シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十一章 ハーメルンの笛

168.訪れる者(その2)

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「今回は何を作っているの?」

 そう尋ねると、アーサー王子は笑顔を向けてきた。
 でも、なんだろう。
 少しだけ、いつもと違う。
 なんていうか、徹夜で熱中して興奮している雰囲気を感じない。

「これは冬に作物を育てるためのものだよ。シンデレラが温泉を利用しているのを見て、似たようなことができないかと考えたんだ」
「ふーん」

 それは、透明な板で作られた小さな小屋のようなものだった。
 透明な板は、あのガラスだろう。
 透明度が高いし、小屋の材料にするくらいだから強度も高いのだろう。

「透明な壁にすることによって、太陽の光を通して中を温めて、その温かさを逃がさないようにしたんだ」
「へぇ」

 よく考えられていると思う。
 これなら小屋の中を、夏とまではいかなくても、春くらいの温かさを保てるのではないだろうか。
 春に育つ作物なら、冬でも育てられることになる。
 ただし、問題がないわけではない。
 食糧を確保するほどのガラスの小屋を用意するためには、ガラスを大量に必要とすることだ。
 あのガラスは特別な材料を使って、特別な製法で作るみたいだから、食糧確保のために実用化するのは、しばらく難しいのではないだろうか。
 とはいえ、使い道が無いわけではない。
 例えば、暖かい地方でしか育たない貴重な薬草を、少量育てるには有効だ。

「役に立ちそうね」

 だから、そう感想を言う。
 気付いた問題点は言わなかった。
 徹夜明けでさらに検討を始めそうなことを言うことは避けたのだ。
 機会を見て言うことにする。

「ありがとう」

 私の感想にアーサー王子が笑顔を見せる。
 でも、なんだろう。
 やっぱり、少し、いつもと違う。
 そういえば、作っているものも、今までの武器関係じゃなくて、ずいぶんと平和的なものだ。

「僕もシンデレラみたいに、人の命を救うものを作りたくなったんだ」
「私みたいに?」

 何か作っただろうか。
 ああ、さっき言っていた温泉を利用した畑のことかな。
 でも、あれはアイデアだけ出して、実際に作ったのは兵士達だ。
 細かい指示もヒルダが行っていた。
 だから、私が作ったというほどじゃない。
 けど、そういうことじゃないのだと思う。
 アーサー王子に心境の変化を生じさせる何かがあったのだろう。

「僕が作ったもののせいで失われた人数と同じだけの人数を、僕が作ったもので救いたいと思ってね」
「・・・・・そう」

 今の言葉で『何か』の正体が判った。
 そうか。
 戦争を手伝わせて悪いことをしたかな。
 ひきこもりのアーサー王子には、刺激が強かったみたいだ。
 でも、アーサー王子が作った銃が戦争を短期間に解決するために必要だったのは確かだし、銃に不都合が生じたときに対策ができるのもアーサー王子だけだった。
 そのために、協力してもらう必要があった。
 それに、自分が作ったものが何をもたらすかを知っておくことは、悪いことではないと思う。
 だから、謝ったり、慰めたりはしない。
 今回作ろうとしているガラスの小屋も、きっと何かをもたらすのだろう。
 それが、アーサー王子が望むものになるといいな、とは思う。

「でも、他人を救う前に、自分が倒れないようにしないとダメでしょう。とっとと寝なさい」
「そうするよ」

 今日は駄々をこねずに、素直に言うことを聞いてくれるようだ。
 私はアーサー王子を引き連れて、工房を出る。

「メアリー、後はよろしくね」
「かしこまりました」

 徹夜明けで寝不足の主従を見送って、私は城の中をぶらつくことにした。

 *****

「寒いわねぇ」

 この国はシルヴァニア王国よりは暖かいけど、それでも冬だから寒い。
 それに、ドレスが変わったことも関係しているのかも知れない。
 メフィ特製の赤いドレスは、防寒性能が高かった。
 今着ている黒いドレスは、そこまで防寒性能が高いわけじゃない。
 夜の暗闇の中で行動するには都合がいいんだけど。

「食堂に行って温かいお茶でも飲ませてもらおうかな」

 貴族なら自室にお茶を運ばせるのが普通なんだろうけど、私は自分から足を運ぶことが多い。
 部屋にこもっているのは好きでは無いし、散歩を兼ねて城の中を眺めながら歩くのだ。
 お茶会を開くときはメイドにお願いするけど、今はまだ時間が早い。

「狩った獣の皮は暖かいんだけど、さすがに止められるわよね」

 猟に行くときは暖かくて便利なんだけど、城の中で着るのに向かないことは、私にも分かる。
 また以前のように男装にでもした方が、暖かい服が多いだろうか。
 騎士や兵士なら、冬に行軍することもあるだろうから、そのときに着る服もあるだろう。
 そんなことを考えながら、城の廊下を歩く。

