シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十三章 シンデレラ

213.シンデレラ(その9)

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 パンッ!という音と同時に、私のすぐ側の地面に小さな穴が穿たれる。
 以前聞いたことがある音よりも小さいけど、それでも人間の身体に穴を開けるくらいの威力はありそうだ。

「どこに行くの、シンデレラ?」

 背後から聞こえてきた声に、私はゆっくりと振り向く。

「・・・ちょっと庭の散歩でもしようかと思って」
「シンデレラにとっては大陸全土が庭のようなものなんだね」

 振り向く前から声で分かっていたけど、そこにいたのは想像した通りの人物だった。
 でも、予想していなかった人物でもある。

「アーサー、まだ真夜中よ。起きるには早いと思うわ」
「キスで目が覚めたんだよ」

 振り向いた先にいたのは、アーサー王子だ。
 ふざけた言葉とともに、手に小型の銃をこちらに向けている。

「王子様のキスで目を覚ますのは、女の子の特権なんだけどな」

 キスで目を覚ましたというのは嘘だろう。
 慌てて私を捜しに来た様子がないから、おそらく最初から起きていたのだ。
 隠れて私の様子を見ていたのだろう。
 アーサー王子にしては珍しく策を弄したらしい。
 問題は何を目的にした策かということだ。
 問答無用で弾を当ててこなかったところを見ると、話をする余地はありそうだけど。

「それでシンデレラ、何をしに行くつもり?」

 今度はどこに行くのかとは聞いてこなかった。
 行き先は見当がついているということのようだ。
 私が逃げ出すという可能性もあるはずなのだけど、そんなことを考えている様子は微塵もない。

「ちょっと狩りでもしようと思って。最近運動不足だったから」
「運動なら僕がさせてあげるよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ベッドの上で?」
「そ、そういう意味じゃないよ」

 どうもアーサーは、私を行かせたくないようだ。
 いつもなら動揺する言葉にも、顔を赤くするだけで、こちらに向けている銃を下ろす気配はない。

「とにかくっ!」

 アーサー王子は話を逸らすように大きな声を上げると、再び真面目な顔に戻る。

「シンデレラには、ここにいてもらうよ」
「束縛する男は嫌われるわよ」
「シンデレラが無事なら、それでもいいよ」

 そして、本気であることを証明するように、銃の狙いをこちらに定める。
 さらに、躊躇うことなく引き金を引く。
 さっきと同じように地面に穴が穿たれる。
 でも、穴の場所はさっきよりも私に近い。

「・・・危ないじゃない」
「大丈夫だよ。ずっと練習は続けているから、急所に当てるような失敗はしないよ」

 私的には全然大丈夫じゃない。
 馬車はすぐそこだから、そこに逃げ込めば弾は当たらないだろうけど、アーサー王子はこちらから視線を外す様子がない。
 背を向けた瞬間に撃たれそうだ。
 急所に当てるつもりは無いと言っているから、狙いは足だろうか。

「それにこれは反動を小さく改造した銃でね。射程距離は短いけど、近距離なら命中精度が高いんだ。重量も軽いから、腕が疲れて狙いがずれることもないよ」

 それは、こうして会話を続けていても、隙ができる可能性が無いことを意味する。
 まるで、このときのために作った銃のようだ。

「なるほど。毎晩私の寝室に来ていたのも、私を拘束するためだったのね」

 道理で最近、アーサー王子には似合わない、女たらしみたいな行動をしていると思った。
 私に夢中で毎晩通っていたわけじゃないわけだ。
 自分の魅力が否定されたようで、ちょっともやっとする。
 けど、私を行かせたくないためにしていたのだから、私に夢中ということになるのだろうか。
 銃で狙われているというのに、そんなことを考えてしまう。

「シンデレラと一緒にいたかったのは本当だよ」
「でも、私を逃がさないために、そんな銃まで作ったんでしょう?」
「そこまで用意周到じゃないよ」

 アーサー王子は服のポケットから何かを取り出す。
 それは銃の弾のように見えた。

「吸血鬼が現れたって聞いて、銀の銃弾を作ってみたんだ。だけど、銀は硬度が高くないから通常の火薬の量だと上手く飛ばせなくてね。それで火薬の量を減らした小さな銃弾にしたんだけど、今度は専用の銃が必要になってね」

 アーサー王子が私に狙いをつけている銃について饒舌に語る。
 その様子は、いつも工房にこもっているときと同じだけど、銃口はこちらから外れない。
 それだけ本気ということなのだろう。

「結局、現れたのが物語に出てくるような吸血鬼じゃないとわかったから、銀の銃弾は無駄になっちゃったけど、銃の方は色々と利点があるんだ。軽くて反動が小さいから女性や子供でも使えるし、銃弾が小さいから装填数が多いんだ」
「そんな物騒なもの、子供に持たせたらダメでしょう」
「そうだね。でも、女性の護身用には最適だと思うんだ」
「なら、私にちょうだい。できれば、今」
「もともと、シンデレラに渡すつもりで持ってきたんだ。ここにいてくれるって言ってくれれば、すぐにでも渡すよ」

