シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第五章 マッチ売り

075.噂

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「暇ねぇ」

 王妃の件が片付いてから、しばらくが経った。
 私はいつものお茶会で、そんなことを呟く。

「私としては、暇を持て余すくらいなら、借金を返す努力をして欲しいものです。暇を持て余させるために、返済期限を設けていないわけではないのですから」

 私の呟きに、メフィにしては珍しい辛辣な言葉が返ってきた。
 私の行動に口を出すことは少ないけど、刺激が無いから退屈なのだろう。

「だって、仕方ないじゃない。最近、寒くなって来たし」

 私は着慣れてきたドレスを見ながら、そう返す。
 この時期に男装を止めてドレスにしたのは、失敗だったろうか。
 けど、理由がある。
 王妃の件があってから、城の中でも、いざという時のための準備をしておくに越したことは無いと気づいたのだ。
 催淫薬に対する解毒薬も持つようにしたから、前のような醜態を晒すことは無いと思う。

「それに、この国の王都って治安がいいから、メフィの対価にできそうな犯罪者も少ないしねぇ」
「犯罪者だとしても、いつの間にか牢から消えているというのは困るのだがな」

 私の言葉に文句を言ってきたのはアダム王子だ。
 けど、最近はそんなことはしていない。
 城に来て最初のときにメフィが重罪人を消したことを言っているのだろう。
 過ぎたことをいつまでも執念深いことだ。
 そんなことじゃ女にモテないわよ、と言いたいところだけど、義理の姉ドリゼラという婚約者がいるしな。
 それに、その立場もあって、以前は言い寄る女に事欠かなかったようだし。

「それなら、最近、街で噂になっていることでも調べてみる?もしかしたら、犯罪が絡んでいるんじゃないかと思って、僕の方でも調べようかと考えていたんだ」

 そんな提案をしてきたのはアーサー王子だ。
 MMQという国の害になる人間を秘密裏に始末するような、裏の仕事をする部隊を持っているから、そういう情報も入ってくるのだろう。
 けど、噂話のレベルだから、まだ本格的に調査を開始していないといったところだろうか。
 でも、街での調べものとなると寒そうだから、あまり気が乗らない。
 そう考えていると、師匠が口を挟んできた。

「ふむ。どんな噂なんじゃ?」
「あれ?師匠、乗り気?」
「そういうわけではないが、もし犯罪だとしたら、早めに潰しておいた方がいいのじゃ。目立った被害がないのに水面下で広がるような犯罪は、いったん広がってしまうと後か潰すのは大変じゃからのう」

 そういうものか。
 そういうところに気づくのは、年の功というやつかな。
 見た目は若返っているけど、人生経験が無くなっているわけじゃないだろうし。

「シェリーに教育させている部隊に任せてみてはどうでしょうか?」

 師匠のことばに賛同するように、給仕をしていたメアリーが提案してきた。
 席について一緒にお茶は飲んでいないけど、必要があればこうして話に加わってくる。

「そう言えば、シェリーに任せっきりだったわね。あとで様子を見てくるわ」

 シェリーには、シルヴァニア王国から連れて来た四人の女性の面倒を見てもらっている。
 その女性達はメイド見習いということになっているけど、もとが村娘だから礼儀作法を勉強中ということにしてある。
 ただし、実際には違う訓練を受けてもらっている。
 かつて、シェリーも受けたという諜報活動に関する訓練だ。
 MMQと同じ訓練を受けてもらってもよかったんだけど、せっかくなら得意分野が異なる部隊にした方がよいと考えたのだ。
 でもそうか。
 彼女達のことを、すっかり忘れていたな。

「どんな仕上がりになっているのかしらね」

 使えないなら使えないでもいい。
 普通のメイドとして勤めてもらうだけだ。
 けど、せっかくなら仕事を手伝ってもらえるようになって欲しい。

「潜入捜査をするには経験が足りないでしょうが、気配を消す技術は高いようですから、街中での調査なら大丈夫でしょう」

 メアリーが教えてくれる。
 なら、大丈夫かな。

「じゃあ、その噂について教えてくれる。彼女達の試験運用にしてみるから」

 私はアーサー王子に話を促した。

 *****

「若い女性がマッチを売り歩いているらしいんだ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

 アーサー王子の第一声に、アダム王子、師匠、そして私は、一瞬呆けた症状になる。
 無理もないだろう。
 犯罪が絡んでいると言っていたから、もっと怪しい話かと思ったのだ。
 それがマッチなどと言い出すから、咄嗟に反応できなかった。
 この場にいる人間のうち、アーサー王子の他にはメアリーだけが呆けていないが、部下である彼女は事前に話を聞いているのかも知れない。

「あー・・・マッチというのは隠語か何かか?」

 最初に反応したのはアダム王子だった。

「春を売るとか、そういう類の言葉なのか?」

 そんなことを言い出した。
 『春を売る』とは、つまり『売春』のことだ。
 なるほど。
 そういう本来の意味を隠す意味であれば、犯罪が絡んでいる可能性は充分にある。
 しかし、最初に出てくる例が『春』か。
 さすがは、アダム王子と言ったところだろうか。
 私は納得しかけたのだけど、アーサー王子は首を横に振る。

