シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第六章 眠り姫

094.出発準備

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「新婚旅行みたいでいいのう」
「代わりたいなら、代わってあげようか?」

 羨ましそうな師匠に提案する。
 本心だ。
 なにせ、目的は観光でも美味しい物を食べることでもないのだ。

「今さらそれはないよ、シンデレラ」

 師匠が答える前に、情けない声を上げてきたのは、同行者であるアーサー王子だ。
 一応、私の婚約者でもある。
 だから、新婚旅行ではないけど、婚前旅行なのは、あながち間違いではない。
 もっとも、そんなのんきな旅行じゃないんだけど。

「わかっているわよ。だから、こうして準備をしているんじゃない」

 そう言いながら、お手製の薬品を荷物にしまう。
 違法なものではない。
 限りなく違法に近いけど、あくまでも合法のものだ。
 そう、今のままなら。
 アレとコレを混ぜたり、コレとソレを混ぜたりすると、灰色が黒色になったりするけど、今のままなら、あくまでも合法だ。
 この国の法に詳しいアーサー王子にも確認したから、それは間違いない。

「・・・その薬品を入れている瓶って、馬車の揺れで割れたりしたいよね?」

 なんだか、不安そうな表情で、アーサー王子が私の手元を見ている。
 確認するために中身を教えたのは失敗だったかな。
 研究者なだけあって薬品にも詳しいらしく、アレとコレを混ぜたり、コレとソレを混ぜたりすると、どんな反応が起きるか知っているらしい。
 なんだか、色々と言いたそうな雰囲気だ。

「馬車の揺れくらいでは割れないと思うわよ。石畳に強く叩きつけたら、さすがに割れるだろうけど」
「例のガラスで瓶を作ってあげようか?」

 例のガラスというのは、以前に私があげた靴と同じ素材のことを指しているんだろう。
 親切心というか、安全のために言っているんだと思うけど、あいにくと頼むつもりはない。

「それじゃ、意味ないでしょ。蓋を開ける余裕が無いときは、割ることも想定しているんだから」
「・・・しっかり緩衝材で包んでおいてね」
「了解」

 言われなくても、割れるような運び方はしないけど、緩衝材で包むつもりはない。
 そんな運び方じゃ、いざというときに仕えない。
 移動中に襲われる可能性もあるのだ。
 ただ、それを言うと面倒なことになりそうだったので、適当に誤魔化しておく。
 人体は柔らかいわけだし、緩衝材と言えなくもないだろう。
 嘘を言っていることにはならないはずだ。

「それで、そっちの準備は終わったの?」
「荷物の準備は終わったよ。それで、護衛として連れていくのは、騎士とMMQと、シンデレラの部下の娘達でいいの?」
「ええ。シェリーとリンゴの妹は置いて行くけどね」

 最初、あの国の出身である娘達を連れて行く気は無かった。
 けど、本人達がついてくるといったから、同行を許すことにした。
 あの国には良い思い出が無いはずだけど、本人達が希望するなら、里帰りも兼ねて連れて行くのもいいだろう。

「顔が知られている思うけど、大丈夫なの?」

 その可能性はもちろんある。
 けど、あの国に詳しい人間がいるメリットは大きいし、それ以前に王女側が憶えていない可能性もある。

「肉として食べるために世話をしていた家畜の顔や名前なんか、憶えていないんじゃない?」

 私がそう言うと、アーサー王子はなんとも言えない顔をしたけど、そんな顔をされても困る。
 私はあくまで一般論を言っただけだ。
 でも、もし王女が今まで食べてきた家畜の顔と名前を全て憶えているのだとしたら、評価を一段階上げてもいい。
 尊敬する対象としてじゃなくて、警戒する対象としてだけど。

「それに、故郷を見たら帰りたくなるかも知れないしね。帰りたいと言ったら、そこに置いて行くつもりよ」

 もともと、あの娘達は私が積極的に連れてきたわけじゃない。
 あの娘達の方から、私のところにやってきたのだ。
 だけど、あのときは解放された高揚感から勢いで私のところに来たのかも知れない。
 今はどうだろうか。
 もし、故郷に帰りたいと言ったら、帰してあげてもいい。
 今回のことは、そのきっかけになると思う。
 そういう意味で言ったのだけど、アーサー王子が微笑ましいものでも見るような視線を、こちらに向けてくる。

「シンデレラは優しいね」

 なんだか勘違いしているようだけど、そういうことじゃない。
 これは彼女達の覚悟を試すための試験のようなものだ。
 マッチ売りの女性達の件で彼女達がある程度使えることは分かったけど、家族への情が原因でリンゴが負傷したのも事実だ。
 それは仕方が無かったことだとは思っているけど、今後、家族を人質に取られたといった理由で裏切られたら困る。
 だから、最後にもう一度、彼女達の覚悟を試すことにした。
 けど、わざわざ訂正するのもムキになっているみたいだし、アーサー王子にはそれ以上は言わないでおく。

