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第十二章 ブレーメンの音楽

195.芸術の都(その2)

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 ブレーメン王国への道中は、襲撃もなく、平穏そのものだった。
 王都に入ると、なんというか、華やか街並みが目に入ってくる。

「壮観じゃのう」

 確かに壮観ではある。
 なにせ、目に入るため建物には全て装飾が施されている。
 庶民が暮らしていると思われる建物にも全てだ。
 それに、どこからともなく音楽も聴こえてくる。
 おそらく、どこかで演奏でもしているのだろう。
 絵を描いている人もいる。
 まさに、芸術の都といった感じだ。

 暮らすだけの建物に装飾をするなんて無駄だと思うし、絵を描いている人には仕事をしろと言いたい。
 けど、そんな私にとっての常識は、この都では非常識なのだろう。
 歩いている人を見ても、誰もこの光景を不思議に思っているような様子はない。
 それどころか、師匠もこの光景を受け入れているようだ。

「芸術の都としての体裁を整えないといけないからのう。国営のコンサートホールもあるし、建物の装飾に思っては補助金が出ていると思うぞ」

 私が疑問に思っていることを、師匠が教えてくれる。
 なるほど。
 一見すると無駄に思えるものでも、客寄せのためには必要なものだということか。

「ほれ。あれなど、見事なものじゃろう?」

 言われて見ると、屋台で飴を売っているようだ。
 しかし、単なる飴じゃない。
 動物の形をしたものなど、細工が施されている。
 しかも、目の前で細工をするというパフォーマンスまでおこなっている。
 確かに、見た目には綺麗だ。
 けれど、

「値段が安い方が子供は嬉しいんじゃない?」

 そう思ってしまう。
 実際、細工する様子を見学している人々は喜んでいるが、その人々が全員買っているわけではない。
 特に子供は、物欲しそうな顔をしているが、値段を見て買うことができないでいるようだ。
 子供がお小遣いで買うには高いのだろう。

「観光客狙いだからのう。値段も高めにしているのじゃろう」

 せっかく旅先に来たのだからと、記念に買う人間がいるのだと思う。
 それをもったいないと考えてしまうのは、私が庶民だからなのだろうか。

「おぬしは土産は買わなくてよいのか?あの飴なら日持ちはするし、ヘンゼルとグレーテルなら喜ぶのではないかのう」
「買うわ」

 私は即答すると、馬車を飛び降りて屋台へ向かう。
 王都に入って速度を下げていたから、よろめくことなく地面に降り立つ。

「男の子と女の子が好きそうな形のものをちょうだい。これで買える分だけ」

 私はお金を渡して、そう注文する。
 世間知らずな貴族の令嬢のように、お金を払わずに屋台で売っている物を貰うなんてことはしない。
 きちんと、お金は払う。
 それに、師匠が値段は高めだと言っていたから、少し多めに渡している。

「あ、ありがとうございます。・・・少々お待ちください」

 屋台の主は驚いた様子だったが、ちゃんと注文を受けてくれた。
 しかし、商品が用意されるのを待っていると、屋台の主が困った顔で話かけてきた。

「申し訳ありません。今ある材料を全て商品にしたとしても、いただいたお金の分には足りません。日にちを頂ければ用意できますが・・・」

 そう言って、渡したお金を返してくる。
 戻ってきたお金を見て、その理由を悟る。
 どうも、ヘンゼルとグレーテルにたくさんお土産を買おうとして、無意識に金貨を渡してしまったようだ。
 屋台で物を買うには多すぎる。

「・・・ごめんなさい。こっちで買える分だけお願い」

 私は金貨の代わりに銀貨数枚を渡して、改めてお願いする。
 すると、今度はすぐに商品が用意されてきた。
 けど、それでも数十本になってしまった。
 ちょっと多過ぎたかも知れない。
 師匠が値段は高めだと言っていたけど、あれはきっと子供がお小遣いで買うには高いけど、大人なら買えなくない程度の値段という意味だったのだろう。
 仕方ない。
 城のメイド達にでも配るか。

「こりゃ、馬車から飛び降りるやつがおるか!みんな困っておったぞ!」

 衝動買いした飴細工をどうしようかと考えていると、私を追いかけて師匠がやってきた。

「師匠が買えって言ったからじゃない」
「買えとは言っとらんわ!土産にしたらヘンゼルとグレーテルが喜ぶのではないかと言っただけじゃ!」

 それは私にとって、買えと言われているに等しい。
 反射的に馬車を飛び降りてしまうのは当然だろう。

 それはともかく、お土産は手に入った。
 これで目的は果たしたわけだけど、このまま馬車に戻るのはもったいない気がする。

「せっかく馬車を降りたのだから、街を見て回りましょうか」
「マイペースじゃのう」

 そう言いながらも、師匠も興味があったのか、私の行動を止めては来なかった。
 さて、どこを見て回ろうか。
 初めての街だから、地理に詳しくない。

「美味しいものが食べられるお店を教えてくれる?」

 私はチップ代わりに買った飴細工を一本渡しながら、近くにいた子供に尋ねる。
 こういうことは現地の人間に訊いた方が早い。
 時間があれば自分の足で探すのだけど、今回は予定があるから時間に余裕がない。