 会話で時間を稼いでも、銃口はぶれない。
 アーサー王子の説明にあったとおり、重量が軽いからだろう。
 腕の疲れを期待するのは無理そうだ。

「そもそも、シンデレラが行く必要は無いだろう。そのために、みんなで作戦を考えたんじゃないか?」
「そうね」

 エリザベートの暗殺が失敗する可能性は考慮していた。
 だから、次の作戦も検討はしていた。
 何年もかけて吸血鬼を退治して、吸血鬼のもとになっているバビロン王国の人間が全ていなくなるまで続けるという作戦だ。
 気の長い作戦だけど、各国が協力すれば、できないことはない。
 大量の物資は消費するし、国が疲弊するのは間違いないけど、できないことはない作戦だ。

 でも私には、暗殺失敗から次の作戦開始までの間に、もう一つ作戦があった。
 いや、暗殺失敗を第一段階とする、第二段階の作戦と言ってもいい。
 それが成功すれば、短期間で決着はつくし、まだ吸血鬼になっていないバビロン王国の人間がいれば助かる可能性もある。
 けど、その作戦は、このタイミングでしか実行することができない。
 だから、ここでこうしているわけにはいかない。

「わかったわ」

 私は武器を持っていないことを示すために身に付けているものを取り去っていく。
 私は銃も剣もナイフも持っていないけど、ドレスの内側に色々なものを仕込んでいるのを、アーサーは知っている。
 だから、ドレスも脱ぎ去り、はらりと地面に落とす。

「シ、シンデレラ?」
「・・・・・」

 アーサー王子が戸惑った声を出す。
 今さら私の裸くらいで視線は逸らさなかったけど、少しは動揺を誘うことはできたようだ。

「な、何をやっているの?」
「・・・・・」

 私の行動の意味が分からなかったのだろう。
 アーサー王子が問いかけてくるけど、私はそれには答えない。
 答えられない。

 ぺたぺたぺた

 靴も脱いだ。
 素足に床の感触を感じながら、私は一歩ずつアーサー王子に近づいていく。
 アーサー王子は戸惑いながらも、視線を逸らすことも、銃を下すこともない。
 けど、私が何も持っていないから、発砲するという強硬手段に出ることもできないでいる。
 その心の隙をついて、私はアーサー王子の目の前までやってきた。
 息が触れ、唇が触れ合うような目の前だ。
 そして私は、そのまま自分の唇をアーサー王子の唇に触れさせる。

「シ・・・」

 口から出る言葉を押し戻すように、私は自分の舌をアーサー王子の口の中に押し込んでいく。
 アーサー王子は私の舌を拒むことなく受け入れる。
 その舌を伝って、甘い唾液が流れていく。

 とんっ

 その瞬間、私は身体を軽く突き飛ばされた。
 唾液が糸を引くけど、余韻に浸る間は無かった。

「私からのキスは気に入らなかった?アーサーの方からしたかった?」

 私は軽口を叩くけど、アーサー王子はそれには乗ってくれない。

「・・・何を飲ませたの?」

 焦燥を浮かべて、問いかけてくる。
 そんなアーサー王子に、私は安心させるように答える。

「よい夢が見れる薬よ」

 ドレスを脱ぐときに、気付かれないように口に含んだものだ。
 効果時間は短いけど、即効性がある。
 私の言葉にアーサー王子は銃をこちらに向けてくるけど、今まで全く揺れなかった銃口が揺れている。
 精神的に動揺しているわけではなく、身体的な理由からだ。
 そのまま引き金を引けば私を止めることはできるのだけど、狙いが逸れて急所に当たることを恐れてか、アーサー王子は引き金を引かない。
 私はそっとその手を掴み、アーサー王子の手から銃を受け取る。

「シンデレラは・・・僕のことが・・・嫌いなの?」

 朦朧としているであろう意識の中でアーサー王子の口から出たのは、私を止める言葉ではなく、私の想いを尋ねる言葉だった。
 でも、効果的だ。
 私は、嫌いだから行ってしまうのかと言われているような気分になった。
 もし、私が片時も離れたくないほどアーサー王子に惚れていたら、この言葉で立ち止まっていたのだろうか。
 そんなことも思うけど、今はまだ足を止めるほどではない。

「嫌いじゃないわよ」

 私は安心させるように、そう答える。
 すると、アーサー王子は下がりそうになる瞼を必死に持ち上げながら、次の質問をしてくる。

「じゃあ・・・好き?」

 嫌いじゃないなら好きなのかというのは、子供っぽい質問だ。
 人の心はそんなに単純じゃない。
 好きでも嫌いでもないこともあれば、好きだけど嫌いということもある。
 でもまあ、私がアーサー王子をどう思っているかを答えるなら、

「愛しているわよ。婚約者になる程度にはね」

 そういう答えになると思う。

「なら・・・」
「私を捜しに来たあなたは素敵だったわよ。また、素敵なところを見せてね」

 私のその言葉を聞いたのを最後に、アーサー王子は気を失った。
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