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第十章 はだかの女王様
156.詐欺師
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「聖女様、名物を考えるのも大切だと思うのですが、先に兵達を後退させて来ようと思います」
私が温泉を観光地にするアイデアを考えていると、ヒルダがそんなこと言い出した。
「そういえば、そうだったわね。行ってきたらいいんじゃない?アーサーが痺れを切らして、発泡するかも知れないし」
「怖いことを言わないでください!?急いで行ってきます!!」
ヒルダが飛び出していく。
「慌ただしいわね、まったく」
でもまあ、急いだほうがいいとは思う。
ヒルダから聞いたところによると、シルヴァニア王国の兵士達は、すでに負けて死ぬことを覚悟していたらしい。
だとすると、無謀な特攻とかをしかねない。
そんなことをされると、色々と面倒なことになる。
シルヴァニア王国の人的被害は大きくなるし、敗北後に払う賠償金も大きくなる。
それになにより、温泉を観光地にするための人手が足りなくなる。
特攻をした本人達は、国や家族を護ろうとして死んで自己満足に浸れるんだろうけど、後に残される人間の迷惑を考えて欲しいものだ。
「この国の人間って、アホしかいないのかしら」
ヒルダも、真面目ではあるのだけど、どうも悲観的な考え方をすることが多い。
エリザベート王女のやっていたことを知って、それを誰にも相談できないで、長い年月を恐怖に怯えながら過ごしたからなのだろうけど、もうちょっと楽観的になってもいいと思う。
楽観的と聞くと、政治家には向かないと否定的な印象を抱く人もいるみたいだけど、実際はそうじゃない。
未来に明るい想いを抱けない人の方が、政治家に向かない。
それは、戦争が始まってしまった、今の状況が証明している。
そうすることでしか、危機的な食糧難を乗り切れないと視野狭窄に陥った結果だ。
「耳が痛いですね」
私が考えごとをしていると、声をかけられた。
「村長さん」
声をかけてきたのは、この村の村長だ。
実はリンゴと雌猫ちゃんの父親でもあるらしい。
「私も自分の娘を口減らしした愚かな人間ですから」
リンゴが、私と出会った理由。
リンゴが、エリザベート王女のところにいた理由。
それらは全て、今の言葉で説明がつく。
「村長としては立派だと思うけどね」
誰かを口減らししないといけない状況になったとき、責任ある立場である自分の娘を差し出したのだ。
その心がけ自体は立派だと思う。
ただし、
「他の方法を考えなかったのは、よくなかったかな」
そう思う。
すると、苦笑しながら返事をしてくる。
「わかっています。けど、私は、せ・・・猟師さんほど頭がよくないのですよ」
「頭の良し悪しではなくて、覚悟の問題だと思うけどね」
国境付近の村。
アヴァロン王国にも近い。
いざとなったら、亡命する方法だってあったはずだ。
それを試したとしても、上手くいった保証はないけれど、覚悟があれば試すことはできたはずだ。
もっとも、村長を責めることが酷だということも分かっている。
当時はエリザベート王女が、口減らしされた娘を助けるために、城での仕事を与えるという名目で、娘達を集めていた。
村長はそれに賭けたのだろう。
城で働いているはずの娘達が姿を消していくという噂もあったみたいだけど、それでも賭けたのだろう。
だから、それについて私が何かを言うことはない。
でも、村長は何か思うところがあったようだ。
「そうなのでしょうね。猟師さんを見ていると、そう思います」
「私?」
何かやっただろうか。
色々やったけど、特別な覚悟が必要なことは、何もやっていない。
「恩知らずなこの国の人間のために、石を投げられることを覚悟してまで、この国の人間を救いに来てくれたのでしょう?」
ああ、そう考えたのか。
好意的な解釈をしてくれたみたいだけど、違う。
「救いになんか来ていないわよ?私が温泉を楽しむことができるように、この村に来ただけよ?」
「そうですか」
本当のことを言ったら、納得してくれたみたいだ。
だけど、返事をしてきたときの笑みを見ると、信じているかどうかは、あやしい。
また、好意的な解釈をしている可能性もある。
別にいいけど。
「でも、猟師さんが娘達を救ってくれたことは事実です」
「メイドとして、こき使っているだけよ?」
