シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十二章 ブレーメンの音楽

196.芸術の都(その3)

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 ゆさゆさ。

「・・・・・」

 ゆさゆさ。

「・・・・・・・」

 ゆさゆさ。

「・・・・・・・・・んぅ?」

 他人に起こされるなんて、ひさしぶりだ。
 目を開けて周囲を見回す。
 見慣れぬ場所。
 いや、見覚えはある。

「もう、演奏は終わったぞ」
「おはよう、師匠」

 欠伸をしながら、目覚めの挨拶をする。
 朝じゃないけど、目覚めの挨拶だから、『おはよう』で合っているはずだ。
 意識が覚醒し、目が慣れてくると、耳も聴こえてきた。

 パチパチパチパチ!

 洪水のような拍手。
 演奏に対するものだろう。
 私も真似をして拍手をする。

「素晴らしい演奏だったわね。なんだか、旅の疲れも取れた気がするわ」

 音楽はよく分からないものだと思っていたけど、どうやら私にも音楽を理解する感性があったらしい。
 そう思ったのだけど、師匠が呆れたように、首を横に振る。

「それはおそらく演奏ではなく、睡眠の効果ではないかのう。爆睡しておったようじゃし」

 失敬な。

「目を閉じて、音楽を感じていたのよ」

 音楽を聴くのに目を開けている必要はない。
 耳で音を受け入れて、身体で振動を感じる。
 それが音楽を聴くということだと思う。
 だから、決して寝ていたわけじゃない。
 リラックスして聴いていたので、寝ていたように見えたのだろう。

「そうかのう?揺さぶっても、なかなか起きなかったのじゃが」

 しかし、師匠はなかなか信じようとしない。
 音楽の楽しみ方を知らないのだろう。
 困ったものだ。

「余韻に浸っていたのよ」

 仕方がないので、師匠に音楽の楽しみ方を教える。
 よい音楽というものは、聴いた後も余韻が残るものなのだ。

「そうか、なるほど。まあ、どうでもよいが」

 師匠はまだ信じていないようだったけど、それ以上突っ込むことは無かった。
 その代わり、話題を変えてくる。

「それより、この後はどうするのじゃ?パーティーがあるようじゃが」
「パーティー?」

 招待状には、そんなものがあるとは書かれていなかった。
 おそらく私が寝て、もとい、余韻に浸っている間に説明があったのだろう。
 さて、どうするか。
 演奏会の後のパーティーということは、演奏の内容について感想を言ったりするのだろうか。

「出なくていいんじゃない?招待されたのは演奏会だけだし」
「演奏会とセットのパーティーだと思うんじゃがのう」

 別に出てもいいんだけど、あまり気は進まない。
 決して寝ていて演奏の内容を覚えていないわけではなく、社交的な付き合いが面倒なだけだ。

「わしも好んで出たいわけではないから、かまわんが」
「じゃあ、帰りましょうか」

 そんなわけで、私と師匠はコンサートホールを後にした。
 これでブレーメン王国でのおつかいは完了だ。

 *****

 そう思っていたのだけど、そういうわけにも行かなかった。

「使者殿が来ております」

 宿の入口で私を待っていたのは、そんな言葉だった。
 アヴァロン王国から来たのなら、使者という言い方はしないだろう。
 だとすると他の国からの使者ということになるけど、わざわざ国境を跨いでくるとは思えない。
 つまり、ブレーメン王国の使者ということだ。

 ・・・・・

 私は踵を返す。

「ちょっと用事を思い出したわ」

 まだ、宿の入口に入ったわけではない。
 それに、使者から用件を聞いたわけではない。
 だから、断ったということにはならないだろう。
 ただ、現時点では使者にも会っていないし、要件も聞いていないというだけだ。
 そういう言い訳が通じると思う。

