シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第六章 眠り姫

106.王子とキス

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「被害はかなり大きいよ」

 王女にちょっとした悪戯をした後、戻って来た私を出迎えたのは、アーサー王子のそんな一言だった。

「パーティーに参加した人間の大多数が意識不明。その人達が連れて来た護衛も意識不明。この国に至っては、王族が全て意識不明」
「王族が全て?」
「パーティーに参加していなかった幼い王子も意識不明らしいよ」

 あの王女は本気でこの国の王位を手に入れるつもりだったのだろうか。
 王女以外の王族が全滅したからといって、王女が王位を継げるとは限らないと思う。
 王女が犯人だとバレたら、いくら唯一残った王族だとしても、さすがに重臣達が認めないだろう。
 そして、重臣達が犯人を突き止められないほど、ぼんくらだとも思えない。
 物的証拠が無かったとしても、状況証拠は充分だ。
 いくらでも証拠をでっち上げるだろう。

「ちなみに、この国の重臣達はほとんとがパーティーに参加していたから、同じく意識不明」

 と思ったら、その辺りも対策済みだったらしい。
 用意周到なことだ。
 というか、これって、

「クーデターって言わない、コレ?」

 この国のトップが軒並みいなくなった気がする。

「微妙に違うけど、結果を見れば似たようなものだね」

 やっぱり、そうか。
 しかも、旧体制も新体制も無くなったときている。
 新体制のトップになるはずだった王女をアレしたのは私だけど。

「・・・この国、滅びないかな?」

 国民が路頭に迷うことになったら、さすがにちょっと罪悪感を感じる。

「滅びはしないと思うけど、王制は無くなるかも知れないね。不幸中の幸いで、パーティーに参加していた他国の王子は無事だったから、戦争はしかけられないと思うけど、それでも他国から責任を問われると思う。そんなときに王位に就こうとする人間はいないんじゃないかな」
「ああ、あの王女に言い寄っていたアホな王子達ね」

 王女の本性を知らないで言い寄っていたならカスだし、王女の本性を知っていて言い寄っていたならクズだし、どちらにしろバカな連中だ。
 でも、王女に言い寄っていたおかげで、料理を食べずに済み、結果的に助かったのだから、運だけはいいのだろう。
 そこまで考えて、訊かなきゃいけないことを思い出した。

「そう言えば、原因はやっぱり?」
「うん。シンデレラの推測通り、いくつかの料理に例の眠り薬が入れられていたようだよ」

 アダム王子が襲われたときに使われ、義理の姉ドリゼラが眠り込むことになった薬のことだ。
 そして、私が眠りについていないということは、薬が入れられていた料理はアレが食材として使われていたものだろう。

「シルヴァニア王国側からは、どの料理に薬が入っていたかだけ情報がきたよ」
「食材についての情報は?」
「無かった」

 本当に分かっていないのか、分かっていて公表しなかったのか、どちらだろう。
 まあ、予想はついているから、あえて訊こうとは思わない。
 代わりに別のことを尋ねる。

「賊についての情報は何かあった?」
「シルヴァニア王国側からは、自国の兵士ではないとだけ。おそらく、ただの盗賊と言い張るんじゃないかな」
「ただの盗賊が王城に忍び込めるわけないのにね」

 現時点でどこまで真相が判明しているかは知らない。
 それでも、真相が判明したとしても、そう言い張るしかないのだろう。
 まさか、自国の王族が手引きしたと認めるとも思えない。

「うん。MMQからは、地下の隠し部屋にいた男達に間違いないという報告があったよ」

 この情報でシルヴァニア王国を責めることもできそうだけど、それは危険な橋を渡ることになる。
 なにせ、他国の人間が王城の地下にある隠し部屋を知っていたことになるのだから。
 それを追求されるのは避けたいし、賊の正体については納得したフリをするしかないかな。
 それに、私は別にシルヴァニア王国を滅ぼしたいわけじゃない。
 これからのことを思うと、むしろ同情してもいいくらいだ。

「状況はわかったわ。それで、これからの予定は?」

 現在、私達はシルヴァニア王国の王城の一室にいる。
 そう。
 まだ、王城にいるのだ。

「各国の代表が集まって会議。シルヴァニア王国側から今回の事件についての説明があって、その後は、よってたかってシルヴァニア王国の責任を追及するんじゃないかな」

 そういうわけだ。
 私達は最初から王女が何かを起こす可能性を疑っていて、実際にそれが起こり、王女に対してちょっとした仕返しまでを行ったわけだけど、他国の参加者やこの国の貴族はそうじゃない。
 実はまだ犯人の公表すらされていないのだ。
 だから、パーティー参加者の中に犯人がいる可能性もあり、パーティーの参加者は善意の協力という名の軟禁をされている。
 もっとも、原因がパーティーの料理だったわけだから、他国の人間は責任を追及するために残っているというのが本当のところだろう。
 シルヴァニア王国もそれが分かっているのか、割り当てられている部屋はそこそこ豪華だ。

