シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第八章 北風と太陽

129.荷物の行方

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「ふぁあ・・・」

 目が覚めたばかりだというのに、欠伸が出る。
 まだ少し、身体が怠い。
 大きな口を開けて、空気を吸い込む。
 ずいぶんと喉が渇いている。
 まるで、何日も飲まず食わずで歩き続けたときのようだ。
 あれはアーサー王子から逃げて、森の中を歩いていたときだったろうか。

「シンデレラ!目が覚めたのか!」

 うるさい。
 というか、ついこの間も似たようなことがあった気がする。

「私、なんで寝ているんだっけ?」

 ベッドで目覚めた記憶はある。
 けど、再びベッドに入った記憶がない。
 目覚めたことが夢?
 そう疑問に思うけど、違う気がする。
 メフィに『お願い』をした記憶はある。
 メフィへする『お願い』は忘れないようにしている。
 それが私の責任だと思っている。

「あの部屋で倒れていたんだよ。まだ、毒の影響が残っているんじゃないの?それとも、倒れた人達を・・・・・弔ったことが、心の負担になっているんじゃないの?」

 アーサー王子が心配そうに、こちらを覗き込んでくる。
 『弔った』という言葉が出るということは、私がしたことは夢じゃなかったようだ。
 でも、心配してもらう必要はない。
 毒の影響も、心の負担もない。
 倒れた原因は分かっている。

「寝起きに何も食べずに動いたから貧血が起きただけよ」

 ・・・・・

「はい、聖女様、あーん」
「あの、自分で食べられるけど」

 リンゴがスプーンを口元に持ってきてくれる。
 場所はベッドの上。
 まるで重病人みたいな扱いだ。

「ダメです。お倒れになられたんですよ。ご自愛ください」
「・・・あーん」

 ぱくっ。

 爽やかな酸味と甘さ。
 そして、優しい口触り。

「おいしいわね、コレ」
「林檎をすったものです。子供のときに風邪をひくと、よく親が食べさせてくれました。これを食べると、どんな病気も治る万能薬なんですよ」

 おいしいのは確かだ。
 そして、林檎は栄養もある。
 すれば、吸収もよくなるだろう。
 けど、万能薬は言い過ぎだ。
 私は一応、薬学の知識を持っている。

「早く元気になってくださいね」

 でもまあ、わざわざ言わなくてもいいか。
 薬が貴重な農村などでは、栄養はなによりの薬だと思う。
 そういう意味では、間違っていなくもない。
 けど、この状況は過保護すぎじゃないだろうか。
 私は別に重病人じゃない。

「お腹が空いて貧血になっただけで、もう元気よ」
「ダメです。しばらく、静養してください」
「適度に身体を動かした方がいいんだけどな・・・」

 心配をかけてしまったのだろう。
 毒を受けて寝込んだ後、起きたと思ったら、また倒れたのだ。
 その事実だけ聞くと、毒の影響が残っていると考える人間もいるだろう。
 大人しく寝ていた方がよさそうだ。

「まあ、静養するのはいいわ。けど、気になることがあるのだけど」
「なんでしょう?」
「部屋のすみに置いてあるアレは・・・」

 コンコンッ。

 あれは何かと聞こうとしたところで、部屋の扉がノックされる。
 訪ねてヒルダだ。

「聖女様、倒れられたと聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「みんなが過保護なだけ。なんともないわ」

 そうだ。
 ちょうどいいから、ヒルダに聞くことにしよう。

「ねえ、ヒルダ」
「なんですか、聖女様?」
「部屋にすみに置いてあるアレ。なんだか知っている?」
「知っていますよ」

 知っているらしい。
 なら、教えてもらおう。
 最初に目覚めたときは気づかなかったんだけど、部屋のすみに大量の荷物が置かれている。
 それが気になって仕方がないのだ。

「アレは貴族達からの贈り物ですね」
「貴族達?」
「国の上層部が軒並みいなくなりましたからね」
「ああ、そういうこと」

 つまり、その椅子を狙っている連中が、一時的に国の代表になった私に献上してきたわけか。
 マメなことだ。
 けど、私はその椅子に座る人間を選ぶ気はない。
 だから、アレは受け取らない方がいいだろう。
 別に受け取ったからといって必ず願いを叶えなきゃならないわけでもないから、受け取っても問題はないのだろうけど、かさばるし。

「全て売り払ってお金に変えてから、教会にでも寄付しておいて」
「わかりました」

 返すのも角が立つだろうし、物として残しておくのも妙な憶測を呼びそうだから、そう指示しておく。
 貴族からの贈り物は、これでいいだろう。
 でも、まだ気になるものがある。

