シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第十章 はだかの女王様

155.仕立て屋

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「まずは、名物が欲しいわね」

 私はヒルダに提案する。

「・・・・・なんの話ですか?」

 すると、ヒルダは意味が分からないと言った顔をする。
 おかしいな。
 協力してあげると言ったのに、もう忘れたのだろうか。

「だから、この村にある温泉を一大観光地にするって話よ」
「なんの話ですか!?」

 説明してあげたというのに、驚いた声を上げるヒルダ。
 今さら何を驚いているのだろう。
 人の話を聞いていなかったのかな。

「そんな話、してなかったじゃないですか!?」
「してたわよ?」
「してませんよ!?」
「してたわよ?」
「して!・・・・・ませんよね?」
「だから、してたってば」

 私が根気よく説明すると、ヒルダは少し冷静になったらしく、なにやら考え込む。

「・・・・・」
「・・・・・」

 冬の間は、戦争を継続したままにするけど、戦闘はおこなわない。
 冬が終わったら降伏するけど、賠償金で国が破綻しないように、お金を稼ぐ目途を立てておく。
 落としどころとしては、こんなところだろう。
 そのために、温泉を観光地に開発する。
 うん。
 何も矛盾はしていない。

「・・・・・あの」
「なに?」

 考え込んでいたヒルダが、問いかけてくる。
 考えがまとまったのだろうか。

「おそらく、聖女様の頭の中では、そのような話になっていたのだと思うのですが、私がついていけていません。お手数ですが、ご説明をお願いできないでしょうか?」

 どうも、まとまっていなかったようだ。
 面倒だなぁ。

「どこから、ついてこれていないの?」
「わりと、全てです」
「うーん・・・」

 全てって言われてもなぁ。
 それこそ、どこから説明したらいいのか、判断に困る。

「じゃあ、ヒルダが今のシルヴァニア王国の状況で、問題だと思うことをあげていってみて。その解決策を一緒に考えてみましょう」
「わかりました」

 私の提案にヒルダが頷く。
 そして、順番に問題点をあげてく。

「まず、アヴァロン王国との戦闘は、なんとしてでも回避しなければなりません。こちらから宣戦布告しておいて、虫のいい話だとは思いますが・・・」
「そういうのは、要らないから。それで、なんだっけ?えっと・・・戦闘回避だったわね。それなら簡単よ。兵士達を後退させればいいのよ。ようは戦闘の意志が無いことを示せばいいんだから」
「・・・そんな簡単な問題ですか?」
「国境を超えてきたら、アヴァロン王国の方が侵略になっちゃう可能性があるからね」

 アヴァロン王国は、まだ直接的な被害は受けていない。
 だから、そんなリスクは負わないだろう。
 戦争にかかった費用など、間接的な被害は受けているけど、それは後から回収すればいい話だ。
 もっとも、シルヴァニア王国にとっては、そこが問題になってくる訳だけど。

「次に、最終的に降伏するとしても、賠償金の支払いをできるだけ引き延ばす必要があります。冬を越える前に賠償金を払ったら、国民の多くが餓死してしまいます」
「引き延ばしは簡単ね。降伏しなければいいわ。さっき言った理由で、アヴァロン王国の方から攻めては来ないだろうから、降伏しなければ戦争は終わらないわ。賠償金の方は、これから考えなくちゃならないけど、方法が無いわけではないわ」
「方法があるのですか!?」

 ヒルダが期待に満ちた表情で、私を見てくる。
 けど、残念ながら、そんなに期待するような方法ではない。

「言っておくけど、賠償金を払わないですむようにする方法じゃないわよ」
「そ、そうですよね。そんな方法ないですよね」

 あからさまに落胆するヒルダ。
 当たり前のことなんだから、そんなに落胆しないでもいいのに。
 まるで、私が期待させてから落としたみたいじゃないか。

「ようするに、賠償金を払えるだけのお金を稼ぐ方法を考えましょうってことよ」

 単純な理屈だ。
 払うことによるマイナスを、払わないことによりゼロにするのではない。
 払うことによるマイナスを、払っても大丈夫なところまでプラスにするのだ。

「・・・・・そういうことですか。兵士を後退させる。後退させた兵士に温泉を観光地に開発させる。観光地の収入を賠償金に充てる」
「そういうこと」
「聖女様、話が飛躍し過ぎですよ」

 ヒルダが溜息をつく。
 そんなに飛躍していたかな。
 兵士を後退させる話題は出ていたし、温泉を利用するという話題も出ていた。
 その利用方法として、冬に作物を育てることに加えて、観光地にするということが増えただけだ。

「とにかく、これで納得した?」
「一応」
「じゃあ、私が温泉を楽しめるように・・・じゃなくて、観光地にして稼ぐことができるように、一緒に考えましょうか?」
「・・・・・わかりました」

