シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第八章 北風と太陽

135.辿り着く場所(後編)

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「議決権を持つ他国の人間というのは、私の他は、アーサー殿、ファイファー殿、フィドラー殿のことですか?」
「その通りです」

 プラクティカル様の問いに答える。
 冬の間に滞在された方々なので、容易に推測できたのだろう。
 本題はここからだ。

「それで、この国に属する議決権を持つ人間は誰ですか?エリザベート王女以外の人間です」

 プラクティカル様の瞳が、ぎらりと輝いたように見えた。
 それを見て背筋に冷たい汗が流れるが、なんとか耐える。
 他国の人間を取り込むのは難しい。
 だから、この国に属する者に狙いを定めようとしているのだろう。

「・・・一人は、僭越ながら、私です」
「まあ、あなたも頑張ってくれているようですから、妥当なところでしょう」

 そう言われても、全く嬉しくはない。
 私もプラクティカル様が狙う対象の一人なのだ。
 その事実に逃げ出したくなる。
 けど、それはできない。

 聖女様は私が逃げなくてすむためのモノをくれた。
 それがあるから逃げる必要はない。
 そして同時に逃げることはできない。
 逃げてしまえば、全てが台無しになるからだ。

「もう一人は教皇様です。この国は以前から政治に教会の意見を取り入れていましたから、これは妥当だと考えます」
「ええ。私もそう思いますよ」

 プラクティカル様は笑顔だ。
 教会ならば、多額の寄付金でもすれば、自分の言いなりになるとでも思っているのだろうか。
 その可能性も無くは無いが、今の教皇様であれば可能性は低いだろう。
 今の教皇様は、国民のことを大切にしている。
 だからこそ、聖女様の作った書類にもサインをしたのだろう。
 もし、権力にこだわる人なら、サインをするわけがない。
 サインをする前の方が、自身が持つ権力の割合が大きいのだから。

「最後の一人は誰ですか?軍部の最高責任者ですか?」
「いいえ。軍部の人間に権力を与えると、暴力により自分に賛同させる人間が現れる可能性があります。そのため、軍部の人間に議決権は与えていません」

 そう言いながら、ちらりとプラクティカル様の後ろにいる兵士達に視線を送る。
 私からの、せめてもの皮肉だ。

「ふふっ、なるほど」

 しかし、プラクティカル様は余裕を崩さない。
 当然だろう。
 自分が有利な立場にいると思っているのだ。
 その余裕の表情を崩したい。
 その想いで、勇気を振り絞る。

「それでは、誰でしょう?あなたと同じ大臣の一人ですか?それとも、商人の代表でしょうか?」

 プラクティカル様が推測を口にする。
 誰だったとしても、取り込む自信があるのだろう。
 それは、金銭かも知れないし、暴力かも知れない。
 いずれにしろ、手段は選ばないつもりなのだろう。
 だけど、残る一人は、それらが通用しない相手だ。
 それを告げる。

「残る一人は、」

 祈るように、私は彼女の名前を口にする。

「『この国の』聖女様である、シンデレラ様です」
「なっ!?」

 プラクティカル様が驚きの声を上げる。
 自分の国に逃げ帰ったと思っていた相手だ。
 予想外だったのだろう。
 そのことに、少しだけ気分が晴れるが、続く怒声にそんな気分は吹き飛ぶ。

「どこが、この国に属する人間だ!他国の人間だろうが!」

 丁寧な口調も温和な表情も崩れている。
 それだけ、プラクティカル様にとって、望ましくない名前だということだろう。
 当然だ。

 アーサー様。
 教皇様。
 そして、私。

 その三人は、よほどのことが無ければ、聖女様に賛同する。
 つまり、これですでに議決権は四つ。
 さらに、ファイファー様とフィドラー様も賛同する可能性が高い。
 ようするに、最初からプラクティカル様が議決権を四つ手に入れることなど、不可能なのだ。
 だけど、手段が全く無いわけではない。
 それは、先ほどの主張だ。

「これは実質的に、この国の王位が簒奪されたのと同じことだぞ!そんなことを許すのか!なにが議会制だ!そんなものは無効だ!」

 そう。
 いくら法律で定められた手順を踏んだとしても、国が崩壊するような決定なら、強引に覆すことはできる。
 戦争やクーデターを起こすことによってだ。
 正当な大義名分があれば、国民も納得せざるを得ないだろう。
 けど、聖女様がそんな可能性をみすみす見逃すはずがない。

「プラクティカル様、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!これはアヴァロン王国からの侵略だぞ!」

 自分の行おうとしていることを棚に上げて叫ぶプラクティカル様。
 まるで、自分の国が侵略されているような物言いだが、この国は彼のものではない。

 ・・・・・

 だけど、考えてみれば、この国は似たような状況なのかも知れない。
 聖女様の手に渡るか、プラクティカル様の手に渡るか。
 それだけの違いしかないのかも知れない。
 だけど、それならそれでかまわない。
 せめて、この国をよい方向へ向かわせてくれそうな相手に手渡すだけだ。

「落ち着いてください。聖女様は議決権を持っていますが、それを他の人間に委譲しています」
「・・・なに?」

 私の言葉に、聞く態度を見せるプラクティカル様。
 聖女様が権力を放棄したと知って、まだ自分の側を有利にできる可能性があると考えたのだろう。

「プラクティカル様の言うことはもっともです。聖女様もそういう『誤解』を受ける可能性を認識していました。だから、責任の一端を引き受けるために議決権を持ちましたが、他の人間に委譲したのです」
「ふんっ!『誤解』ね。まあ、いい。それで、委譲されたのは誰だ」

