シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十一章 ハーメルンの笛

169.訪れる者(その3)

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 城にいる間、私は暇だ。
 やることが無い。
 できないとか、やる気が無いとかじゃない。
 やることが無いのだ。
 やらせてもらえないと言い換えてもいい。

 例えば、私は家事ができる。
 でも、城ではメイド達が行う。
 メイドにとって家事は仕事だから、私が暇つぶしで家事をしてしまうと、仕事を奪うことになってしまう。
 手伝うくらいは大丈夫だろうけど、メイド達は分担を決めて家事をしているから、私が割り込むと迷惑をかけてしまう。
 だから、私は家事をすることができない。

 例えば、私は狩りができる。
 でも、城では食材は商人から購入する。
 それに、城には獲った獲物を捌く場所もない。
 無理を言えば庭の片隅を借りることができるかも知れないけど、私が獲物を捌いて血塗れになっていると、メイド達が卒倒しそうだ。
 それ以前に、狩りは危険だからと、やらせてもらえない気がする。
 だから、私は狩りをすることができない。

 一般的な貴族の令嬢なら、どうするのだろう。
 庭で花を愛でたりするのだろうか。
 でも、私にとって植物とは野菜か薬草のことだ。
 採って料理に使うために切り刻むか、採って薬を作るために磨り潰すかの、どちらかだ。
 けど、勝手に庭に植物を採ったり、勝手に庭で野菜や薬草を育てたら、怒られそうだな。

 他に一般的な貴族の令嬢がすることと言えば、社交界でコネを作ったりだろうか。
 でも、私は社交界とは縁が無いし、縁を持とうとも思わない。
 そもそも私は、ぽっと出で王子の婚約者になった存在だ。
 貴族の令嬢からすれば、嫉妬の対象なんじゃないだろうか。
 女の嫉妬は怖いって聞くから、あまり関わり合いになりたくは無い。
 私も女なんだけど、令嬢って柄じゃないから、女の嫉妬というのは未知のものだ。
 未知のものは怖い。

 そんなわけで、私は退屈な毎日を過ごしていた。

「そんなに暇なら、パーティーに出席したらよかったのでは?」
「あら、メフィ、こんばんは」

 気付くと、部屋の中にメフィがいた。
 扉が開いた音を聞いた覚えがないんだけど、今さらだから驚きはしない。

「そういえば、アダム王子が主催のパーティーは今夜だったっけ?」
「はい。メイドのお姉さま方も忙しそうにしています」

 それで私の部屋に来たのだろうか。
 でも、私はメフィの期待には応えられそうにない。

「私、胸枕なんてできないわよ」
「期待しておりません」
「ああ、そう」

 まあ、メフィは私をひん剥いてドレスの着せ替えとかしたことがあるからな。
 私の胸囲は知っているだろう。
 じゃあ、世間話にでも来たのだろうか。

「ひさしぶりに、あなたと話でもしようと思いましてな」

 どうやら、そのようだ。
 メフィも暇なんだろう。
 最近、影も薄いし。
 でも、私とメフィで世間話といっても、話題が思い浮かばない。

「そうそう、訊きたいことがあったのですよ」

 そう思っていたら、メフィの方から話題を振ってくれるようだ。
 私は耳を傾ける。

「どうして、手に入るものを、手に入れなかったのですか?」
「・・・・・」

 どれのことだろう。

「手に入れていたら、私との契約は終わっていたのに、手に入れなかった理由はなんですか?」
「・・・・・」

 どれのことでも一緒かな。

「契約違反だって言いたいの?」
「いいえ。逆に、契約以上のものを見せていただいているので、悦んでおりますよ。ただ、どうしてなのだろうと思いましてな」

 私が質問に答えたとしても、答えなかったとしても、嘘を答えたとしても、メフィはきっと喜ぶのだろう。
 だから、私は質問に答える。

「だって、面倒じゃない」
「面倒、ですか」

 我ながら、いい加減な答えだと思う。
 けど、メフィは呆れた様子もなく、私の答えを受け入れる。

「興味深い答えですな」

 メフィは楽しそうだ。
 どうやら、メフィの期待を裏切る答えは返せなかったらしい。

「今夜、舞台は広がるでしょう。面倒を避けたことで、より面倒になりますよ?」

 今夜。
 メフィはそう言った。
 それが意味するところを悟って、私は溜息をつく。

「・・・・・面倒ね」
「面倒ですな」

 言葉は同じだったけど、表情は私とメフィで正反対だった。

 *****

 翌日。
 いつものお茶会。

「やはり他国の連中を相手にするのは疲れるな」

 昨日のパーティーのことだろう。
 自分で招待したのだろうに、アダム王子がそんな愚痴をこぼす。

「兄上は国内の貴族の令嬢にも言い寄られていたね」

 アーサー王子がパーティーの状況を補足してくれる。
 しかし、妻を披露するパーティーで、その夫に言い寄るとか、大胆な令嬢もいたものだな。
 何も考えていないのか、狙ってやっているのか、どちらだろう。
 なんとなく、後者のような気がして、寒気がする。
 やっぱり、私には貴族の女性が火花を散らす社交界は無理そうだ。

