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第七章 狼と三匹の豚

120.豚との交渉(その8)

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「一人分を金貨10枚です。ただし、解毒薬を作る試みを続けるなら、お譲りすることはできません。目覚めさせた直後に命を落とすようでは、無駄になりますから」
「作り方を教えてはもらえないのですか?」
「魔女の秘術で作られているので、私も知りません。知っていたとしても、魔女ではない人間には作ることができないそうです」

 我儘な子供のように解毒薬の作り方を訊いてくるプラクティカルを、どうにか納得させる。
 ちなみに、『魔女の秘術』というのは、でたらめだ。
 解毒薬を作った師匠は魔女だけど、解毒薬を作るのに必要なのは、薬学の知識と技術だ。
 だから、作り方を詳しく教えてもらえば、私にも作ることはできると思う。
 でも、それを言うつもりは無い。
 プラクティカルは、可能性があると知れば、必ず試そうとするだろう。

「そうですか。それなら、仕方ないですね。先ほどの価格で解毒薬を譲ってください」
「・・・・・わかりました」

 もし、これが薬の代金を安くするための交渉だというなら、素直に騙されておくつもりだ。
 他国の騎士とは言っても、見殺しにするのは後味が悪い。
 護衛という役目に就いた騎士にとって、死ぬということは、場合によっては任務の一環ではある。
 けど、プラクティカルの実験台になるのは、任務ではないだろう。

「用件はそれだけですか?」

 私はプラクティカルに尋ねる。
 他に用件が無いのなら、とっととお茶会をお開きにするつもりだ。
 このバカと一緒にいると、気分がよくない。
 まるで、駄々っ子を相手にしているようだ。
 子供ならば、それも可愛いだろう。
 けど、大人だと見苦しいだけだ。

「もう一つあります」

 しかし、プラクティカルはまだ要求があるようだ。
 あまり聞きたくはないのだけど、聞かなくちゃならないだろう。
 そうでないと、何をやらかすか、分かったものではない。

「エリザベート王女を見舞いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「エリザベート王女?」

 正直に言うと、意外な言葉だった。
 いや、誕生パーティーのときに言い寄っていたのだから、プラクティカルがエリザベート王女に執着していたとしても不思議ではない。
 けど、見舞うことの許可を私に求めてくるのが、意外だったのだ。

「なぜ、私に確認するのですか?ヒルダに確認するのが筋でしょう」
「そうなのですか?聖女殿がシルヴァニア王国の女王に就くという噂を聞いたのですけど」

 私はファイファーを、ちらりと見る。
 視線に気づいたのか、うんうんと頷いている。
 違う。
 私が期待しているのは、そういう反応じゃない。
 でも、あの反応をみると、私を女王に担ぎ上げようとしているわけじゃないようだ。
 だとすると、ファイファーが違う意味で私を女王と呼んでいることが変な噂になっているか、もしくは、

「どうも違ったみたいですね。失礼しました。ヒルダ殿に確認することにします」
「・・・ええ。そうしてください」

 鎌をかけられたか。
 やっかいだな。
 バカなくせに、こういう駆け引きをしてくるのか。

 *****

 プラクティカルが去ったのを確認してから、私は溜息をつく。

「なんだ、あいつは!自らの騎士をなんだと思っている!」

 突然、叫び声を上げたのはフィドラーだった。
 いや、突然ではないのだろう。
 表情を見れば分かる。
 プラクティカルが立ち去るまで、我慢していたのだろう。

「フィドラー殿、落ち着け」
「落ち着いている!」

 ファイファーがなだめるが、フィドラーの怒りは治まらないようだ。

「聖女殿の手前、先ほどは我慢したが、騎士達を実験台にするような奴は気に入らない!」

 どうも、我慢していたのは、私のためだったらしい。
 まあ、あの場でフィドラーが騒ぎ出していたら、プラクティカルには解毒薬を渡さない結果になっていたかも知れない。
 そうなれば、困るのはプラクティカル本人じゃなくて、倒れている騎士達だ。
 だから、怒りを抑えてくれたのは、ありがたい。
 フィドラーは、怒りの矛先を間違えないだけの知性はあるようだ。

「シンデレラ、あの様子だとプラクティカル殿はエリザベート王女に会いに行くつもりみたいだけど、大丈夫?」

 アーサー王子が問いかけてくる。
 実はあまりよくは無い。
 まだ、少し早い。

「エリザベート王女のお世話はMMQがしているのよね?」

 エリザベート王女は、眠り薬で倒れてはいない。
 眠り薬を仕込んだ本人なのだから、当たり前だ。
 けど、私が『ちょっとした悪戯』をしたことにより、現在は自失の状態に陥っている。
 一人では食事も着替えもできないので、MMQが世話をしているはずだった。
 ただ、エリザベート王女の症状はあくまでも精神的なものだ。
 いつ自失の状態から回復してもおかしくはない。
 そのための準備は進めているけど、まだ完了はしていない。
 もし、準備が完了する前にエリザベート王女が自失の状態から回復すれば、ちょっと手荒なことをしなくちゃならなくなる。
 私とては、どちらでもいいんだけど、状況は把握しておく必要がある。

「ああ、今のところ、症状に変化はないようだよ」

 それを聞いて、まずは安心する。
 でも本当に気を付けなくちゃいけないのは、エリザベート王女が自失の状態から回復することじゃない。
 回復した後で、別の人間と手を組むことだ。
 彼女が主導権を握ったとしても、相手が主導権を握ったとしても、色々と面倒なことになる。

