シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

文字の大きさ
上 下
187 / 240
第十一章 ハーメルンの笛

187.同行者の末路(その3)

しおりを挟む
 アヴァロン王国に帰ってきて数日。
 報告も終わった私は、また退屈な日々を過ごしていた。
 迷惑な吸血姫が暗躍しているようだけど、今のところ被害が出ているのは、この国じゃない。
 だから、私がすることは何も無い。
 そもそも、この国に被害が出たからといって、私が対処しなければならないわけではない。
 私は外交官でも工作員でもないのだ。
 けど、彼女が暗躍すると毎回私に迷惑がかかっている。
 だから、いずれ私が行動しなければならなくなるとは思っている。
 でも、それは今じゃない。

「はぁ」

 それに、ハーメルン王国への旅は、何だか色々と疲れた。
 シルヴァニア王国に行っていたときと違って温泉が無かったことも原因だと思うし、せっかく他国に行ったというのに例の病のせいで街を散策することができなかったことも原因だと思う。
 身体的にはともかく、精神的に疲れたのは間違いない。
 そんなわけで、私は退屈だけど、のんびりした日々を過ごしていた。
 旅の疲れを癒やしたかったのだ。

「その溜息はグィネヴィア様が理由ですか?」

 ふいに、一緒に昼食をとっているエミリーが話しかけてきた。
 けど、話の内容が唐突だな。
 なんで、グィネヴィアの名前が出てくるのだろう。

「アーサー王子、ずっとグィネヴィア様と一緒に工房にこもっていますしね」

 アーサー王子がグィネヴィアと工房にこもっているのは事実だ。
 でも、なんでそれが私が溜息をつく理由になるのだろう。

 ・・・・・

 ああ、そういうことか。
 噂話が好きなエミリーらしい発想だ。

「城の使用人達は、アーサー王子が一目惚れして連れてきたんだって、噂していますよ」

 ようするに、色恋沙汰の噂話というわけだ。
 確かに客観的に見ると、そう見えなくもない。
 婚約者同伴の旅先で別の女を連れ帰ったわけだから、本当だとしたら、かなり大胆な行動だ。
 でも、だからこそ、恋物語のネタになりやすいのだろう。

「男女が一晩中、一緒の部屋にいるわけですからね。心配ですか?」

 そう言うエミリーの顔は、私を気遣っているというよりも、噂の真相を知りたがっているように見える。
 好奇心が隠せていない。
 まあ、娯楽くらい提供してもいいけど。
 そこで、ふと思った。
 そういえば、アヴァロン王国に帰ってきてから、アーサー王子もグィネヴィアも見かけていない。

「ちょっと心配ね」

 私は、ぽつりと呟く。
 最近は大人しかったから気にしていなかったけど、放っておくとマズイことになるのだった。
 うっかりしていた。

「アーサーは平気で一晩中頑張るから、それに付き合っているグィネヴィア様は大丈夫かしら」

 アーサー王子は放っておくと、徹夜で研究を頑張ってしまう。
 そんなときは、私が朝に工房を訪れて寝かしつけていた。
 けど、アヴァロン王国に帰ってきてから、それをしていなかった。
 私はそんなことを考えていたのだけど、エミリーは別の意味で受け取ったようだった。

「え!?アーサー王子って、そんなに絶倫なんですか!?」

 なんだか、とんでもない勘違いをしている。
 でも、そうか。
 アーサー王子の性格を知らなければ、『夜に頑張る』と聞けば、普通はそちらを連想してしまうものなのだろう。
 私の言い方が紛らわしかったのかも知れない。

「でも、考えてみれば、アーサー王子はアダム王子とご兄弟ですから、性欲が強くても不思議じゃないですよね。アーサー王子は女性に誠実ですけど、女性に誠実かどうかと性欲の強さは関係ないですものね」

 私がどう訂正しようかと考えていると、エミリーが勝手に自己解決していた。
 目がキラキラしているようにも見える。

 ・・・・・

 まあ、いいか。
 よく考えたら、私も正式に婚姻を結んだわけでもないのに、押し倒されたことが何度かある。
 押し倒してきた理由が、性欲が強くて我慢できなかったからだと考えると、あながち間違いというわけでもない。
 実際には行為には至らなかったわけだけど、それこそエミリーが言うように、行為に至ったかどうかと性欲の強さは関係がない。
 わざわざ訂正しなくてもよい気がしてきた。

