シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

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第十一章 ハーメルンの笛

176.困った人々(その5)

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 ゴチンッ!

 その音とともに、今まさにアーサー王子に求婚をしたグィネヴィアの姿が消える。
 いや、消えたわけじゃない。
 うずくまって頭を押さえている。

「~~~~~ッ!」

 かなり痛そうだ。
 直前まで彼女から感じられた高貴で清楚な雰囲気が霧散している。
 彼女の後ろではフィドラーが拳骨を握り絞めている。
 どうやら、彼がグィネヴィアの頭に拳骨を落したらしい。

「何するの、フィーちゃん!」
「他国の人間の前で、フィーちゃんと呼ぶな!」

 うん。
 なんというか、なんとなく分かった。
 いや。
 むしろ、なんで気づかなかったんだろう。

「さっきのことを謝ると言ったから連れてきたのに、なぜ恥の上塗りをしているのだ!」
「だって、あんなに情熱的に口説かれたら、応えるしかないじゃない!」
「あれは、姉さんのことを口説いたわけじゃないと言っただろう!」
「そんなわけないわ!私《鎧》の良いところを、いっぱい挙げて褒めてくれた上に、将来のこと改良案まで語ってくれたのよ。もう求婚と言っても過言じゃないわ!」
「過言すぎるぞ!」

 グィネヴィアは、アレだ。
 ダメッ娘だ。
 冷静に思い返してみれば、色々と思い当たることもある。
 そもそも、なんで王女自ら謁見に鎧を着て現れるのだ。
 その時点でおかしい。
 鎧を自慢したいにしろ、自分は王様の横に並んで、鎧は騎士にでも着せればいいだけだ。
 というより、そうすべきだろう。
 それに、鎧の感想を聞いたときの反応にも問題がある。
 鎧を褒められれば喜び、欠点を指摘されれば落ち込み、他国の人間と交渉する場で感情を出し過ぎだ。
 交渉を有利に運びたいなら、欠点を指摘されても平然としていなければならない。
 この国の王族は感情を隠すのが苦手そうだけど、それにしてもグィネヴィアは素直すぎだ。
 そして、その後の奇行については、言うまでも無い。
 他国の王子、しかも婚約者同伴で来ている相手にキスをするなんて、その場で交渉が決裂してもおかしくない。
 それが狙ってのことならともなく、今のフィドラーとのやりとりを聞いている限りでは、感情のままに行動しているとしか思えない。

「そんなことだから、いまだに嫁のもらい手がないのだ!」
「あー、ひどーい!私まだ行き遅れって歳じゃないわよ!」
「時間の問題だ!」

 フィドラーとグィネヴィアは言い争いを続けている。
 人の部屋で何をやっているんだと言いたいけど、とりあえず放っておく。
 先にアーサー王子と話をしておいた方がいいだろう。
 そう思って、先ほどまでアーサー王子がいた場所を見るけど、姿が見えない。
 周囲を見回すと、なぜかアーサー王子は私の背後にいた。
 そのせいで一瞬姿を見失ったわけだけど、いったい何をやっているのだろう。
 少し震えているようにも見える。

「びっくりした。また襲い掛かられるのかと思った」
「・・・・・」

 どうも見惚れていたわけではなく、怯えていたようだ。
 まあ、強い力で巻き付かれて、丸呑みするかのごとく吸い付かれたのだ。
 蛇に睨まれた蛙のようになっても仕方がないとは思う。
 けど、私を盾にするかのように背後に隠れるのは、男としてどうなのだろう。

「だいたい、アーサー殿には婚約者がいるのだぞ。そちらに筋を通すのが先だろう」
「あ、そうよね」

 私がアーサー王子に呆れていると、フィドラーとグィネヴィアの話題がこちらに向いたらしい。
 二人の視線がこちらに集まる。
 背後でアーサー王子が、びくっと震えるのが分かった。
 なんだろう。
 なぜか、三対一のような構図になっている。
 おかしいな。
 こういうときは、王子様が庇ってくれるものじゃないんだろうか。
 そんなことを考えている間に、グィネヴィアがこちらに向かって歩いてくる。
 今度はアーサー王子の方にじゃない。
 私の方にやってきた。
 何を言うのだろうと思っていると、グィネヴィアが笑顔で口を開く。

「アーサー様を私のお婿さんにください」
「・・・・・」

 交渉も何も無い。
 いきなり直球で来たな。
 咄嗟に反応できなかった。

「無言は肯定と受け取っても・・・」
「いいわけないでしょ」

 やっぱり、ダメッ娘だ。
 もしこれが狙ってのことだったら、アーサー王子をあげてもいいかと思ってしまうくらいのダメさ加減だ。
 けど、念のため、試してみることにする。

「でも、第二夫人としてお嫁に来るなら、歓迎してあげるわよ?」
「ちょっと、シンデレラ!?」

 アーサー王子が驚いた声を上げるけど、人の後ろに隠れるような男に文句を言う権利は無い。
 それに、こんな美人を妻として娶れるなら、感謝してもらいたいくらいだ。
 とはいえ、普通であれば、それが現実になる可能性は限りなく低い。
 グィネヴィアは、この国の第一王女だという。
 対して、アーサー王子は王族だからいいとして、私はただの貴族の娘だ。
 仮にアーサー王子が二人の妻を娶るとしても、グィネヴィアが第一夫人、私が第二夫人でないとおかしい。
 グィネヴィアに第二夫人になれというのは、侮辱していると受け取られても仕方がないくらいの暴言なのだ。
 だから、この質問で彼女の本質が分かると思う。
 喜怒哀楽。
 どの感情が出てくるだろうか。

