シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

文字の大きさ
上 下
145 / 240
第九章 お菓子の家

145.見逃した道標

しおりを挟む
「もう一つ、気になったことがあるんだけど」

 アーサー王子が赤い顔を誤魔化すように、話を変えてくる。

「固定種と一代交配種って、アレのことだよね」

 と思ったら、割と真面目な話だった。

「ええ、アレのことよ」
「アレのことじゃな」

 どうやら、アーサー王子は知っていたようだ。
 そして、私はもちろん知っている。
 さらに、私に教えた師匠も知っている。

「アレじゃ、わからん」

 知らないのは、アダム王子だけのようだ。
 説明するのが面倒だな。
 私の表情からその考えを読み取ったのか、アーサー王子が率先して説明してくれる。

「簡単に言うと、固定種は父親と母親が同じ品種の種、交配種は父親と母親が異なる品種の種のことだよ。交配種の方が病気に強くて収穫量が多いけど、その特徴は次代に引き継がれないことが多いんだ。特徴が一代しか引き継がれない種のことを、一代交配種っていうんだよ」

 えらく、ざっくりした説明だな。
 間違ってはいないけど、それで理解してもらえるかな。

「さっぱり分からん」

 やっぱり。
 仕方ないので、補足することにする。

「たとえば、アダム王子が複数の女性を孕ませたとして・・・」
「なんだ、そのたとえは」

 アダム王子が文句を言ってくるけど、無視する。

「孕ませたとして、アダム王子と同じ髪の色の女性だったら、子供も同じ髪の色になるわよね」
「まあ、そうだろうな」

 アダム王子は頷くけど、実はそうとは限らない。
 隔世遺伝することもあるんだけど、そこまで説明すると話が長くなるから省略する。

「でも、アダム王子と違う髪の色の女性だったら、子供はどんな髪の色になると思う?」
「それは・・・父親か母親の、どちらかの髪の色になるんじゃないか?」
「そうなる可能性が高いでしょうね。そしてそれは、髪の色だけじゃなくて、目のよさだったり、手先の器用さだったり、足の速さだったり、そういうところでも同じことが言えるのよ」
「ほう。では、父親と母親のよいところばかりを引き継げば、優秀な子供が生まれるな」
「引き継げばね」
「そう上手くはいかないか。そのくらいは俺にもわかるぞ」

 アダム王子の言葉は正しい。
 そんな子供を産ませようとすれば、アダム王子は何十人、何百人と孕ませなければならないだろう。
 現実的じゃない。
 もしかしたら、アダム王子なら不可能じゃないかも知れないけど、一般的には現実的じゃないと思う。

「そうね。でも、作物に求める優秀さっていうのは数が少ないの。病気に強い。収穫量が多い。ついでに味が美味しければ言うことないわね。そのくらいじゃないかしら」
「そうだな」
「だから、作物の場合は、どの植物とどの植物をかけあわせれば優秀な種が取れるか、それがわかっているのよ。それが交配種」
「そこまではわかった。それで、アーサーが言っていた、特徴が一代しか引き継がれないというのは?」

 アーサー王子の説明を覚えていたか。
 その答えは簡単だ。

「両親が優秀だからといって、子供も優秀とは限らないでしょう」
「なるほど、納得した。優秀すぎる親は子供を甘やかすから、子供は愚かに育つことが多いからな」

 今の話は遺伝の話であって、環境による成長の話じゃないんだけど、まあいいか。
 説明するのが面倒だ。

「それで、今の話がなんなのだ?アーサーが気にしているようだが」
「たぶんだけど・・・」

 その問いにはアーサー王子が答えた。

「シンデレラがシルヴァニア王国で配ったのは、一代交配種なんじゃないかな」
「そうよ」
「やっぱり・・・」

 アーサー王子が頭を抱えた。
 他の国のことだというのに、人のいいことだ。

「この国は交配種が多く出回っておったからのう。そちらの方が集めやすかったのじゃ」

 配った種や苗は、師匠に集めてもらった。
 そのときに教えてもらったから、私も知っていたのだ。
 だから、ヒルダにも種や苗を購入する予算を確保させておいたんだけど、エリザベート王女のせいで種や苗が購入されることはなかった。
 シルヴァニア王国の人間は、予算に余裕ができて、エリザベート王女に感謝すらしているのかも知れない。
 実際には、その浮いた予算でも足りないくらいのお金が、後で必要になってくるんだけど。

「待て。あのシルヴァニア王国の使者は、お前が配った苗から取れた種を利用したと言っていなかったか?」
「言っていたわね」

 収穫量が多かった作物から取った種。
 だけど、収穫量が多いという特徴を引き継いでいない種。

「じゃあ、なにか。あの国が今年植え付けた作物は・・・」
「病気に強いけど収穫量が少ない作物。収穫量が多いけど病気に弱い作物。そんなところでしょうね」
「なんてこった・・・」

