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第十三章 シンデレラ
208.シンデレラ(その4)
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各国の連携は予想以上にスムーズに進んだ。
各国は協力を拒否することはおろか、協力する条件を突きつけてくることすら無かった。
上手く行き過ぎのような気もするけど、困るわけではないので、作戦はそのまま進めている。
その結果、バビロン王国からの襲撃は続いているが、国境付近で食い止めることができている。
だから、次の作戦を決めるために、各国から代表者が集まって議論する余裕すらある。
「こうしていると、シルヴァニア王国に滞在していた頃を思い出すわね」
その集合場所として選ばれたのは、私が作った街だ。
まあ、それは良い。
アヴァロン王国、シルヴァニア王国、ハーメルン王国、ブレーメン王国。
それらの国から最も集まりやすい場所が、そこだったというだけだ。
でも、集まった代表者が全て顔見知りなのは、偶然なのだろうか。
違うような気がする。
そう思ったので、ひさしぶりに会った挨拶代わりに聞いてみた。
「子供は元気?」
尋ねた相手はヒルダだ。
シルヴァニア王国の代表として来ている。
「おかげさまで元気です。唯一残った王族ですからね。風邪をひいただけでも医師団が総出で看病をしていますよ」
子供とは言ったけど、ヒルダの子供じゃない。
エリザベート王女が置いていった、彼女の子供だ。
親は今回の事態の原因ではあるけど、子供に責任はない。
だから、元気に育って欲しいと思う。
「それは何よりだけど、甘やかしすぎちゃダメよ」
「英才教育を施す予定です。早く一人前になってもらって、私の仕事を引き継ぎたいですしね」
それは早くても十数年後だろう。
でも、ヒルダは本気でそう思っているようだ。
「摂政なんて、早く辞めたいです」
ヒルダは、愚痴っぽく、そう言う。
彼女はシルヴァニア王国で摂政の地位に就いたらしい。
成り行きとはいえ、それだけの実績はあるし、妥当なところだとは思う。
けど、ヒルダは不満なようだ。
「政治のトップじゃない。なろうと思ってもなれるものじゃないのに、何が不満なのよ?」
「だって、何かを決める際に、全て私が承認しないといけないんですよ。書類を処理するスピードより、書類が溜まっていくスピードの方が早いんです」
「あなた私に同じことをさせていたじゃない」
私も一時期、聖女だからという理由でシルヴァニア王国の代表にさせられて、仕事を押し付けられていた。
その押し付けてきた当人がヒルダだ。
どうやら彼女は、私にしていたことを、今度は自分がされているらしい。
私のときは仕事を手伝ってくれる人間がいたけど、ヒルダにはいないのだろうか。
「文官の募集して、仕事を割り振ったら?」
「最近、優秀な人材の多くが、絶賛発展中のこの街に流れているんですよ」
ヒルダが恨みがましい目をこちらに向けてくる。
そんなことを言われても知らない。
けどまあ、なんとなく視線は逸らしておいた。
そして、今度は視線の先にいる人物に声をかける。
「グィネヴィア様は無事に帰れたのよね?」
尋ねた相手は、ハーメルン王国の代表として来ている、フィドラーだ。
彼の姉であるグィネヴィアは、今回の事態が発生したことを機に自分の国に帰っている。
「ああ。今はアーサー殿と一緒に改良したという鎧の量産を指示している。あの鎧は吸血鬼どもを相手にするには有効だからな。帰ってきてくれて助かっている」
グィネヴィアは自分の国で活躍しているようだ。
そして、それはフィドラーも同様だ。
「あなたは、ここに来て大丈夫なの?防衛の指揮をしていたのでしょう?」
「吸血鬼どもは厄介な相手ではあるが、策などは用いてこないからな。戦況は膠着している」
「油断はできないわよ」
「わかっている。だからこそ、次の手を打つために、この議論に参加しているのだからな」
フィドラーは自分の国における高い決定権を持って、この議論に参加している。
