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第七章 狼と三匹の豚

119.豚との交渉(その7)

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「あの、フィドラー殿、そこで見ていられると仕事に集中できないのですが・・・」
「いいじゃないか。邪魔をしているわけじゃないだろう」

 むず・・・。

「物理的に邪魔になっていなくても、精神的に邪魔になっているんです」
「人に見られたくらいで集中を乱すなど、鍛錬が足りないのではないか?オレが鍛えてやろうか?」

 むずむず・・・。

「今は仕事中です」
「なら、それまで待っていよう」

 むずむずむずっ。

「フィドラー殿、距離が近いです。あちらに座っていてください。いえ、そこにいても暇でしょう。どこかに行ったらどうですか」
「オレはおまえを諦めたわけじゃない。口説くために近くにいるのは当然じゃないか」

 先ほどからアーサー王子とフィドラーが、イチャついている。
 それを見ていると、なぜかお腹の下あたりが、むずむずする。
 そのせいで、どうも私も仕事に集中できない。

「女王様、あの二人は仲が良いようだ。どうだ、我らも鍛錬場にでもいかないか?我は抵抗しないから、存分に踏んでくれてかまわない」
ファイファー様ブタは、黙っていてください黙ってろ

 私、アーサー王子、ファイファーの三人で仕事をしていたときは、私一人で仕事をしていたときの数倍の効率が出ていた。
 それが、フィドラーが執務室に顔を出すようになって、一気に低下してしまった。
 用事も無いのに来ることも鬱陶しいんだけど、毎回アーサー王子とイチャつくものだから、気になってしかたがない。
 なんかこう、むずっとするのだ。

「失礼します」

 仕事の効率も悪いし、休憩でもしようと思っていたところで、扉がノックされてヒルダが入ってきた。
 彼女は午前に1回、午後に1回、ここに訪れる。
 こちらが処理した分の書類を持っていくためだ。

「・・・見事な逆ハーレムを築かれていますね、聖女様」

 入ってくるなり、部屋の惨状をみて、そんなことを言ってくる。

「そう見えたのなら、眼を取り換えた方がいいわね。私が抉ってあげましょうか?大丈夫よ、代わりにガラス玉を入れてあげるから。そっちの方がよく見えると思うの」

 女一人に男三人。
 もしそうだとしてら、逆ハーレムに見えても仕方がないだろう。
 けど、実際には違う。
 ここにいるのは、女一人と男一人、そして被虐趣味の豚と男色家の豚だ。

「いえ、けっこうです。ですが、王位に就けば逆ハーレムを築くのも不可能ではありませんよ。どうです?このまま女王になっていただくというのは?」
「逆ハーレムを築くつもりもないし、女王になるつもりもないわ」
「そうですか、それは残念です」

 もともと冗談だったのだろう。
 ヒルダは、さして残念でもなさそうに、そう返してきた。

「それでは、こちらはいただいていきます」

 処理した書類を持って、ヒルダが執務室を出て行く。
 フィドラーが来る前はヒルダが処理しきれない量の書類を処理できていたんだけど、フィドラーが来てからは私達が処理する量とヒルダが処理する量が釣り合っているようだ。
 なんだか負けた気がする。

 *****

 アーサー王子とフィドラーのイチャイチャに心を乱されながらも、なんとか仕事を進めることができた。

「そろそろ、お茶にしましょうか」

 仕事のきりはよいし、喉も乾いたし、ちょっと長めの休憩を取りたくなった。
 お茶会を提案するけど、基本的に反対する人はいない。
 執務室にいる人は、私の手伝いをしてくれているからだ。
 私が仕事をしていないなら、その人も仕事をする理由は無いだろう。
 別に進めてくれてもいいんだけど、さすがに私もそんな図々しい要求をするつもりはない。
 そんなことを考えていると、都合よりスモモが執務室の扉をノックして入ってきた。

「スモモ、ちょうどよかった。お茶会の準備をお願いできる?」
「かしこまりました。それと、ご報告があります。面会の申し込みです」

 ・・・・・

「プラクティカル様よね?」
「はい」

 これから休憩しようと思っていたところへ、狙ったようなタイミングでの面会の申し込み。
 八つ当たりだと分かっているけど、イラッときた。
 本来、面会は事前に申し込むものだから後日にしてもいいのだけど、ファイファーとフィドラーとは当日中に面会している。
 プラクティカルだけ後日にすると、そのことが知られたときに機嫌を悪くするかも知れないな。
 王族はプライドが高いから、どうでもいいことでへそを曲げる可能性がある。

「・・・お茶会にお招きして」
「かしこまりました」

 まあ、いいや。
 これで、三人目。
 つまり、最後の交渉相手だ。
 とっとと、終わらせてしまおう。
 確かプラクティカルは性格の穏やかそうな男性だった。

「・・・・・」

 私は無意識のうちに、楽そうな相手だと考えていることに気づいて、気を引き締める。
 忘れちゃいけない。
 見た目は温厚そうでも、彼はファイファーやフィドラーと同じく、シルヴァニア王国に賠償を求めようといていたのだ。
 ただのお人好しであるわけがない。
 逆に温厚な仮面の下で、どんな表情をしているのか分からない。

