シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第五章 マッチ売り

078.マッチ

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「お嬢ちゃん、こんなところを歩いていると危ないぞ。どうした?道にでも迷ったのか?」

 男が親切そうな台詞で話しかけてきた。
 けど、その言葉が親切心からではないことは明らかだ。
 まず、顔が厳つい。
 厳つい顔でも親切な男もいるかも知れないが、この場合は違うだろう。
 咥えタバコで、こちらを舐めまわすような視線を向けてきている。

「すぐに、ここを離れますので、おかまいなく」

 男の言葉に、そう返しながら、隙を窺う。
 体格はいいが、素早くはなさそうだ。
 掴まれたら厄介そうだけど、急所に攻撃すれば倒すのは難しくないと思う。
 そう考えると、心に余裕の出てくる。
 すると、見えてくるものもある。

「マッチ・・・」
「ん?」

 男はタバコを咥えているが、まだ火はつけていない。
 タバコは嗜好品だ。
 スラムでは貴重品なのだろう。
 咥えてはいるが、すぐに吸う気はないのだも知れない。
 火をつけずに、マッチを手で弄んでいる。
 私にとって重要なのは、男が咥えているタバコの方ではない。
 手で弄んでいるマッチの方だ。

「・・・・・」

 聖女様のために、できるだけ手がかりは集めないといけない。

「どうした?」

 男は黙り込んだ私を一歩近づいて訝し気に覗き込んでくる。

 シュッ!

「おっと!」

 男の手元を狙ったが、躱されてしまう。
 リーチでは男の方が長い。
 僅かに手を後ろに下げられただけで届かない。

「ちっ!」

 交渉で譲ってもらうのは面倒そうだから、素早く奪って立ち去りたかったが、どうもそれは叶わないらしい。

「・・・そのマッチを譲ってくれない?お金は払うわ」

 提案するが、男は頷かない。

「おいおい。いきなり奪おうとしておいて、ずいぶんと都合の良い言い分だな」

 こうなると、交渉で手に入れるのも、強引に手に入れるのも難しい。
 しまった。
 最初の行動で失敗したかも知れない。
 けど、聖女様の役に立つためには、諦めるという選択肢は無い。

「なんだ?こんなものが欲し・・・ガッ!!!」

 男が何かを言おうとしたのを無視して、男の股間に膝を入れる。
 頭が下がったところで、掌底で顎を打ち抜く。
 痛みのためか、脳震盪を起こしたためか、男が崩れ落ちる。

「ちゃんと、お金は払うわ」

 部下である私が強盗紛いのことをして、王女様の評判に傷をつけるわけにはいかない。
 男の手からマッチを奪い、代わりに貨幣を握らせる。
 悶絶している男の手から貨幣が零れ落ちるが、そこまでは面倒を見切れない。
 これで用事はすんだと立ち去ろうとした瞬間、私と男を遠目に見ていた大勢の人間が、一斉に走って近づいてきた。
 私を獲物と狙っている人間が、男が倒れたことで獲物を奪うチャンスとでも思ったのだろう。
 あるいは、私が男に渡した貨幣が目的なのかも知れない。
 どちらにしろ、この場に留まらない方がよさそうだ。
 私は包囲網の一角を崩すべく、何人かの人間を殴り飛ばす。
 けど数が多い。
 それに、殴ったことで私を敵と見なしたのか、私へ集まってくる人間が増えた気がする。

「アンズ!何やってるの!」
「スモモ!」

 ともに聖女様に仕える同僚が、駆け寄ってくる。
 その途中で、何人かを蹴り飛ばしている。
 そのおかげで、包囲網を突破できる隙間ができた。

「ありがと!」

 礼を言いながら、彼女が作ってくれた道を通って包囲を抜ける。
 彼女には離れた場所から私についてもらってきていた。
 もし、私がマッチ売りの女性を調べることで、逆に私の後をつける人間が現れたときに、すぐに気づけるようにするためだ。
 そして、こういうときにフォローしてもらうためでもある。
 そういった意味で、この作戦は狙い通りの効果を上げていた。

「ありがと、じゃないわよ!目立つことはするなって言われていたじゃない!」

 私と一緒に走りながら、彼女が文句を言ってくる。
 けど、それには反論したい。
 私は別に間違ったことをしたとは思っていない。

「仕方ないでしょ!目的の物を手に入れるためだったんだから!」

 行動の理由を教えるが、彼女は不満そうだ。

「マッチを手に入れるのは作戦の一つだけど、優先度はマッチ売りの女性に関する情報収集の方が上のはずでしょ!その情報を持っているかも知れない相手を殴り飛ばしてどうするの!」
「素直に教えてくれそうになかったんだもん!マッチが目的の物だったら、捕まえて拷問すればいいじゃない!」