彼が決めれば、それはほぼ確実にハーメルン王国の意志として認められる。
だからこそ各国との連携がスムーズに取れているのだ。
以前のフィドラーは、そこまでの権力は持っていなかった。
それを持つようになったのは、ハーメルン王国で病が流行しかけたのを防いだ功績が認められたからだ。
それにより、彼の王位継承権は一気に上がったらしい。
「そう言えば、鎧をブレーメン王国に提供してくれたのよね。助かったわ」
「吸血鬼どもの進行を防ぐために必要だったのだろう。かまわないさ」
噛みつくことにより病を感染させてくる吸血鬼を相手にするには、攻撃よりも防御が重要になってくる。
だから、吸血鬼対策として、あの鎧が非常に役立っている。
ハーメルン王国が気前よくそれを提供してくれたことが、各国の連携がスムーズに行った要因にもなっている。
「我からも礼を言わせてくれ」
私とフィドラーの会話に混ざってきたのは、ファイファーだ。
「おかげで被害を減らすことができた」
ブレーメン王国からは彼が代表として来ている。
「礼の言葉は受け取っておこう。だが、今度はこちらが礼を言うことになるのだろう?これからの作戦は、そちらの国からもたらされる情報が重要だと聞いている」
「ああ。助力に見合った情報を提供するつもりだ」
ちなみに、ファイファーも王位継承権が上がったらしい。
財政難を解決でもして、その活躍が認められたのかと思ったのだけど、聞いてみたら理由は違った。
なんでも、彼の兄が子供を作れない身体になったから、繰り上げで王位継承権が上がったそうだ。
ブレーメン王国は、血筋を重要視する国らしく、子供を多く作ることが王位継承権に影響するのだとか。
私にとってはどうでもいい王位継承権の基準だけど、国によって価値観は違うだろうから否定するつもりはない。
けれど、一つだけ気になっていることがある。
子供を作れない身体になったという彼の兄のことだ。
ブレーメン王国を訪れた際に、確か師匠が夜這いに来た相手に、勃たなくなる薬を盛ったとか言っていた。
おそらく、王位継承権が下がったのは、その人物のことだろう。
つまり、師匠がブレーメン王国の王位継承権を左右してしまったことになるのだ。
考えてみると、結構な大事になっている。
でもまあ、今さらではあるし、私も師匠のことは言えないので、気にしないことにしよう。
ともかく、そんなわけでファイファーがブレーメン王国の代表になったおかげで、出し渋ることなく情報をくれるので助かっている。
さて、他国の代表には、これで一通り声をかけたことになる。
次は自分の国であるアヴァロン王国の代表に声をかける。
「ひさしぶり、アーサー。アダム王子じゃなくて、あなたが来たのね」
アヴァロン王国からは、アーサー王子がやってきた。
政治的な話だから、てっきりアダム王子が来ると思っていたから、少し予想外だ。
「兄上は防衛の指揮を取っているからね。それに、シンデレラの手綱を握るのは僕の役目だって言われたよ」
「手綱を握るって失礼ね。私って、そんなにじゃじゃ馬?」
失礼な言い分に、私が問いかけると、アーサー王子は笑いながら答えてくる。
「じゃじゃ馬というよりは、暴れ馬かな。いつも、とんでもないことを起こすし」
「むぅ」
身に覚えがあるだけに言い返せない。
でも、アダム王子ではなくアーサー王子が来た理由は分かった。
それに、他の国も似たような理由なのだろう。
国の代表として成立する地位にいる人間が来ているけど、理由はそれだけじゃない。
たぶん、私と顔見知りで、私と話をしやすい人間が選ばれた。
吸血鬼なんて化け物が現れているのだ。
小さな国益よりも、事態の早期解決を優先したのだと思う。
期待に応えられるかは分からないけど、やりやすい人選なのは確かなので、有効活用させてもらおう。
*****
挨拶は終わって、本題に入る。
各国が連携して防衛することで、被害は抑えることができている。
このままでも、いずれ襲撃は無くなるかも知れないけど、それでは時間がかかり過ぎる。
だから、次の作戦として、こちらが攻勢に出ようとしているのだ。