「じゃあ、準備ができたら出発するけど、その前にドリゼラさんに会っていったら?しばらく会えないわけだし」

 義理の姉ドリゼラか。
 そう言えば、アダム王子が孕ませたと聞いてから、ほとんど会っていないな。
 会う義理も無いんだけど、一応様子を見ていこうかな。

 *****

「姉さん、入るわよ」

 呼びかけながら部屋に入ると、中には義理の姉ドリゼラの他にアダム王子がいた。
 仲が良いのはいいことなんだろうけど、仕事をしなくていいのかな。

「・・・ちょっと会いにきただけだ。すぐに仕事に戻る」
「別に何も言っていないわよ」

 言っていないけど、視線から言いたいことが判ったのだろう。
 言い訳じみたことを言いながら部屋を出ていく。

「悪いことしちゃったかしら?」

 別に追い出すつもりは無かったんだけど、ほんの少しだけそう思った。

「ふふっ。そろそろ戻る時間だったから気にしなくていいと思うわ。毎日、何回も会いに来てくれるの」

 私の呟きが聞こえたのだろう。
 義理の姉ドリゼラがそう言ってくる。
 別に気にしていないけど、ならまあいいか。
 私は改めて義理の姉ドリゼラを見る。

「だいぶ、お腹が大きくなってきたみたいね。調子はどう?」

 最後に見たのはいつだったろうか。
 そのときは、妊娠の兆候は全く見られなかったと思う。
 けど、今はお腹の中に子供がいることが一目で分かる。
 そう考えると、かなり長い間、会いにきていなかったのだと気付く。

「つわりが酷いけど、お腹の赤ちゃんは順調よ」

 義理の姉ドリゼラは、そう答えてくる。
 つわりが酷いと機嫌が悪くなると聞いたことがあるけど、そんな様子はないな。
 アダム王子はこまめにフォローしているのだろうか。

「ひさしぶりね、シンデレラ。会いに来てくれて嬉しいわ」

 皮肉を言っている様子はない。
 ひさしぶりに会えた知人に接するかのような表情だ。
 おかしいな。
 義理の姉ドリゼラと、そんなに友好的な関係だった覚えはないんだけど。

「あまり会いに来れなくて、ごめんなさいね」

 一応、そう言っておく。
 会いに来る時間が無かったわけじゃなくて、会いに来るという発想が無かっただけなんだけど、あえて言わなくてもいいだろう。
 仲良くする義理も無いんだけど、妊婦に精神的な負担をかけるつもりもない。
 子供には、私と義理の姉ドリゼラの仲は関係ないわけだし。

「ううん。会いに来てくれただけで嬉しいわ。城にいると、お母様やアナスタシアには会えないしね」

 少し寂しそうな表情を浮かべる義理の姉ドリゼラ
 そう言えば、彼女に会いに来る家族はいないな。
 義理の妹アナスタシアは城にいるけど、居場所は牢だし、それ以前に動けないだろうしな。
 義理の母親は、娘達が色々とやらかした手前、城に来ることは無いだろう。
 少し気の毒だとは思うけど、だからと言って私にはどうすることもできないし、アダム王子に家族になってもらって寂しさを紛らわせてもらおう。
 まあ、私もたまには会いに来ようかな。
 義理の姉ドリゼラはどうでもいいけど、赤ちゃんはちょっと興味がある。
 けど、次に会いにくるのは、旅から戻ってきてからだろう。

「じゃあ、そろそろ行くわ」
「あら、もう?」

 私が挨拶をすると、義理の姉ドリゼラが寂しそうにする。
 私に対してこんな表情を見せるなんて、かなり気弱になっているみたいだな。
 そんな様子を見ると、もう少し話していきたいと思ってしまうけど、そんなにゆっくりしていく時間も無い。

「つわりが酷いようなら師匠に相談するといいわ。薬学に詳しいし、体調にあったハーブティーも作ってくれると思うから」

 そうアドバイスをしておく。
 私がそんなことを言うのは予想外だったのか、義理の姉ドリゼラが嬉しそうな顔をする。
 師匠にも義理の姉ドリゼラを気にするように言っておこうかな。

 *****

 準備も終わったし、挨拶も終わった。
 いよいよ出発だ。
 先頭と最後尾は、護衛の騎士が乗った馬車。
 真ん中は、私、メフィ、アーサー王子が乗った馬車。
 残りは、MMQが乗った馬車と、私の部下の娘達が乗った馬車。
 なかなかの大所帯になった。
 私だけなら半分だったんだけど、アーサー王子がついてくることになったから、護衛の増えて倍の人数になったからだ。
 不自然に思われないだろうかと思いつつも、実は馬車の数は前回と同じだったりする。
 理由は、前回は配るための種や苗を大量に積んでいたからだ。
 それともう一つ、季節の問題だ。
 今は冬。
 前回と違い、防寒具や暖を取るための燃料が必要になる。
 だからまあ、馬車が多くても疑われはしないだろう。
 そんな感じで私達は出発した。

 ・・・・・

 出発したんだけど、

 ・・・・・
 
 ちょっとした問題が起こっていた。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・う」

 目の前に、青い顔をしたアーサー王子がいる。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・うぷっ」

 まあ、なんと言うか、

「吐くなら、窓からお願いね」

 とりあえず、それだけお願いしておいた。
 アーサー王子は口を開くことなく頷くと、窓の外に顔を出す。
 聞こえてくる音は、できるだけ耳に入らないようにする。

「何しについて来たの?」

 馬車に酔うくらいなら、城で大人しく待っていたらいいのに。
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