲い掛かってくる狼を必死に避けながら、私はメフィに八つ当たりをする。
 私が退治する予定だったのは、薬を使って生まれた、吸血鬼っぽい人間だ。
 実際、王都に来るまでに会ったのは、そういう存在だ。
 だけど、彼女は違う。
 明らかに人間ではない。
 致命傷を受けた人間は、死ぬまでの時間が長くなることはあっても、致命傷を再生するなんてことはできない。
 それに眷属なんてものを作ったりもしない。

「晩餐会は断られてしまいましたから、舞踏会でおもてなしするわ」

 彼女は楽し気に、こちらを見ている。
 それに応えるように、狼は私だけに襲い掛かってくる。
 この狼は、身体の大きさだけじゃなく、行動も普通じゃない。
 彼女の命令に従っているように見える。
 これがメフィが言う眷属化なのだろう。

「エリザベートっ!本当に人間をやめたのねっ!」

 私は狼を避けながら彼女を睨むけど、彼女はこちらを見て微笑んでいる。
 それに凄く満足そうな表情だ。

「さっき最期の晩餐っていったわね。私、最期の晩餐には食べたいと思っているものがあるの」

 彼女の声は普通の大きさだったけど、不思議と私の耳まで届いた。
 狼を避けながらも、彼女から意識を逸らすわけにはいかなかったのも、声が届いた理由かも知れない。
 そして、声が届くがゆえに、言葉を聞こうと意識が向いてしまう。

「聖女って呼ばれるくらいだから、きっと清らかで穢れなんてないんでしょうね。とても、美味しそう」

 ぞわっと悪寒がした。
 身体が冷えたかのように、動きが一瞬鈍る。
 そのせいで反応が遅れてしまう。

「あっ!」

 目を離したつもりは無かった。
 だけど、跳びかかってくる狼を避けられずに、のしかかられてしまう。
 受け身を取ることもできず、衝撃で息が詰まる。

「っっっ!!!」

 そのまま噛みつかれるかと身体が震えるけど、狼は唸るだけで噛みついてくることは無かった。
 代わりに、足音が響いてくる。
 それが側まで来たところで、狼が私の上から退く。
 そして、入れ替わるように、彼女が私に跨る。

「まずは味見をさせてもらうわね」
「舞踏会じゃなかったの?」

 私の軽口には答えず、彼女は私の首筋に舌を這わせ、充分に湿らせたところで牙を突き立てる。
 ちくりとした痛みとともに、痺れるような感覚が全身を駆け抜ける。
 快感に似た感情が沸き上がるけど、これは快感でないことは知識として知っている。

 生命の危機。
 相手に自分の全てを握られているという恐怖。

 そういったものから逃れようと、無意識が感情を錯覚させているのだ。
 かつてヒルダが、エリザベートに噛まれたときに、逆らえなくなったと言っていた。
 それと同じことが私にも起こっている。
 錯覚が、本来恐怖する相手に、好意を感じさせてしまう。
 私は理性で感情を抑え込んで、必死にそれに抗う。

「思ったとおり、とても美味しいわ。芳醇なワインを飲んでいるかのよう」

 私の首筋から流れる血を啜りながら、彼女が恍惚とした声を漏らす。

「お肉はどんな味かしら」

 再び彼女が牙を突き立ててくる。
 けれど、先ほどと違い、牙は引き抜かれることなく、さらに食い込んでくる。
 そして、肉と血管が引きちぎられる音が、身体の中から響いてくる。

「~~~~~~~~~~っ!!!!!」

 自分が他者に食べられるという状況に、私は感情が理性を振り切るのを感じた。
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