「さて、まずは状況のおさらいといこうかのう」
師匠が進行役を買って出る。
すっかり軍師が板についているな。
いや、どちらかというと教師の方が近いだろうか。
森で私に教えていたときと似たような喋り方だ。
それに、『おさらい』とか言っているし。
「現在、アヴァロン王国、ハーメルン王国、ブレーメン王国が連携してバビロン王国からの襲撃を防いでいるおかげで、被害が最小限に抑えられておる。そして、シルヴァニア王国が避難民を受け入れているので、吸血鬼どもに侵入された街や村の住人が途方に暮れるということも少ないようじゃ」
各国の代表は頷いている。
確かにここまでの内容は『おさらい』に近いかな。
各国で把握している情報だ。
「被害が出ていないという点では防衛作戦は上手くいっていると言ってよいじゃろう。しかし、吸血鬼どもが広範囲に散らばって侵攻してくるせいで、兵士もそれに対処できるように大量に配置しなければならない。そのため、こちらからバビロン王国に攻めることができていないのが現状じゃ」
これも各国で把握している。
そして、その問題を解決するために、こうして各国の代表が集まっているのだ。
「少数精鋭で敵の首領・・・吸血鬼どもの主と言ったらいいのか・・・そいつを倒すしかないだろう」
「それしかないじゃろうな」
フィドラーの言葉に師匠が頷く。
大規模な軍で攻めることができないなら、それしかない。
そこまでは誰でも思いつくことだから、反論する理由はない。
問題は、それが可能かどうかだ。
「じゃが、それをするには、そもそも吸血鬼どもの主が誰か、そやつがどこにいるか、少人数でそこまで辿り着ける道はあるか、などの情報が必要じゃな」
「その情報はこちらから提供させてもらおう」
そう言って、ファイファーが全員に紙を配る。
全員がそれに、ざっと目を通してから、ファイファーが説明を始める。
「吸血鬼の主は、エリザベート。プラクティカルが連れ出し、彼の妻としてバビロン王国に逃げ込んだ後、人間を吸血鬼化する薬を開発した功績で、王の側近まで成り上がったようだ」
予想はしていた。
そんな、ろくでもない薬を作るのは、彼女くらいのものだろう。
「アヴァロン王国に戦争で惨敗して戦力増強が急務だった王は、人間を吸血鬼に変えることで簡単に戦力とする手段をもたらしたエリザベートを重用したようだ」
人間を吸血鬼に変えると言っているけど、それは比喩的なものだ。
人間の何倍もの筋力を得る。
痛みや恐怖を感じなくなる。
痛みや恐怖を感じないから、怯むことなく戦い続ける。
感覚を鈍くさせている副作用で判断力も低下するようだけど、一般人を使い捨ての兵として利用するには、逆に都合がよかったのだろう。
そんな変化をもたらく薬だけど、本当に吸血鬼に変化させるわけではない。
その証拠に、首を刎ねれば死ぬから不死身というわけじゃないし、太陽の光で灰になったりもしない。
ただし、代謝を低下させる薬も混ざてあるのか、怪我をさせても出血が少なく、死ぬまでの時間が長いので、とにかくしぶとい。
そして、噛みついた相手を行動不能にさせるためだと思うけど、わざと狂犬病に感染させているらしく、昼間は光を怖がって動きが鈍い。
得られる効果だけを見るなら、まさに吸血鬼そのものというわけだ。
「しかし、吸血鬼薬を作ったのがエリザベートだとしても、それを使って戦争を仕掛けているのは王じゃろう?主は王ではないのか?」
師匠が疑問を口にする。
だけど、彼女を主と言ったのは、ちゃんと理由があるようだ。
ファイファーが疑問に答える。
「エリザベートは、王をはじめとする王族全員に吸血鬼薬を盛って正常な判断ができないようにし、バビロン王国の実権を握ったようだ。そして、王都に吸血鬼薬をばら撒いて国民を吸血鬼に変えた」
つまり、正式に王位を継承したわけではないが、彼女が事実上の女王というわけだ。
だから、倒すべき吸血鬼の主は彼女ということになる。
「先ほどジャンヌ殿は戦争と言ったが、エリザベートは戦争のための具体的な指示はしていない。ただ王都を吸血鬼の巣に変えただけだ。今の状況は、地獄から化け物が溢れたという状況に近いな」