「メンドクサイ。アヴァロン王国の代表はアーサー王子でいいわよね」

 実際、私のやることは、もう終わっている。
 だから、アーサー王子に丸投げしたいところなんだけど、そうは問屋が卸さないらしい。

「それは困るよ。僕はもちろん会議に出るけど、シンデレラも一緒に出てよ。賊を鎮圧したりしたんだから、詳しい話を訊かれると思うよ」
「それが嫌なんだけど」

 パーティー会場に『衝撃を与えると壁に穴を空けるような反応をする薬品』を持ち込んだとか、絶対に追求される気がする。
 乙女の嗜みで通用するかな。

「シンデレラはパーティー参加者を助けたんだから、そんなに心配しなくていいと思うよ」

 慰めのつもりか、アーサー王子がそんなことを言ってきた。
 けど、よく考えたらアーサー王子も『人間を貫通する速度で礫を打ち出す筒のようなもの』を持ち込んでいたから、私と同罪かな。
 いや、同罪というのは悪いかな。
 アーサー王子がそれを使ったのは、私を助けるためだったのだから。

「そう言えば、お礼をしていなかったわね」
「お礼?」
「パーティー会場で私を助けてくれたお礼」

 あのときは危なかった。
 死を意識する程度には危険だった。
 それを助けてくれたのだから、お礼はするべきだろう。

「お礼なら言ってもらった・・・」

 私はアーサー王子の顔に自分の顔を近づける。

 ちゅっ。

 湿り気のある柔らかい感触が唇に残る。
 こそばゆいような痺れが、触れたところから響いてくる。
 どうも、この感触は慣れない。

「・・・・・」
「・・・・・」

 顔を離して、しばらく反応を待つが、アーサー王子は何も言ってこない。
 あれ?
 おかしいな?

「今のじゃ、お礼にならない?」
「え?あれ?え?・・・えええぇぇぇ!」

 やっと反応したと思ったら、素っ頓狂な声を上げるアーサー王子。
 何か間違えたかな。
 物足りなかったとか。
 そういえば前にしたときは、

「舌を入れないと、お礼にならないかな?」

 でも、あれは変な気分になるから、あまり気が進まない。
 まあ、お礼として求められるなら、しなくもないけど。

「い、いや、お礼になったよ!うん、ありがと!」
「そう?なら、よかったけど」

 どうやら、お礼になったらしい。
 なら、いいか。

 *****

 生臭い鉄の匂い。
 それが残る場所に一人の少年が佇んでいた。
 臭くはあるが、汚物の匂いはあまりしない。
 剣で腹を裂いたのではなく、ナイフで急所を一突きにしたからだ。
 腸の中身がぶちまけられていたら、この程度の匂いでは済まないだろう。

「数十の彷徨える魂。軽い魂ではありますが、このまま散らせるのはもったいないですな」

 その場所に転がっていた命の火が消えた躯は、もう片付けられていた。
 しかし、その少年の眼には、未だ怨嗟と苦悶の表情を浮かべる姿が視えていた。

「王女の手を離れ、彼女の手が掴まなかった魂です。私が頂いてもよろしいでしょう」

 少年は、まるで煙を集めるように、それらを集め、手の中に納める。
 軽くはあるが数の多いそれは、握り締めれば、それなりの密度と量になった。

「さて、このまま喰らってもよいのですが、ただ消化するだけでは面白くありませんな」

 少年は思考を巡らせる。
 この程度の量では、できることなど限られているが、それでも有効に活用する方法を考える。

「彼女のために使いますか。願いには対価を要求しなければなりませんが・・・私が勝手にするのですから、かまわないでしょう」

 思い付いた使い道を実行する。
 その結果、少年の手の中にあった命は、力となって、事象となって消え去った。
 その場所には変化はない。
 けれど、少年は確かに事象に変化をもたらした。

「こんなところですかな。彼女には、ぜひとも、この状況を上手く利用して欲しいものです」

 少年は、自分の狙い通りに事業が変化したことを確認すると、満足してその場を立ち去る。
 後にはただ、それまでと変わらず、惨劇の残り香が漂うばかりだ。
 窓の外には雪が降っていた。
 赤く染まった窓の中と、白く染まった窓の外。
 その境界には、爆発により空けられた穴がある。
 応急処置で塞がれてはいるが、どうしても隙間風は漏れる。
 その風が、やがて残り香も薄れさせていくのだろう。
 そして、残り香が気にならなくなる頃、人々は気づくことになる。

「楽しみですな」

 少年は『彼女のため』と言った。
 しかし、『彼女の役に立つため』とは言っていない。

「期待していますよ」

 少年は、これから起こるであろうことに想いを馳せ、心を躍らせる。
 ただ平穏である、ということは許されない。
 なぜなら、彼女には契約を果す義務があるのだから。
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