 苛立ちを隠そうともしていない。
 これが彼の本性か。
 けど、本性を見せたということは、底を見せたということだ。
 私は今までほど、彼に怖れを抱くことがなくなっている自分に気付く。

「私です。私が聖女殿に議決権を委譲されました」

 つまり、私が議決権を二つ持っていることになる。

「ふぅん。ヒルダ殿がね」

 蛇に睨まれた気分になった。
 プラクティカル様の狙いは私に定まったようだ。
 当然だろう。
 私を取り込んでしまえば、自分の思い通りにするための議決権が全て揃うのだ。
 私は取り込まれるつもりはないが、言うことを聞かなければ、殺して他の人間と入れ替えてもよいとでも考えているに違いない。
 実際、そうなる可能性が高い。
 もし、聖女様からいただいたモノが無かったとしたらの話だが。

「ただし、これは永遠のものではありません。私が死んだ場合、議決権は聖女様に戻ります。そして、聖女様が認めたこの国の人間に、改めて委譲されることになります」

 この条件だ。
 この条件が聖女様からいただいたモノであり、私を護る盾になる。
 プラクティカル様は、私が教えた条件を頭の中で理解しようとしているようだ。
 この条件がどんな意味を持つのかを理解しようとしているのだ。
 そして、理解ができたのだろう。
 悔しそうに顔を引き攣らせ、黙り込む。

 つまり、プラクティカル様は私を殺して代わりの人間に置き換え、その人間を取り込んだとしても、必要な数の議決権は手に入らない。
 さらに、教皇様に対しても同じことをすれば、必要な数は揃うだろうが、その前に教皇様が聖女様に助けを求めるだろう。
 それを回避するためには、私と教皇様を同時に殺すしかない。
 そこまでされたら、さすがにどうしようもない。

 でも、そこまで行ったとしても、議決権はギリギリなのだ。
 聖女様がアーサー様、ファイファー様、フィドラー様と協力すれば、同数の議決権が揃う。
 だから、そこまでする可能性は低いと思う。
 そこまでするくらいなら、戦争かクーデターを起こした方が早いだろう。
 だけど、クーデターを起こすには、それを国民が望んでいることが必要だ。
 そして、国民がプラクティカル様が王になることを望む可能性は低い。

 ふぅ。

 気付かれないように、そっと安堵の息を吐く。
 説明は終わった。
 聖女様のおかげで勝ちの確定している交渉だとしても、不測の事態というのは起こり得る。
 でも、どうやら無事に終わりそうだ。
 そう思ったときだった。

「・・・・・・・・・・ここまでですね」

 その声は、謁見の間によく響いた。
 私は、その声が思い出せなかった。
 長く聞いていなかった。
 だから、咄嗟に思い出せなかった。

 すっ・・・・・

 声の主は、静かに玉座から立ち上がる。
 そして、プラクティカル様に背後から近づく。
 悔しさで注意力が散漫になっていたプラクティカル様は、肩に手を置かれて初めて気づいたようだった。
 そして声の主は、そのままプラクティカル様の首に顔を寄せる。

 キスをしているのだと思った。
 状況もわきまえずに、身を寄せ合っているのだと思った。
 それが間違いだと気付いたのは、プラクティカル様の首筋から赤い筋が垂れたときだった。

「エ、エリザベート王女・・・こんなときに・・・」
「・・・・・」

 プラクティカル様の首筋に顔を寄せる人物。
 エリザベート王女は、かまわずに血を啜り続ける。
 まるで、上等なワインを楽しむように、ゆっくりと、しかし途切れることなく、啜り続ける。
 それを受け入れるように血を吸われ続けていたプラクティカル様だったが、恍惚の表情を浮かべたかと思うと、膝から崩れ落ちる。

「・・・・・ごちそうさま」

 何が起こったのか分からなかった。
 エリザベート王女は自失の状態にあったはずだ。
 謁見の間に姿を現したときも、表情はなく、瞳も焦点が定まっていなかった。

「ヒルダ」

 エリザベート王女の口の端から、赤い雫が垂れる。
 それに気づいたエリザベート王女は、はしたなく舌で舐めとると、喉を鳴らして嚥下する。

「ヒルダ」

 名を呼ばれた。
 それを理解したとき、私は反射的に返事をしてしまっていた。

「は、はいっ!」

 まるで忠実な部下のように、ただ反射的に返事をしてしまう。
 プラクティカル様と対峙していたときでさえ、こんなことは無かった。

「議会制になったという話は理解したわ。けど、議決権を持つ人間は変更よ。バビロン王国の王族の分はプラクティカル様の妃である私、シルヴァニア王国の王族の分は私の娘にしてちょうだい」

 そう言って、エリザベート王女は、自分の下腹に愛おしそうに手を当てる。

「わ、わかりましたっ!」

 再び、反射的に頷いてしまう。
 エリザベート王女の真っ赤な唇から零れた言葉が耳に入ると、逆らうことができない。
 まるで、物語に出てくる吸血姫に魅入られてしまったかのようだ。

「(聖女様)」

 私は救いを求めて、遠い地にいる聖女様に祈ることしかできなかった。
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