それがファイファーが語った真相だった。
各国は協力を拒否することはおろか、協力する条件を突きつけてくることすら無かった。
上手く行き過ぎのような気もするけど、困るわけではないので、作戦はそのまま進めている。
その結果、バビロン王国からの襲撃は続いているが、国境付近で食い止めることができている。
だから、次の作戦を決めるために、各国から代表者が集まって議論する余裕すらある。
「こうしていると、シルヴァニア王国に滞在していた頃を思い出すわね」
その集合場所として選ばれたのは、私が作った街だ。
まあ、それは良い。
アヴァロン王国、シルヴァニア王国、ハーメルン王国、ブレーメン王国。
それらの国から最も集まりやすい場所が、そこだったというだけだ。
でも、集まった代表者が全て顔見知りなのは、偶然なのだろうか。
違うような気がする。
そう思ったので、ひさしぶりに会った挨拶代わりに聞いてみた。
「子供は元気?」
尋ねた相手はヒルダだ。
シルヴァニア王国の代表として来ている。
「おかげさまで元気です。唯一残った王族ですからね。風邪をひいただけでも医師団が総出で看病をしていますよ」
子供とは言ったけど、ヒルダの子供じゃない。
エリザベート王女が置いていった、彼女の子供だ。
親は今回の事態の原因ではあるけど、子供に責任はない。
だから、元気に育って欲しいと思う。
「それは何よりだけど、甘やかしすぎちゃダメよ」
「英才教育を施す予定です。早く一人前になってもらって、私の仕事を引き継ぎたいですしね」
それは早くても十数年後だろう。
でも、ヒルダは本気でそう思っているようだ。
「摂政なんて、早く辞めたいです」
ヒルダは、愚痴っぽく、そう言う。
彼女はシルヴァニア王国で摂政の地位に就いたらしい。
成り行きとはいえ、それだけの実績はあるし、妥当なところだとは思う。
けど、ヒルダは不満なようだ。
「政治のトップじゃない。なろうと思ってもなれるものじゃないのに、何が不満なのよ?」
「だって、何かを決める際に、全て私が承認しないといけないんですよ。書類を処理するスピードより、書類が溜まっていくスピードの方が早いんです」
「あなた私に同じことをさせていたじゃない」
私も一時期、聖女だからという理由でシルヴァニア王国の代表にさせられて、仕事を押し付けられていた。
その押し付けてきた当人がヒルダだ。
どうやら彼女は、私にしていたことを、今度は自分がされているらしい。
私のときは仕事を手伝ってくれる人間がいたけど、ヒルダにはいないのだろうか。
「文官の募集して、仕事を割り振ったら?」
「最近、優秀な人材の多くが、絶賛発展中のこの街に流れているんですよ」
ヒルダが恨みがましい目をこちらに向けてくる。
そんなことを言われても知らない。
けどまあ、なんとなく視線は逸らしておいた。
そして、今度は視線の先にいる人物に声をかける。
「グィネヴィア様は無事に帰れたのよね?」
尋ねた相手は、ハーメルン王国の代表として来ている、フィドラーだ。
彼の姉であるグィネヴィアは、今回の事態が発生したことを機に自分の国に帰っている。
「ああ。今はアーサー殿と一緒に改良したという鎧の量産を指示している。あの鎧は吸血鬼どもを相手にするには有効だからな。帰ってきてくれて助かっている」
グィネヴィアは自分の国で活躍しているようだ。
そして、それはフィドラーも同様だ。
「あなたは、ここに来て大丈夫なの?防衛の指揮をしていたのでしょう?」
「吸血鬼どもは厄介な相手ではあるが、策などは用いてこないからな。戦況は膠着している」
「油断はできないわよ」
「わかっている。だからこそ、次の手を打つために、この議論に参加しているのだからな」
フィドラーは自分の国における高い決定権を持って、この議論に参加している。
彼が決めれば、それはほぼ確実にハーメルン王国の意志として認められる。
だからこそ各国との連携がスムーズに取れているのだ。
以前のフィドラーは、そこまでの権力は持っていなかった。
