上 下
114 / 240
第七章 狼と三匹の豚

114.豚との交渉(その2)

しおりを挟む
「聖女殿、我の嫁に来ないか?」

 その言葉に最初に反応したのは、私ではなくアーサー王子だった。

「なっ!」

 ガタンッ!と音を立てて、椅子から立ち上がる。
 私は立ち上がらなかったけど、気持ち的には同じだ。
 それに、アーサー王子の反応を見ると、やっぱり空耳じゃなかったらしい。

「ファイファー殿!シンデレラは、僕の婚約者ですよっ!」

 アーサー王子が声を荒らげるが、ファイファーは涼しい顔だ。

「そうなのか。だが、婚約者ということは、まだ婚姻を結んでいるわけではないのだな。なら、我にもプロポーズする資格はあるだろう」

 いや、普通は無いから。
 王族が権力を笠に着て下級貴族の娘を無理やり愛妾にするというのはあり得る話だけど、アーサー王子は下級貴族じゃない。
 地位としては同等の王族だ。
 何を言っているんだろう、こいつは。

「落ち着いて、アーサー」

 とりあえず、アーサー王子をなだめて椅子に座らせる。
 まだ、ファイファーを睨んでいたけど、私の言葉に従って素直に座る。

「ファイファー様も、お戯れはお止めください」
「戯れのつもりはないのだがな」

 アーサー王子が先に動揺してくれたおかげで、私は動揺を表情に出すことは避けることができた。
 仮に表情に出ていたとしても、目立たなかっただろう。
 平然を装いつつ、真意を確かめることにする。

「えーっと・・・なんで、いきなり、プロポーズなんですか?」
「惚れたからだ」

 私はこめかみを抑える。
 どうも聞き方が悪かったようだ。
 そんなに難しいことを聞いているつもりは無いんだけど。

「それは光栄ですけど、惚れられる理由がありません」

 各国が集まっての会議が終わって以降、会ってすらいない。
 惚れたというのは無理があるだろう。
 何か狙いがあるはずだ。

「惚れる理由なら、いくらでもある。パーティー会場で我らの命を救ってくれた恩人であるし、各国の代表を前にしての凛とした態度も美しい。聖女殿は素敵な女性だ」

 なんだろう。
 確かに理屈としては成り立っているけど、あまり嬉しくない。
 命を救ったのは、エリザベート王女の計画を潰すついでだし、美しいという評価は貴族にとってはそれほど誉め言葉にはならない。
 容姿の優れた相手を選んで婚姻を結ぶことが多い貴族の娘がそこそこ美しいのは、当たり前だからだ。
 まあ、凛とした態度と評してくれているから、容姿だけを見ているわけじゃないとは思うけど、それでもあまり心に響かなかった。
 プロポーズを受けるかどうかは別として、普通は素敵と言われれば、嬉しいはずだ。
 なのに、心に響かなかった。
 期間が空いているからかな。
 なんで今さらという印象が拭えない。

「プロポーズの理由は惚れたからという理由だけですか?」

 真意を確かめるために、探りを入れる。

「他に理由が必要か?」
「理由がそれだけなら、お断りさせていただきます」
「ふむ・・・」

 私の言葉に、ファイファーが考え込む。
 私は、素敵と言われて、のぼせるような女じゃない。
 そう言ったのだ。
 これで少しは本当の狙いが聞けるだろうか。

「・・・そうだな。聖女殿がシルヴァニア王国を手に入れたいなら協力する、というのはどうだ?」
「私を利用しても、シルヴァニア王国は『ファイファー様のもの』にはなりませんよ?」

 やはり、シルヴァニア王国が狙いなのだろうか。
 そう思うけど、ファイファーは首を横に振る。

「王位には興味はない。面倒だろう、国を治めるなど」
「それについては同意しますわ」

 嘘を言っている様子は無い。
 それに私の言葉も嘘ではない。
 国を治めようとすれば、最近の仕事の数倍は忙しくなるのだろう。
 そんなものを引き受ける気はない。

「しかし、野心は持っていないのか。なら、そうだな・・・」

 ファイファーが、なにやら考えている。
 本当に考えているのか、本当の狙いを切り出すために考えているフリをしているのか、どちらだろう。
 どちらにしても、次の言葉で何かが分かるだろう。
 さて、何が出てくるかな。

「我の嫁になれば、毎夜、天にも昇る快楽を与えてやることができるが、どうだ?ああ、望むなら、昼でも与えてやろう」

 なにか、とんでもないものが出てきた。
 アーサー王子が、ぎょっとしている。
 ついでに顔も赤い。
 というか、私の顔も赤いんじゃないだろうか。
 鏡を見なくても、顔が熱を持っているのを感じる。

