シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第九章 お菓子の家

153.もてなす魔女(その2)

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「せ・・・猟師さん、もうすぐ食事の支度ができますよ」

 温泉から上がって村の方に戻ると、村長が声をかけてくる。
 この村に滞在している間、私は村長の家に住まわせてもらっているからだ。
 私は狩りの獲物を提供する。
 村長は住む場所と料理を提供する。
 そういう取り引きをしているのだ。

「ありがとう。ちょっとお客さんと話をしてから行くわ」
「そちらへお持ちしましょうか?」
「そうね・・・じゃあ、そうしてもらおうかしら」
「わかりました」

 どうも、ヒルダの様子を見ていると、話が長くなりそうなので、そうお願いする。
 そして、ヒルダと連れ立って、彼女が泊まる予定の建物へ向かう。

「・・・・・村長さん、聖女様って言いかけませんでしたか?」
「さあ?」

 とぼけておいたけど、正解だ。
 この村の人達は、私の正体を知っている。
 私が聖女と呼ばれるきっかけとなった、苗を配り歩いたときに顔を合わせているから、当たり前だ。
 今年配られた苗の育ちが悪かったので、私のことを恨んでいるかと思ったのだけど、そんなことは無かった。
 この国を去る直前、私は温泉に入るためにこの村を訪れていた。
 だから、配る苗を指示したのが私で無いことが分かっていたらしい。

「村人達が聖女様の存在を隠していたわけですか」
「強制はしていないわよ」

 お願いすらしていない。
 私が、いつもの赤いドレスではなく、猟師の服装でこの村を訪れたら、なんだか勝手に事情を解釈して、私を猟師さんと呼ぶようになったのだ。
 別に困ることじゃないので、そのままにさせている。
 むしろ、もともと聖女様なんて呼ばれたい訳じゃないので、今の呼ばれ方のままでかまわない。

「さて、なにから話す?」

 建物につくと、私はそう切り出す。
 私から話したいことがあるわけじゃないから、ヒルダが望む話題に付き合ってあげることにする。
 ヒルダは少し考えてから、口を開く。

「・・・先ほどのお話ですけど、やってみようと思います」
「さっきの話って、兵士に開拓させるってやつ?好きにすればいいけど、この村に迷惑はかけないでね」

 この村というよりは、温泉に入れなくなるようなことはして欲しくないというのが本音だ。
 でも、私一人のためというのは理由としては弱いから、この村のためということにしておいた。

「もちろん、村人が飢えるようなことはしません。周辺を開拓して、温泉から溢れているお湯を利用するようにするつもりです」
「ふーん、いいんじゃない?」

 生産せずに消費するだけの存在である軍隊の使い道としては、まともな方だと思う。
 シルヴァニア王国の現状を改善するためには、戦争をするより、遥かに効果があるだろう。
 私がそう考えていると、ヒルダが大きな溜息をつく。

「焼け石に水でしょうけど、これで少しは餓死する国民を減らすことができます」

 顔色が良くなったと思ったのだけど、まだ表情が暗いな。
 これは体力じゃなくて、精神的なものだろう。
 たぶん、ヒルダは真面目過ぎるのだと思う。
 それと、上層部が突然消えて、いきなり自分が重要や役職に就くことになったから、プレッシャーも凄いのだろう。
 そう考えると、仕事をヒルダに放り投げた自分にも原因がある気がするな。
 もともと、私にシルヴァニア王国の仕事を任せる方がおかしいから、悪いとは思ってないけど。
 仕方ない。
 少し気がかりを軽くしてあげるか。

「餓死する国民って言っているけど、そんなに多いの?」

 ヒルダの気がかりは、これだろう。
 だから、そのことをヒルダに尋ねる。

「だって、聖女様が農業政策を見直す前より、収穫量が少ないのですよ。餓死者はこれまでで最も多くなるはずです」
「うーん・・・」

 ヒルダが絶望と諦めに満ちた表情で教えてくれる。
 けど、本当にそうなんだろうか。
 私は、それを疑っている。
 この村にきて、村人達に話を聞いて、それを確信している。

「ねえ、ヒルダ。餓死者が多くなるって考えている理由はそれだけ?」
「それだけ・・・とは?それ以外に理由が必要ですか?」

 ヒルダが何を言っているのだろうという顔を向けてくる。
 やっぱり、気付いていないみたいだな。
 頭はいいはずなんだけど、なんで気付かないんだろう。
 そういえば、ヒルダはお金の流れから、エリザベート王女のやっていることに辿り着いたと言っていた。
 帳簿を見るのは得意なのだろう。
 けど、帳簿の数字とにらめっこばかりしているから、他のことに気付かないのかな。

「ヒルダ、シルヴァニア王国って軍の規模が小さいわよね。なんで?」
「なんでもなにも、聖女様の指示で軍の規模を縮小したからですけど」
「うん、そうよね。それで軍を首になった兵士達は、今どうしているの?」
「商人に警備のために雇われるか、故郷に帰って畑を耕すか、故郷に帰って狩りをするか・・・そのあたりでしょうか?」
「そのあたりでしょうね。でも、商人が雇う人数なんて、たかが知れているし、故郷に帰っても空いている畑があるとは限らないわよね。だとしたら、狩りをする人間が多いんじゃないかしら」
「・・・はい。その可能性が高いと思います」

