シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第七章 狼と三匹の豚

115.豚との交渉(その3)

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 窓の外から微かに聞こえてくるのは、雪がしんしんと降り続ける音。

「・・・・・」

 私は自分が夢の中から少しずつ覚醒していくのを感じた。
 もう少し夢と現の間をさまよっていたい誘惑にかられる。
 けど、そういうわけにもいかないようだ。
 肌寒い。
 というか、寒い。
 そう思ったとたん、頬に冷たい感触がしてきた。
 ベッドの上ではあり得ない。
 清潔で気持ちのよいシーツと、羽毛が入っている布団なら、体温に馴染んで暖かさを保ってくれる。

「・・・・・はぁ」

 僅かに瞼を持ち上げると、見慣れた机の表面と積まれた書類が目に入ってきた。

「寝ちゃったのか」

 どうも、執務室でうとうととして、うたた寝をしてしまったようだ。
 仕事は終わっていないけど、どうせ同じ時間を寝るなら、ベッドに入って疲れを取りたかった。
 時間を損した気分だ。
 そう言えば、今日は・・・もう昨日だろうか・・・ファイファーのアホのせいで、必要以上に疲れた。
 うたた寝をしたのは、アレのせいだ。
 アレさえなければ、今頃はもうベッドの中で寝ていたはずだ。

 ・・・・・

 ダメだ。
 今から仕事をする気にはなれない。
 朝までどのくらい時間が残っているか分からないけど、少しでもベッドに入りたい。
 もう寝ることにする。
 そう思って上半身を起こす。

「っ!」

 見慣れた執務室。
 それはいい。
 けど、いつの間にか執務室の中にいた人物はよくない。
 本来はいないはずの人物だ。
 暗殺者とか、そういうたぐいの危険人物ではないけど、ある意味では危険人物だ。
 きっと目が覚めたのは、この人物は執務室に入ってきたときの物音を聞いたからに違いない。

「・・・なぜ、ここに?」

 平静を装いながら、尋ねる。
 ここが自室であったなら、こんなことはあり得ない。
 身の回りの世話をしてくれるメイド達が、私の許可なく部屋に人を入れるわけがない。
 でも、ここは執務室だ。
 部屋にはノックをするだけで入ることができる。
 警備の兵士はいるけど、この部屋の前にはいない。
 不審人物は、この部屋に繋がる通路の手前で止められるからだ。
 普段はそれで不都合はないんだけど、今はちょっと都合が悪い。

「夜もふけているというのに明かりが見えたのでな。差し入れを持ってきたのだ」

 そこにいたのは、よりにもよって、ファイファーだった。
 手にはワインと思われる瓶を持っている。

「いりません。アルコールを飲んだら眠くなるでしょう」

 アルコール中毒でもあるまいし、仕事に疲れたからといって、アルコールを飲んで気晴らしをしようとは思わない。
 それにアルコールは一時的に疲れがなくなったような気分になるらしいけど、実際にはすぐに睡魔が襲ってくる。
 だから、ワインなんか仕事中に差し入れるものではない、
 そんなことも分からないアホなんだろうか。

「すでに寝ていたではないか」

 おまえのせいだ。
 とは、さすがに言わなかったけど、本心はそんな感じだ。
 正直、早く出ていって欲しい。

「疲れているのではないか?我がゆっくり眠ることができるようにしてやろうか?」

 しかし、ファイファーは手に持っていたワインの瓶を置くと、机を回り込んで私の方に近づいてきた。

「なんですか?」

 言葉は疑問形だけど、暗に制止するつもりで、そう声をかける。
 けど、ファイファーは止まることなく近づいてきて、私の手首を掴んでくる。

「離してください」

 私は女でファイファーは男だ。
 だから、私が力で勝てるわけがない。
 振り解こうととするけど、振り解けない。
 そうしているうちに、反対側の手首も掴んできた。

「肌を重ねて気持ちよいことでもすれば、ゆっくり眠れるだろうし、明日の朝もすっきり起きることができるだろう」

 そう言いながら、ファイファーが顔を近づけてくる。
 執務室にいるのを見たときから予想していたけど、やはりそういうつもりか。
 こいつは夜這いをしに来たのだ。

「大声を出しますよ」
「出せばいい。ここは他の連中の寝室からは離れている。誰も来ないだろう」

 状況からすると、貞操のピンチというやつだ。
 両方の手首を掴まれ、自由を奪われている。
 さらに、唇も奪おうと近づいている顔も、あとほんの僅かな距離しかない。

「・・・・・ふぅ」

 私は息を吐き出す。
 それを見て、私が観念したとでも思ったのか、ファイファーがさらに顔を近づけてくる。
 けど、私は別に観念したわけじゃない。
 確かに、手の自由は奪われている。
 だから、代わりに足を出すことにした。

