シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第五章 マッチ売り

079.少女

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「夜は冷えるわね」

 隣にいる同僚に話しかける。

「そうね」

 意味のない会話だ。
 けど、こんな会話でもしていないと、時間を持て余してしまう。

「これだけ寒いと、ああいう人達も羨ましいわね」

 薄暗い通りでは、寒い季節だというのに、露出の多めの服を着た女性達が立っている。
 そして、先ほどから男性が通るたびに声をかけ、一人また一人と姿を消していく。
 おそらく安宿にでも行くのだろう。
 そこであの女性達は、僅かな金銭と暖かい一夜の宿を得るのだろう。
 隙間風はあるだろうけど、人肌というものは暖かいものだ。
 私も村で生活していたときは、寒い季節は妹と抱き合って寝ていたものだ。
 もっとも、そのときは裸ではなかったけど。

「リンゴなら、道に立って客を探さなくても、娼館で雇ってくれると思うけど?」
「ミカン。冗談なんだから、真面目に返さないでよ」

 同僚に文句を言いつつも、これだけ寒いと、それもいいかな、と一瞬思ってしまう。
 けど、もちろん、本当にそんなことをするはずがない。
 少なくとも、聖女様に恩を返すまでは、そんな楽な生活をするつもりはない。
 娼婦が楽な仕事とは思わないけど、人の肉を食べ、人に肉を食べられることに怯える毎日よりは、マシだろう。
 そんな環境から抜け出すきっかけを与えてくれた聖女様には感謝している。
 聖女様の狙いが何だったかは関係ない。
 結果だけが全てだ。
 あそこにいた多くの人間は、希望通りに楽になった。
 より罪深い私は、楽にはなっていないけれど、それでも解放はされた。
 だから、その恩は返さなければならない。

「アンズとスモモはマッチを見つけたんだから、私達はそれを売る女性を見つけたいところね」
「ええ」

 ここにいない同僚達が見つけたマッチは、聖女様の師匠によって成分を調べている最中だ。
 『とても良い夢』を見せるというマッチは、王都で女性が売り歩いているらしい。
 その女性を見つけるのが、私達の目的というわけだ。
 『とても良い夢』。
 寝ている最中に見た夢なら、ただ運がよかったというだけだろう。
 けど、マッチを擦るだけでそんな夢を見ることができるなら、それは抗い難い誘惑だ。
 下手をすれば、麻薬よりも依存する人間が現れる可能性があるんじゃないだろうか。
 私も、もし村で何も知らずに生活していた頃に戻れるなら、夢の中でだけでも戻ることができるのならと考えことも、

 ・・・・・

 いや、そんなことは考えない。
 とにかく、そんな都合のよいものがあるわけがない。
 犯罪が関わっている可能性がある。
 身体への害があるかどうかに関わらず、依存してしまえば、それを手にいれるためなら、いくらでも金を払うことになるだろう。
 破産するだけならまだいいけど、それだけでは終わらない。
 金を手に入れるために、強盗や犯罪が蔓延することになる。
 麻薬というのは、当人を害するだけではない。
 国を害する毒薬なのだ。
 問題のマッチは、それと同様のものである可能性があるのだ。
 だから、私達は聖女様からの指令で、それの調査をおこなっている。

「でも、通りでマッチを売っている女性はいないわね」

 同僚であるミカンが、そんな意見を言ってくる。
 確かに、その通りだ。
 女性が男性に、バレないようにものを売る。
 その手段として、娼婦のように夜道で男に声をかけるというところに目を付けたのは、間違ってはいないと思う。
 けど、見つかるのは本物の娼婦だけだ。
 少なくとも、服装や行動はそう見える。

「やっぱり、踏み込んだ方がいいんじゃない?宿に入ってから売っているんだとしたら、ここで見張っていてもわからないし」

 そうなのだ。
 外で売っている光景は見つかっていない。
 だからといって、売り子がいなかったとは言い切れない。
 宿に入ってから売っている可能性もあるのだ。
 それを確かめるには、宿の部屋に踏み込むか、最低でも扉の前まで近づかなければならない。

「そうしたいけど、目立つなって言われているしね。それでなくても、アンズとスモモがスラムで騒ぎを起こしたせいで、マッチを売っている女性に気づかれている可能性もあるんだから」

 ここにいない同僚であるアンズとスモモは、マッチの現物を見つけるという成果を上げている。
 けど、その過程でスラムで騒ぎを起こし、その地域での調査がしづらい状況になってしまったらしい。
 だから、私達はより慎重に調査をしているというわけだ。
 それに、マッチはアンズとスモモが見つけたから、私達は売っている女性の方を見つけたい。

