シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十三章 シンデレラ

210.シンデレラ(その6)

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 数日後。

「それじゃあ、よろしくね」

 各国から選抜した部隊が出発するのを見送る。
 人数こそ少ないけど、優秀な人達だと聞いている。
 いわゆる精鋭部隊というやつだ。
 彼らの任務はただ一つ。
 バビロン王国の王城にいるエリザベートの暗殺だ。

「後は上手くいくことを祈るだけじゃのう」
「そうね」

 師匠の言葉に相槌を打つ。
 実際、彼らを送り出した後は、できることはほとんどない。

「のんびり待ちましょうか」

 私は振り返る。
 そこには今回のために集まったみんなが、私と同じように部隊を見送っていた。

「結果が出るまで、そんな気分にはなれませんよ」
「確かに、何かできることがあるわけではないが」
「シンデレラ殿は肝が据わっているな」

 ヒルダ、フィドラー、ファイファーが、それぞれ私の言葉に反応する。

「でも、安心したよ。あの部隊について行くと言い出すんじゃないかと心配していたから」

 そして、最後にアーサー王子が声をかけてくる。

「いくら私でも、そんな無謀なことはしないわよ」
「出会ってから何度も危険に飛び込むのを見てきた気がするんだけど」

 猪突猛進と言いたいのだろうか。
 失礼な。

「人を猪みたいに言わないでよ」

 そう言えば、私のことを暴れ馬とか言っていたな。
 婚約者に向かって言う言葉じゃないだろうに。

「そう言われたくなかったら、今回は大人しくしていてよ」

 でもまあ、心当たりが無いわけではないので、アーサー王子を安心させるための言葉を口にする。

「わかっているわよ。あの部隊について行っても足手まといになることはわかっているしね」
「ならいいけど」

 アーサー王子は疑わし気にこちらを見てくるけど、私だって自分にできることとできないことくらいは判断できる。
 精鋭部隊についていって、役に立てるとは思っていない。

「私は私にできることをするだけよ」

 *****

 さて、精鋭部隊を送り出したことによって、やることの大半は終わったわけだけど、だからと言ってすぐに解散というわけにはいかない。
 結果に応じて適切な対策を行わないといけないし、そのためには各国の調整をスムーズに行う必要がある。
 無駄になるとしても、あらゆることを想定して、今のうちに色々なケースに応じた作戦を立てておくのだ。
 ただし、それは各国の代表が話し合うことであって、私が口を出すことはほとんどない。

 くぴり

 私はお茶を飲みながら、みんなが話し合っている様子を眺める。
 全員が親しい間柄ということもあるのだろうけど、利益や損害について揉めることがほとんどない。
 それは、今回の戦いが人間相手の戦争で無いことが一つの理由だろう。
 吸血鬼の蔓延る領土を手に入れても扱いに困るだけだから利益を求めることがない。
 そして、もう一つの理由はそれだけ吸血鬼が脅威だということだろう。
 どこかの国が侵入を許せば、そこから吸血鬼が雪崩れ込んでくるから、損害を避けて協力を惜しむことがない。

 くぴり

 明確な敵を得たことで、各国が一つになったと言える。
 まるで物語に出てくる魔王でも現れたみたいだ。
 だとすると、魔王の役はエリザベートだろう。
 じゃあ、魔王を倒す英雄の役は誰だろうか。
 今のところ、いないように見える。
 直接手を下すのは精鋭部隊で、指示をしたのは私達だけど、どちらも英雄とは呼ばれないだろう。

 くぴり

 しょせん、物語は創作物ということだ。
 現実には、英雄なんていう人々が憧れる存在はいない。
 同時に、魔王なんていう人々が怖れる存在もいない。
 ただ、相容れない存在が出会ったとき、どちらかが魔王になって、どちらかが英雄になる。
 それだけのことだと思う。

 *****

「今日はこのくらいにしようかのう」

 手持ち無沙汰にお茶を飲み過ぎて、お腹がたぽたぽになった頃、ようやく会議が終わった。
 この会議、私は参加しなくていいんじゃないだろうか。
 次回からは、そうさせてもらおう。
 そんなことを考えていると、思い出したようにアーサー王子が声をかけてくる。

「そうだ、シンデレラ」
「なに?」

 夕食のメニューを尋ねるような気軽な口調だったので、私も気軽に返事をする。
 けど、次の言葉は予想外のものだった。

「今夜、一緒に寝てもいいかな?」

 ブーーーッ!