「え?あの・・・」
「できれば、堅苦しくないお店がいいかな」

 飴細工を渡した子供は戸惑っていたようだけど、それがチップ代わりだと気付いたのか、最後には笑顔でお店を教えてくれた。

 *****

「美味しかったけど、お土産にはできなかったわね」
「クレープは生の果物を使っておるからのう」
「でも、珍しい材料は使われていなかったから、作ろうと思えば作れそうよね」

 そろそろ戻ってください、と泣きつかれて馬車に戻った私と師匠は街を見て回った感想を話す。

「見た目にこだわっているせいか、店で出てくる料理は値段が高めだから、屋台で食べている人間が多かったのう」

 子供が教えてくれたのも屋台だった。
 クレープは美味しかったから満足はしている。

「王都で暮らしている人からすれば、普段の食事は見た目よりも味や量の方が嬉しいでしょうしね」

 この国の収入源が観光というのは分かったけど、やっぱりこの国はどこか歪な気がする。
 『普通の生活』をしている人間には、馴染みづらい印象があるのだ。
 どこか作り物のような印象を受けた。

「お二人とも、そろそろ到着します」

 そんなことを考えていたら、到着したようだ。
 といっても、演奏会の会場ではない。
 今晩泊まる宿だ。
 馬車での旅は数日の遅れが発生することもある。
 だから、こうして数日前にやってきたのだ。

「宿も派手ねぇ」
「そうじゃな」

 必ずしも豪華すぎるというわけではない。
 それに古い建物もある。
 それでも派手だと感じてしまう。
 ようするに装飾過多なのだ。
 なんだか目がちかちかする。
 別に光っているわけではないから、慣れればどうってこと無いとは思うけど。

 *****

 宿に泊まっている間は、特に何も無かった。
 街を見て回ったりもしたけど、最初に出歩いたときと印象が変わることは無かった。
 追加でお土産を買うようなことも無かった。
 芸術というものが理解できない私には、いまいちピンとくるものが無かったのだ。
 そんな無かったづくしの時間を過ごして、演奏会の当日を迎えた。

 私は黒の、師匠は赤のドレスを着て、目的地まで馬車で向かう。
 演奏会が開かれるのは、国営のコンサートホールらしい。
 会場は席が決まっているらしく、入口で招待状を見せると案内してくれた。
 そこには、私と同じく招待されたと思われる人間達がいた。
 けど、広い会場を埋め尽くすほどではない。
 これは招待した人数が少ないのか、招待したけど来なかったのか、どちらなのだろうか。
 そんなことを考えながら開始時間になるのを待つ。
 そして開始時間になると、演奏者たちがステージに入ってきた。

「あ、ファイファーがいる」
「パーティーで会った人間がおるのう」

 私が知り合いを見つけるのと同時に、師匠も知り合いを見つけたようだ。
 どうやら、今回の演奏者には王族が混ざっているらしい。
 私の知り合いであるファイファーはこの国の王子だし、師匠が会ったという人間もそうだと思う。

「楽器なんて演奏できるのかしら?」

 王族の嗜みとして楽器が使えるのは不思議じゃないけど、演奏会で聴かせるほどの腕前があるのだろうか。
 下手の横好きだとしたら、王族としての権力を乱用していることになるけど。

「まあ、仮にも芸術の都の王族なんじゃから、腕前は確かじゃないかのう」
「そうだといいけど」

 もし、国を跨いでまでやってきたのに雑音を聴かされたとなったら、『うっかり』手を滑らせて小瓶を床に落として割ってしまうかも知れない。
 中に入っているのは、刺激臭のする薬品だ。
 命に別状はないけど、しばらく涙と鼻水が止まらなくなる。
 だから、私が『うっかり』手を滑らせることがない音楽であることを願いたい。

「始まるみたいね」
「そうじゃな」

 そんなことを考えていたら、演奏者たちが楽器をかまえる。
 芸術はいまいち分からないけど、演奏中に喋るのがマナー違反だということくらいは分かる。
 演奏が始まったので、私と師匠は口を閉じる。
 始まった演奏は、おそらく素晴らしかったのだと思う。
 まるで、川のせせらぎのようだ。
 耳に心地よい。
 耳に心地よすぎて、眠気を誘われるほどだ。

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・

 ・・・・・・・・・おやすみなさい。
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