シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第五章 マッチ売り

084.聞き込み

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 昼食を終え、次の行動を開始する。

「アンズとスモモは、しばらくスラムの男を監視してちょうだい」

 あの男は何も知らないだろう。
 だから、あの男から話を聞く必要は、もうない。
 けど、利用価値がないわけじゃない。
 あの男はマッチを持っていた。

「あの男には、もう用事はないけど、マッチ売りの女性が接触してくる可能性もあるから」

 せいぜい、囮になってもらおう。
 忠告はしたのだから、そのくらいはいいだろう。

「はい」
「わかりました」

 アンズとスモモは、特に異論を唱えることなく、返事をする。
 もっとも、そう指示を出しつつも、それでマッチ売りの女性が見つかる可能性は低いと思っている。
 あの場でマッチの話をしたとき、反応を示した人間はいなかった。
 つまり、男達の中にマッチに依存している人間はいないか、いたとしてもあの場にはいなかったかだ。
 だから、本命は別だ。

「ミカンは私についてきて」
「お供します。それでどこへ?」

 リンゴが刺されたのは、客を取るために娼婦が立つような通りだ。
 なら、そういう場所に現れる確率が高い。

 *****

「こんにちは」
「こんにち・・・は?」

 昨日の夜は、いつものように遅かった。
 おそらく、眠りについた時間は、もう今日になっていただろう。
 起きたのは昼を過ぎていた。
 あたしは、いつも仕事に使わせてもらっている宿を出て食事をとる。
 ここまでは、いつも通りだ。
 その帰り道、あたしは声をかけられた。
 といっても、ただの挨拶だ。
 挨拶をされること自体は珍しいことじゃない。
 あたしも普通に挨拶を返そうとする。
 けど、その相手が普通じゃなかった。
 ここからが、いつもと違う。

「・・・誰?」

 ドレス姿の女と、メイド服の女。
 間違いなく知り合いじゃない。
 場違いにもほどがある。
 着ているものからすると貴族だろうけど、そんな人間がこんな場所にくるはずがない。
 表通りと裏通りの境目。
 ここは、そんなところだ。
 真っ当な人間が生活する一方で、スラムの人間もうろつく。
 その両方を相手にする、あたしのような職業の人間には、都合のいい場所だ。
 治安はあまりよくないけど、逆にあたしのような人間が客を取っても、文句を言う人間もいない。
 だから都合がいいんだけど、貴族が来るような場所じゃない。

「ちょっと話し相手をお願いしたいと思って声をかけたの」

 ドレス姿の女がそんなことを言う。
 近くに控えるメイド服の女は、口を挟まない。
 どうやら、世間知らずのお嬢様が迷い込んできたというわけじゃなさそうだ。
 もしそうなら、メイド服の女が止めるはずだ。
 そうしないということは、目的があってここに来たということだろう。
 厄介事の予感がする。

「ちゃんとお代は払うわよ」

 今は仕事用の服を着ていないのに、そう言ってくるということは、あたしの職業も知っているらしい。
 できれば、あまり関わり合いになりたくない。

「あたしはノーマルだから、同性はお断りさせてもらってるの」
「別にベッドの上で話したいわけじゃないわ」

 断ってみるけど、案の定、あたしを逃がすつもりはないようだ。
 どうしよう。
 平静を装いつつ、気持ちを落ち着けるために、タバコを咥えて火をつける。
 火をつけてから気づいたけど、目の前でタバコを吸って嫌がられるだろうか。
 嫌がられるのはどうでもいいけど、貴族の機嫌を損ねて面倒なことになるのは避けたい。
 あたしがドレス姿の女の様子を窺おうとするより前に、その女の手が伸びてくる。

「・・・あっ!」

 女の手は、あたしが咥えるタバコを掴んだかと思うと、そのまま持っていってしまう。

「ちょっと、返してよ!」

 タバコは嗜好品だ。
 貴重な生活費の中から金を出して買っている唯一の楽しみだ。
 反射的に、相手が貴族だということも忘れて奪われたタバコに手を伸ばす。
 すると女は、あたしの手を避けると、タバコを咥えることなく、立ち上る煙を嗅ぐような仕草をする。

「混ぜ物が多いわね。あんまり吸っていると身体を壊すわよ」
「余計なお世話よ!」

 今度は手が届き、女からタバコを取り返す。
 あたしがこんな態度を取っていても、女は気にした様子は無さそうだ。
 なら、あまり気を遣う必要もないだろう。
 話を聞くくらいはいいかも知れない。
 さっさと話を終わらせた方が手っ取り早い。

「それで何?訊きたいことがあるなら、とっとと訊いたら?」
「その前に・・・はいコレ」

 女はどこからか小さな袋を取り出して、こちらの手元に放り投げてくる。
 それを受け止めると、中からガサッと音がする。
 大して重くないから、金じゃなさそうだ。
 くれるつもりのようだから、そのまま開けて中を確認する。