「それでも娘達の顔を見せてくれただけ、生きていることがわかっただけ、感謝しています。エリザベート王女のもとへ向かった他の家の娘達は、行方知れずみたいですから」
この村からは、リンゴや雌猫ちゃんだけじゃなく、他にも何人かの娘達がエリザベート王女のもとへ向かったらしい。
中には、口減らしの必要が無いのに、王都での生活や城での仕事に憧れて自ら向かった娘もいたようだ。
その娘達は、エリザベート王女のお腹の中に収まったのだろう。
「きっと今ごろ、花に囲まれているわよ」
「そうだといいですね」
慰めているわけではない。
実際にそうだろうから、そう言った。
ヒルダは、骨は城の庭に撒かれたと言っていた。
あそこには花が咲いていたはずだ。
魂というものがあるのなら、それが肉に宿るのか骨に宿るのかはわからないけど、骨に宿るのだとしたら、花に囲まれていると言っても、嘘にはならない。
*****
ヒルダが兵士達を連れて村に戻ってきたのは、数日後のことだった。
「ただいま戻りました」
挨拶してくれる。
それはいいんだけど、上司に対する報告のような言い方なのは、なぜだろう。
今の私は、ただの猟師なんだけど。
まあ、いいや。
それよりも、気になっていたことを質問することにしよう。
「ねぇ、ヒルダ。温泉饅頭ってどうかしら?」
「・・・・・」
私の質問に、なぜかヒルダは呆れた顔で答えて来た。
でも、私が欲しいのは、そういう答えじゃない。
「村の人に教えてもらったんだけど、饅頭って焼いたり茹でたりするんじゃなくて、水蒸気で温めて作るんでしょ」
「ええ、蒸して作りますね」
ヒルダは、呆れた顔をしながらも、私の言葉に頷く。
「そういう料理方法って珍しいから名物にならないかしら?」
「ああ、せ・・・猟師さんの国は蒸すという料理方法は一般的ではないのですね。この国では普通の料理方法なのですが」
「そうなの。それで、どうかな?名物になると思う?」
重要なのは、それだ。
饅頭自体はシルヴァニア王国の王都でも見たことがあるが、蒸すのに温泉の蒸気を使えば、温泉としての名物にならないだろうか。
私の考えたことは、そういうことだった。
「どうでしょうか?饅頭に中に使う餡には大量の砂糖が必要です。砂糖は貴重品ですから、かなり高級な菓子になると思いますよ。貴族の保養地にでもするのなら、いいでしょうが・・・」
「うーん、じゃあ、却下かな」
私はここを貴族に独占させるつもりはない。
それに、そんな高級な材料を使うとなると、名物として大量に作るのには向かないだろう。
残念なだけど、温泉饅頭は諦めることにする。
「じゃあさ。温泉煎餅っていうのも考えたんだけど・・・」
「その前に、私からの報告をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「よくない。それでね、温泉を練り込んで作る温泉煎餅っていうのを・・・」
「聖女様!?」
私が説明を続けようとすると、ヒルダが驚いた表情で大声を上げる。
「聖女様!報告を聞いてくださいよ!聖女様にも関係があることなんですから!」
情けない声を上げて、ヒルダが懇願してくる。
仕方ないな。
今の私は聖女じゃないんだけど。
・・・・・
「まず、戦闘が始まる前に兵達を後退させることはできました」
「ふーん、よかったわね」
どうやら、間に合ったらしい。
「はい。これで、アヴァロン王国から攻め込んで来ない限り、戦闘は始まらないと思います」
なら、大丈夫かな。
「それで、あと二つほど報告があるのですが・・・」
ヒルダが言い淀む。
なにか報告しづらいことなのだろうか。
私はヒルダの上司という訳じゃないんだから、気にしなくていいのに。
というか、そもそも報告自体が本当は必要ない。
ヒルダが聞いて欲しいと言っているから、聞いてあげているだけだ。
「王都での聖女様の評判が、その・・・かなり悪いものになっています。噂の広がる早さや、噂の内容が聖女様を非難するものばかりであることから考えて、扇動している者がいるようです。おそらく、エリザベート王女の指示でしょう」
「ふーん」
「・・・興味なさそうですね」
「興味ないもの」
それに、上手い手だとは思う。
そこにいない人間に不満をぶつけさせれば、自分に対する不満や疑いを逸らすことができるだろう。
そして、不満をぶつけられた本人は、そこに居ないために、否定することもできないのだ。
後からそこに戻る予定でもあるなら困ったことになるだろうけど、私にその予定はない。