それを持つようになったのは、ハーメルン王国で病が流行しかけたのを防いだ功績が認められたからだ。
それにより、彼の王位継承権は一気に上がったらしい。
「そう言えば、鎧をブレーメン王国に提供してくれたのよね。助かったわ」
「吸血鬼どもの進行を防ぐために必要だったのだろう。かまわないさ」
噛みつくことにより病を感染させてくる吸血鬼を相手にするには、攻撃よりも防御が重要になってくる。
だから、吸血鬼対策として、あの鎧が非常に役立っている。
ハーメルン王国が気前よくそれを提供してくれたことが、各国の連携がスムーズに行った要因にもなっている。
「我からも礼を言わせてくれ」
私とフィドラーの会話に混ざってきたのは、ファイファーだ。
「おかげで被害を減らすことができた」
ブレーメン王国からは彼が代表として来ている。
「礼の言葉は受け取っておこう。だが、今度はこちらが礼を言うことになるのだろう?これからの作戦は、そちらの国からもたらされる情報が重要だと聞いている」
「ああ。助力に見合った情報を提供するつもりだ」
ちなみに、ファイファーも王位継承権が上がったらしい。
財政難を解決でもして、その活躍が認められたのかと思ったのだけど、聞いてみたら理由は違った。
なんでも、彼の兄が子供を作れない身体になったから、繰り上げで王位継承権が上がったそうだ。
ブレーメン王国は、血筋を重要視する国らしく、子供を多く作ることが王位継承権に影響するのだとか。
私にとってはどうでもいい王位継承権の基準だけど、国によって価値観は違うだろうから否定するつもりはない。
けれど、一つだけ気になっていることがある。
子供を作れない身体になったという彼の兄のことだ。
ブレーメン王国を訪れた際に、確か師匠が夜這いに来た相手に、勃たなくなる薬を盛ったとか言っていた。
おそらく、王位継承権が下がったのは、その人物のことだろう。
つまり、師匠がブレーメン王国の王位継承権を左右してしまったことになるのだ。
考えてみると、結構な大事になっている。
でもまあ、今さらではあるし、私も師匠のことは言えないので、気にしないことにしよう。
ともかく、そんなわけでファイファーがブレーメン王国の代表になったおかげで、出し渋ることなく情報をくれるので助かっている。
さて、他国の代表には、これで一通り声をかけたことになる。
次は自分の国であるアヴァロン王国の代表に声をかける。
「ひさしぶり、アーサー。アダム王子じゃなくて、あなたが来たのね」
アヴァロン王国からは、アーサー王子がやってきた。
政治的な話だから、てっきりアダム王子が来ると思っていたから、少し予想外だ。
「兄上は防衛の指揮を取っているからね。それに、シンデレラの手綱を握るのは僕の役目だって言われたよ」
「手綱を握るって失礼ね。私って、そんなにじゃじゃ馬?」
失礼な言い分に、私が問いかけると、アーサー王子は笑いながら答えてくる。
「じゃじゃ馬というよりは、暴れ馬かな。いつも、とんでもないことを起こすし」
「むぅ」
身に覚えがあるだけに言い返せない。
でも、アダム王子ではなくアーサー王子が来た理由は分かった。
それに、他の国も似たような理由なのだろう。
国の代表として成立する地位にいる人間が来ているけど、理由はそれだけじゃない。
たぶん、私と顔見知りで、私と話をしやすい人間が選ばれた。
吸血鬼なんて化け物が現れているのだ。
小さな国益よりも、事態の早期解決を優先したのだと思う。
期待に応えられるかは分からないけど、やりやすい人選なのは確かなので、有効活用させてもらおう。
*****
挨拶は終わって、本題に入る。
各国が連携して防衛することで、被害は抑えることができている。
このままでも、いずれ襲撃は無くなるかも知れないけど、それでは時間がかかり過ぎる。
だから、次の作戦として、こちらが攻勢に出ようとしているのだ。
「さて、まずは状況のおさらいといこうかのう」
師匠が進行役を買って出る。
すっかり軍師が板についているな。
いや、どちらかというと教師の方が近いだろうか。
森で私に教えていたときと似たような喋り方だ。