「ホント!?お嫁に行く!」
「待て、姉さん!それは、問題があるだろう!?」

 グィネヴィアの嬉しそうな返事を、フィドラーが慌てて制止する。
 フィドラーは私の言葉の意味を正しく理解しているようだ。
 王族としては当然だと思う。
 グィネヴィアは、どうだろうか。
 迷うことなく即答してきたけど、理解しているのだろうか。
 理解せずに答えてきたのだとしたら、ダメッ娘確定だ。
 でも、本当にそうだろうか。
 私は判断を保留する。

 もしグィネヴィアが純粋にアーサー王子に惚れたのだとして、第一夫人か第二夫人かは別としても、他に妻がいるということに嫉妬はしないのだろうか。
 それに、私は『嫁に来るなら』と言った。
 つまり、アヴァロン王国に嫁ぐならと言ったのだ。
 他国に嫁ぐことに迷いは無いのだろうか。
 可能性としては二つ。

 一つは、それだけアーサー王子に惚れているという可能性。
 もう一つは、アーサー王子と婚姻を結ぶことが目的である可能性。

 その二つの可能性が考えられる。
 前者だとしても厄介なんだけど、後者だとしたら、もっと厄介だ。

「よろしくね。えっと・・・」

 そういえば、グィネヴィアの奇行のせいで、いまだに名乗っていなかった。
 謁見の間では名乗ったのだけど、グィネヴィアは鎧を着て後から出てきたから、聞いていなかったのかも知れない。

「シンデレラよ」

 私が名乗ると、グィネヴィアが何かを考える仕草をする。
 そして、何かを思い付いたように、笑顔でこちらを見てくる。

「じゃあ、シーちゃんだね」
「シ、シーちゃん?」

 おそらく愛称なのだと思う。
 けど、 最初の一文字を取っただけで、何の捻りもない。
 考えた上で、これしか思いつかなかったのだろうか。

「一緒にアーちゃんを支えましょうね」
「・・・・・そうね」

 たぶん、アーサー王子の愛称なのだと思う。
 否定するわけにもいかず、私はグィネヴィアの言葉に頷いた。

 *****

 そんな話をしたわけだけど、そもそも私がアーサー王子の婚姻を決める権利を持っているわけがない。
 それはグィネヴィアにとっても同じことが言える。
 グィネヴィアは王女だ。
 王女という存在は、自分の婚姻だとしても、自分で好き勝手に決めることはできない。
 王族の婚姻、とくに他国との婚姻は、国の命運を左右することもあるのだから、当たり前だ。
 とりあえず、グィネヴィアが奇行を止めて落ち着いたので、四人でテーブルを囲んでお茶でも飲みながら話し合うことになった。

「姉さんの意志は分かった。父さんに相談はしてみよう。だが、同盟の件に決着がついてからになると思うぞ」
「えぇー」

 ごねるグィネヴィアを、フィドラーが言い聞かせている。
 おかしいな。
 グィネヴィアが姉で、フィドラーが弟じゃないんだろうか。
 逆に見える。
 いや、逆どころか、保護者と被保護者に見える。
 もちろん、保護者がフィドラーで、被保護者がグィネヴィアだ。

「わかったわよー。きっと、アーちゃんがすぐに同盟を結んでくれるもん。ねぇー」

 妙齢の淑女が『もん』とか言ったな。
 ドレスを着て現れたときの最初の印象は何だったのだろうか。
 白昼夢でも見ていたのかも知れない。

「い、いや、それはさすがに無理です。それ以前に、グィネヴィアさんを娶るなんて一言も言ってないんですけど・・・」

 グィネヴィアの期待に満ちた瞳を受けて、答えづらそうにしながらも、アーサー王子が否定する。
 さっきまでビクビクしていたのだけど、襲い掛かってくることが無さそうだと分かって、今は同じテーブルに着いている。

「だが、アーサー殿。この駄々っ子を娶るかどうかは別として、同盟の件は真面目に考えて欲しい。うちには他にも駄々っ子がいるからな」
「駄々っ子ってなによー」

 乗り気でないアーサー王子にフィドラーが話しかけ、その内容にグィネヴィアが不満そうにする。
 いまいち真面目な雰囲気になれないけど、気になることを言っていたな。
 他の『駄々っ子』か。

「その他の駄々っ子っていうのは、どの程度の駄々っ子なの?」

 私が尋ねると、フィドラーは少し考える様子を見せる。
 尋ねている意味は、分かっていると思う。
 考えているのは、その証拠だろう。
 どこまで話してよいか考えているのだ。
 やがて、考えがまとまったのか、答えてきた。

「欲しい物があり、それが他人の持ち物である場合、殴りかかってでも手に入れようとするな」
「ああ、そう」

 その答えを聞いて、私は溜息をつく。
 面倒なことになりそうだ。
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