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第七章 狼と三匹の豚

113.豚との交渉(その1)

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「ようやく完成品ができたよ!」

 バーンッ!と扉を開けて入ってきたのは、アーサー王子だった。
 よほど浮かれているのか、ノックをしていない。
 私はその辺りは気にしない方だけど、今は他人の浮かれた声を聞くと、ちょっとイラッとする。

「・・・って、なんだか機嫌が悪そうだね」
「そう見える?」

 おかしいな。
 ストレスが溜まっているときは糖分を取るといいとメフィが言っていたけど、効果が無かったのかな。
 それどころか、メフィのことを思い出したら、さらにストレスが溜まってきた気がする。

「ほら、また表情が険しくなった」
「誰かが仕事を手伝ってくれないからなしらね」

 私がそう言うと、アーサー王子が気まずそうにする。

「えっと・・・手伝おうか?」

 素直に手伝おうとする姿勢を見せてきたので、苛立たしさが下がってきた。

「冗談よ。気持ちだけもらっておくわ」

 アーサー王子は、政治が得意なようには見えない。
 もちろん、私も素人同然だけど、最低限のことは師匠に教わった。
 だから、アヴァロン王国に戻ったときに、こちらに不利になるようなことは避けることができると思う。
 別に私はこの国を治めるつもりはないから、今後この国がおかしな方向へ進まないようにだけしておけばいいのだ。

「いつまでも雪が降り続いているから、少し憂鬱な気分になっただけ」

 アーサー王子には、そう言っておく。
 アーサー王子はメフィの正体を知っているから、本当のことを言ってもいいんだけど、言ったからといってどうにかなる問題でもない。

「それで、何が完成したの?」

 話題を変えるため、部屋に入ってくるときに言っていた言葉について尋ねる。
 すると、アーサー王子は嬉しそうに手に持つものを見せてきた。

「これだよ」
「これって、パーティー会場で使っていた武器?」
「そう、銃だよ。連続で発砲したときの弾詰まりと、命中精度の低さが問題だったんだけど、ようやく実用可能なレベルまで性能が向上したんだ」
「そういえば、試作品って言っていたわね」

 しかし、命中精度はともかく、弾詰まりなんていう問題があったのか。
 私を助けてくれたときに使っていた武器だけど、もしそのときに弾詰まりが起きていたら、危なかったんじゃないだろうか。
 実は運がよかったのだと気付く。

「『カリバーン』と名付けた。僕は剣は苦手だけど、これを使えば、シンデレラを護ることができるよ」

 護ろうとしてくれるのは嬉しい。
 それに、王子に憧れる令嬢あたりなら、思わず惚れてしまいそうな台詞を言ってくれるのも、嬉しくは思う。
 けど、その前に言っておかないといけないことがある。

「完成しておめでとうと言いたいところだけど、そんな危ないものを手に持ちながら城の中を歩かないでよ。抜き身の剣を持って歩き回っているようなものなんじゃないの、ソレ?」
「あ、そうだね。シンデレラに早く見せたくて、つい・・・」

 アーサー王子が失敗に気づいて、気まずそうな表情になる。
 浮かれていたのに悪いことをしたとは思うけど、暴発して怪我人でも出たら問題になるから、言っておかなきゃならないことでもあった。
 でも、私のために頑張ってくれたみたいだし、フォローしておくことにする。

「頼りにしているわ。でも、暴発して怪我をしてもいけないから、安全には気をつけてね」
「うん。わかったよ」

 おそらく、パーティー会場で私が危険な目に遭ったから、完成を急いだのだろう。
 そうでなければ、アヴァロン王国にある工房とは違い、設備が充分ではない環境で開発を続けようとはしなかったはずだ。
 その気持ちは素直に嬉しかった。
 そのおかげか、窓の外の大雪は、それほど気にならなくなっていた。

