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第七章 狼と三匹の豚

117.豚との交渉(その5)

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「シンデレラ、大丈夫!?」
「聖女様、申し訳ありません!殺気が無かったので、咄嗟に反応できませんでした!」

 ファイファーのあまりの奇行に唖然としていたアーサー王子とミカンが、ようやく動き出す。
 私は床に仰向けに倒れているファイファーの股間をふにふにと踏みながら、自分のこめかみをぐりぐりとする。
 頭痛がしてきたので、ちょっとマッサージしたくなったのだ。

「大丈夫よ、アーサー。それと、ミカンも気にしなくいいわ。コレは人間じゃなくて豚よ。しかも、野生の獣じゃなくて家畜だから、殺気を放つはずも無いわ」

 私が二人と話していると、下からファイファーが割り込んでくる。

「我を豚とは失礼ではないか、女王様」
「何か不満?それと女王様と呼ばないで」
「おぅふっ!」

 ぐりっ!と捻りを加えながら、股間を踏む踵にかける体重を少し増やす。
 潰すとさすがにマズイので、ぎりぎりの力加減にしておく。
 けど、ファイファーの恍惚とした表情を見ていると、もう潰してもいいんじゃないかと思えてくる。
 もう本当にどうしよう。

「いい?今から足を離すけど、妙なことをしないでよ。もし勝手なことをしたら、今度は片方を潰すからね」
「うむ。受ける衝撃を想像すると魅力的ではあるが、二つしかないものだからな。大切にするとしよう。いや、しかし、二つあるのだから・・・」

 ファイファーはまだ何やらブツブツと言っていたようだけど、なんだか背中がぞわぞわしてきたから、とっとと足をどかす。
 ヒールの踵になんか変な菌でもついていないかな。
 もし、ついていたら、焼却処分するしかない。

「ファイファー、椅子に座りなさい。剥いた蜜柑があるから、食べるといいわ」

 もう、こいつは呼び捨てだ。
 立っていると、また私に襲い掛かってくる可能性があるから、とりあえず椅子に座らせる。

「おおっ、女王様が剥いた果実か。いただこう」

 なんか妙なところで喜んでいたけど、別に私が剥いたからといって味が変わるわけがない。
 アーサー王子が微妙に羨ましそうにしていたけど、スルーしておく。
 アーサー王子の手元には、本人が白い部分を綺麗に取り去った蜜柑があるし。

「えーっと・・・色々ツッコミたいことはあるけど、まずは私を女王様と呼ぶのを止めて」

 ファイファーにそう告げる。
 まずは、これだ。
 それでなくても聖女扱いされて仕事を押し付けられているのだ。
 この流れで本当に女王にでもされたら、たまったものじゃない。
 普通ならあり得ないことだけど、今のシルヴァニア王国の状況だと、あながちあり得ない話じゃないから怖いのだ。

「断る!それは我のプライドが許さん!」

 だというのに、ファイファーは訳のわからないことを言い出した。

「私を女王様と呼ぶことと、あなたのプライドになんの関係があるのよ?」
「そなたは、我を踏みにじることができる存在だぞ。ならば、王子である我より上の地位にいてもらわねば困る」
「知らないわよ、そんなこと」

 ダメだ。
 こいつには本格的に話が通じない。
 各国が集まっての会議のときは、もう少しまともそうだったのに。
 もしかして、私が変な扉を開けてしまったのだろうか。
 だとしたら、すぐにでも扉を閉めて鍵をかけたいけど、どうしたらそれができるのか分からない。

「ところで、女王様とアーサー殿は、毎日こうしてお茶会をしているのか?」
「ええ、そうよ」

 ファイファーの問いに答えてから、しまったと思った。
 次に言い出すであろう内容が、簡単に予想できる。

「我も参加させてくれ」
「ダメ。婚約者同士のお茶会に、お邪魔虫は必要ないの。ねっ!アーサー!」
「う、うんっ!」

 私の言葉にアーサー王子が嬉しそうな表情になる。
 利用したみたいで心苦しいけど、別に騙しているわけじゃない。
 これで諦めてくれたらよかったんだけど、ファイファーはしつこかった。

「女王様とアーサー殿が婚約者なのは知っているし、もうその間に割り込もうとは思わん」

 それは何よりだ。
 けど、次の言葉がダメだった。

「だが、女王様と我は、主人と下僕の関係だ。そこには、アーサー殿とて入り込めないだろう」
「うっ!」

 アーサー王子が痛いところを突かれたといった感じで呻く。
 でも、そこは呻くようなところじゃない。
 入り込んでどうするんだ。
 もし入り込んできたら、婚約を解消する自信がある。

「主人と下僕じゃないけど、どちらにしろダメよ。私とアーサーは仕事の合間の休憩としてお茶会をしているんだから」
「ならば、我も仕事を手伝おう。祖国では王である父の仕事を手伝っているから、役に立つことはできるはずだ」

 それでもダメと言おうとして、その提案の魅力に気付き、少し考える。
 アーサー王子が仕事を手伝ってくれるようになって、私の負担は半分になった。
 ファイファーが手伝えば、私の負担はさらに減るだろう。
 他国の人間に国を治める仕事を任せるのは危険なことだと思うけど、ここは私の国じゃない。
 例えば、ファイファーが野心を持っていて、この国を乗っ取ったとして、私は別に困らない。