「報告は、それだけ?なら、話を戻して・・・」
「あと二つあるっていったじゃないですか!?どれだけ、興味ないんですか!?」
そういえば、そんなことを言っていたな。
もう、面倒だなあ。
「なら、さっさと言って。私、忙しいんだから」
「・・・温泉の名物を考えているだけですよね?」
「重要なことでしょ?」
「・・・・・・・・・・それで報告ですが」
ヒルダが何かを諦めたような表情で、最後の報告を始める。
「王都で暴動が起きました。貴族や商人が食糧を買い占めているのが原因のようです」
「ふーん」
そんなことをすれば暴動が起きるのは容易に予想できるだろうに。
やっぱり、この国はアホが多いみたいだ。
「どうしましょう?」
「放っておいたら?」
「そんなわけにはいきません!」
ヒルダが真面目な顔で声を荒らげる。
先ほどまでの情けない表情ではない。
「聖女様が興味を持たないのは勝手ですけど、国民が傷つくのを放っておくことはできません。兵の一部を王都に戻して、治安の回復を・・・」
「治安を回復させて?食糧を買い占めた貴族を護って、食糧を手に入れようと必死な平民を餓死させるの?」
「っ!」
ヒルダが苦々しい顔になる。
全身から苦悩が滲み出ているようにすら見える。
「じゃあ、どうすれば、いいって言うんですか!黙って見ていろって言うんですか!」
「そう言っているじゃない」
「っっっ!!!」
ヒルダはすぐに思い詰めるな。
もう少し肩の力を抜いたらいいのに。
「食糧を買い占めたアホは、暴動に巻き込まれて当然でしょ。買い占めた分を手放せば、殺されはしないわよ。奪う側だって、欲張りすぎれば、今度は自分が奪われる側になるってことを、知っているだろうからね。たとえ知らなくても、身をもって知ることになると思うわ」
「・・・・・」
「暴動に参加した人間は、罪に問われることにはなるけど、それでも冬を越すことはできるわ。放っておいた方が、大勢が傷つくけど、大勢が生き残る可能性が高い。他によい方法が思い付くなら、やってみたらいいわ。止めないから」
「・・・・・ありません」
「じゃあ、報告は終わったってことでいい?」
「・・・・・・・・・・はい」
「なら、名物を考えましょうか」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
さて、やっと本来の目的に戻ることができる。
私が温泉を観光地にするアイデアを考えていると、ヒルダがそんなこと言い出した。
「そういえば、そうだったわね。行ってきたらいいんじゃない?アーサーが痺れを切らして、発泡するかも知れないし」
「怖いことを言わないでください!?急いで行ってきます!!」
ヒルダが飛び出していく。
「慌ただしいわね、まったく」
でもまあ、急いだほうがいいとは思う。
ヒルダから聞いたところによると、シルヴァニア王国の兵士達は、すでに負けて死ぬことを覚悟していたらしい。
だとすると、無謀な特攻とかをしかねない。
そんなことをされると、色々と面倒なことになる。
シルヴァニア王国の人的被害は大きくなるし、敗北後に払う賠償金も大きくなる。
それになにより、温泉を観光地にするための人手が足りなくなる。
特攻をした本人達は、国や家族を護ろうとして死んで自己満足に浸れるんだろうけど、後に残される人間の迷惑を考えて欲しいものだ。
「この国の人間って、アホしかいないのかしら」
ヒルダも、真面目ではあるのだけど、どうも悲観的な考え方をすることが多い。
エリザベート王女のやっていたことを知って、それを誰にも相談できないで、長い年月を恐怖に怯えながら過ごしたからなのだろうけど、もうちょっと楽観的になってもいいと思う。
楽観的と聞くと、政治家には向かないと否定的な印象を抱く人もいるみたいだけど、実際はそうじゃない。
未来に明るい想いを抱けない人の方が、政治家に向かない。
それは、戦争が始まってしまった、今の状況が証明している。
そうすることでしか、危機的な食糧難を乗り切れないと視野狭窄に陥った結果だ。
「耳が痛いですね」
私が考えごとをしていると、声をかけられた。
「村長さん」
声をかけてきたのは、この村の村長だ。
実はリンゴと雌猫ちゃんの父親でもあるらしい。
「私も自分の娘を口減らしした愚かな人間ですから」
リンゴが、私と出会った理由。
リンゴが、エリザベート王女のところにいた理由。
それらは全て、今の言葉で説明がつく。
「村長としては立派だと思うけどね」
