シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

文字の大きさ
上 下
209 / 240
第十三章 シンデレラ

209.シンデレラ(その5)

しおりを挟む
「なるほど、状況はわかった。だが、厄介だな。略奪を目的としていないから交渉で争いを止めることはできないし、指示をしている人間もいないから全滅させるまで止まらないだろう」

 ファイファーの説明に、フィドラーが難しい顔をして唸る。

「じゃが、薬をばら撒いているのがエリザベートなら、彼女を倒せば、少なくともこれ以上吸血鬼が増えることはあるまい。放っておけば、王都に収まりきらず、国中に吸血鬼薬が広まるじゃろう」
「そうだな」

 師匠の言葉に、フィドラーは難しい顔を止めはしなかったけど、納得の意志を示す。
 彼女を倒してもすぐに事態が終結するわけではないけど、倒さなければ事態の終結までの時間が伸びるのは確実なのだ。
 しかも、国中の人間が吸血鬼になって攻めてくるとなれば、何年もの間、事態が終結しない可能性すらあるのだ。
 選択の余地はない。

「エリザベートは王城の奥にいるが、そこと繋がっている隠し通路についての情報を手に入れることができた。大きく迂回して王都の端から侵入すれば、エリザベートを暗殺することは可能だろう」

 続けてファイファーは次の情報について語る。
 その内容に全員が驚いた顔になる。

「それは、いざというときに王族が利用する通路ではないのか?よくそんな情報を手に入れられたのう」

 師匠が感心したように言う。
 普通はそんな情報は手に入らない。
 その国の王族からすれば、まさに生命線だからだ。
 重臣ですら知らない情報なんじゃないだろうか。
 よほど大物の情報源がいるらしい。
 その疑問に答えるようにファイファーが説明を続ける。

「我の部下がバビロン王国の貴族から情報を得た際に、交換条件として王族の一人の保護を持ち出された。その王族は当初は薬のせいで正常な判断ができない状態だったが、治療によって辛うじて自らの状態が判断できるようになった。隠し通路はそのとき手に入った情報だ」

 その貴族というのは、たぶんバビロン王国の重臣かなにかだろうな。
 身の危険を感じて、早い段階で避難したのだろう。
 逃げ出したともいえるけど、そのおかげで情報が手に入ったわけだ。

「その王族というのは誰だ?信用できるのか?」

 フィドラーは情報源を疑っているようだ。
 確かに普通は手に入らない情報だから無理はない。
 隠し通路が本物だとしたら、その存在は各国が知るところとなったのだ。
 今後は役に立たないだろう。
 責任感のある王族なら、拷問されても喋らない可能性すらある。
 ファイファーはフィドラーの質問に、貴重な情報源について隠すことなく答える。

「プラクティカルだ」
「なんだとっ!」

 その名前に激昂したのはフィドラーだ。
 プラクティカルは、エリザベートをシルヴァニア王国から連れ出し、バビロン王国へ連れていった張本人だ。
 彼がそんなことをしなければ、今の状況は発生していなかった。
 ある意味、元凶の一人だと言っていい。

「会わせろ!殴らないと気がすまん!」

 フィドラーは感情も露わに要求する。
 彼に怒りを感じるのは全員が同じだろう。
 だから、フィドラーのように感情的にならないけど、誰も止めようとはしない。
 けれど、その要求にファイファーは難しい顔をする。

「一応、連れてきてはいる。だが、見れば気分を害するかも知れないぞ?」
「気分ならすでに害している!」
「いいだろう」

 ファイファーはフィドラーの要求に応えるために、部下に指示を出す。
 この場に連れて来るつもりなのだろう。
 しばらくして、プラクティカルが運ばれてきたときに、、私達はファイファーが『気分を害する』と言った意味を理解した。
 プラクティカルはファイファーの部下に連れて来られたわけではなく、文字通り運ばれてきたのだ。

「モモにロースに・・・・・タンもか。エリザベートは美食家のようじゃのう」

 プラクティカルの姿を眺めて師匠が感想を口にする。
 その内容は今の彼の姿を端的に表していた。

「ーーー・・・ーーー・・・」

 プラクティカルの身体は、所々が欠けていた。
 あれでは、自分で歩くことも、喋ることもできないだろう。
 今も何かを喋ろうとしているようだが、言葉になっていない。
 口から空気が漏れる音だけが聞こえてくる。
 手も動かせないようだから筆談もできないと思うのだけど、よく情報を得ることができたな。

「薬で正気を失っている間に、この姿にされたようだ。そのことを恨んでいて、情報を提供してくれたよ。筆を口に咥えてだから時間はかかったがな。どうする?殴るか?」

 ファイファーがフィドラーに尋ねる。

「・・・・・ふんっ。弱者をいたぶる趣味はない。目障りだから、連れていけ」

 フィドラーは不満そうにしながらも、手を出すことは無かった。
 プラクティカルの姿を見て、その気が無くなったのだろう。

「待って」

 代わりに私が、プラクティカルに声をかけることにする。
 私はファイファーの部下がプラクティカルを連れて行こうとするのを止める。

「情報を提供してくれたそうね」

 プラクティカルは、濁った目を私に向けてくる。
 もともと彼は、私に好意的では無かった。
 けど、今は自分をこんな姿にしたエリザベートを恨んでいるのだろう。
 私に対する感情は感じない。