「おふっ!!!」

 ファイファーが奇声を上げて前屈みになる。
 手首を掴んでいた手も離れた。
 私は股間にめり込ませた膝を引くと、次は顎に膝を叩き込む。

「ぐっ!!!」

 ファイファーがのけぞり、尻もちをついたところで、さらに足の裏で胸を蹴って完全に寝転ばせる。
 そして、そのままマウントポジションを取る。
 両膝をファイファーの腕に乗せて体重をかけているから、男の力でも押しのけられないはずだ。
 私は右手の指をファイファーの眼球の前に置き、左手でファイファーの股間にあるものを握りしめる。
 握るのは竿ではなく玉だ。

「ふぁっ・・・」

 ファイファーは悲鳴を上げようとして、けど少しでも動くと潰れるのが分かったのか、喘ぐように動きを止める。

「誰も来ないんでしたっけ?」
「は・・・はな・・・離せっ・・・」

 絞り出すような声が聞こえてくるけど無視する。

「知っていますか?アヴァロン王国には夜這いという文化はないんですよ。女を強姦した男は罪人として罰せられます。代表的な刑罰は去勢ですね」
「ひっ!」

 引きつるような声も無視だ。
 罪人の言葉に耳を傾けるつもりは無い。

「でも、私は優しいから選ばせてあげますね」

 にこっと微笑む。

「上の玉と・・・」

 眼球を瞼の上から軽く押す。

「下の玉と・・・」

 握り締める力を少しだけ強めて、二つの玉を軽くこすり合わせる。

「どちらが大切ですか?」

 そう言って選択を迫る。
 簡単な二択だ。
 どちらが大切かを言うだけでいい。

「あ・・・う・・・」

 ファイファーは情けない表情を晒していたが、やがて私が本気であることを悟ったのか、覚悟を決めた顔になる。

「ふっ・・・わ、我とて王族の端くれ。血を残す義務がある。下の玉の方が大切に決まっておろう」

 震える声で、強気な台詞を言ってきた。
 夜這いをするような男はクズだと思うけど、その信念だけは感心する。

「ご立派ですね」

 私の言葉を聞いて、ファイファーが泣き顔にも不敵な笑みにも見える、妙な顔をする。
 毅然とした態度を取ろうとして、失敗したようだ。
 でも、不適な笑みを浮かべようとする余裕があるくらいなら、遠慮する必要はないかな。

「それじゃあ、下の玉の方を潰させてもらいますね」
「なっ!下の玉の方が大切だと言っただろう!!」

 私の宣告に、ファイファーが動揺した声を上げる。
 けど、今さら何を言っているのだろう。

「だからですよ。大切なものを奪わないと、罰にならないでしょう」
「そ、そなたは悪魔かっ!どこが聖女だっ!」
「失礼な。私は悪魔じゃありませんよ。知り合いにはいますけどね」

 握り絞める手に少しずつ力を込めていく。

「ぐっ・・・がっ・・・」

 水中から水面に顔を出して空気を求めるように口をぱくぱくとさせていたファイファーだが、やがて泡を吹き始めた。
 さらに力を込めると、白目を剥いて気を失った。

「まったく・・・」

 変なモノに触ってしまった。
 匂いが移っていないか気になる。
 ちなみに、潰すまではしていない。
 そんなことをしたら、手に変な体液がつきそうだったから、途中で止めたのだ。

「えっと、どれだったかな」

 私はドレスの内側に隠してある薬の中から、目的の薬を探す。
 そして、それを無理やりファイファーの喉の奥に押し込む。
 ついでに、ファイファー自身が持ってきたワインも流し込んで、薬がしっかりと胃の中に落ちるようにする。

「これで、よし。でも、コレ、どうしようかな。邪魔ね」

 窓の外に放り出すことも考えたけど、凍死でもされたら、それはそれで面倒だ。
 とりあえず、執務室の外に出そうと、引きずって扉の前まで持っていく。

「あ・・・」

 扉を開けると、使用人らしき男性がいて、間の抜けた声を出してきた。

「・・・・・」
「・・・・・」

 ファイファーが夜這いしている間に見張りをさせるために連れて来た人間だろうか。

「あ、あの・・・ファイファー様は・・・」

 私が引きずる気を失ったファイファーを見て、使用人がおろおろとしている。
 たぶん、執務室の中で何があったかは察しているのだろう。
 ファイファーが他国の人間である私に夜這いに来ようとするのを止めなかったことを責めたい気もするけど、使用人が王族に苦言を呈するのは難しいだろうから、大目に見ておこう。
 代わりに伝言を頼むことにする。

「連れていきなさい。もし、目覚めた後で『身体の変化』について騒ぐようだったら、『聖女の呪い』のせいだと言っておきなさい」
「わ、わかりました」

 使用人はファイファーを背負うと、逃げるように去っていった。

「やれやれ」

 今日は最後の最後まで、あのアホに疲れさせられた。
 私は睡眠を取るべく、寝室に向かって歩いて行く。
 もちろん、途中で手を洗うことは忘れない。
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