 *****

「シンデレラ様」
「どうしたの、リンゴ?」

 休憩がてらアーサー王子と雑談をしているところに、メイドの一人であるリンゴが尋ねてきた。
 この城に来てからは、リンゴ、ミカン、アンズ、スモモに交代で私の身の回りの世話をしてもらっている。
 まあ、身の回りの世話というのも事実なんだけど、実際には調査したことの報告を詳しく聞くためだ。
 城にいる他国の人間に怪しまれないための対策だ。
 そのリンゴが尋ねてきたということは、何かあったのだろう。

「ファイファー様から、面会の申し込みが来ております」
「そう。最初は東の国か」

 確かプライドの高そうな王子だったな。
 さて、どういう交渉をしてくるかな。
 私が半ば強引に各国が集まっての会議を終わらせたせいで、東、西、南が揃って北を責めることはできなくなった。
 それは、東、西、南が協力できないことを意味するけど、逆に他を出し抜くこともできるようになったということだ。
 でも、解毒薬が提供できるのは、北じゃなくて、私達の中央だ。
 だから、解毒薬を手に入れるためには、対等の立場で交渉をする必要がある。
 そして、あれから私の立場も変わった。
 中央の人間でありながら、北の代表を押し付けられた状況だ。
 考えられる手としては、そこを突いて北が起こした責任を求めてくるといったところかな。

「午後のお茶会にお招きしますと返事をしておいて」
「かしこまりました」

 リンゴが執務室を出て行く。
 今の返事を伝えにいったのだろう。

「ヒルダは呼ばないのかい?」

 リンゴが出て行くのを見送ったところで、アーサー王子が問いかけてきた。
 ファイファーとの面会となると、シルヴァニア王国も関係する可能性がある。
 それなのに、ヒルダへの伝言を頼まなかったからだろう。
 けど、忘れていたわけではない。
 あえて呼ばなかったのだ。

「呼ばないわ。彼女はしっかりしているように見えて、意外に動揺が顔に出るみたいだしね」
「まあね」

 この間のことを思い出しているのだろう。
 私の言葉を疑うこともなく納得する。
 でも、呼ばない理由はそれだけじゃない。
 私の立場について、ヒルダに直接聞かれるより、私が受け答えした方が都合がいいからだ。
 聖女というのは、この国で大きな発言力を持っているけど、政治的な責任は負わなくてよいと、ヒルダは言った。
 せいぜい、その立場を利用させてもらうつもりだ。
 そのときに、ヒルダに直接聞かれて、下手な言質を取られると厄介なのだ。

「お茶会には、僕も一緒に出るよ」

 そんなことを考えていると、アーサー王子がそう提案してきた。

「いいけど、自分から言い出すなんて珍しいわね」

 他国に来てまで工房にこもっているくらいだから、てっきりそうするものだと思っていた。
 アヴァロン王国にいたときは、工房にこもっているときは出てこないものだから、私が呼びにいっていたのだ。

「婚約者を他の男と二人きりにするわけにはいかないだろ」

 リンゴに給仕をしてもらうから二人きりになるわけじゃないけど、言いたいことは、そういうことじゃないんだろう。

「はいはい、頼りにしているわよ」

 私を護るという責任感か、他の男をお茶会に招くことに対する嫉妬かは知らないけど、好きにさせておこう。
 約束の時刻までは、まだ時間がある。
 私は少しでも仕事を減らすべく、休憩を切り上げて机に向かった。

 *****

「お招きいただき感謝する、聖女様」

 お茶会の席に姿を現したファイファーは、さっそく手札を切ってきた。
 私がこの国で聖女と呼ばれているという程度のことは調べてきたらしい。
 とはいえ、別に隠しているわけではないから、大した情報ではない。
 単に調べてきたということを、アピールしたかっただけだろう。

「あの退屈な会議以来ですね。ご機嫌いかがですか、ファイファー様」

 私が挨拶を返すと、ファイファーの顔がほんの少しだけ引きつったように見えた。
 シルヴァニア王国に賠償を請求しようとしていた会議を退屈と、評したからだろう。
 反応を観察していたから気づいた。
 けど、表面上は機嫌を悪くしたようには見えないな。
 挑発には乗ってこないようだ。

