シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第五章 マッチ売り

077.冬の街

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「細かい役割分担は任せるけど、シェリーは城にいて四人に指示を出してちょうだい。それで、四人が集めた情報を整理して私に教えてね。それと、街で調査するときは必ず二人以上で行動すること。二人組を二組でも、四人全員でもどちらでもいいわ。私からは、それくらいかな」

 そう指示を出して、シンデレラ様は立ち去った。

「聖女様がシェリーさんに城にいるように言ったのって、シェリーさんの足を心配してのことですよね」
「さすが聖女様。お優しですよね」
「私達に二人以上で行動するように言ったのも、一人で行動して何かあったらいけないからですよね」
「出会って間もない私達まで気づかってくれるなんて、聖女様はお優しいです」

 後輩にあたる四人娘が、シンデレラ様を褒め称える。
 おそらくは彼女達が予想している通りなのだろう。
 私の足を傷つけたのがシンデレラ様であることを考えると複雑な気持ちになるけど、それでも感謝の気持ちはある。
 もっとも、シンデレラ様が優しさから言ったのか、任務の効率を考えて言ったのか、どちらなのかは判らない。
 けど、どちらだったとしても、シンデレラ様のおかげで私達がここに居ることができるのは間違いないのだ。
 だから、後者だったとしても、感謝しない理由にはならないだろう。
 少なくとも、任務を成功させて信用を得たいと思う程度には、感謝している。

「リンゴとミカン、アンズとスモモで組みなさい」

 私は四人に指示を出していく。
 調査する場所は王都ということだから、距離は遠くない。
 むしろ、近場と言っていい。
 ただ、近場だからこそ、王都で顔が知られているかも知れないMMQではなく、新顔である私達が選ばれたのではないかと思っている。
 つまり、今回のことはチャンスなのだ。
 シンデレラ様に対して思うところが無いわけではないけど、私はシルヴァニア王国には帰りたくない。
 四人娘も同じだろう。
 だから、私達は自分の価値を示すために、今回の任務を成功させてアピールしなければならない。

「城を出入りするときは、街の人間に見られないようにしなさい」

 私は神経質と言えるほど細かく指示を出していく。
 四人娘は素質はあるけど、シルヴァニア王国で私が受けた訓練を受けていないから、どこか危なっかしい。
 シンデレラ様も、そのことを感じているようで、危うく今回の任務を依頼されなくなるところだった。
 彼女達の教育には、慎重になってなり過ぎということは無い。

「・・・以上です。行動を開始しなさい」

 本来なら自分も街での調査に加わりたい。
 城に居ることを言い渡されたことが悩ましい。

 *****

「寒いです」

 まだ、雪は降っていないけど、季節はもう冬だ。
 街の大通りは城の中よりも風通りが強いせいか、より寒く感じる。

「この国は雪が降るのかしら」

 遠い故郷のことを想う。
 あの国はここよりも北にあるから寒い。
 今の季節は、もう雪が降り積もっているだろう。

「村のみんな飢えていないといいけど」

 あの国の城、王女のもとには戻りたくない。
 けど、故郷の村には哀愁を感じるくらいの思い出はある。
 口減らしのために王女のもとへ行くことになったわけだから、恨みが無いと言えば嘘になる。
 でも、仕方なかったことだとは思っているし、村にいたときの思い出は悪いものばかりじゃない。
 私が犠牲になったのだから、せめて村のみんなには飢えて死ぬことが無ければいいと思う。

「いけない。お仕事お仕事」

 あの国から一緒に出て来た人達といる間は、こんなことは考えたことはなかった。
 一人で街を歩いていて、気が緩んでしまったのかも知れない。
 気を引き締め直す。
 故郷は懐かしいけど、未練はない。
 今は私があの国から逃げ出すきっかけを作ってくれた聖女様に尽くすことだけを考えよう。

「といっても、調査って、どうやればいいんだろう」

 とりあえず、大通りを歩いてみているけど、マッチを売っている女性は見つからない。
 それに、普通じゃなさそうなマッチを使っている人間もいそうにない。
 まあ、そういうものだと思う。
 噂になるってことは、嘘か真か判らないということだ。
 つまり、目立つようなところにいるわけがない。

「やっぱり路地裏とかかな」

 少し大通りを外れてみる。
 王都は街並みが整備されているといっても、路地裏はそこそこ道が複雑だ。
 あまり奥に入り込むと、戻れなくなるかも知れない。
 治安も悪いから、先ほどよりも注意が必要だ。

「よく考えたら、昼間は街の人も仕事をしているから、わざわざマッチを買ったり、幻覚を見るようなものを使ったりはしないわよね」

 そう考えると、治安の悪い路地裏に入ったのは正解だったかも知れない。
 周囲を観察しながら、路地裏を歩く。
 表通りとの境目付近は、そのほど変化はない。
 貧しい家屋があるくらいで、人々は仕事をしているし、生活必需品を売っている店もあった。
 嗜好品もあるようだが、あまり質はよくなさそうだ。
 酒が入った瓶にはラベルがなく、飲んだら悪酔いすることは間違いないだろう。
 タバコは芳醇な香りなどせず、ただ咳き込むような煙の臭いがするだけだ。
 私自身は酒もタバコも嗜まないけど、城にはそれらを嗜む人もいるから、それくらいの違いは分かった。

