シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十一章 ハーメルンの笛

189.同行者の末路(その5)

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 グィネヴィアがアヴァロン王国に来てから、しばらくが経った。
 王族なのに兵士やメイドが利用する食堂に来るような性格だから、馴染むのも早かった。
 親しみやすい雰囲気のためか、兵士やメイドからの人気も高いようだ。
 当初はアーサー王子と一緒に工房にこもっていたグィネヴィアだけど、今は色々なところに顔を出しているようだ。

 アーサー王子の工房。
 兵士やメイドが利用する食堂。
 貴族の令嬢が開くお茶会。
 王都をぶらつくこともあるらしい。

 グィネヴィアがいつまでアヴァロン王国に滞在するつもりかは分からないけど、少なくとも冬の間はいるはずだ。
 というより、雪が積もっていてハーメルン王国に帰ることができないから、必然的に滞在せざるを得ない。
 でも、あの様子ならホームシックになることは無いだろう。

「そろそろ熟してきたかな」

 私はガラスの温室で育てている植物に水をあげながら、そんなことを考えていた。
 このガラスの温室はアーサー王子から借りたものだけど、なかなか便利だ。
 本来は春に実をつけるはずの植物を、冬でも育てることができる。
 けど、夏の作物を育てるのは難しそうだ。
 そこまでの保温性は無い。

「シンデレラ様」
「どうしたの、シェリー?」

 そんなときだった。
 私はひさしぶりに王妃様からの招待を受けた。

 *****

 王妃様が暮らす塔の下まで来たところで、私は溜息をつく。

「今さら毒は盛られないと思うけど」

 でも、あれから一度も顔を出していないから、不義理だと思われている可能性はある。
 それに王妃様は、毒は盛ってこなくても、媚薬を盛ってくるかも知れない。
 注意は必要だ。
 一応、媚薬を解毒する薬は持っているけど、あれは症状を自制ができる程度まで抑えるだけで、全く症状が出ないようにできるわけじゃない。
 できれば、使わずに済ませたい。

「お土産を気に入ってくれるといいけど」

 物でご機嫌を取ろうとするなんて私の趣味じゃないんだけど、この場合は仕方ない。
 欲しいのはお金や地位じゃなくて、身の安全だ。
 私は小さな小箱を大切に持ちながら、塔を登って行った。

 *****

 王妃様に招待されたのはお茶会だ。
 侍女がお茶を淹れてくれたところで、王妃様が話しかけてくる。

「お隣の国の王女が、お客様で来ているみたいね」

 グィネヴィアのことだ。
 王妃様は塔から出ることは無いけれど、知っていたらしい。
 まあ、当然だろう。
 王妃様は軟禁に近い状態だけど、塔の扉に鍵がかけられているわけでも、見張りがいるわけでもない。
 出ようと思えば出られるのだ。
 けど、出ない。
 少なくとも、私は出ているところを見たことが無い。
 私は王妃様がなぜ塔で暮らしているのか、本当の理由を知らない。
 でも、今はそれは関係ない話だろう。
 情報を入手するだけなら、王妃様自身が塔を出る必要はない。
 侍女が情報を集めたのかも知れないし、他の情報源があるのかも知れない。
 どうとでもなるのだろう。

「グィネヴィア様のことですね。すっかり馴染んでいるようですよ」

 私は王妃様に言葉を返す。
 そのくらいは知っているだろうけど、会話とはそういうものだ。
 それに、王妃様は直接見たわけではないだろうから、直接見た私が話すのは全く意味がないわけでもない。

「そう」

 私の言葉に王妃様は頷く。
 そして、言葉を続ける。

「それで、あなたは、どうして欲しい?」
「どうして欲しい、とは?」

 王妃様は妙な問いかけをしてきた。
 私は意味が分からずに、おうむ返しに質問を返してしまう。
 すると王妃様は、腹を立てた様子もなく、説明してくれる。

「王女が自発的にこの国を出ていきたくなるようにさせることもできるし、逆にこの国に尽くしたくなるように従順にさせることもできるわよ」

 なんだか、物騒なことを言い出した。

「貴族の娘達が噂しているのよ。アーサーには、あなたじゃなくて、王女がお似合いなんじゃないかって」
「あー・・・」

 グィネヴィアは貴族の令嬢が開くお茶会にも積極的に顔を出している。
 だから、そういう噂が出てきてもおかしくない。
 それに対して私は貴族の令嬢が開くお茶会に参加したことなんかない。
 だから、アーサー王子と釣り合っていないと言われてもおかしくない。
 でも、今の話を聞く限りでは、王妃様は私の味方をしてくれているらしい。

「貴族の娘達の方を対処してもいいのだけど、数が多くて面倒なのよ。それなら、噂の当人を対処した方が・・・ね」

 歳に似合わない可愛らしい仕草で同意を求めてきた。
 その可愛らしさに思わず同意したくなってしまうけど、同意しちゃいけない。
 それではグィネヴィアが薬漬けにされかねない。