 言い争いは平行線だ。
 どちらにしろ、さっきの場所で調査を続けるのは難しい。
 いったん報告のために戻ることにした。

 *****

「それで、これがそのマッチってわけ?」
「はい」

 いつものお茶会。
 私はシェリーから渡されたものを手に取って眺める。

「普通のマッチに見えるわね」

 見た目では、棒の材質も尖端に塗られている薬品も、見分けがつかない。

「申し訳ありません。確証があって集めたものではないらしいのですが、一応、ご報告をと思いまして・・・」
「そう・・・どうしようかな」

 調査して欲しいのは、マッチ売りの女性が売っているマッチだ。
 普通のマッチをもらっても困る。
 マッチ業界の売り上げ調査をしているわけではないのだ。

「使ってみたら早いんだけど・・・」

 どんな効果があるか分からないものだし、少し不安だな。
 おそらく少量なら大丈夫だとは思うんだけど。
 それに、問題はそれだけじゃない。
 怪しいというだけの理由で大量にマッチを集められても調べきれない。

「師匠、調べられる?」

 他力本願であることは知りつつ、私は師匠に尋ねる。
 薬学に関しての知識は、師匠の方が上だ。
 私の知識は、師匠から教えてもらったのだから当然だ。

「ふむ。調べられないことはないが・・・・使ってみた方が早いのう」

 それはそうだろう。
 ここにあるだけでも数十本はある。
 それを一本ずつ調べるのは、かなりの手間だ。
 使ってみれば、探しているものかどうかは一目瞭然だ。
 問題は身体への害と、使って特定した後にさらに詳しく調べるためのものが残るかどうかだ。
 燃えてそれ以上は調べられないのでは、あまり意味がない。
 だけど、それは何とでもなるか。
 どこで手に入れたものかが分かるだけでも調査は前進していると言えるだろう。

「さすがに兵士で試すわけにはいかないが、罪人でも使って試してみるか?」

 アダム王子が、そんなことを言い出す。
 私と同じく身体への害を心配してのことだろう。
 確かに毒薬かどうかを確認するなら効果的だ。
 人道的にどうかは別として、確実に毒かどうかが分かる。
 命の価値は平等だ、なんて綺麗ごとを言うつもりはない。

「それが手っ取り早いけど、そんなことをして大丈夫?」

 私の考えはともかく、多くの国民は非人道的なことには抵抗があるだろう。
 それは他人を思いやるという建前でもあり、自分を人道的に扱って欲しいという本音でもあるのだが、なんにせよ王族が非人道的なことをするのは糾弾されるきっかけになったりするのではないだろうか。

「大丈夫ではないね。バレたら、かなりマズイことになると思う」

 アーサー王子が答えてくる。
 まあ、そうだろう。
 予想通りだ。
 アダム王子は上手くやるつもりなのだろうけど、こういうことは意外なところから洩れるものだ。

「罪人を使うのは止めておきましょう。一本くらいなら大丈夫だろうし、ここにある分は私達で試しましょうか。今後、手に入れた分をどうするかは、改めて考えましょう」

 問題はここにある分だけじゃない。
 今後、手に入れた分をどう調べるかも問題になってくる。
 手に入れた分を全て調べることが現実的でないなら、マッチ売りの女性と売買ルートの調査に専念するのも一つの方法だろう。

「みんな一本ずつお願いね。メアリーとシェリーも付き合ってくれる?」
「承知しました」
「はい」

 メイド二人は了解してくれる。

「わかったよ」
「気は進まんが」
「仕方ないのう」

 アーサー王子、アダム王子、師匠も気は進まなさそうだが協力はしてくれるようだ。

「メフィは・・・止めておきましょうか」
「正解ですな。私に効果が出るとは思えませんので」

 対価を払えばあっさり調べてくれそうな気もするが、それをするつもりはない。

「じゃあ、いきましょうか」

 カシュ。

 マッチに火がつき、微かな煙が漂った。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

「何ともないね」
「そんなに簡単に見つかったら苦労はしないだろう」
「ハズレかのう」
「こちらも何ともありません」
「私もです」
「・・・・・」

 ・・・・・

「シンデレラ?」
「・・・・・アタリよ。たぶん、コレがそうだと思う」

 心配そうに声をかけてくるアーサー王子に返事をしながら、私は自分が使ったマッチを師匠に渡す。

「成分を調べてくれる?」
「うむ。いいじゃろう」

 師匠に任せておけば、どんな効果がある薬品で、どういう薬草が原料に使われているのか分かるだろう。
 そこから辿って、相手に近づける可能性がある。

「あの、シンデレラ?本当にソレが探しているマッチだったの?その割には、なんとも無さそうだけど・・・」
「一応、『夢』は見れたからね。そうだと思う。まあ、『とても良い夢』かどうかは微妙だったけど」

 今さら顔も覚えていない両親が現れたからと言って、感傷に浸れるはずもない。
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