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第九章 お菓子の家

139.会話

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「しかし、赤ん坊は可愛いのう。わしも欲しくなってきたのじゃ」
「師匠は先に相手を見つけなさいよ」

 ヘンゼルとグレーテルの世話をしないといけないという理由で、ドリゼラは早々にお茶会から帰っていった。
 他にも世話をする人間はいるらしいけど、ドリゼラはできるだけ自分で世話をしたいみたいだ。
 あの可愛さなら仕方ないと思う。
 とはいえ、普通はそんなことは許されない。
 アダム王子の子供ということは、将来、王位を継ぐ可能性もあるのだ。
 専門の人間が世話をすることが、普通だろう。
 だけど、ドリゼラの場合は、アダム王子が許可しているようだ。
 アダム王子にとっては初めての子供になるわけだから甘くなるのは分かるけど、ドリゼラが子供に関しては強気ということも要因のようだ。
 親バカと教育ママになりそうだな。
 なんにせよ、ヘンゼルとグレーテルが両親に愛されているようで、なによりだ。

「この際、夫は諦めて、赤ん坊だけでも欲しいのじゃ。だれか子種をくれないかのう」

 ちらっ。

 師匠がアダム王子を見て、アダム王子がさっと視線を逸らす。

 ちらっ。

 師匠がアーサー王子を見て、アーサー王子がさっと視線を逸らす。

「なにやってるのよ、師匠」

 子供が産まれたばかりの人間と婚約者がいる人間を、浮気に誘ってどうするんだ。

「冗談じゃよ。わしだって、相手は選ぶのじゃ」
「選ぶ余裕あるの?」
「年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ、というくらいなのじゃ。女性の方に選ぶ権利があると思うのじゃ」
「年上すぎるでしょう」

 聞いたことが無い言葉だったけど、なんとなく意味は分かった。
 たぶん、結婚するなら年上の女性がオススメという意味だろう。
 その理屈で言えば、確かに師匠はオススメと言える。
 師匠より年下の男性は、滅多にいないだろう。
 問題はその『滅多にいない』ところなんだけど。

「人の恋愛に口を挟むつもりはないが、刃傷沙汰は勘弁してくれよ」
「わかっておるわい」

 アダム王子が釘を刺し、師匠が軽い調子で手をひらひらと振る。
 刃傷沙汰より、詐欺で訴えられるんじゃないかな。
 年齢詐欺とか。
 私は言いふらすつもりはないけど、本人の喋り方や喋る内容が、年寄りっぽいことがあるからな。
 そのギャップが良いという人がいることを祈っておこう。

 *****

「それじゃあ、冬の間になにがあったか話を聞かせてもらおうか」

 アダム王子が、親バカの顔から王子の顔に変わる。
 もともとの予定では、エリザベート王女の誕生パーティーに参加して、冬が来る前に戻ってくる予定だった。
 それが、冬を越して春になってから戻ってきたものだから、その間のことを話せということだろう。
 面倒だな。
 別に私が戻りたくないと、ごねたわけじゃないし。
 そんな考えが表情に出てしまったのか、アダム王子がこちらをじろりと睨む。

「おまえがシルヴァニア王国を簒奪したという理由でバビロン王国の兵士達が、この国を通過していったのだぞ。いったい何があったらそんなことになるのか、耳を疑ったぞ」

 そんなこと言われても知らない。
 簒奪なんてしていないし、私はむしろ聖女だからという理由で仕事を押し付けられた被害者だ。

「通過するのを止めなかったとはいえ、時間を稼いだり、情報を伝えるためにジャンヌ殿を向かわせたり、骨を折ったのだ。俺にも聴く権利はあるだろう」
「師匠は伝言を忘れて、のんびり温泉に浸かっていたみたいだけど?」

 あと、傷心旅行とか言っていた。
 私の言葉にアダム王子が師匠の方を見る。

「・・・・・てへっ」
「・・・・・はぁ」

 師匠のあざとい誤魔化しに、溜息で応えるアダム王子。
 最初はチャラい王子だと思っていたけど、意外と苦労人だな。
 苦労をかけているのは、私や師匠なのかも知れないけど。

「まあ、話はするわよ。私も愚痴くらいは言いたいしね」

 苦労をかけたからというわけではないけど、今後も迷惑をかけることになるだろうから、それくらいはする。
 さて、どこから説明しようか。
 まずは、誕生パーティーのことだろうか。
 いや、その前に王様に謁見もしたな。

 ・・・・・

 やっぱり、面倒だな。
 短くまとめるか。

「王女が王様に薬を盛って眠らせたから、お仕置きしたら自失状態になった。
 聖女だからって国を押し付けられそうになったから、王制を止めさせて議会制にさせた。
 王子が王女を攫ったけど、どうせ戻ってくるだろうと思って、相手にするのが面倒だから帰ってきた」