「どちらがお似合いかはアーサーが決めることだと思います。王妃様のお手を煩わせるようなことではありません」

 そう答えておく。
 実際、アーサー王子がグィネヴィアを妃にしたいと言い出したら、私は身を引くつもりだ。
 私がアーサー王子と釣り合っていないのは事実なのだから、迷うようなことでもない。
 でも、気になることもある。
 王妃様はなぜ私の味方をしてくれるのだろう。
 国益を考えたら、アーサー王子にはグィネヴィアと婚姻を結ばせた方がよいはずだ。
 そもそもアヴァロン王国は、似たような方法で周辺国と友好な関係を築いてきた歴史がある。
 私が首を傾げていると、王妃様はおもむろにお皿に乗せられたものを手に取る。
 私がお土産に持ってきたものだ。

「これ苺ね。乾燥させてもいないし砂糖漬けにもしていない、採りたての苺」

 それは、私がガラスの温室で育てた苺だ。
 本当はヘンゼルとグレーテルにあげようと思っていたのだけど、王妃様からお茶会の招待があったから、お土産に持ってきた。
 苺自体は珍しくないけど、冬に加工されていない苺は珍しいから、お土産になると考えたのだ。
 ヘンゼルとグレーテルには、次に熟した実をあげようと思っている。

「美味しい苺ね」

 王妃様は手に取った苺を口に入れると、そんな感想を述べる。

「喜んでいただけたなら、なによりです」

 少しはご機嫌が取れただろうか。
 でも、これでご機嫌が取れたとしても、グィネヴィアより私を優先する理由にはならないはずだ。
 そう思ったのだけど、王妃様は予想外のことを口にする。

「私はね。鎧を作る王女より、銃を作るアーサーより、冬に苺を作るあなたを気に入っているの」

 王妃様は自分の息子よりも、私のことを気に入っていると言う。
 さすがにそれは、いくらなんでもおかしい。
 血の繋がりもそうだけど、銃を作ることができる技術力を持ったアーサー王子は、アヴァロン王国になくてはならない存在のはずだ。
 そちらよりも私を気に入る理由になっていない。
 仮に、冬に苺を作ったことが理由だとしても、そもそも前提が間違っている。

「冬に苺を作ったのは私ですけど、作ることができたのは、アーサーが作ったガラスの温室があったからですよ」

 つまり、冬に苺を作ったのは、アーサー王子のおかげだと言える。
 けれど、王妃様は首を横に振る。

「でも、アーサーがそのガラスの温室を作ることができたのは、あなたがいたからよね」
「それは・・・」

 確かにそう言えないこともないけど、それでも私のおかげというのは言い過ぎだ。
 そう思ったのだけど、王妃様の説明は続く。

「言っておくけど、この苺の価値は、あなたが考えているよりも貴重よ。珍しいもの好きの貴族や、見栄を張りたい貴族なら、お金に糸目をつけずに手に入れようとするでしょうね。あなたがアーサーの婚約者でなければ、攫って拷問してでも作り方を聞き出そうとするかも知れない」
「いくらなんでも・・・」
「存在していなかったものを、新たに作り出すということは、そのくらい価値のあることなのよ」

 そこまで聞いて、私はようやく理解した。
 冬の苺は、ただの喩えだ。
 存在しないもの。
 それを作ったということが、王妃様が言う理由なのだろう。
 次の王妃様の言葉が、その推測を裏付ける。

「あなたがシルヴァニア王国で作った新しい政治体制は、なかなか興味深かったわ。残念ながら王制に戻ってしまったようだけど、上手く機能していれば、王が存在しなくても揺るがない強力な国家が誕生していたでしょうね」
「・・・この国で王制を廃止しようなんて考えていませんよ」
「そうね。この国には、まだ早いものね」
「・・・はい。それ以前に私にその権利はありませんけど」
「アーサーと婚姻を結べば、あなたにも王位継承権が発生するわよ」

 私は背筋を震わせながら、王妃様と会話を交わす。
 この国の王制を廃止しようと考えているなんて思われたら、国家反逆罪に問われる可能性がある。
 慎重にならざるを得ない。

「それで、王女のことはどうする?あなたは、どうしたい?」

 王妃様は本気だ。
 私がグィネヴィアを排除したいと言えばその通りにし、私がグィネヴィアを取り込みたいと言えばその通りにするだろう。
 グィネヴィアの運命は私が握っていると言っていい。
 重い選択だ。
 私の手に余る選択だ。
 だから私は、握っているものを手放すことにする。

「どうもしません。誰を妃にするかはアーサーの選択に任せますし、この国にいるかこの国から出て行くかはグィネヴィア様の選択に任せます」

 私の回答に、王妃様は不思議そうにする。

「それでいいの?」
「はい。私は別にアーサーの婚約者の座に執着していませんから」

 私の回答に、王妃様は考え込む。
 けど、最終的には納得したように頷いた。

「わかったわ。あなたが、そう言うなら、そうすることにしましょう」

 どうやら、無事にお茶会を終えることができそうだ。
 緊張して喉が渇いた私は、お皿に盛られた苺を口に含む。
 こちらなら、私が持ってきたものだから大丈夫だろう。
 念のため、お茶には口をつけないでおく。

「それじゃあ、あなたとアーサーを婚約破棄させようとしている連中だけ消しておくわね。あなたがアーサーの婚約者の座に執着していなくても、私はあなたに執着しているから」
「・・・・・・・・・・お任せします」

 危うく苺を噴き出すところだった。
 なんとか耐えて噛み締めると、甘さと酸味が口に広がる。
 甘いだけじゃない。
 酸っぱいだけじゃない。
 バランスの取れた味が、口いっぱいに広がった。
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