「なんで野菜まであるの?アレも貴族からの贈り物?」

 だとしたら、かなりの変わり者だと思う。
 むしろ、お金をかけずに、栄養を取って欲しいという意味だとしたら、好感すら持てる。
 でも、そうじゃないみたいだ。

「アレは平民からのお供え物ですね」
「・・・・・お供え物?」

 なにか妙な言葉が聞こえた気がする。
 普通、お供え物って、神様とかにするものじゃないだろうか。

「聖女様が助けた侍女のことを覚えていますか?襲撃のあった夜に、聖女様と同じように、毒に倒れた侍女のことです」
「覚えているけど」
「彼女は受けた毒が少量で聖女様より早く回復しました」
「それは、なによりだけど・・・それで?」

 なんだろう。
 良い事のはずなんだけど、なんだか嫌な予感がする。

「彼女は敬虔な信者だそうで、毒から回復した直後にも関わらず、毎日教会に祈りに行っていたそうです」
「ふーん」
「自分を庇って倒れた聖女様が早く目覚めますように、と」
「別に侍女を庇って毒を受けたわけじゃないけどね」

 襲撃者に対処しただけだ。
 私がファイファーの部屋に着いたとき、すでに侍女は倒れていた。
 状況的に私が庇ったと言えるのは、ファイファーだろう。
 まあ、感謝してくれる分にはいいんだけど。

「他国の人間が毎日祈っていたから目立ったのでしょう。教皇様が声をおかけになられまして」
「うん?」

 なんだか話が妙な方向になり始めた。

「自分より身分の低い、しかも他国の人間を庇った聖女様の行動を知ったそうです」
「・・・・・」
「そして信者達に、慈悲深く心優しい聖女様の無事を祈りましょうと、そう話して回ったみたいですね」

 私は頭を抱えた。
 何をやってくれているんだ、あの侍女。
 そして、教皇も。

「信者達はもともと聖女様に感謝していましたから、教皇様のお話を聞いて祈ったそうです。聖女様が豊作をもたらしてくれた野菜などをお供えして」

 恩を仇で返されたような気分だけど、返してくれた本人からすれば、感謝からの行為なのだろう。
 だから、逆恨みしてはいけないのは分かる。
 分かるけど、釈然としない。
 私の知らないところで、私に対する認識が、どんどん聖女様とやらになっていっている気がする。

「・・・野菜は炊き出しにでも使っておいて」

 貴族達からの贈り物と違い、野菜の方は売り払って教会に寄付というわけにはいかないだろう。
 なにせ、その教会に供えられたものだ。
 供えた人間に返すというのも現実的に不可能だから、せいぜい有効に活用させてもらうことにする。

「わかりました」

 ヒルダは先ほどと同じように私の指示に素直に返事をする。
 けど、それから、くすっと笑ってきた。

「なによ?」
「いえ、聖女様の評判がますます高まるだろうな、と思いまして」
「・・・・・」

 教会への寄付に、炊き出し。
 ヒルダの言いたいことは分かる。
 けど、他にどうしろというのだ。
 贈り物のせいで部屋は狭くなっているし、野菜を腐らせるのも、もったいない。
 有効な目的に使って処分するくらいしかないだろう。

「まさか、そうさせるために、あんな場所を取る邪魔なものを、わざわざ私の部屋に積んでおいたんじゃないでしょうね」
「それこそ、まさか、ですよ」

 私は疑惑の視線を向けるけど、くすくす笑いながら、ヒルダは否定してくる。
 まあ、私も本気で疑っているわけではないけど。

「聖女様が目覚めるまで、皆様が心配されていたのは本当なのですよ。無事を願う声が届くように、聖女様の近くに置いておいたのです」
「・・・まあ、いいわ。けど、もう目覚めたんだから、貴族からの贈り物はいちいち私の部屋に届けないで、さっき言った方法で処分しておいてね」
「それはかまいませんけど、本当によろしいのですか?宝石が散りばめられた装飾品など、場所を取らず、高価なものもありますよ」

 ヒルダの言葉に少し考える。
 けど、それが必要になりそうな場面が思い浮かばない。
 あまり魅力を感じないな。

「身につける機会なんて無いし、食べるのに困ったら狩りで獲物を獲れるしね」
「・・・聖女様って、アヴァロン王国の王子である、アーサー様の婚約者じゃありませんでしたっけ?」
「そうだった気もするわね。それが何か?」
「・・・いえ、別に」

 なんだかヒルダが呆れたような顔をしている。
 でも、それ以上は何も言ってこなかったから、大したことじゃないんだろう。

「欲しいなら、何個かくすねても何も言わないわよ」
「そんなことしませんよ。アレは聖女様に贈られたものです。それをくすねたら、バチが当たります」

 バチが当たるって、私は神様か何かだろうか。
 まあ、夜這いをしてきたブタファイファーに呪いをかけたことはあるけど、あれはあまり効果がなかったしな。
 本人がブタ被虐趣味だったせいで。
 もう色々と面倒になってきたから、判断はヒルダに任せることにする。

「要らないって言うなら無理には勧めないけど、自分の懐に入れるだけが使い道じゃないでしょ。必要な分は取っておきなさいよ」

 私がそう言うと、ヒルダが真面目な顔になって姿勢を正す。

「・・・感謝いたします」

 ヒルダが深く頭を下げてきた。
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