「なにコレ?乾燥させた葉っぱ?」

 タバコの質が悪いとか言っていたから、タバコの葉だろうか。
 けど、よい香りがするから、違うようだ。

「茶葉なんだけど、香のように使っても効果があるわよ。逃がしたくない客にでも使ったら?」

 客と一緒に茶を飲めということだろうか。
 けど、茶なんて飲む習慣はない。
 そんなものより酒の方が嬉しかったけど、くれるというのだから文句は言わないでおこう。
 香のように使えということは、火をつけて煙を焚けばいいんだろうか。
 まあ、気が向いたら使ってみよう。

「最近、この辺りに見かけない娼婦はいない?」

 あたしが葉っぱを眺めていると、ドレス姿の女が質問してきた。
 なんだかよく分からないものだけど、前払いで物をもらっているわけだから、答えるくらいはいいだろう。

「新顔の娼婦ってこと?そりゃいるわよ」

 こんな商売をしていると、身体を壊したり、たちの悪い男に引っかかったりして、いつの間にかいなくなる人間がいる。
 けど逆に、それまで裕福な生活をしていたのに、謝金を負って、あたし達の仲間入りをする人間もいる。
 だから、新顔なんて珍しくもない。

「じゃあその中に『その娼婦が現れてから、それまで通っていた客がいなくなった』っていうような人間はいない?」
「人の客を寝取った奴ってことかい?」

 あたし達にも暗黙のルールがある。
 一回通うだけの男ならともかく、人のお得意様には手は出さないというルールだ。
 もちろん、男もたまには違う女を抱きたくなるから、絶対というわけじゃない。
 けど、積極的に他人の客を奪うようなことはしない。
 そんなことをすれば、同じことを別の娼婦にされるからだ。
 寝取った相手を取り戻されるだけならいいけど、暗黙のルールを破る人間だと知られれば、周囲の娼婦に寄ってたかって客を奪われて、稼ぎがなくなる。
 そうなってしまえば、この辺りに居場所はない。
 スラムの奥にでも行って、今より安い金で客を取るしかなくなる。
 そんなのはゴメンだ。
 だから、みんな暗黙のルールは破らない。
 破るのは、大金持ちから一気に没落したような、世間知らずの元お嬢様くらいのものだ。
 そんな人間は、元の生活に戻ろうという叶わない夢を見て、なりふり構わず稼ごうとすることがある。
 ドレス姿の女は貴族だろうから、元お友達でも捜しに来たんだろうか。

「ここ最近は、人の客を寝取るような新顔はいないね」

 心当たりがないのは、嘘じゃない。
 そんな面倒な娼婦は、いっそ引き取ってもらった方がいいから、嘘をつく必要がない。
 けど、女の期待する答えじゃないことは分かる。
 予想通り、追加の質問をしてきた。

「寝取るってことに、こだわらなくていいわ。それまで通っていた客がいなくなったってことはない?いつの間にか見かけなくなったとか」

 そんなことを言われても、それまで取ったことのある客の顔を全て覚えているわけじゃない。
 顔を覚えているのはお得意様くらいのものだ。
 自分と他人のお得意様の顔は覚えている。
 他人のお得意様も覚えているのは、暗黙のルールを破らないためだ。

「いなくなった客ねぇ」

 あたしはタバコの煙を吸い込んで気分を落ち着かせながら、しばらく考える。

「そう言えば、少し前に知り合いの娼婦が、お得意様がいなくなったって言っていたね。誰が寝取ったんだって騒いでいたから覚えているよ」

 そうだそうだ。
 思い出した。
 あのときは確か犯人は見つからなかったと思う。
 けど、そのときに疑われた娼婦がいたはずだ。
 疑われた娼婦がそれ以降にその客を取っていなかったから、最終的に疑いは晴れたんだけど。

「心当たりがありそうね」

 あたしの表情から分かったのだろう。
 ドレス姿の女が尋ねてくる。

「・・・一応あるけど、結局、その娼婦が客を寝取ったんじゃなかったわよ?」
「でも、客がいなくなった時期と、その娼婦が姿を現し始めた時期が、一致しているんでしょ?」
「まあ・・・ね」

 なんだか、仲間の娼婦を売っているみたいな気がしてきた。
 そんなつもりは無いんだけど、ドレス姿の言う条件と一致しているから、そんな風に感じてしまう。

「心配しなくても、その女が本当に娼婦なら、何もしないわよ」
「?」

 本当に娼婦なら?
 逆に言えば、捜している女は娼婦じゃない?
 やっぱり、関わり合いにならない方がよさそうな話だ。

「もういい?そろそろ仕事の準備をしないといけないんだけど」
「最後にもう一つだけ教えて。その娼婦の居場所は知っている?」

 どうやら捕まえるつもりのようだ。
 仲間を売れと言われているようなものだけど、娼婦じゃない可能性があるなら気にしないでいいか。
 逆に娼婦じゃないのに、あたし達に紛れていることで、仲間達が面倒事に巻き込まれる可能性がある。
 それを防ぐためだ。
 そう自分を納得させる。

「ねぐらは知らないけど、夜はこの辺りに通りに立つわ。顔は知っているから見かけたら教えてあげてもいいけど」
「じゃあ、夜にミカンを来させるから教えてちょうだい」

 そう言って、メイド服の女を指す。

「わかったわ」

 あたしは、ドレス姿の女からもらった乾燥した葉の入った袋を弄びながら、そう答えた。
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