「マッチはありますか?」

 私はタバコを売っていた店で、そう訊いてみた。
 こういう店なら、マッチも売っているだろうと考えたのだ。

「マッチ?ほら、そこに置いてあるから、好きな物を選びな」

 そう言って指示された場所を見ると、確かにマッチはあった。
 調査のために金銭は持たされているから、買うことはできる。
 けど、どう見ても普通のマッチだ。

「これって、火を点けると幻覚を見れたりしますか?」

 一応、訊いてみる。
 しかし、店主は私の言葉を笑い飛ばす。

「マッチで幻覚が見れるわけがないだろ。なに言ってんだ」

 その通りだ。
 私も自分で言ってから、間抜けな質問だと思ってしまった。
 それに、探しているのは確かにそういったものだけど、普通に聞いて教えてもらえるようなら、わざわざ調査なんてしていないだろう。

「なんだ、煙にして吸う『クスリ』が欲しかったのか?値は張るが無いことは無いぜ。どうする?買うか?」

 私の質問をどう受け取ったのか、店主がそんな提案をしてくる。
 普通の店に見えても、やはり表通りとは違うということだろう。
 そういう『クスリ』も売っているようだ。
 違法な店を摘発することになるから、聖女様に報告したら喜ばれるだろうか。
 そう思ったけど、微妙なところだろうと思い直す。
 今回の任務はそれが目的じゃないし、こういった店は治安の悪い地域には多いだろうから、一つ二つ摘発したところで大した効果はないだろう。

「いえ、『クスリ』はいいわ。それより、ここにあるマッチを全部もらうわ」
「全部?そんなに何に使うんだ?まあ、金さえ払ってくれれば売るけどよ」

 念のため、その店にあったマッチを買っておく。
 普通のマッチに見えるのに買ったのには理由がある。
 箱や中に入っている本数がバラバラなのだ。
 おそらくは、酒場で客が忘れた物、道端の落とし物、捨てられた物などを売っているのだろう。
 その分、値段も安いというわけだ。
 需要があるから売っているのだろうから、そのこと自体は悪いことだとは思わない。
 重要なのは、そういった物の中になら、狙いの物も混ざっているかも知れないということだ。

「まいどあり。また、来てくれよ」

 値段が安いとはいっても、数を多く買ったからだろう。
 気をよくしたらしい店主に見送られて、私は店を離れた。

 *****

 空気が変わった。
 そう感じた。
 急に変な匂いがしてきたというわけじゃない。
 路地裏に入ってから感じる不衛生なことが原因の匂いは続いているけど、そういったことじゃない。
 ある道を境にして、雰囲気が変わったのだ。

「王都なのに、スラムがあるんだ」

 ここまでは、貧しい人々が暮らしている地域だったのだろう。
 建物はボロボロで、店で売っている物の質も悪いけど、それでも治安は保たれていた。
 けど、ここからは違う。
 まともな職に就けず、その日を生きるだけで精一杯な人間が行きつく、無法地帯だ。
 様々な理由があるんだろうけど、それに同情している余裕はない。
 自分が生きるためなら、他人を殺すことも厭わない人間もいる。
 そう教えられた。

「スラムを見るのは初めてだな。村も貧しかったけど、治安は保たれていたから」

 村は餓死者が出るほど貧しかったけど、だからこそ盗みは重罪で、治安は保たれていた。
 そんな厳しい法に文句を言う人間もいなかった。
 それを許してしまえば、次の年に畑を耕す人間が減り、いずれは村が滅びることを知っているからだ。
 そんな村より厳しい環境。
 そこに私は足を踏み入れた。

 何をするでもなく、道端に座り込む人。
 一人を数人で殴る蹴るして、持ち物を奪う連中。
 和姦なのか、強姦なのか、薄暗い場所で交わっている男女。

 そんな光景が繰り広げられていた。
 そんな中を私が歩いても誰も興味を示さない。
 いや、遠目から見られている。
 おそらく、普段見かけない私を獲物として狙っているのだろう。
 すぐに襲い掛かってこないのは、私を警戒しているのではなく、誰が獲物を奪うかで互いに牽制し合っているんだと思う。

「この服のまま入ってきたのは失敗だったかな」

 私の服装はいつものメイド服ではなく、街にいてもおかしくない服だ。
 しかも、目立たないように、どちからというと貧しい人間が着るような服だ。
 事実、路地裏に入ってすぐのときは、むしろ馴染んでいたくらいだった。
 けど、ここでは違う。
 下手をすれば服なのか布切れなのか判断が難しい物を身体に巻いている人間もいるようなところだと、どこも破れていない服を着ているだけで目立つ。
 襲われるための囮なら都合がいいけど、今回の任務はマッチを売っている女性を見つけることだ。
 目立つのは都合が悪い。

「お嬢ちゃん、こんなところを歩いていると危ないぞ。どうした?道にでも迷ったのか?」

 一度、引き返そうか。
 そう考え始めたところで、ちょうど声をかけられた。
 私を襲う人間が決まったらしい。

「すぐに、ここを離れますので、おかまいなく」

 声をかけてきたのは、厳つい男だ。
 こんな場所なのに、痩せ細っているということはなく、むしろ筋肉がついている。
 服も汚れて、ところどころ擦り切れてはいるが、それでも服としての体裁は整っている。
 やっかいな人間に声をかけられた。
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