「とは言っても、言葉だけでは信じられないだろうからな。お試しということで、今晩あたり、どうだ?」

 何の『お試し』だ。
 いや、予想はつくけど、そんな『お試し』は要らない。
 普通、『お試し』はお得なものだろう。
 全然、お得じゃない。

「ふ、ふざけるなっ!」

 私が唖然として声も出せないでいると、アーサー王子が代わりに声を出す。
 むしろ、叫んだと言った方が適切か。

「なんだ、自分のテクニックの方が上だという自信が無いのか?」
「そういうことじゃないっ!シンデレラは、そんな、ふしだらな女性じゃないっ!」

 何の『テクニック』だ。
 いや、予想はつくけど、聞きたくない。
 だぶん、アダム王子が得意な『テクニック』のことだろうけど。

「なんだ、まさか、まだシていないのか?聖女殿ような素敵な女性と一緒にいて信じられんな。もしかして、不能か?だとしたら、悪いことを言ったな。謝罪しよう」
「僕は、ちゃんと!・・・それは、関係ないだろう」

 勢いよく言い返そうとして、アーサー王子の言葉が尻すぼみになる。
 何を言おうとしたかは予想がつくけど、触れないでおこう。
 勃つのは知っているし。

 ・・・・・

 なんだか、変な予想ばかりさせられているな。
 そろそろ方向修正しないと、話が逸れて仕方が無い。
 もし狙ってやっているんだとしたら、ファイファーを甘く見過ぎていたかも知れない。

 *****

「やはり、試してみる気はないか?満足させる自信があるのだが」

 ファイファーを甘く見過ぎていたというのは、撤回する。
 やっぱり、こいつはアホだ。
 下半身でしか物事を考えられないらしい。
 しかも、しつこい。

「謹んでお断りさせていただきます」
「そうか。気が変わったら言ってくれ」
「変わりません」
「未来のことは誰にもわからないものだ。どれほど低い確率だったとしても、願えば叶うこともある」

 なんかカッコいい台詞みたいに聞こえるけど、ようはヤりたいと言っているだけだ。
 こんなアホでも、優れた容姿と地位を持っているから、これで落ちる女性もいるんだろうな。
 私は落ちるつもりはないけど。

「用件はそれだけですか?なら、そろそろお茶会をお開きにしますけど」

 お茶はすっかり冷めている。
 ファイファーがアホなことを言い出して、アーサー王子がそれに反応するものだから、飲んでいる暇も無かった。
 淹れ直してもらっても、同じことが起きれば飲めるとは限らないし、もうお茶会という気分でもない。
 私は解散を提案する。
 すると、ファイファーが思い出したように、別の話題を振ってきた。

「そうそう、例の解毒薬を売ってくれ」

 まるで、ついでのように切り出してきたけど、本来はこっちを先に話題にするべきなんじゃないだろうか。
 役に立たなかったとはいえ、護衛について来た騎士達が浮かばれない。

「一人分を金貨20枚でどうですか」

 本当は金貨10枚のつもりだった。
 ただし、交渉しだいで上下させようとも考えていた。
 でも、これだけ迷惑をかけられたのだ。
 とりあえず、吹っ掛けてみた。

「いいだろう。その値段で買おう」

 というのに、ファイファーはあっさりと購入を即決する。
 交渉も値切りもない。
 太っ腹なのか、金銭感覚が無いかの、どちらかだろう。
 なんとなく、後者な気がする。
 けど、周囲からは前者に見えているんだろうな。
 そうでなければ、こんなにアホに育つわけがない。
 手遅れになる前に、誰かが教育しているはずだ。

「アヴァロン王国でしか作れないので、春までお待ちいただくことになりますけど、よろしいですか」
「うむ」
「わかりました。それでは、春になったら、そちらの国へ届けさせます」
「聖女殿が届けてくれるのではないのか?」
「届けません」

 貞操を狙ってくるような危険人物のところに届けにいくわけがない。
 そう言いたいけど、さすがに言葉くらいは選ぶ。

「他の国にも届けることになるでしょうから、私一人では回れませんよ。信用できる人間に届けさせますので、ご安心ください」
「残念だが、仕方ないな」

 解毒薬が倍の値段で売れたけど、ちっとも嬉しくない。
 むしろ、お茶会で精神的に疲れた分だけ、損をした気分だ。

「・・・・・はぁ」

 お茶会が終わって執務室に戻ってからため息をつく。
 仕事が溜まっているというのに、無駄な時間を過ごした。
 今日は寝るのが遅くなりそうだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

宝石のような時間をどうぞ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 明るく元気な女子高生の朝陽(あさひ)は、バイト先を探す途中、不思議な喫茶店に辿り着く。  その店は、美形のマスターが営む幻の喫茶店、「カフェ・ド・ビジュー・セレニテ」。 訪れるのは、あやかしや幽霊、一風変わった存在。  風変わりな客が訪れる少し変わった空間で、朝陽は今日も特別な時間を届けます。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

処理中です...