「なら、お世話をする人間を増やしましょう。私の娘達にも手伝わせるから、昼夜問わず、お世話をすることにするわ。プラクティカル様が本当にお見舞いをするだけならいいけど、素人判断の治療をされて、症状が悪化するといけないものね」

 とは言ったが、ようするに昼夜問わず監視するという意味だ。
 今までは、食事や着替えなどの世話をするついでに症状を確認するだけで、エリザベート王女の部屋の警備自体は兵士に任せていた。
 だから、MMQが目を離している時間帯もあった。
 その空白の時間帯を無くした方がよいと判断したのだ。
 私の意見に、事情を知っているアーサー王子は当然として、ファイファーもフィドラーも反対はしてこなかった。
 おそらく、言葉の裏に隠している意図には気づいていると思うけど、私に任せてくれるようだ。

「ところで、プラクティカル殿はどうするのだ?」

 ファイファーが尋ねてくる。
 『どうする』の指している意味を口には出さなかったけど、なにが言いたいのかは分かる。
 監視は必要ないのかと言っているのだろう。

「どうもしないですよ」

 私が言うと、フィドラーが不満そうな声を上げる。

「聖女殿、甘くはないか?あいつは、無邪気な子供が虫の翅を千切るように、人間を実験台にしそうな奴だぞ。子供は見張って、悪さをしたら躾けるべきだろう」

 フィドラーは、プラクティカルのことを、そう評価したか。
 でも、私は少し違う。

「無邪気な子供は、病人のお見舞いなどしませんよ。そういう行動をするのは、その状態や状況が持つ意味を理解している証拠です。そういう子供は、かくれんぼが得意でしょうね」
「・・・なるほどな」

 フィドラーは、あいかわらず不満そうだけど、感情的にはなっていない。
 私の言葉の意味を理解したようだ。

「隠れた子供を捜すコツは、むやみやたらと捜すのではなく、興味を持ちそうな場所を捜すことですよ」
「いいだろう。聖女殿に任せよう」

 プラクティカルは、考え無しな行動をしているように見えて、そうじゃない。
 おそらく、目的があり、それを果たすために行動しているはずだ。
 こちらに被害の及ばない目的なら放置するけど、そうじゃないなら、それなりの対処をさせてもらう。
 だから、エリザベート王女の『お世話』を強化したのだ。

「お茶会という気分でも無くなったわね。今日は解散しましょうか」

 もちろん、気分の問題じゃない。
 色々と対策をおこなうためだ。

 *****

「ふぅ・・・」

 ぽふんっ、とベッドに横になりながら、息を吐く。

「・・・メンドクサイ」

 私にあてがわれている部屋は、そこそこ上等な部屋だ。
 たぶん、王族が使うような部屋だと思う。
 こんな広い部屋にいても空間を無駄にしているだけなんだけど、ベッドが柔らかいのは、そこそこ気に入っている。
 最初の頃は、身体が沈み込むくらい柔らかいせいか、川で溺れる夢を見たこともあったけど。
 人目が無いのをいいことに、ベッドの上でゴロゴロと転がる。

「ドレスのままベッドに横になっては、皺になりますよ」

 と思っていたら、人目があった。

「メフィ」

 いや、先ほどまでは確実に人目は無かった。
 誰かがいれば、部屋に入ったときに分かる。
 扉が開いた音もしなかった。
 隠れていたのでなければ、さすがに気づくだろう。
 けど、別に驚くようなことじゃない。

「なんだか、ひさしぶりの気がするわね」

 アヴァロン王国にいた頃は、同じ部屋で寝泊まりしていた。
 けど、シルヴァニア王国の城に滞在するようになってから、メフィは別の場所で寝泊まりしているようだ。
 私はメフィの保護者というわけでもないし、好きにさせている。

「最近は胸枕のお世話になっておりますからな」

 前も聞いた気がするけど、胸枕ってなんだろう。
 あまり、つっこまない方がいいのかな。

「今日は何か用事?」

 とりあえず、胸枕には触れないことにした。
 和気あいあいと雑談するって仲でもないし、用件を尋ねることにする。

「別に用事などありませんよ。ただ、観客としては演劇の見せ場を見逃すわけにはいきませんからな」
「・・・・・」

 もしかして、ヒントのつもりかな。
 もしそうなら、わざわざ今のタイミングに来たことに意味があるのだろうか。
 だとすると、キーパーソンはプラクティカルかエリザベート王女か。
 まあ、今日のお茶会を思い返せば、何かが起こっても不思議ではない。
 けど、

「悪いけど、見せ場はもう少し後だと思うわよ」
「ほう?」

 あの二人は、私にとってのキーパーソンじゃない。
 そうだ。
 よく考えたら、最近、私は働き過ぎじゃないだろうか。
 必要なことだったとは思うけど、必要じゃないことまで頑張らなくてもいいと思う。
 そう考えたら、メンドクサイという気持ちが少し軽くなった気がする。

「あなたらしい顔つきになってきましたな」
「え?」

 気が緩んだせいか、メフィの言葉を聞き逃した。

「楽しみにしておりますよ」

 そう言うと、メフィはとっとと扉から部屋を出ていく。

「・・・・・なんだったんだろ?」

 助言というわけではないと思う。
 メフィが私に助言をする理由なんかない。
 けど、意味の無い言葉だったとも思えない。
 メフィは無意味なことを言わないし、しない。

 ・・・・・

 でも、あまり深く受け取るのは止めておこう。
 昔から、メフィみたいな存在が、人を惑わす言葉を囁くのは、お約束みたいなものだし。
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