「お礼は言わないし、同情もしないわよ。あなたがエリザベートを止めていれば、あなたがこんな姿になることも無かったし、吸血鬼が溢れ返ることも無かったんだから」
「ーーー・・・!」

 私が告げると、初めてプラクティカルに感情が表れる。
 その感情は怒りだ。
 私に対する怒りか、エリザベートに対する怒りかは、喋れない彼からは判断できない。
 でに、エリザベートの名前が出たから感情が表れたことは間違いない。

「でも、情報を提供してくれた対価は払わなくちゃね。苦しいなら殺してあげるけど、どうする?」
「ーーー・・・!」

 親切で言ってあげたのだけど、プラクティカルは怒りを増して口から荒い息を吐く。
 どうやら、この対価は気に入らなかったようだ。

「じゃあ、あなたをこんな姿にしたエリザベートを殺してあげる。それでいい?」
「ーーーーーーーーーー・・・!」

 口を動かした後、プラクティカルは首を縦に動かす。
 こちらの対価はお気に召したようだ。

「もういいわ」

 私が言うと、ファイファーの部下がプラクティカルを連れて行く。
 唸り声を上げるプラクティカルがいなくなったことで、部屋が静かになる。

「あの子には見せられない姿です」

 ぽつりとヒルダが悲しそうな表情で呟く。
 あの子というのは、ヒルダが育てている子供のことだろう。
 その子供にとって、プラクティカルは父親にあたる。
 見せられないというのは、父親が酷い姿になったことを指しているのか、それとも父親が子供のことを全く気にしていなかったことを指しているのか、どちらだろうか。
 ヒルダの心の内は私には分からない。
 けど、どちらだとしても、子供にとって不幸なことであることは間違いない。
 唯一、子供によって幸福なことは、ヒルダが子供を心から気遣っていることだろう。
 子供のことはヒルダに任せようと思う。

「シンデレラ。彼がやったことは許されることじゃないけど、怪我人に鞭打つようなことをしなくても」

 そんなことを考えていると、アーサー王子が声をかけてきた。
 私がプラクティカルにキツイことを言ったからだろう。
 でも、私にも目的があったのだ。

「情報が信用できるか確認しただけよ」

 以前のプラクティカルは、笑顔の裏に野心を抱いているような人間だった。
 最初は私も彼の本質を見抜けなかった。
 けど、今はずいぶんと分かりやすくなったと思う。
 彼の感情はエリザベートに向いている。
 いや、以前からエリザベートに向いていたのだろう。
 なにせ、シルヴァニア王国から自分の国に連れ帰るくらいだ。
 根底に野心があったかも知れないけど、好意的な感情だったはずだ。
 でも、それは裏返った。

「それじゃあ、情報が正しいものとして作戦を立てましょうか」

 もし、プラクティカルがこんな姿にされてもエリザベートのために嘘をついているのだとしたら、私達は負ける。
 でも、私は彼が見せた感情を信じることにした。
 激しい怒りと、裏返る前の感情をだ。

 *****

 そんなわけで作戦を立てたわけだけど、実際のところ決めるべきことは少ない。
 細かいところを詰める必要はあるけど、やるべきことは決まっているからだ。

「作戦を整理するぞ」

 話し合いの後、師匠が最終確認をする。

「大きく迂回して、できるだけ吸血鬼を避けながら王都へ向かう。ファイファー殿の部下が接触した貴族がいる地域は比較的安全らしいので、そこを通過するルートを迂回ルートにする」
「今も安全かどうかは不明だが、他の地域よりはマシだろう」

 ファイファーが補足を入れる。

「王都についたら、隠し通路を通って、一気に王城まで侵入する。王都は吸血鬼が溢れ返っているせいで協力者は得られなかったので、完全に発見されないのは不可能じゃろう。強行突破するしかない」
「時間との勝負だな。それと隠し通路を使えるのは一度きりだろう。こちらが存在を知っていることを知られれば、対策されるだろうからな」

 今度はフィドラーが補足を入れる。

「隠し通路の地図では、王城の周りに張り巡らされた堀を通るようになっているから、王城に侵入するときは鎧を脱ぐことになるね。さすがに鎧を着て水中を通ることはできないだろうから」
「部分鎧なら可能かも知れんが、全身鎧は難しいじゃろうな」

 アーサー王子が課題を言い、それに師匠が補足を入れる。

「チャンスは1回で、装備も限られるなんて、難易度の高い任務ですね」
「まあ、失敗したとしても、致命的というわけではない。じゃが、失敗した場合は、吸血鬼を退治しきるまでに数年はかかるじゃろうな」

 ヒルダの懸念に師匠が答える。

「鎧は重量の関係で無理だけど、銃は持ち込めるように対策を考えてみるよ。火薬が湿らないすれば、何とかなると思う」

 みんな、各国の代表として来ているだけあって優秀だ。
 私が口を挟むまでもなく、色々と決まっていく。
 私はそれを眺めているだけでいい。

「・・・という作戦で行こうと思うがよいか?」

 だというのに、なんで最後に私に確認を取るのだろう。
 私に逃げるなということだろうか。
 直接言ってきたのは師匠だけど、全員が私の言葉を待っている。

「いいわ。その作戦で行きましょう」

 まあ、私も今回の件は逃げるつもりはない。
 だから、そう言って会議を締めくくった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...