シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第七章 狼と三匹の豚

111.狼との交渉(その2)

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「本当に仲が良いのですね」

 私とアーサー王子に向かって、ヒルダがそんなことを言ってくる。
 先ほど私達が上げた驚きの声を指して言っているんだろうけど、ちょっと待って欲しい。
 仲が良いとか、そういう問題じゃない。
 誰だって声を上げるだろう。

「えーっと・・・ごめんなさい。意味が分からなかったから、もう一度言ってくれる?もしかしたら、聞き間違えたかも知れないから、念のため」

 隣ではアーサー王子が何度も頷いている。
 気持ちは分かる。
 分かるけど、たぶん聞き間違いじゃないであろうことは予想できる。

「アーサー様に王として政治のトップに、シンデレラ様に聖女として国教のトップに就いて欲しいと言いました」

 予想通り、ヒルダは先ほどと同じ内容を言ってきた。
 だけど、私はあえてこの言葉を口にする。

「・・・全く意味がわからないわ」

 そう。
 意味が分からない。
 シルヴァニア王国の王族が全員倒れた。
 だから、誰かをトップに据えないといけない。
 ここまでは分かる。
 今はヒルダが代表を務めているけど、それはあくまでも暫定だ。
 これも分かる。
 その対策として、国のトップにアーサー王子と私を置く。
 これが分からない。
 いや、言っていることは分かるけど、意味が分からない。
 意味じゃなくて、意図と言った方がいいかな。
 どういく理由で、何のために、アーサー王子と私を選んだのか。
 その意図が分からないのだ。

「説明が足りなかったでしょうか?ああ、もしかして、政教分離や政教一致を気にされているのですか。ご安心ください。我が国では、政治と宗教は独立していますが、互いに協力関係にあります。宗教は国民の声を聞く重要な機関ですから、その意見は政治にも反映されます」
「いや、そうじゃなくて」

 説明してくれようとするヒルダを止める。
 私が疑問に思ったのは、そういうことじゃない。

「なら、もしかして、聖女という立場がどのようなものか気にされているのですか。聖人や聖女というのは、国教が与える名誉称号のようなものです。基本的に国民に対して多大な貢献をした者に対して与えられます。教会に対して義務などは負いませんが、聖人や聖女の声は教皇の声と同等と言われています」
「そうでもなくて」

 止めようとしたのだけど、ヒルダは止まらなかった。
 さらに説明を続けようとしてくる。
 聖女というのは気になっていたけど、今知りたいことじゃない。

「シンデレラはともかく、僕が王位を継ぐのは無理だろう?この国の王族の血を引いているわけじゃないし」

 今度はアーサー王子が声を上げる。
 けど、私はともかくというのは、どういうことだ。
 自分だけ逃げようとしているんじゃないだろうな。

「ああ、それを気にされていたのですか。それなら、ご心配なく。アーサー様にエリザベート王女を娶っていただければ、我が国の王位を継ぐ資格は充分にあります」
「えぇ!?そんな無茶が通るわけないだろう!?」
「いいえ、大丈夫です。幸い、王が倒れる前に、そのことをアーサー様に提案しています。ですから、反論をする者は・・・いなくはないでしょうが、こちらの正当性を主張できます」
「理屈はわかったけど、やっぱり無理だ。エリザベート王女が承諾するわけがないよ」
「問題ありません。エリザベート王女は『まともな受け答えができない精神状態』ですから、拒否はしてきません。我が国に多大な損害を与えたのですから、せめて血脈だけでも役に立ってもらわなければなりません」

 酷い暴論だけど、ヒルダは怒涛の勢いで説明を続けてくる。

「もちろん、政治については私達が全力でサポートさせていただきます。なんなら、玉座に座っていてもらうだけでも、かまいません」
「それ、僕がいる意味ないんじゃない?」