「シ、シンデレラ様、困ります!?」

 思ったのだけど、通じなかった。
 残念。

「使者殿が待っておられるのですから!」

 やっぱり、面倒事に巻き込まれずにアヴァロン王国へ帰るわけにはいかなさそうだ。
 仕方がない。

「・・・どこからの使者?」
「ハーメルン王国の王家だそうです」

 まあ、予想通りだ。
 でも、『王家』か。
 特定の個人からではないところに、嫌な予感がするな。

 *****

 使者は単に私を呼びに来ただけで、詳しい話を聞かされているわけではなかった。
 だから、用件を知るためには、呼ばれた場所に行くしかない。
 そして、その呼ばれた場所というのは、

「城の中の装飾も見事なものじゃのう。さすがは芸術の都じゃ」

 当然のように、王城の一室だった。
 嫌な予感しかしないのだけど、人目につかない場所ではないから、いきなり暗殺してくるといった用件ではなさそうだ。

「さて、誰が来るかのう」

 一緒に連れて来た師匠が呟く。

「可能性が高いのは、ファイファーだけど・・・」

 師匠の呟きに私が応える。

「それなら、自分の名前で使者を出すはずよね」
「そうじゃろうな」

 豪勢な部屋に、ぽつんと二人で待たされて暇だ。
 人を呼んでおいて待たせるとか、どういうつもりだろう。
 それに、人を呼ぶときは、普通は事前に連絡をするものだ。
 すぐに来いと呼ぶのは、失礼だということが分かっているのだろうか。
 そんなことを考えながら、相手が来るのを待つ。

「このお茶菓子、美味しいのう」

 師匠は先ほどからお茶菓子をぱくついている。
 遠慮する様子はない。

「これ、おかわりもらえないかのう?」
「ただちにお持ちします」

 それどころか、私達の世話係らしいメイドにおかわりを要求している。
 図々しいとは思うけど、迷惑料のようなものだから、別にかまわないと思う。

「私には何か果物でも貰える?」
「かしこまりました」

 思うので、私も要求する。
 師匠が気に入ったらしいお茶菓子は美味しいのだけど、アルコールが入った焼き菓子らしく、私は少し酔いそうになる。
 それに、ドライフルーツは入っているのだけど、私は生のフルーツの方が好きだ。
 だから、我儘だとは思いつつ生のフルーツを要求してみたのだけど、どうやら希望を叶えてくれるようだ。
 理不尽に呼び出されたことで苛立っていた機嫌を、少しだけ直すことにする。

「お待たせしました」

 しばらくすると、師匠には先ほどと同じ焼き菓子、私にはフルーツが運ばれてきた。
 師匠の方は先ほどと同じなので特筆すべきことはないのだけど、私の方は何と言うか派手だった。

「飾り切りしてくれなくてもいいんだけどな」

 様々なフルーツが様々な形に切られて、盛りつけられていた。
 見た目は綺麗なんだけど、これだけ細かく切るということは、料理人がべたべた触っているということだ。
 そう考えると、シンプルに切ってくれた方が、嬉しかったような気はする。
 まあ、そこまで我儘は言わないけど。
 そんなことを考えていたら、私の呟きが聞こえたらしいメイドが、話しかけてきた。

「最近、王都で飾り切りが流行しているのです。なんでも、ファイファー王子が他国で見たものを、料理人に真似させたのが始まりだそうです」

 なんだか、フルーツが飾り切りされた原因に心当たりがある。
 確かファイファーが、シルヴァニア王国でうさぎ林檎に興味を示していた。
 それが、きっかけだったのだろう。
 だとすると、こうやって出てきた理由は、私にも一因があるようだ。
 私がせがんだわけではないから私の責任ではないと思うけど、うさぎ林檎を作ったのは私のメイドなのだ。
 それなら、飾り切りされて迷惑だというのは、悪い気がするな。

 それどころか、料理人には悪いことをした気がしないでもない。
 おそらく料理人は、うさぎ林檎をいい歳をした王子から要求されて、戸惑ったに違いない。
 あれは子供が喜ぶようなものだ。
 それを、なんとか芸術の都にふさわしいものにしようとして、飾り切りの技術を高めたのだろう。

「料理人にお礼を言っておいて」

 私はフルーツの飾り切りを持ってきてくれたメイドにそう伝えたのだった。
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