誰かを口減らししないといけない状況になったとき、責任ある立場である自分の娘を差し出したのだ。
その心がけ自体は立派だと思う。
ただし、
「他の方法を考えなかったのは、よくなかったかな」
そう思う。
すると、苦笑しながら返事をしてくる。
「わかっています。けど、私は、せ・・・猟師さんほど頭がよくないのですよ」
「頭の良し悪しではなくて、覚悟の問題だと思うけどね」
国境付近の村。
アヴァロン王国にも近い。
いざとなったら、亡命する方法だってあったはずだ。
それを試したとしても、上手くいった保証はないけれど、覚悟があれば試すことはできたはずだ。
もっとも、村長を責めることが酷だということも分かっている。
当時はエリザベート王女が、口減らしされた娘を助けるために、城での仕事を与えるという名目で、娘達を集めていた。
村長はそれに賭けたのだろう。
城で働いているはずの娘達が姿を消していくという噂もあったみたいだけど、それでも賭けたのだろう。
だから、それについて私が何かを言うことはない。
でも、村長は何か思うところがあったようだ。
「そうなのでしょうね。猟師さんを見ていると、そう思います」
「私?」
何かやっただろうか。
色々やったけど、特別な覚悟が必要なことは、何もやっていない。
「恩知らずなこの国の人間のために、石を投げられることを覚悟してまで、この国の人間を救いに来てくれたのでしょう?」
ああ、そう考えたのか。
好意的な解釈をしてくれたみたいだけど、違う。
「救いになんか来ていないわよ?私が温泉を楽しむことができるように、この村に来ただけよ?」
「そうですか」
本当のことを言ったら、納得してくれたみたいだ。
だけど、返事をしてきたときの笑みを見ると、信じているかどうかは、あやしい。
また、好意的な解釈をしている可能性もある。
別にいいけど。
「でも、猟師さんが娘達を救ってくれたことは事実です」
「メイドとして、こき使っているだけよ?」
「それでも娘達の顔を見せてくれただけ、生きていることがわかっただけ、感謝しています。エリザベート王女のもとへ向かった他の家の娘達は、行方知れずみたいですから」
この村からは、リンゴや雌猫ちゃんだけじゃなく、他にも何人かの娘達がエリザベート王女のもとへ向かったらしい。
中には、口減らしの必要が無いのに、王都での生活や城での仕事に憧れて自ら向かった娘もいたようだ。
その娘達は、エリザベート王女のお腹の中に収まったのだろう。
「きっと今ごろ、花に囲まれているわよ」
「そうだといいですね」
慰めているわけではない。
実際にそうだろうから、そう言った。
ヒルダは、骨は城の庭に撒かれたと言っていた。
あそこには花が咲いていたはずだ。
魂というものがあるのなら、それが肉に宿るのか骨に宿るのかはわからないけど、骨に宿るのだとしたら、花に囲まれていると言っても、嘘にはならない。
*****
ヒルダが兵士達を連れて村に戻ってきたのは、数日後のことだった。
「ただいま戻りました」
挨拶してくれる。
それはいいんだけど、上司に対する報告のような言い方なのは、なぜだろう。
今の私は、ただの猟師なんだけど。
まあ、いいや。
それよりも、気になっていたことを質問することにしよう。
「ねぇ、ヒルダ。温泉饅頭ってどうかしら?」
「・・・・・」
私の質問に、なぜかヒルダは呆れた顔で答えて来た。
でも、私が欲しいのは、そういう答えじゃない。
「村の人に教えてもらったんだけど、饅頭って焼いたり茹でたりするんじゃなくて、水蒸気で温めて作るんでしょ」
「ええ、蒸して作りますね」
ヒルダは、呆れた顔をしながらも、私の言葉に頷く。
「そういう料理方法って珍しいから名物にならないかしら?」
「ああ、せ・・・猟師さんの国は蒸すという料理方法は一般的ではないのですね。この国では普通の料理方法なのですが」
「そうなの。それで、どうかな?名物になると思う?」
重要なのは、それだ。
饅頭自体はシルヴァニア王国の王都でも見たことがあるが、蒸すのに温泉の蒸気を使えば、温泉としての名物にならないだろうか。
私の考えたことは、そういうことだった。
「どうでしょうか?饅頭に中に使う餡には大量の砂糖が必要です。砂糖は貴重品ですから、かなり高級な菓子になると思いますよ。貴族の保養地にでもするのなら、いいでしょうが・・・」
「うーん、じゃあ、却下かな」
私はここを貴族に独占させるつもりはない。
それに、そんな高級な材料を使うとなると、名物として大量に作るのには向かないだろう。