「じゃあ、行きましょうか」

 私は執務室を出て、お茶会の席に向かう。
 お茶会に参加するか?とは訊かなかったけど、アーサー王子もファイファーもフィドラーも、三人とも当然のようについて来た。

 *****

 お茶会にやってきたプラクティカル様は、私達を見ると少し驚いた表情になった。

「お招きありがとうございます。皆さん、ご一緒なのですね。もしかして、私だけ仲間外れにされていたのでしょうか?」
「仲間外れだなんて、とんでもありません。皆さんがいるのは、『たまたま』です」

 自分で言いながら、白々しい話だと思った。
 『たまたま』で各国の王子が集まっているわけがない。
 そもそも呼ばれもしないのに、他国の人間がお茶会にいるわけがない。
 絶対に事前に話し合いか何かをしていたと思うだろう。
 けど、それならそれで、かまわない。
 他の国と協力して私に圧力をかけようとしても、無駄だという牽制にもなる。

「『たまたま』ですか。なら、今度『たまたま』皆さんが集まる機会があったら、私も呼んで欲しいものです」
「用事もないのに、他国の王子様をお呼びするなど、失礼にはなりませんか?」
「お気になさらないでください。交流を深めるのも大切でしょう」
「そうですか。なら、『たまたま』集まる機会がありましたら、お呼びしますね」

 白々しい会話をしながら、私は考える。
 執務室に集まっているのは、『たまたま』じゃなくて必然だ。
 だから、呼ばなかったとしても、約束を破ったことにはならないだろう。
 どうするかは、この後の交渉しだいかな。

「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」

 お茶会に招いたけど、お茶会を開きたいと言われたわけじゃない。
 単刀直入にプラクティカルに尋ねる。
 まあ、用件の一つは予想がついている。

「騎士達を起こす解毒薬が欲しいのです」

 予想通りの要件だ。
 ここまでは、ファイファーもフィドラーも同じだった。
 けど、二人の要件はそれだけで終わらなかった。
 プラクティカルの用件にも続きがある可能性がある。

「そうですか・・・それで?」

 まだ、プラクティカルの『欲しい』という気持ちを聞いただけだ。
 私に対して何かを要求されたわけじゃない。
 そこは間違えちゃいけない。

「作り方を教えてはもらえませんか?」
「・・・・・」

 ふぅん。

「効果が出なかったのですか?」
「はい。作ろうと試みたのですが、上手くいかなかったのです」

 なるほど。
 『試みた』ね。
 そうなんだ。
 現物でいいなら、私から手に入れるという方法があるのに、試したんだ。

「私も詳しくは知りませんけど、アレは毒というよりも身体の活動を低下させる薬なので、通常の解毒薬は効かないらしいですよ。薬を使われた人間は、いわば冬眠しているようなものです」
「そうなのですか」

 興味深そうに私の話を聞くプラクティカルだけど、それが意味していることが分かっているのかな。
 ちらりと他の三人を見ると、あまり表情が変わっているようには見えない。
 けど、注意してみれば分かる。
 アーサー王子は、少しだけ眉を潜めているように見える。
 ファイファーは、少しだけ不機嫌そうに見える。
 フィドラーは、少しだけ怒りを感じているように見える。
 感情は違っても、それぞれ部下を大切に思っているのだろう。
 それに対して、プラクティカルはどうかな。

「そうなのですよ。だから、その状態で投与された薬は、目が覚めたときに効いてくる可能性があります」
「難しいものですね。目覚めさせようとして投与した薬が、目覚めるまで効かないなんて」

 まあ、そうなんだけど、問題は投与した薬が効くタイミングじゃない。
 投与した薬が、どんな効き目を表すかだ。

「その通りです。だから、その試みはすぐに止めてください。解毒薬はお譲りしますから」

 おそらく、プラクティカルのバカは、目覚めないからといって、色々な薬を投与したのだ。
 そんな状態で目覚めさせたら、複数の薬が影響しあって、下手をすれば命に関わる。
 顔を名前もろくに知らない騎士達だけど、それはあまりにも不憫だ。
 だから、私は解毒薬を提供することを提案する。
 しかし、プラクティカルは、それに素直に頷かない。

「でも、以前のお話では、解毒薬はすぐにはできないのでしょう?私はなるべく早く騎士達を目覚めさせてあげたいのです」

 一見、騎士想いの言葉にも聞こえる。
 けど、そうじゃない。
 このバカは、解毒薬を作る試みを止めないと言っているのだ。
 それが、どれだけ危険なことか分かっているのだろうか。
 分かっていないのだとしたら、自覚なく人を実験台にする危険人物だ。
 分かっているのだとしたら、犠牲を出すことを躊躇わない危険人物だ。
 どちらにしても、こいつは危険だ。
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