シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

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第九章 お菓子の家

147.出迎える者(南)

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「それじゃあ、あとでね」

 まるでデートの待ち合わせに向かうような気軽さで、シンデレラは北に向かう軍に同行していった。
 正直に言うと、ついていきたい。
 だけど、そうすることはできない。
 それは彼女の望みじゃないからだ。

「僕達も行こうか」
「承知しました」

 将軍に声をかけて、僕の方も出発する。
 行き先はシンデレラとは異なる。
 こちらは南だ。

「婚約者殿のことが心配ですか?なに、バビロン王国の愚か共などすぐに片付けて、婚約者殿を追いかけることができますよ」

 馬車で同行している将軍が話しかけてくる。
 彼はどうやら、シンデレラの名前を知らないようだ。
 王子である僕の婚約者としか認識していないのだろう。
 今の言葉も、王子のご機嫌取りという意味でしかないのだと思う。
 シンデレラを心配しての言葉じゃない。

「頼りにしているよ」

 でも、彼が将軍になるほど優秀な軍人であることは間違いない。
 だから、そう言っておく。
 彼がシンデレラのことを知ろうと知るまいと、バビロン王国の軍を退却させれば、それがシンデレラのためになることには違いないからだ。

 実際、アヴァロン王国でのシンデレラの知名度は低い。
 彼女は、国の運命を左右するよ数多くおこなっているけど、それは表に出せないことが多い。
 だから、ある意味、当然のことと言える。
 それに対して、シルヴァニア王国でのシンデレラの知名度は高い。
 もし、彼女が権力や名声を求めるのであれば、シルヴァニア王国にいた方がよいだろう。
 でも、彼女はアヴァロン王国にいる。
 いてくれる。
 それは、僕にとって幸運なことだ。
 だから、彼女がアヴァロン王国にいる間は、どんな手段を用いても彼女を守る。
 そして、彼女がアヴァロン王国を出ていかないでよいように、あらゆる手段を講じる。
 たとえ、一時的に彼女と離れることになったとしても、そうする。
 そのために、僕は今ここにいる。

「・・・・・」

 将軍のご機嫌取りの言葉を聞き流しながら、馬車の窓から流れる景色を眺める。
 景色はゆっくりと流れる。
 歩兵もいるのだから、この速度が限界なのだろう。
 行軍の速度を上げろとは言えない。
 そんなことをすれば、兵達が疲労して、勝てる勝負も勝てなくなる。
 だけど、それでも、もっと速度を上げろを思ってしまう。
 声には出せない。
 だから、心の中でだけ祈る。

「(早く!)」

 僕はやはり軍を指揮する器ではない。
 実を言うと、シンデレラが僕を南へ向かわせた真意を、正確に理解しているわけではない。
 けど、きっと意味があるんだと思う。
 そう信じている。
 そしてそれは、惚れた弱みというわけじゃない。
 もちろん、それも無いとは言えないけど、それだけじゃない。
 信じられるだけのことを、彼女はおこなってきた。

「(早く!!!)」

 彼女を失うわけにはいかない。
 彼女はそれだけ重要な存在になっている。
 それは僕の婚約者だからという理由だけじゃなく、もっと大きな理由のためだ。
 南へ向かう軍の中で、そのことを理解しているのが自分だけであることに苛立ちながら、僕は平静を装って景色を眺めていた。

 *****

「ここに陣を敷きます」

 待ち遠しかった言葉が、将軍の口から発せられる。
 アヴァロン王国とバビロン王国の国境付近。
 アヴァロン王国の領土内に陣が敷かれる。
 遠くにはバビロン王国が陣を敷いているのが見える。
 ここが対決の場所というわけだ。
 とはいえ、軍についてきただけの存在である僕にやることは無い。
 せいぜいが、邪魔にならないようにしているだけだ。

「軍の馬車というのは、乗り心地はあまりよくありませんな」
「!」

 子供の声。
 その声に反射的にそちらを向く。

「な、なんで、ここに!」
「なんでと言われましても、彼女にあなたについていくように言われたからですよ」

 そこにいたのは、シンデレラがメフィと呼ぶ子供だった。
 だけど、知っている。
 コレは子供じゃない。
 それどころか人間じゃない。
 コレについて詳しく知っている訳じゃないけど、それでも知っていることはある。
 強力な力を持つ存在。
 それだけは間違いない。

「どうして、シンデレラについていないんだ!」

 心のどこかで安心していた。
 コレがいるから、シンデレラは大丈夫だと。
 コレは決して良い存在ではないけど、強力な存在なのは間違いない。
 だから、大丈夫なのだと、安心していた。
 なのに、コレは今、シンデレラの側にいない。