「逆効果だと気付かないのだろうな。愚かなものだ」

 そうだろうか。
 以前の女癖の悪さのままなら、効果的だったのではないだろうか。
 そう考えると、アダム王子の自業自得な気がする。
 もっとも、言い寄られるのはアダム王子の自業自得だとして、言い寄った結果、冷たい対応をされるのは、言い寄った令嬢の自業自得だろう。
 だから、どっちもどっちだと思う。

「そういえば、師匠はどうだったの?パーティーは楽しめた?」

 アダム王子の愚痴を聞いていても仕方がない。
 私は師匠に話を振る。
 すると師匠は笑顔で口を開く。

「もてもてだったのじゃ」

 自慢気に言ってくる。
 ずいぶんとパーティーを楽しんだようだ。

「ジャンヌさんは、他国の人間から声をかけられていたよ」
「男からも女からも、もてもてだったのじゃ」
「ふーん」

 師匠は昨夜のようなパーティーに出るのは初めてのはずだ。
 昔は色々やっていたようだから、どうだったのかは知らないけど、私と出会った頃は森の中で生活していたくらいだから、少なくとも最近はそのはずだ。
 そんな新顔の師匠が王族なんかと一緒にいたから、コネを作ろうと思って声をかけてきたのだろう。
 しかし、他国の人間か。

「ファイファーやフィドラーは来ていた?」

 この国と戦争をした直後のシルヴァニア王国やバビロン王国から知り合いが来ているとは考えづらい。
 だから、それ以外の国にいる知り合いの名前を上げてみた。

「いや、来ていなかったよ。二人の親族は来ていたけどね」

 アーサー王子が教えてくれる。
 どうやら、ファイファーやフィドラーは来ていなかったようだ。
 そして、二人の親族ということは、王族は来ていたらしい。
 パーティーの主催者であるアダム王子が王族だから、それに釣り合うように王族を参加させたのだろう。
 けど、師匠はそんな連中と、どんな話をしたのだろう。
 師匠が他国の人間とコネを作ろうとするとは思えないし、他国の人間が師匠とコネを作ることに意味があるとも思えない。
 私がそう考えていることが分かったのか、師匠が教えてくれる。

「なかなか面白かったぞ。ファイファー王子やフィドラー王子が『お世話になった』と礼を言ってきたのじゃ」
「あー・・・」

 師匠が赤いドレスを来ていたからかな。
 本人が来ていたら一目で判ったのだろうけど、本人が来ていないとなると、あの赤いドレスが私を見分ける一番の特徴と考えるだろう。
 おそらく、その連中は師匠を私と勘違いしたのだと思う。
 そして、師匠もそれを訂正しなかったのだ。

 なるほど。
 私は納得した。
 確かに、師匠はパーティーを楽しんだようだ。
 それだけ大勢の道化がいたら、さぞ面白かったことだろう。
 できれば、私も見てみたかった。
 でも、私がその場にいたら、その道化は見ることができなかった。
 だから、話を聞くだけで我慢しておく。

「それで師匠は、どう答えたの?」
「どういたしまして、と答えたのじゃ」

 師匠が、しれっと言う。
 まあ、相手が何に対しての礼なのかを言わなかったのなら、嘘ではないかな。
 師匠は温泉で、ファイファーやフィドラーと、わずかな時間だけど会っている。
 そのとき二人は、師匠の裸を見たせいか、のぼせるまで温泉に浸かっていた。
 『お世話になった』のだとしても不思議じゃない。

「あと、ジャンヌさんは、言い寄ってくる男性に、『心に決めた人』がいると言っていたよ」
「わしには、オリバーくんがいるのじゃ。浮気はしないのじゃ」

 たぶん、師匠に言い寄った男は、『心に決めた人』をアーサー王子だと思ったのだろうな。
 そして、アーサー王子もそれを訂正しなかったと。
 本当のことを知らない連中からすれば、私とアーサー王子の仲が良好なのだと聞こえるだろうから、訂正しなかったのは意図してのことだろう。
 アーサー王子も、パーティーで充実した時間を過ごしたようだ。

 しかし、聞いた話からパーティーの様子を客観的に想像すると、私がアーサー王子にべた惚れだと言い回っていたように思えるな。
 別にいいんだけど。
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