「機嫌はあまりよくないな」

 そう思っていたら、そんなことを言ってきた。

「なにせ外は大雪だ。気晴らしに城の外に出ることもできない。だから、こうして話し相手になってもらおうと思ってきたわけだ」

 なるほど。
 天候を理由にするわけか。
 面白味は無いけど、悪くない手だとは思う。
 機嫌の悪さが表情に出たとしても、それを言い訳にできる。
 まあ、表情に出す時点で、交渉役としては二流なんだけど。

「大雪で憂鬱なのは私も同じです。けど、最近は忙しくて、のんびり話し相手になって差し上げることはできなさそうなのですよ」

 向こうが気分について語ってきたので、私もその流れに乗る。
 言葉の前半は本心だ。
 後半も本当のことだけど、別にそれを伝えたかったわけじゃない。
 忙しいから、とっとと本題に入れと言ったのだ。

「ほう、そんなに忙しいのか。それは、シルヴァニア王国の王位を継ぐことが決まったからか?」

 前回の会議のときは、まだヒルダがシルヴァニア王国の代表を務めていた。
 その後、ヒルダからお願いされて、私がシルヴァニア王国の代表に就いたわけだけど、そのことは公表していない。
 けど、ファイファーは知っていた。
 隠しているわけではないから調べようと思ったら手に入る情報だけど、逆に言えば調べようと思わなければ知らないはずの情報だ。
 解毒薬についての交渉をするならアヴァロン王国の人間としての私のところに来ればいいはずだから、シルヴァニア王国に対して何らかの交渉をしようとして調べたのだろう。
 しつこく賠償を求めようとしたのか、それとも別のことか。
 それは、これからの話で分かるだろう。

「春になったらアヴァロン王国へ帰りますから、シルヴァニア王国の王位なんか継ぎませんよ。ヒルダにお願いされて、仕事を手伝っているだけです」

 とりあえず、私がシルヴァニア王国の人間だからという理由で交渉を有利にしようとしても無駄だと、牽制しておく。

「しかし、シルヴァニア王国で聖女というのは強い発言力を持つそうじゃないか。このまま国王が目覚めなければ、あなたが王位を継ぐ可能性もあるのではないのか?」
「ええ。だから、継ぐことはないと言っているのです」
「?・・・ああ、なるほど。国王を目覚めさせるのか」
「当たり前でしょう」

 そう。
 普通に考えれば当たり前だ。
 目覚めさせる方法があるのに目覚めさせないのは、それこそ王位の簒奪を疑われてしまう。
 そのことは、はっきりと否定しておく。
 まあ、王様が目覚めるまでに、国の上層部が入れ替わっているとか、王制が廃止になっているとかはあるかも知れないけど、別に嘘は言っていない。
 それに、それが実現するかどうかは、そこはヒルダの頑張りしだいだ。
 タイムリミットが春までということは、伝えてある。

「そうか。シルヴァニア王国の行く末を心配していたのだが、それを聞いて安心した」

 ファイファーが、さして心配している様子の無い声色で、そんなことを言ってくる。
 私の野心の確認と、私の立場によって交渉をどう持っていくかを判断したかったのかな。
 とすると、次の言葉は予想できる。

「ところで、我から提案があるのだが・・・」

 予想通りだ。
 次にファイファーの口から出てきた言葉は、それまでとは違う話題だった。
 ようやく本題らしい。
 私はお茶会の和やかな笑みを保ったまま、さらに次の言葉を待つ。
 提案とやらが、どんな内容だったとしても、こちらの不利になることはないと思う。
 そのための準備はしてきたつもりだ。
 だから、心に余裕を持ちながら待つ。

「聖女殿、我の嫁に来ないか?」

 ・・・・・

 なんだろう。
 空耳かな。
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