 その通りだ。
 同じように私がいる意味もない。

「・・・・・」
「・・・・・」
「ですから・・・その・・・」

 全く納得しない様子で、私とアーサー王子がヒルダを見ていると、次第に声が小さくなっていく。
 と思ったら、ヒルダが勢いよく手と膝を床につく。

「お願いします!!!」

 それは見事な土下座だった。
 姿勢も美しい。
 指先は真っ直ぐだし、勢いよく頭を下げたのに、髪も乱れていない。
 そう言えば、土下座という文化は、この国が本場だったはずだ。
 これが本場の凄みというやつか。
 いや、違うかな。

「ちょ、ちょっと!」

 女性。
 それも容姿が美しい女性が土下座をしている姿を見ると、なかなか心に響くものがある。
 アーサー王子が慌てて頭を上げさせようとするが、ヒルダは決して頭を上げない。

「季節が冬ということもあり、王を含めた国の上層部が倒れたという話は、まだ国民の間には広がっていません。ですが、それも時間の問題なのです」
「だから、それは、解毒薬を使って王様を起こせば解決するでしょう?」

 ヒルダの訴えに疑問を投げかけるけど、彼女は頭を下げたまま首を横に振る。

「それではダメなのです。今後、エリザベート王女が行っていたことが、国民にバレる可能性があります。そうなった場合、現在の王族に対する不信感が発生することが予想されます」
「バレる?なんで?」
「それは・・・」

 ヒルダは少しだけ顔を上げて、私を見てくる。
 なんだろう。

「長らく続いた不作が解消されて、国民の生活に余裕ができるからです。そうなれば、国民達の中には王女のもとに働きに出した娘達が戻ることを期待する者も現れるでしょう」

 ヒルダはすぐに再び頭を下げたけど、ほんの少しだけ私に責めるような視線を向けてきた。
 言葉に出さなかったのは、それが八つ当たりだと分かっているからだろう。
 不作が解消されるきっかけを作ったのは私だ。
 そして、それは喜ばしいことのはずだ。
 けど、皮肉にもそれが原因でエリザベート王女のしていたことがバレる可能性が出て来たというわけか。

 ・・・・・

 いや、そんなこと言われても知らない。
 非人道的なことを行っていた当人であるエリザベート王女。
 それに気付かなかった王様や国の上層部。
 気付いていたけど何もしなかったヒルダ。
 それら全員の自業自得だろう。
 まあ、ヒルダはそれが分かっているようだから、腹が立つようなことは無かったけど。

「そんな状況のときに必要なのは、改革を推し進めるカリスマを持った存在なのです!お二人には、その存在になっていただきたいのです!!」

 ヒルダの訴えに、私とアーサー王子は顔を見合わせる。
 なんだか、考えていたよりも、大事になってきたな。
 この国は、追いつめられているというより、すでに詰んでいるんじゃないだろうか。
 けど、それは、あくまでも、この国のことだ。

「うーん、この国が大変なのはわかったけど、あの人食い王女を娶るのはなぁ」

 アーサー王子が、気が進まなさそうに言う。
 当然だ。
 アーサー王子に、この国の王位につく義理はない。
 ましてや、エリザベート王女を娶るのが条件なのだ。

「そもそも、僕はシンデレラ一筋だしね」

 そう言いながら、私を見てくる。
 こんなときに、なんのアピールだ。
 まあ、エリザベート王女と関わり合いたくないという気持ちはわかるけど。

「エリザベート王女との婚姻は形式上のことだけです!もし、ご不満なら、私のことを好きにしていただいてかまいません!」

 アーサー王子が断ろうとしているのを察したヒルダが、おかしなことを言い出した。

「シンデレラ様と仲が良いことは存じておりますが、長く連れ添っていればマンネリ化することもあるでしょう。その解消のために抱いていただいてかまいません!」
「ちょっ!何を言い出すのさ!」
「マンネリってなによ?」