 少し考えてから、ヒルダが答えてくる。
 どうやら状況は、私の推測と大きくは外れていないみたいだ。

「狩りで確保する食糧は、作物の不作には影響されないわよね?」
「その通りですけど・・・さすがに、不作の影響を打ち消すほどの量は無理ですよ」

 それはそうだろう。
 私もそう思う。
 せいぜい、狩りをする本人と家族の分くらいかな。

「ヒルダ、もう一つ教えて。アヴァロン王国との貿易を停止しているわよね」
「ショウユの件ですね。申し訳ありません。エリザベート王女の提案を断ることができず・・・」
「謝って欲しいわけじゃないわ。確認したいことがあるだけ。そのショウユなんだけど、貿易が停止した状況で、製造はしているの?」
「ショウユの製造ですか?アヴァロン王国に輸出するようになってから、増産していましたが、今年は・・・どうでしょうか?製造元に確認したいとわかりません」

 つまり、全く意識していなかったという訳だ。
 調味料ではお腹は膨れないからだろう。
 けど、原材料となると話は変わってくる。

「増産していたってことは、原材料は多めに育てていたはずよね」

 原材料の植え付け時期は、貿易が停止する前だ。
 だから、植え付けた量は多いはずだ。
 そして、原材料の苗は、私は配っていない。
 アヴァロン王国では、あまり育てていない作物だからだ。
 それは、不作の影響を受けていない可能性があることを意味する。

「貿易が停止したのは収穫時期の前だから、ショウユに加工せずに残っている可能性があるわよね」
「そう・・・ですね」
「ショウユの原材料って、何か知ってる?」
「ダイズ・・・豆の一種だと聞いたことがあります」

 私も師匠から教えてもらったから知っている。
 師匠がショウユのことを話したときの世間話ていどの知識だけど、今はそのくらいの情報で充分だ。

「栄養豊富らしいわね」
「そう・・・らしいですね」
「・・・・・」
「・・・・・」

 軍を縮小したことにより増えた猟師が狩った獲物。
 貿易を停止したことによりショウユに加工されなかった原材料。
 言う間でもなく、それらは食糧になる。

「もう一回、計算し直してみたら?ひもじい思いはするだろうけど、そんなに餓死者は出ないかも知れないわよ?少なくとも、この村の人達は、そう言っていたわ」
「本当ですか!?」

 ヒルダの反応は劇的だった。
 絶望と諦めの表情が、希望に上書きされていく。
 冬を越すための食糧を確保できる可能性があると分かったのだ。
 当然だろう。

 ただし、今の話は可能性だ。
 この村に関しては本当だ。
 だけど、他のことは推測でしかない。
 たとえば、すでにショウユの製造を開始していたら、原材料は残っていない可能性もある。
 でも、残っている可能性もある。
 今のヒルダが希望を持つには充分だったのだろう。

「すぐに王都に戻ります!」

 そのままの勢いで出発しそうな雰囲気のヒルダ。
 気持ちは分かるけど、焦り過ぎだ。

「ちょっと、落ち着きなさい。今話した程度のこと、あなたが指示しなくても、国民は気付いているわよ」
「そ、そうですね」

 出発するのは思い留まったようだけど、それでも落ち着かずに、そわそわしている。
 よほど嬉しかったのだろう。
 その理由が国民のためというのは、好感が持てる。
 でも、為政者なんだから、もう少し大きな視点を持って欲しい。

「それよりも、わかってる?さっき言った方法で食糧が確保できたとして、わずかに状況が変化しただけで、あっと言う間に足りなくなる可能性があるってことに」
「状況、ですか?」

 私の言葉に、ヒルダは喜びの感情を抑えて、真面目な表情になる。

「戦争中だからということですか?それでしたら、すぐにアヴァロン王国に終戦の申し入れをします。聖女様には、今回もこの国の危機を救っていただいたのですから、当然です。」

 私は何もしていないんだけどな。
 でも、どちらにしろ、今はそのことは関係がない。
 問題は終戦を申し入れるということだ。

「言っておくけど、そんなことをしたら、この国は冬を越せなくなるわよ」
「え?」

 私の言葉に、ヒルダは呆けた表情で声を漏らす。
 やっぱり、分かっていなかったか。

「言いがかりで宣戦布告されたんだから、当然、アヴァロン王国は賠償金を請求すると思うわよ」
「あ、それは、その・・・」
「この国の事情なんか関係ないわ。だって、援助を求められたわけではなく、戦争を仕掛けられたのだもの。容赦はしないと思うわ」
「そんな・・・」
「賠償金なんか支払ったら、食糧の確保も難しくなるでしょうね」

 ヒルダは助けを求めるように、情けない顔で私を見てくるけど、それは私にはどうしようもない。
 私はアヴァロン王国の女王でもなんでもないのだ。

「逆に本格的な戦闘が始まっても、食糧は足りなくなるでしょうね。軍に回す食糧が必要になるし、兵士は開拓どころじゃなくなるだろうし」

 ヒルダはますます情けない顔になる。

「短期決戦でアヴァロン王国に勝つことができれば話は違うんでしょうけど、勝つ見込みはあるの?」
「・・・最初はバビロン王国と挟み撃ちにすることによって、戦わずに勝つ作戦だったのですが、アヴァロン王国に援軍が来たということは、バビロン王国は破れたのでしょう」

 つまり、シルヴァニア王国が勝つ見込みは無いということだ。

「勝って戦争を終わらせる見込みはない。負けて戦争を終わらせてはいけない。だから、戦争は継続しなくちゃならないけど、戦闘が始まってもいけない」
「・・・・・」
「頑張ってね」
「聖女さまぁ」

 ヒルダが子供のように泣きついてきた。
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