残念なだけど、温泉饅頭は諦めることにする。
「じゃあさ。温泉煎餅っていうのも考えたんだけど・・・」
「その前に、私からの報告をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「よくない。それでね、温泉を練り込んで作る温泉煎餅っていうのを・・・」
「聖女様!?」
私が説明を続けようとすると、ヒルダが驚いた表情で大声を上げる。
「聖女様!報告を聞いてくださいよ!聖女様にも関係があることなんですから!」
情けない声を上げて、ヒルダが懇願してくる。
仕方ないな。
今の私は聖女じゃないんだけど。
・・・・・
「まず、戦闘が始まる前に兵達を後退させることはできました」
「ふーん、よかったわね」
どうやら、間に合ったらしい。
「はい。これで、アヴァロン王国から攻め込んで来ない限り、戦闘は始まらないと思います」
なら、大丈夫かな。
「それで、あと二つほど報告があるのですが・・・」
ヒルダが言い淀む。
なにか報告しづらいことなのだろうか。
私はヒルダの上司という訳じゃないんだから、気にしなくていいのに。
というか、そもそも報告自体が本当は必要ない。
ヒルダが聞いて欲しいと言っているから、聞いてあげているだけだ。
「王都での聖女様の評判が、その・・・かなり悪いものになっています。噂の広がる早さや、噂の内容が聖女様を非難するものばかりであることから考えて、扇動している者がいるようです。おそらく、エリザベート王女の指示でしょう」
「ふーん」
「・・・興味なさそうですね」
「興味ないもの」
それに、上手い手だとは思う。
そこにいない人間に不満をぶつけさせれば、自分に対する不満や疑いを逸らすことができるだろう。
そして、不満をぶつけられた本人は、そこに居ないために、否定することもできないのだ。
後からそこに戻る予定でもあるなら困ったことになるだろうけど、私にその予定はない。
「報告は、それだけ?なら、話を戻して・・・」
「あと二つあるっていったじゃないですか!?どれだけ、興味ないんですか!?」
そういえば、そんなことを言っていたな。
もう、面倒だなあ。
「なら、さっさと言って。私、忙しいんだから」
「・・・温泉の名物を考えているだけですよね?」
「重要なことでしょ?」
「・・・・・・・・・・それで報告ですが」
ヒルダが何かを諦めたような表情で、最後の報告を始める。
「王都で暴動が起きました。貴族や商人が食糧を買い占めているのが原因のようです」
「ふーん」
そんなことをすれば暴動が起きるのは容易に予想できるだろうに。
やっぱり、この国はアホが多いみたいだ。
「どうしましょう?」
「放っておいたら?」
「そんなわけにはいきません!」
ヒルダが真面目な顔で声を荒らげる。
先ほどまでの情けない表情ではない。
「聖女様が興味を持たないのは勝手ですけど、国民が傷つくのを放っておくことはできません。兵の一部を王都に戻して、治安の回復を・・・」
「治安を回復させて?食糧を買い占めた貴族を護って、食糧を手に入れようと必死な平民を餓死させるの?」
「っ!」
ヒルダが苦々しい顔になる。
全身から苦悩が滲み出ているようにすら見える。
「じゃあ、どうすれば、いいって言うんですか!黙って見ていろって言うんですか!」
「そう言っているじゃない」
「っっっ!!!」
ヒルダはすぐに思い詰めるな。
もう少し肩の力を抜いたらいいのに。
「食糧を買い占めたアホは、暴動に巻き込まれて当然でしょ。買い占めた分を手放せば、殺されはしないわよ。奪う側だって、欲張りすぎれば、今度は自分が奪われる側になるってことを、知っているだろうからね。たとえ知らなくても、身をもって知ることになると思うわ」
「・・・・・」
「暴動に参加した人間は、罪に問われることにはなるけど、それでも冬を越すことはできるわ。放っておいた方が、大勢が傷つくけど、大勢が生き残る可能性が高い。他によい方法が思い付くなら、やってみたらいいわ。止めないから」
「・・・・・ありません」
「じゃあ、報告は終わったってことでいい?」
「・・・・・・・・・・はい」
「なら、名物を考えましょうか」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
さて、やっと本来の目的に戻ることができる。
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