「ですから、彼女にあなたについていくように言われたからですよ」

 メフィが先ほどと同じ言葉を返してくる。
 僕が苛立っている理由が分かっていないかのように、平然としている。

「シンデレラを守らないとダメじゃないか!」

 そう叫ぶ。
 しかし、メフィはその言葉に対して、首を傾げる。

「私が彼女を守る?なぜ?」
「なぜって・・・」

 唖然としてしまう。
 僕が前提として考えていたこと。
 それが崩れる音が聴こえた気がした。

「私は彼女を守ったことなどありませんよ。私が彼女のために何かをしたのは、二回だけ。それも、対価を貰ってです」

 二回。
 それが指すことには、心当たりがあった。

 シンデレラを城で開かれた舞踏会に連れてきたこと。
 僕に『ガラス』の製造方法を教えたこと。

 それで二回だ。
 それ以外のことにおいて、メフィは何もしていないということになる。
 つまり、今までシンデレラがおこなってきたことは、全て彼女の判断と行動によるものだということだ。

「・・・大声を出して、すまない」
「いえいえ、お気になさらずに」

 僕はメフィに謝罪する。
 そして、メフィがそれを許す。

 落ち着こう。
 僕は確かに勘違いしていた。
 シンデレラはメフィが大丈夫だと思い込んでいた。
 それは間違いだった。
 でも、間違いじゃなかったこともある。
 それは、シンデレラが今までにおこなってきた判断と行動だ。
 だから、メフィがここにいることには意味がある。
 シンデレラが判断してそうさせたのだから、きっと意味がある。

「(メフィはシンデレラのために何かをしたのは二回だけと言った。けど、メフィが何かをしたのは二回だけじゃない。普通じゃない現象がおこなったの回数は、もっと多い。その違いは何だ?)」

 今までにメフィがおこなってきたこと。
 その行動理由。
 それらを頭の中に思い浮かべていく。
 そして、理解した。
 メフィがここにいる理由。
 シンデレラが、メフィをこちらに寄こした理由。

「(そういうことか)」

 シンデレラもずいぶんと重い責任を背負わせてくれるものだ。
 いや、違う。
 今まで、シンデレラが背負ってきた責任だ。
 その一部を背負わせてくれたということなのだろう。
 それだけ信頼されているのだと思いたい。

「動けなくさせた敵兵は、捕虜という判断でいいかい?」
「這いつくばって逃げる可能性もありますが・・・まあ、いいでしょう。命を握っているのは間違いないですからな」

 仕方なく了承した、というには嬉しそうな顔で、メフィが返事をする。
 無邪気な笑顔だ。
 けど、その笑顔の理由を知っているから、背筋が凍るような感覚を覚える。
 でも、それに震えている訳にはいかない。
 これで同意は得られた。
 後は僕が覚悟して受け入れるだけだ。

 *****

 すぐ近くで雷が落ちたような轟音が響く。
 その数舜の後、遠くで大勢の人間が倒れる様子が見える。
 そしてさらに数舜の後、赤黒いシミが地面に広がっていく。
 ゆっくり、ゆっくり、広がっていく。

「げえぇっ・・・げええぇぇっ・・・」

 もう胃液しか出て来ない。
 食べたものは何も胃の中に残っていないのだろう。
 なのに、込み上げてくる感覚が止まってくれない。

「アーサー王子、お辛いなら、もっと後ろの見えないところにいてもいいのですよ?」
「はぁはぁはぁ・・・い、いや、いい。ここにいる」
「そうですか」

 一言だけこちらに声をかけて、将軍が立ち去る。
 向こうの軍が全く近寄ってこれないほど圧倒しているとはいえ、今は交戦中だ。
 王子のご機嫌を取っている訳にもいかないのだろう。

「これが、僕が作ったものがもたらす結果か・・・」

 知らない訳じゃなかった。
 だけど、実感として理解していたかと言われれば、そうじゃなかったのだろう。
 僕は自分が作ったものがもたらした結果に嘔吐した。

 命をかけて戦う戦場。
 その戦場で全く近寄らせずに命を刈り取る。
 それは、弓や達人が振るう剣でも同じことができるけど、絶対じゃない。
 けど、僕が作ったものは、絶対に近い。
 距離があり、弾がある状況では、絶対に近いのだ。
 それが、どれほど残酷なことなのか。
 僕は初めて実感していた。

「彼女なら吐かずに飲み込むでしょうな」

 嘔吐する中、聴こえてきた声に、はっとする。
 声の主は、メフィだ。
 シンデレラの側で、彼女を見てきたメフィの言葉だ。
 その通りなのだろう。
 僕もその通りだと思う。

「はぁはぁはぁ」

 だから、口を押えながら、僕は立ち上がる。
 そうだ。
 彼女なら、シンデレラなら、飲み込む。
 命を飲み込んで、その責任を背負う。

「無理をする必要はありませんよ?」
「うるさい」

 気遣う様子の無い気遣う言葉に、それに見合った返事を返す。
 そして、契約に基づいて、メフィに依頼をする。

「動く者がいなくなったら、回収してくれ」
「回収?なにをですかな?」

 メフィが意地の悪い問いかけをしてくる。
 だから、はっきりと言ってやる。

「僕が開発した銃で動けなくなった者達を、対価として支払うと言っているんだ」

 その言葉に、メフィが無邪気な笑顔になる。
 そして、執事が主に対して行うように、こちらに向かって礼をしてくる。

「かしこまりました」

 それで、全てが終わった。
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