 うん。
 上手くまとまった。
 他に話すことはあったかな。

 ・・・・・

 ああ、一つだけあった。

「あと、温泉は気持ちよかった」

 他に話し忘れたことはあったかな。

 ・・・・

 うん。
 無いと思う。
 これで重要なことは全部だ。

「・・・・・」
「・・・・・」

 満足してお茶を飲む。
 そういえば、シルヴァニア王国で飲んでいたのは緑茶だった。
 こうして、お茶会で紅茶を飲むのも、ひさしぶりだ。
 そんなことを考えていると、アダム王子とアーサー王子が同時に口を開くのが見えた。

「それだけか!?」
「省略しすぎだよ、シンデレラ!?」

 両側から叫ばれて、耳がキーンとした。
 危うく紅茶を噴き出しそうになるけど、それはなんとか耐える。

「ちょっと、驚かさないでよ」
「こっちが驚いたぞ!?」
「シンデレラ、他にも色々あったじゃないか!?」

 他に?
 なにかあったかな?

「思い出せないということは、大したことじゃないんじゃろ」
「そうね」

 師匠の言葉に納得する。
 けど、納得しない人間もいたようだ。

「『そうね』じゃないだろう!?仮に今の話が全てだとしても、気になる台詞があったぞ!王制を『止めさせた』とは何だ?」
「他国の王子に求婚されたり、毒で倒れたり、シンデレラ自身も色々あったじゃないか!?」

 もう、面倒だなあ。
 私にとっては重要なことじゃないから、話を省いたのに。

「王女も王女を攫った人間も、王位につかせると面倒なことになりそうだから、いっそ王様なんかいない方がいいと思ったのよ」
「それ以前に、おまえが王制を廃止させることができる立場にいたことに、驚きなのだが」
「それがどうしてなのかは、私の方が聞きたいわよ」

 というか、前回アダム王子とエリザベート王女の婚約を破棄させるために色々とやったことが、私が聖女と呼ばれるきっかけなんだから、アダム王子のせいと言ってもいいんじゃないだろうか。
 だとすると、アダム王子が苦労するのは、自業自得と言ってもいいと思う。

「・・・おまえが王位を簒奪したと言われている理由がわかった気がするぞ」
「簒奪なんかしていないわよ」
「王制を崩壊させるのは、王位を簒奪するより、たちが悪い」
「崩壊もさせていないわよ。最後の判断は、シルヴァニア王国の人間に任せたし」

 最後の判断は、ヒルダに任せた。
 だから、ヒルダが王制を廃止せずに王位に就こうとすればできるけど、なんとなく、それはしないんじゃないかと思う。
 それに、どちらだったとしても、すでに私の手を離れた話だ。

「あと、アーサー。私が求婚されていたって言っているけど、アーサーも言い寄られていたじゃない」
「ほう」

 私の言葉に、アダム王子が興味を示す。

「おまえ以外に、アーサーに言い寄る女がいたのか」

 私が言い寄ったんじゃなくて、アーサー王子が追いかけてきたんだけど。
 まあ、わざわざ訂正するまでもないか。
 それよりも、訂正する必要があることがある。

「いたわよ。女じゃないけど」

 私がそういうとアダム王子が微妙な表情になる。

「アーサー・・・男色を止めはしないが・・・」
「男色の趣味なんてないよ!?」

 アーサー王子が慌てて否定する。
 秘め事を知られるのが、恥ずかしいのだろう。
 けど、男色を嗜む王族は多いと聞くし、別に恥ずかしがらないでいいと思うんだけどな。
 それにこれは、私だけが言っていることじゃない。
 目撃者が大勢いるのだ。
 今さら隠さなくてもいいと思う。

「隠さなくてもいいわよ。メイド達はみんな知っていることだし」
「事実無根だよ!もしかして、フィドラー殿のことを言っているの?あれは銃の訓練に付き合ってもらっていただけだよ!」
「そして目覚める愛情?」
「目覚めないよ!」

 そうなのか。
 残念だな。
 メイド達が盛り上がっていたのに。

「まあ、遠距離恋愛は大変だって聞くしね」
「違うって言っているのに・・・」

 アーサー王子がぶつぶつ言っていたけど、とりあえずスルーする。
 とりあえず、夢を壊すのも気の毒なので、今聞いた話はメイド達には伝えないでおこうと思う。
 そんなことを考えていると、アーサー王子がジト目でこちらを見てくる。

「ちゃんと、否定しておいてよ」
「・・・・・ちっ」

 釘を刺された。
 部下に夢くらい見させてあげたらいいのに。
 気の利かない上司だ。
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