「今日一晩観察してみて、見つからないようなら・・・」

 ・・・・・

「どうしたの?リンゴ?」

 ・・・・・

「まさか・・・そんな・・・」

 ・・・・・

「ちょっと、どこ行くの?踏み込むの?」

 ミカンの声は聞こえていた。
 けど、たった今、男と宿に入っていった少女の顔を見た瞬間、ミカンの言葉は私の頭の中で意味を無くした。

 *****

「睡眠薬、鎮静薬、幻覚薬、麻酔薬、他はまあ色々といったところかのう」
「それが、このマッチの正体?」
「うむ」

 お茶会で師匠が調べた内容を教えてくれる。
 お願いした翌日に結果が出ているのは、さすがと言ったところだろう。

「一種類の薬品じゃなく、複数の薬品を混ざてあるってことか」
「その通りじゃ」

 アダム王子の問いに師匠が答える。
 アダム王子は、ただ確認のために訊いたみたいだけど、私には分かった。
 師匠の言葉には、重要な意味がある。

「薬品って、混ざたからといって全部の効果が出るものなんですか?」
「そんなわけないでしょ」

 アーサー王子は少しは分かっているようだ。
 そう言えば、身体に効果を出すものじゃないけど、アーサー王子も薬品を使うって聞いたような気がする。

「薬品同士が反応して成分が変わることもあるし、身体が予想外の反応を示すこともあるわ。普通はそんなに混ぜたら副作用が怖くて使えないわよ」

 このことは、師匠から薬学について教わったときに、しつこいくらいに聞かされた。
 例えば、精神を高揚させる薬と、精神を鎮静化させる薬。
 それらを混ぜたら中和されて何も起こらない、なんてことはない。
 身体がどんな反応を示すか予想もつかない。
 心臓が破裂するかも知れないし、心臓が停止するかも知れない。
 不用意に薬を混ぜるのは、そのくらい怖ろしいことなのだ。

「シンデレラの言う通りじゃ。が、このマッチは絶妙なバランスでそれを可能にしておる」

 だから、これがマズイものだということが分かった。
 おそらくは、数えきれないほどの実験を繰り返した末に、このマッチはできている。
 ここで言う実験とは、実際に効果があることの確認だ。
 つまり、人間で試す必要がある。
 昔からあったものなのか、最近作られたものなのかは分からないけど、ろくでもない手段で開発されたものであることは想像がつく。

「ほう。なかなか興味深いですな」

 珍しくメフィが興味を示した。

「それだけ複雑な効能を持つ薬品など、私の時代では作れませんな。臨床試験の許可を得るのが難しいし、なにしろ需要がない。需要がないのは、まあ、薬品以外の代替品があるからですが」

 言っていることはよく分からなかったけど、メフィでも感心するようなものだってことは分かった。
 なんにせよ、少し厄介なことになってきたな。

「師匠、そのマッチがどこで作られたものか分かる?」

 期待は薄いだろうと思いつつも尋ねる。
 私も正確な答えが返ってくるとは思っていない。
 ヒントだけでも欲しいと思ったのだ。

「北。少なくとも材料はそうじゃろう。これに使われていた薬草は、寒い地方でしか育たないものが多いようじゃ」
「北?」

 ・・・・・

「・・・ねえ、アーサー王子。この調査、やっぱり断らせてもらってもいい?」

 北は、何となく嫌な予感がする。
 あの娘達の初任務には荷が重いかも知れない。
 だから、私はアーサー王子に、そうお願いする。

「もともと、こっちで調べようとしていたことだから、それは構わないけど、どうして急に?」

 アーサー王子は、私のお願いを了承してくれたけど、不思議そうな顔をする。
 断る手前、説明は必要だろう。
 私もまだ予感でしかないのだけど。

「マッチの材料は北の地方でしか栽培できない薬草が使われているのよね?師匠、それってどのくらい北?この国の最北端くらい?」
「いいや、もう少し北じゃな」
「つまり、この国じゃないってことよね」
「うむ」

 それだけで、もう嫌な予感しかしない。
 しかも、ここより北にある国で、そんな薬を作りそうな人間に心当たりがある。

「一般に出回っていない特別な薬って聞いて、何か思い出さない?」

 それほど昔のことじゃない。
 この場にいる人間は、すぐに気づいたようだけど、最初に声に出したのはアダム王子だった。
 そのとき直接狙われたわけだし、無理もない。

「おいおい、まさか例の眠り薬のことか?」

 正解だ。
 あれも、普通じゃありえない効能だ。
 ろくでもない方法で作られたことは想像できる。

「可能性でしかないけどね。でも、万が一、あの王女が関係していた場合、ちょっと危ないかなって思って・・・」

 我ながら過保護だとは思う。
 まだ、あの王女が関係しているかは分からないし、関係していたとしても目的も不明だ。
 それほどの危険はないかも知れない。
 でも逆に、あの王女が関係していなかったとしても、危険である可能性はある。
 あのマッチを作った人間は、そのくらいの権力を持つ人間だ。
 少し気楽に考えすぎていたかも知れない。

「いいよ、調査はMMQで引き継ぐから、あの娘達は引き上げさせて」
「悪いわね」

 アーサー王子の言葉に素直に感謝する。

「シェリー、次に報告のために戻ってきたら、調査は終了って伝えてくれる」
「わかりました」

 私はシェリーに指示を出す。
 これで、ひとまずは安心だ。
 このときの私は、そう考えていた。
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