「シンデレラ?」

 アーサー王子が、考え込み始めた私を見て、心配そうな顔をしている。
 先ほど二人の間に他人が入ることを嫌がった態度をしたのに、それを撤回するようで悪いけど、感情よりも実益を優先することにする。
 余裕ができて自由に行動できるようになるメリットは大きい。

「いいわ。仕事を手伝ってくれるなら、お茶会に参加するのを許可してあげる」
「うむっ!必ず役に立ってみせよう」
「シンデレラ・・・」

 ファイファーは喜び、アーサー王子は残念そうな表情になる。
 対照的な反応だ。
 けど、私がそう言うことを予想していたのか、アーサー王子は止めてくるようなことは無かった。
 理解のある婚約者で、ありがたい。

 *****

「まさか夕食前に仕事が終わるとは思わなかったわ」

 執務室の机の上にはまだ書類が積まれているけど、かなり低くなった。
 触ったら雪崩が起きそうだった頃とは段違いだ。
 仕事が完全に終わったわけじゃないけど、増えるより減る方が早いから、無理に夜遅くまで仕事をする必要はない。
 むしろ、あんまり頑張ると、私達が承認した書類を次に処理するヒルダが悲鳴を上げそうだ。

「お疲れ様」
「お役に立てたようで何よりだ」
「ええ、ありがとう」

 アーサー王子とファイファーに礼を言う。
 二人とも王族として教育を受けてきただけあって、仕事の効率が私とは段違いだ。

「では、今日のところは、我は戻るとしよう」
「明日もよろしくね」

 ファイファーが立ち去る。
 悔しいことに、変な性癖が出なければ、かなり役立つことが分かってしまった。
 私の中で、明日以降も仕事をお願いすることは決定している。

「シンデレラ、やっぱりファイファー殿に仕事を手伝ってもらうの?」

 アーサー王子が、あからさまに嫌そうな顔をしている。
 まあ、あの性癖を考えると私も嫌なんだけど、メリットとデメリットを天秤にかけた結果、メリットに傾いてしまったのだから仕方が無い。

「そんなに嫌そうな顔をしないの。春までじゃない」
「あ、春になったら戻る気はあるんだね」
「当たり前でしょ」

 私が告げると、アーサー王子の表情が晴れる。
 もしかして、このままシルヴァニア王国に居座るつもりだと思われていたのかな。
 そんな訳がない。

「今日はこれからどうするの?私はミカン達と一緒に夕食を食べるつもりだけど」

 話題を変える意味でも、仕事を切り上げる意味でも、そう尋ねる。

「そうなんだ。僕も一緒に食べていい?」
「いいわよ」

 普通、貴族というのは、メイド達と一緒に食事は取らないらしい。
 けど、一人っきりで食べても美味しくないし、自分が食べているのにメイドが食べないのは気を遣う。
 だから、私はメイド達と一緒に食べることが多い。
 アヴァロン王国でも、城の食堂でメイド達と一緒に食べていた。
 ただ、アーサー王子とはお茶会は一緒にしていたけど、食事はあまり一緒にしていなかった。
 口うるさい老人達が、私はともかく、メイド達と一緒に食事を取ることについて良い顔をしないからだ。
 今は他の国にいてうるさいことを言ってくる人間もいないから試しに誘ってみたら、あっさりと承諾した。
 もしかしたら、前から一緒に食べたかったのかな。

「じゃあ、行きましょうか」
「うん」

 私達は連れ立って、執務室を後にした。

 *****

 私、アーサー王子、ファイファー。
 その三人で仕事をするようになってから数日が経過した。

「聖女様」
「なに、アンズ?」

 今日の担当はアンズだ。
 けど、仕事中に話しかけてくるのは珍しい。
 間違いなく雑談じゃなくて、何かがあったのだ。

「面会の申し込みが来ております」
「誰?」
「フィドラー様です」

 二番目の交渉相手は、気性の荒そうな西の国の王子か。

「わかったわ。お茶会にお招きして」
「承知しました」

 ファイファーのときと同じように、お茶会で対応することにする。
 私が指示をすると、アンズは頷くけど、すぐに準備に出ていかない。
 なんだろう。
 他にも何かあるんだろうか。

「それと、その・・・」
「なに?」
「アーサー王子の同席も希望なされています」
「アーサーも?」

 私とアーサー王子は顔を見合わせる。
 まあ、連れていくつもりだったから支障は無いんだけど、わざわざ指名されたというのが気になる。
 アーサー王子は、エリザベート王女に言い寄っていたときのライバルでもないし、シルヴァニア王国とも関係ない。
 フィドラーとは接点が無さそうだけど、なんの用件だろう。

「どうする?」
「いや・・・一緒に行くつもりではあるけど・・・」

 アーサー王子も困惑気味だ。

「当然、我も行くぞ」

 フィドラーの要件を推測するのに忙しくて、来ても来なくても、どっちでもいい、ファイファーの言葉は、私もアーサー王子もスルーした。
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