「違うよ」

 あっさりと否定する。
 すると、本当にマッチを売っているということか。
 しかも、若い女性が。

「マッチって、普通は雑貨屋とかに売っているわよね。なんで、売り歩いているんだろ?」

 私は考える。
 『売る』という行為に必要なのは品物で、今回ならマッチだ。
 『売る』という行為で得られるのは、お金だ。
 『売る』という行為が成り立つのは、買う人間がいるからだ。
 では、『売る』と『売り歩く』の違いはなんだろう。
 『売り歩く』のに適している品物は軽いもので、マッチはその条件を満たしている。
 『売り歩く』という行為で得られるのがお金で、その点は同じだ。
 『売り歩く』という行為が成り立つのは買う人間がいるからだが、店に行かない人間にも買わせることができる点が店で売ることとの違いだろうか。
 いや、これは買う側の視点か。
 売る側の視点なら、売り場を知られずに、特定の人間にだけ買わせることができるというメリットがある。
 じゃあ、特定の人間とは、どんな客層だろう。
 売る側が若い女性だから・・・・・ダメだ、アダム王子と同じ発想になってしまう。
 いったん、若い女性は忘れよう。
 品物がマッチというところから考えよう。

「マッチとセットで、脱税したタバコでも売っているとか?」

 タバコは嗜好品で、購入には税金がかかる。
 国が嗜好品に税金をかけるのは、生活必需品に税金をかけるより国民の反感が少ないという、こずるい理由からだろうけど、今はそれは関係ないだろう。
 重要なのは、売る側が売ったことを申告しなければ、売る側が国に納めるはずの税を丸儲け、つまり脱税できるという点だ。
 丸儲けじゃないにしろ税金を納めない分だけ値段を下げて売れば、売る側も通常より儲けが出て買う側も通常より安く買えるから、売買は成立するだろう。
 もちろん、バレたら国から罰せられるリスクがあるから、店をかまえている真っ当な商人はしないだろう。
 するとしたら、非合法の商人が、バレないようにだ。
 例えば、『マッチをくれ』という合言葉を知っている人間にだけ、脱税したタバコを売るとかだ。
 小悪党がするような小さい犯罪だけど、ありそうじゃないだろうか。

「うーん、そういう可能性もあるけど、タバコの品物の量と税金の量を比較すると、大きくバランスが崩れている様子はないんだよね」

 どうやら違うようだ。
 まあ、その程度の犯罪なら、アーサー王子がわざわざ調べようとはしないか。
 そういう脱税なんかを取り締まる部署とかもあるだろうし。
 なら、なんだろう。

「他に考えられるとすれば、マッチが特殊な品という可能性かのう」

 次は師匠が考えを述べるつもりのようだ。
 ちなみに、その師匠だけど、以前アプローチしていた騎士団長は、すっぱりと諦めたらしい。
 未練は無さそうだ。
 なにしろ、最近は新人騎士を狙っていると言っていたくらいだ。
 初々しい反応が、たまらないらしい。
 前より年齢差が開いているけどいいのかな。
 興味ないから詳しくは聞いていないけど。
 それはともかく、師匠の話を聞いてみよう。

「棒の部分を薬効のある香木にでもすれば、普通のマッチに見せかけて依存性のある薬物を広めることも可能じゃろうて」

 可能性としては、あり得るな。
 香木じゃなくても、薬品を染み込ませた木材でもいいわけだし。
 けど、そんな偽装を施すとなると、けっこうな手間じゃないだろうか。
 もしそうだとしたら、個人でやっているとは思えない。
 組織的にやっている可能性が高いだろう。
 そうか。
 わざわざアーサー王子が調査しようとした理由が分かってきた。

「僕もそれを疑っています。噂では、そのマッチを擦ると、『とても良い夢』を見ることができるのだとか」
「『とても良い夢』・・・・・ね」

 それが、良い気分にしてくれるだけなのか、幻覚が見えるようになるのかまでは分からない。
 けど、疑う理由というは充分だ。
 もし万が一、心身を蝕み、依存性があるものだとすれば、国が危機に陥るレベルの犯罪だ。

「幸い、それが原因で発生した犯罪は起きていないんだけど、いつまでもそうだとは限らないしね」

 取り越し苦労なら、それに越したことは無い。
 けど、疑惑通りだとしたら、できるだけ早い対処が必要だ。
 状況は把握した。

「わかったわ。シェリー達の様子を見たら、すぐに取り掛からせる」

 とは言っても、いきなり無理はさせられない。

「まずは、マッチを使用したことがある人間の調査、マッチの実物の入手、マッチの販売経路の特定かしらね」

 後になるほど重要度は上がるけど、その分だけ難易度も上がる。
 さらにその後は、調べた結果次第でやることが変わる。
 シロなら終わり。
 クロなら犯人を潰す。
 どこまでやれるかは、シェリー達のお手並み拝見と言ったところだろう。

「そうだね。それで頼むよ。でも、危険だったり人手が足りなかったりしたらMMQも投入する予定だから、くれぐれも無理はしないでね」
「ええ」

 私はアーサー王子に了解の返事を返す。
 けど、話を聞く前より、やる気が出てきた。
 もし、犯人が組織的なら、メフィへの対価に使える可能性がある。
 私にも利益のある話だ。
 シェリー達に任せるだけじゃなくて、いざとなったら、私も調査に参加しようと思う。
 それによく考えたら、城で暮らしているのに、王都を出歩いたことが無い。
 犯罪が絡んでいなかったとしても、王都の街を見て回るのもいいだろう。

「でも、どうせなら、もう少し暖かい季節ならよかったのに」
「ははっ。冬の方が暖を取るためにマッチが売れるからかな」

 私の言葉にアーサー王子が苦笑した。
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