 アーサー王子の言葉が聞こえると同時に、お茶を噴き出す音がする。
 ちなみに、噴き出したのは、私ではない。
 会議で声を出し続けて喉が渇いたのだろう。
 一息つくために、お茶を口に含んだ直後だったヒルダだ。

「げほげほっ!」
「ヒルダ殿、大丈夫か?」

 咽るヒルダにファイファーがハンカチを渡そうとするが、ヒルダは自分のハンカチで口元を拭く。

「すまん。オレに貸してくれ」
「ハンカチくらい持っておけ」

 代わりに、ヒルダからお茶を吹きかけられたフィドラーが、ファイファーからハンカチを借りている。

「す、すみません」

 自分が吹きかけたお茶を拭くフィドラーに、ヒルダが謝罪する。
 なんだか、周囲が色々と騒がしい。
 その原因となる発言をしたアーサー王子は、きょとんとした顔をしている。

「淹れ直してもらったばかりで、お茶が熱かったのかい?気を付けた方がいいよ」

 それどころか、そんな的外れな気遣いまでしている。
 自分の発言が原因だということが分かっていないようだ。
 おそらく、この場で原因が分かっていないのは本人だけだ。

「他の人間がいる前で夜這いの宣言とは、大胆じゃのう」
「夜の営みのことは、他人がいないところでお話しされた方がよいと思うのですが」
「他人に知られることで、羞恥心が刺激されて燃えるのではないか?」
「アーサー殿は技術者だからな。盛り上げる技術にも詳しいのだろう」

 その証拠に、他の人間は何やらひそひそと言い合っている。
 でも、突っ込むと面倒なことになりそうだから、突っ込まない。
 それより問題はアーサー王子だ。
 何を考えて、そんなことを言い出したのだろう。

「あのね、アーサー。婚前交渉のお誘いよりも先に、色々とやることがあると思うんだけど」

 プロポーズとか、結婚式とか。
 いや、それよりも今は吸血鬼退治が先だろう。
 子作りを拒絶するつもりはないけど、妊娠すると行動が制限される。
 でも、妊娠してもすぐに行動できなくなるわけじゃないし、妊娠するかどうかはタイミングもあるから、大丈夫だろうか。

「ダメかな?」

 私がすんなり合意しなかったからか、アーサー王子が捨てられた子犬みたいな目で見てくる。
 強引なことを言ってきたくせに、こちらが嫌がると引き下がるのは、何と言うかちょっと卑怯だ。
 もともと拒絶するつもりがないので、断りづらい。
 珍しく男らしい台詞を言ってきたから、叶えてあげたいとは思う。
 けど、時期が時期なので迷う。

「ダメっていうか・・・うーん・・・」

 私は指折り数えて、日数を計算する。
 今夜ならタイミング的には大丈夫な気がする。

「いいわ。今夜は私の部屋にいらっしゃい」
「ホント?」
「たまには、婚約者らしいこともしないとね」

 婚前交渉が婚約者らしい行為かどうかは微妙なところだけど、長い間おあずけを食らわせているから、このくらいはいいだろう。
 というか、私は別におあずけを食らわせているつもりは無くて、アーサー王子が手を出してこないだけなんだけど。

「ありがとう。それじゃあ、今夜行くよ」

 私が肯定の返事をすると、アーサー王子が嬉しそうな笑顔を見せる。
 喜んでくれて何よりだけど、もう少しさっきの発言をする時間と場所は選べなかったのだろうか。

「おぉ!ついに覚悟を決めよったか」
「え?シンデレラ様、初めてなんですか?なら、お赤飯を準備しないといけないですね」
「数えてから返事をしていたな。アーサー殿は、夜の生活の主導権をシンデレラ殿に握られているのではないか?」
「家族計画は重要だぞ。将来の妃が管理するのは頼もしいではないか」

 外野がうるさい。
 熟練者なら悦ぶのかも知れないけど、初心者に羞恥プレイはちょっとハードルが高い。
 次からは、他人に知られない合図でも決めておいてもらうことにしよう。

「言っておくけど、赤飯は必要ないからね」

 とりあえず、外野にはそう言っておく。

「あれ?初めてじゃないんですか?」
「そうじゃなくて」

 私は溜息をつきながら、言葉を続ける。

「今は吸血鬼と戦っている最中なんだから、お祝いする雰囲気じゃないでしょう」
「でも、一生に一度のことですし」
「一生に一度のことかも知れないけど、秘め事なんだから普通は大々的にお祝いなんてしないわよ」
「シンデレラ様は普通じゃないですし」
「どういう意味よ」

 適当にあしらって、その場は解散にする。
 さて、温泉にでも入って、身体を磨いてこようかな。
 大々的にするつもりはないけど、私だって初めてが汗臭いのは嬉しくない。
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