 アーサー王子と私が突っ込むけど、ヒルダは止まらない。
 最初のできる女性といった雰囲気はどこに行ったのだろう。
 もしかして、あのクールな表情は、追いつめられてテンパっていただけだったんだろうか。

「私は処女ですから、初々しい反応をご提供できると思います!それに、どんな性癖にも応えますし、高度なプレイをお求めなら、全力で頑張らせていただきます!」
「変な性癖なんてないし、頑張らなくていいから!」
「話が逸れてない?」

 結局、暴走するヒルダを落ち着かせるのに、かなりの時間を要することになった。

 *****

 淹れ直してもらったお茶を飲んでから、話を再開する。

「事情はわかったけど、やはり断らせてもらうよ」

 アーサー王子の言葉にヒルダが落胆の表情を見せる。

「それは、私の魅力が足りないから・・・」
「違うから」

 また暴走されたらかなわない。
 素早く否定してから、アーサー王子が話を続ける。

「エリザベート王女と婚姻を結ぶのが嫌だということもあるけど、僕ではヒルダが求めるカリスマがないだろう。この国の国民は僕のことを知らないだろうからね」
「そう・・・ですね」

 理由を説明しながら断れば、ヒルダとしては頷かざるを得ない。
 アーサー王子の言っていることは正しい。
 彼は王族ではあるけど、それはシルヴァニア王国ではなくアヴァロン王国でのことだ。
 それに政治に向いているとも思えない。
 アヴァロン王国では重要な立場にいるが、それは彼が工房で作っているものによるところが大きい。

「わかりました。無理なお願いをして申し訳ありませんでした」

 ヒルダも落ち着いたようで、今度はアーサー王子の断りの言葉を素直に受け入れた。
 じゃあ、次は私の番だ。

「私も聖女というのは辞退させてもらうわ」

 そんな柄じゃないし、そんなものを引き受ける義理もない。
 先ほどと同じくヒルダが頷くと思ったのだけど、期待通りの反応は返ってこなかった。

「あ、それはできません」
「・・・・・は?」

 なんだか、あっさりと、こちらの言葉を否定してきた。

「聖女というのは教会が認定するものですから、辞退するとか辞退しないとか、そういうものではないのです。教会が認定した時点で、すでにシンデレラ様は聖女です」
「なによ、それ。勝手に認定されるってこと?」
「端的に言えば、そういうことです」

 迷惑だ。
 普通は名誉なことで断る人もいないだろうから、今まで問題にならなかったのだろう。
 けど、私にとっては名誉なことではない。

「聖女なんて称号いらない」
「そう言われましても・・・」

 ヒルダは困った顔をする。
 私をはめようとしている様子は見受けられない。
 これでは私が無理難題を言っているかのようだ。
 でも、疑問がある。

「じゃあ、なんで私に国教のトップに就いて欲しいなんて言ったのよ」
「それは、象徴的な存在になって欲しいからです。シンデレラ様が聖女なのは、すでに確固たる事実ですが、何もしなければいないのと一緒ですから」

 確固たる事実というのは納得できないけど、言いたいことは分かった。

「つまり、改革を推し進めるのに、反論させないための抑止力が欲しいってことね」

 国民の味方であり、政治に口を挟める聖女は、その目的にとって都合の良い存在というわけだ。
 今はこれまで国を治めていた人間達が不在の状態だ。
 当然、野心を持つ人間なら、のし上がろうとするだろう。
 それはそれで自然な流れだと思うけど、国民のためだとか正当性を主張してクーデターを起こしたわけでもない。
 そんな人間が、たまたまできた空席に居座ると、ろくでもないことになるのは目に見えている。

「・・・・・はぁ」

 私は溜息をつく。
 面倒だけど、仕方がない。
 どちらにしろ、大雪のせいで春までアヴァロン王国には戻れないのだ。

「春までよ。それまでは聖女の席に座っていてあげる。私がいなくなるまでに、膿を出し切ってみせなさい」

 私はヒルダにそう宣言と要求をした。
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