「明日あたり、様子を見に行ってくるわ」

 私が訂正を諦めてそう言うと、エミリーが驚いた声を上げた。

「え!?三人でなさるんですか!?」

 そして、なんだか凄い反応が返ってきた気がする。

「・・・なにを言っているの?」
「あ!?そんなわけないですよね」

 反射的に出てしまった言葉だったのだろう。
 エミリーが直前の自分の言葉を取り消す。

「アーサー王子に一晩中付き合っていると体力が持たないから、シンデレラ様とグィネヴィア様が交代でなさるってことですよね」
「・・・・・」

 どうしよう。
 本当に訂正しなくて大丈夫かな。
 私まで、とんでもない噂話に巻き込まれている気がする。

「頑張ってください。私はシンデレラ様を応援していますからね」
「・・・ありがと」

 けれど、どうやって訂正したらよいのか分からず、結局、そのままエミリーとの昼食を終えた。

 *****

 翌朝。

「ふぁ・・・」

 最近、朝がゆっくりだったせいか、欠伸が出た。
 けど、顔を出していたときは、いつも朝早い時間だったので、なんとなく同じ時間の方がよいと思ったのだ。
 私はひさしぶりに、工房に向かって廊下を歩く。

「冬の朝は寒いわね」

 吐く息が白い。
 それが空気に溶けて消えるのを眺めながら進む。
 何度も通っているので、道に迷うことは無い。
 でも、考えてみたら、この季節にこの時間帯に工房に来たことは無かったかも知れない。
 昨年の冬はシルヴァニア王国にいた。
 だからだろうか。
 なんだか、いつもと違う雰囲気を感じる。
 それは気のせいなのだろうけど、いつもと違う気分になる。

「あれ?」

 でも、あながち気のせいでもなかったようだ。
 それは、工房の前まで来たときに気付いた。

「ずいぶん、顔色が悪いわね」

 私は工房の前で待機しているメアリーに話しかける。
 彼女はアーサー王子が工房にいるときは、いつもこうして見張りをしている。
 アーサー王子が調子に乗って徹夜をしているときは、眠気で辛そうなのだけど、今日は特にひどい。
 ふらふらしているようにも見える。

「シンデレラ様」

 メアリーは、こちらに気付いて、ほっとしたような顔になる。
 寝不足なのか、そのまま崩れ落ちそうな雰囲気だ。

「アーサー王子を眠らせてください。眠り薬を使っていただいても、かまいません」

 ふらふらしながら、そんなことを言ってきた。
 どうも、アーサー王子がまた徹夜をしているらしい。
 それに付き合うメアリーは大変だ。
 けど、徹夜に付き合うのは慣れているはずなのに、こんなにふらふらになるだろうか。
 それに言うことも過激だ。
 自分の主人に眠り薬を使ってもいいという。

「いつから寝ていないの?」

 私は尋ねてみる。
 それに対して、メアリーは疲れと諦めが混じった表情をして答えてきた。

「最近の睡眠は二日に一回です」
「あー・・・」

 悪いことをしたかも知れない。
 もう少し早く工房に顔を出せばよかった。
 『最近』ということは、二日に一回の睡眠という状況が、アヴァロン王国に帰ってきてから、ずっと続いているということなのだろう。

「入るわね」
「よろしくお願いします」

 メアリーに断ってから、私は工房に足を踏み入れた。
 そこにいたのは、徹夜明けのギラギラした目で何かを作っているアーサー王子と、メアリーと同じようにふらふらしているグィネヴィアだった。

「あ、シーちゃん」

 私に気付いたグィネヴィアが、助けを求めるような顔を向けてくる。
 アーサー王子の徹夜に付き合っていたのだろう。
 かなり顔色が悪い。
 無理に付き合う必要は無いのに、アーサー王子の気を引こうとでもしたのだろうか。
 自業自得とも言えるけど、これが原因で他国の王女を倒れさせでもしたら、問題になるのは間違いない。

「メアリー、グィネヴィア様を寝室に案内してあげて」
「かしこまりました」

 私はグィネヴィアの意志を確認せず、強制的に休ませることにする。

「そのまま、あなたも休んでいいわ」

 もちろん、メアリーも休ませることを忘れない。

「ですが・・・」

 メアリーは主人であるアーサー王子より先に休むことを気にしているようだけど、そんなことを気にする必要はない。

「私が責任を持って部屋まで連れていくから、『運ぶ』人手だけ用意してくれる?」
「・・・わかりました」

 さすがに限界なのだろう。
 メアリーはそれ以上は抵抗せずに頷いた。
 グィネヴィアとメアリーが工房から出て行く。

「さて・・・」

 私はこちらに気付かず研究を続けるアーサー王子に近づいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...