 アダム王子も頭を抱えた。
 兄弟そろって、人のいいことだ。

「私の指示・・・『聖女の加護』を蔑ろにしたんだから、自業自得よね」

 私の指示に従わなかったのはかまわないけど、従わなかったことによる結果は従わなかった者の責任だ。
 その責任は自分達で取ってもらおう。

「気になるなら、難民の受け入れ準備くらいはしてあげたら?」
「簡単に言ってくれるな」

 アダム王子が恨みがましい目を向けてくる。

「それから、アレの量産は進めておいた方がいいわよ。難民は受け入れても、暴徒は受け入れたくないでしょ」
「すでに進めてはいるけど、アレを民衆に使う気はないよ」

 私も積極的にそうしたいわけじゃない。
 けど、それは向こうの出方しだいだ。
 どちらにしろ、私にできることは、ほとんどない。

「冬には温泉に入りに行きたいわねぇ」

 私はそんなことを呟いた。

 *****

 夏。

「早く喋るようにならないかなぁ」

 ドリゼラの部屋に訪れて、ヘンゼルとグレーテルの成長を見守るのは、私の日課だ。

「もう少し時間がかかると思うわ」

 首がすわってきたこともあるので、最近は私も二人を抱っこさせてもらっている。
 そんなわけで、今はヘンゼルを抱っこしている。
 しっかりと重さは感じるんだけど、柔らかくて温かくて、なんていうか守ってあげたくなる。
 これが母性本能ってやつなのかな。
 私も赤ちゃんが欲しくなってくる。

「ごめんね。まだお乳は出ないのよ」

 ヘンゼルが私の胸を、ふにふにと触ってくるので、そう教えてあげる。
 けど、言葉の意味が理解できなかったのか、ふにふにと触り続けてくる。

「お乳が欲しいわけじゃないのかな?単純におっぱいが好きなのかな?」

 お腹が空いている訳じゃなさそうだ。
 ただ、ふにふにと触って、満足そうにしている。

「お父さんに似ちゃって、困ったものね」

 そう言いながらも、ドリゼラのヘンゼルを見る目は優しい。

「あー・・・うー・・・」

 一方のグレーテルの方は、ドリゼラに抱っこされている。
 腕をこちらに伸ばそうとしているけど、それが向く方向は残念ながら私じゃない。
 ヘンゼルの方を向いている。

「グレーテルはお兄ちゃんが大好きみたいね」
「どれだけ泣いていても、ヘンゼルの側に連れていくと泣き止むのよ」

 将来ブラコンにならないか、ちょっと心配だ。
 まあ、なったらなったで、他の国に嫁がないで、ずっとこの国にいてくれそうだから、それはそれでいいかな。
 そんな感じでヘンゼルとグレーテルをあやしていると、ドリゼラが少し真面目な声色になる。

「ねえ、シンデレラ。何度かシルヴァニア王国から使者が来ているみたいだけど、なにかあったの?」

 そして、そんなことを訊いてきた。
 こういう聞き方をしてくるってことは、詳しいことは知らないみたいだな。
 アダム王子が教えていないんだろう。
 私も教えるつもりはない。
 ドリゼラには関係がない話だし、そんなことに気を回すくらいなら、ヘンゼルとグレーテルの世話をしてくれていた方がいいからだ。

「シルヴァニア王国に滞在していたときに知り合った人から、私に遊びに来ないかってお誘いが来ているのよ」
「・・・シンデレラだけに?」

 ドリゼラが疑わしそうな顔をする。
 さすがに素直に信じてはくれないか。
 ドリゼラは、頭がお花畑だった母親や妹と違って、頭が悪いわけじゃないみたいだからな。

「私が温泉を気に入ったのを知っているからね。でも、夏は暑いでしょう。だから、断っているのよ」
「そうなの」

 ドリゼラが納得した顔になる。
 本当に納得したのかは分からないけど、少なくともこれ以上、訊いてくることは無さそうだ。
 だから私も、これ以上は説明しない。

「ヘンゼルとグレーテルが大きくなったら、温泉に連れていってあげようかなぁ」
「きっと喜ぶと思うわ」

 私はそれを想像してみる。
 ドリゼラを誤魔化すために口にした言葉だけど、想像してみると悪くない。
 それどころか、けっこう良いアイデアな気がしてきた。
 あの気持ちよさは、きっとヘンゼルとグレーテルも気に入ってくれるだろう。
 そうしたら、私に懐いてくれるかも知れない。

「・・・やっぱり、温泉のある村の領土だけでも手に入れるべきかな」
「シンデレラ?」
「なんでもないわ」

 いけないいけない。
 危うく、温泉が欲しいという理由で、戦争を吹っ掛けそうになってしまった。
 そんな私の願いが叶ったわけでもないだろうけど、アヴァロン王国に対して宣戦布告が届いたのは、秋が近づいた頃だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...