 城で働くメイド達も寒そうだ。
 スカートだから冷たい空気が入ってくるだろう。
 いっそ、男性と同じようにズボンにしたらどうだろうか。
 伝統を重んじる頭の固い人間が反対しそうだけど。

「シンデレラ様、おはようございます」

 私が見ていたからだろうか。
 メイドの一人が挨拶をしながら近づいてきた。

「エミリー、おひさしぶり」

 近づいてきたのは、噂話が好きなエミリーだ。
 普段は仕事中に話しかけてくることは無いのだけど、珍しく話しかけてきた。
 私がこの国に戻ってきたばかりだからかも知れない。

「どこに行かれるのですか?」
「食堂よ。お茶でも飲もうと思ってね」
「なら、私もお付き合いします」
「それは、かまわないけど、仕事はいいの?」
「シンデレラ様の話し相手になるのも仕事ですよ」

 いいのかな。
 周囲からは仕事をサボる口実に見えるんじゃないだろうか。
 でもまあ、ついてくるというなら、止めるつもりはない。
 私はエミリーがMMQの情報収集担当であることを知っている。
 この行動にも意味があるのかも知れない。

「今日は特に寒いですから、温まりたいと思っていたんですよ。シンデレラ様が通りかかってくれて、ちょうどよかったです」

 無いのかもしれないけど。

 *****

 食堂に着くと、師匠がいた。
 けど、何やら料理人と楽し気に話しているようだから、声はかけないでおく。

「あれは、料理人のオリバーくんですね。ジャンヌさんのお気に入りです」

 私の視線に気づいて気を効かせたのか、エミリーが教えてくれる。
 そういえば、師匠から名前は聞いた気がするけど、顔は見たことが無かった。
 あれが、師匠が狙っている新人料理人か。

「オリバーくんは、シルヴァニア王国の料理に興味があるようで、ジャンヌさんから色々聞いているみたいです」
「それで師匠は、それを理由にしてアプローチしているってわけね」

 師匠もマメだな。
 新人料理人の方も熱心に師匠の話を聞いている。
 でも、今の二人を見ている限りでは、仲のよい男女の会話というよりは、先生と生徒の会話ように見える。
 師匠も長期戦のつもりなのだろう。

「私、お茶をもらってきますね」

 私が師匠たちを見ていたら、エミリーがお茶をもらいに行ってくれた。
 戻ってくるのを待つ。
 待つ間、師匠と新人料理人の会話が、なんとはなしに耳に入ってくる。
 どうやら、温泉宿で食べた蒸し料理が美味しかったらしく、それを伝えているようだ。
 料理方法はそれほど難しくないから、再現することは可能だろう。
 でも、あれは温泉宿の名物料理として作ったんだけどな。
 あまり真似して欲しくは無い。
 まあ、名物料理の方は、温泉の蒸気を蒸すのに利用したり、冬に温泉を利用して育てた新鮮な野菜を食材にすることで特徴を出している。
 だから、似た料理を作ることはできても、全く同じ料理を作ることはできないだろう。
 逆に、この食堂で食べて興味を持った人間が、本場で食べようと温泉宿に行ったりしないだろうか。
 騎士や兵士は長期の休みが少ないから、無理かな。

「お待たせしました」
「ありがとう」

 エミリーがお茶を持って戻ってきたので、盗み聞きを終える。
 いや、別に盗み聞きをしていたわけではないのだけど、朝は人が少ないからよく聞こえてきたのだ。

「最近、城の方は何かあった?」

 エミリーに話しかける。
 特に知りたいことがあるわけではない。
 いわゆる世間話というやつだ。

「最近はアダム王子が開催する予定のパーティーの話題が多いですね。あとは、シンデレラ様の話題も出てますよ」
「私の?」

 アダム王子のパーティーが話題になるのは分かる。
 他国の人も招待すると言っていたから、何かと話題には事欠かないだろう。
 でも、私が話題になるのは、どうしてだろう。
 戦争で活躍して評判になっているなんてことも無いだろう。

「ほら、昨年の冬も、今年の冬も、お二人で旅行に行っていたじゃないですか。それで、どこまで仲が進んだのかと、みんなで予想しています」
「別に遊びに行っていたわけじゃないんだけど」

 襲撃されたり戦場だったり、そんなに気楽な旅ではなかった。
 温泉に入ることができたのは、よかったけど。

「わかっていますよ。それで、どこまで進みました?」

 エミリーが尋ねてくる。
 興味津々のようだ。
 みんなで予想していると言っていたし、お金でも賭けているのだろうか。

「どこまでねぇ」

 なんとなく、外の景色を眺めながら考える。
 でも、あいにく、エミリーが喜びそうな特別な出来事は無かった。
 思いつかない。

「せいぜい、温泉で押し倒されたくらいかなぁ」

 あそこで子作りでもしていれば、私が懐妊したとか話題を提供できたかも知れないけど、実際に子作りはしなかった。
 提供できそうな話題は無さそうだという結論に至り、私は再びエミリーに視線を戻す。
 すると、なぜかエミリーが、瞳を輝かせながら、こちらを見ていた。
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