 いけないいけない。
 危うく口を滑らすところだった。

 *****

 シルヴァニア王国にある円卓の間。

「国民達の聖女に対する評判はどうなっていますか?」
「王都を中心に噂を流している。聖女の求心力は低下する一方だ」

 私の問いにプラクティカルが答えてくる。

「国民達は、食糧不足を聖女のせいだと思っている。あのいけ好かない女が再び王都に来たとしても、歓迎の言葉ではなく、石を投げられるだろう」

 プラクティカルは愉快そうだ。
 以前やり込められたのが悔しかったのだろう。
 食糧不足の原因を聖女になすりつけ、名声を地に落とすことに喜びを感じているらしい。

「プラクティカル様、聖女を王都に来させないための策なのですから、石が投げられる光景は見ることはできませんよ」
「わかっているよ、エリザベート。それでも、いい気味だ」

 アヴァロン王国へ宣戦布告するための名目に使った聖女の悪評。
 これには別の利用価値もある。

 聖女が王都に足を踏み入れれば、間違いなく国民が騒ぐ。
 そうすれば、聖女を発見することは容易いだろう。
 これにより、以前のように聖女が密に工作することを防ぐことができる。
 上手くすれば、捕らえることもできるだろう。

 逆に、議決権を理由に聖女が堂々と王都に来ようとしても、国民達は以前のように聖女を称えたりはしない。
 食糧不足の責任を追及しようとするだろう。
 つまり、聖女は何もできなくなるのだ。

「だが、問題もある。聖女の評判が下がるのはいいが、国民の不満が増している。王都の治安も悪くなってきていて、暴動が起きる寸前だ」

 プラクティカルが、楽し気な表情を引っ込め、真面目な顔で説明してくる。

「聖女が王都にいるわけでもないのに、暴動ですか?」
「一部の貴族や商人が食糧を買い占めたせいで、出回る量が少ない上に値段が高い。その不満もあるのだろう」

 食糧の奪い合いが行われているということだろう。
 国民にとっては死活問題だ。
 しかし、私によっては好都合と言える。
 食糧が手に入らなければ、冬を越すことができない。
 できたとしても、蓄えの全てを失うことになり、来春以降にまともに生活することはできない。
 ならば、どうするか。
 助けを求めるしかない。
 そして、求める先は権力者、すなわち私やプラクティカルということになる。
 聖女がいれば、そちらに助けを求める可能性があったが、それはすでに対策済みだ。

「放っておきましょう。いっそ暴動が起きるほど国民の不満が高まれば、聖女の評判は致命的に悪化します。そこへ救いの手を差し伸べれば、逆に私達の評価が高まるでしょう」
「なるほど。国民達に被害は出るだろうが・・・尊い犠牲というやつだな」

 プラクティカルが私の提案に同意する。
 私が語った提案は、嘘ではない。
 けれど、本当の狙いは少し違う。
 私は、名声に興味はない。
 興味があるのは『家畜』を手に入れることだ。

 名声はプラクティカルに譲ろう。
 その代わり、『家畜』は私が貰う。
 そのために、プラクティカルのちっぽけな自尊心を満たす協力をしている。

「よし。その方針でいこう」

 プラクティカルが、あっさりと私の提案を採用する。

「聖女の評判を下げるだけでなく、こちらの評判を上げておいた方が、次の段階へも進みやすいしな」

 そして、プラクティカルが呟く。
 そう。
 計画には続きがある。
 今の段階でも『家畜』を手に入れることができるだろうけど、聖女のおこなった改革のせいで効率が悪い。
 それを向上させるのが、次の段階だ。
 そして、それはプラクティカルの自尊心を満たすことにも繋がる。

「そうですわね」

 プラクティカルの言葉に相槌を打ちながら考える。
 聖女は今どうしているだろうか。
 戦争を有利に運ぶことができて、喜んでいるだろうか。
 せいぜい、今のうちに喜んでいればいいと思う。
 そして、いずれ悔しがるといい。
 苦労しておこなった改革が、私とプラクティカルの手によって台無しになるところを見て悔しがるといい。
 気付いたら手遅れであることを悔しがるといい。

 できることなら、その表情が悔しさに歪んだところを、ぱくっと食べてみたい。
 喜怒哀楽。
 それらを強く感じている最中に捌いた肉は、とても刺激的な味がするのだ。
 ただ肉の味しかしないものよりも、数段、味がよくなるのだ。

「そろそろ、食事の時間ですね」
「ああ、そうだね」

 プラクティカルが慣れた様子で、私に首筋を差し出してくる。
 私が噛みつくと、プラクティカルは恍惚とした表情を浮かべる。

「(まずい)」

 肉は固く、血は濁っている。
 それでも、私はそれを強く噛み締める。
 今はまだ、これで渇きを癒やすしかない。
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