それに、『おさらい』とか言っているし。
「現在、アヴァロン王国、ハーメルン王国、ブレーメン王国が連携してバビロン王国からの襲撃を防いでいるおかげで、被害が最小限に抑えられておる。そして、シルヴァニア王国が避難民を受け入れているので、吸血鬼どもに侵入された街や村の住人が途方に暮れるということも少ないようじゃ」
各国の代表は頷いている。
確かにここまでの内容は『おさらい』に近いかな。
各国で把握している情報だ。
「被害が出ていないという点では防衛作戦は上手くいっていると言ってよいじゃろう。しかし、吸血鬼どもが広範囲に散らばって侵攻してくるせいで、兵士もそれに対処できるように大量に配置しなければならない。そのため、こちらからバビロン王国に攻めることができていないのが現状じゃ」
これも各国で把握している。
そして、その問題を解決するために、こうして各国の代表が集まっているのだ。
「少数精鋭で敵の首領・・・吸血鬼どもの主と言ったらいいのか・・・そいつを倒すしかないだろう」
「それしかないじゃろうな」
フィドラーの言葉に師匠が頷く。
大規模な軍で攻めることができないなら、それしかない。
そこまでは誰でも思いつくことだから、反論する理由はない。
問題は、それが可能かどうかだ。
「じゃが、それをするには、そもそも吸血鬼どもの主が誰か、そやつがどこにいるか、少人数でそこまで辿り着ける道はあるか、などの情報が必要じゃな」
「その情報はこちらから提供させてもらおう」
そう言って、ファイファーが全員に紙を配る。
全員がそれに、ざっと目を通してから、ファイファーが説明を始める。
「吸血鬼の主は、エリザベート。プラクティカルが連れ出し、彼の妻としてバビロン王国に逃げ込んだ後、人間を吸血鬼化する薬を開発した功績で、王の側近まで成り上がったようだ」
予想はしていた。
そんな、ろくでもない薬を作るのは、彼女くらいのものだろう。
「アヴァロン王国に戦争で惨敗して戦力増強が急務だった王は、人間を吸血鬼に変えることで簡単に戦力とする手段をもたらしたエリザベートを重用したようだ」
人間を吸血鬼に変えると言っているけど、それは比喩的なものだ。
人間の何倍もの筋力を得る。
痛みや恐怖を感じなくなる。
痛みや恐怖を感じないから、怯むことなく戦い続ける。
感覚を鈍くさせている副作用で判断力も低下するようだけど、一般人を使い捨ての兵として利用するには、逆に都合がよかったのだろう。
そんな変化をもたらく薬だけど、本当に吸血鬼に変化させるわけではない。
その証拠に、首を刎ねれば死ぬから不死身というわけじゃないし、太陽の光で灰になったりもしない。
ただし、代謝を低下させる薬も混ざてあるのか、怪我をさせても出血が少なく、死ぬまでの時間が長いので、とにかくしぶとい。
そして、噛みついた相手を行動不能にさせるためだと思うけど、わざと狂犬病に感染させているらしく、昼間は光を怖がって動きが鈍い。
得られる効果だけを見るなら、まさに吸血鬼そのものというわけだ。
「しかし、吸血鬼薬を作ったのがエリザベートだとしても、それを使って戦争を仕掛けているのは王じゃろう?主は王ではないのか?」
師匠が疑問を口にする。
だけど、彼女を主と言ったのは、ちゃんと理由があるようだ。
ファイファーが疑問に答える。
「エリザベートは、王をはじめとする王族全員に吸血鬼薬を盛って正常な判断ができないようにし、バビロン王国の実権を握ったようだ。そして、王都に吸血鬼薬をばら撒いて国民を吸血鬼に変えた」
つまり、正式に王位を継承したわけではないが、彼女が事実上の女王というわけだ。
だから、倒すべき吸血鬼の主は彼女ということになる。
「先ほどジャンヌ殿は戦争と言ったが、エリザベートは戦争のための具体的な指示はしていない。ただ王都を吸血鬼の巣に変えただけだ。今の状況は、地獄から化け物が溢れたという状況に近いな」
それがファイファーが語った真相だった。
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